コンサートレポート

コンサートレポート

ソフィア・リュウ  ピアノ・リサイタル

2025年10月9日(ヤマハホール)

 ダン・タイ・ソンが「私が35年にわたる教師人生のなかで出会った、もっとも才能ある生徒のひとり」と称賛する驚異の16歳、ソフィア・リュウさんのリサイタルが10月9日、ヤマハホールにて開催されました。この年齢にしてすでに国際コンクールでの受賞を重ね、世界の舞台で活躍している注目の存在。上海に生まれ、2歳から7歳でモントリオールに移るまで日本で育ったとのこと。リュウさんがステージに颯爽と現れるや、大きな期待のこもった拍手で迎えられました。

 1曲目は、ミハイル・プレトニョフ編曲によるチャイコフスキーの組曲「くるみ割り人形」。各声部を明瞭に鳴らすことで、プレトニョフのテクニカルな“仕掛け”がくっきりと浮かび上がってきます。〈トレパーク〉から〈中国の踊り〉にかけては、腕からまっすぐに振り下ろす打鍵によって、スレンダーな身体からは想像できないほどダイナミックな、それでいてまったく濁りのないフォルテが生み出されます。

 続くリストの「巡礼の年報 第2年 イタリア」より〈ペトラルカのソネット 第123番〉では、響きの余韻を残しながら、凛とした音で歌うリュウさん。自由なテンポで、モノローグ(独白)のようです。

 ベッリーニ=リストによる「『ノルマ』の回想」では、胸に手をあてて、思い入れたっぷりに旋律を歌う場面も。どんな超絶技巧でも顔色ひとつ変えずクールに弾きこなすリュウさんですが、同時に、歌うことも大切にしているピアニストであることが伝わってきます。曲の後半、めまぐるしく鍵盤を駆け回る箇所でも、主旋律をしっかりと浮き彫りにすることを忘れません。

 休憩後のプログラムはオール・ショパン。「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」の前半は高音のきらめきが美しく、空間に音をひとつずつ置いていくような佇まいが印象的でした。後半のポロネーズでは、しなやかな歌がリズムをリードしていきます。上半身を揺らすことなく、まっすぐに保った姿勢から繰り出されるパワフルな音には、ただただ圧倒されます。

 ノクターン第12番では、舟歌風のリズムのうえで、素朴ながら魅力的な歌を自由にテンポを揺らしながら奏でます。

 そして最後は「『ドン・ジョヴァンニ』の〈お手をどうぞ〉による変奏曲」。主題の旋律をもの哀しく歌ったあと、感情に溺れることなく、変奏を重ねるたびじっくりと音の圧を上げながら、響きの渦を作っていきます。急速なパッセージにおいても、細かい音の隅々までくっきり聴かせるリュウさんの音楽性に、CFXのピアノが存分に応えているように感じました。クライマックスは一気にギアアップ。興奮に沸く拍手のなか、ペコリとお辞儀をしてスタスタと早足で舞台袖に戻っていくリュウさんを見て、成熟した音楽性と年齢とのギャップにあらためて驚いたのでした。

 しかし、さらに驚くべきはその後のアンコールでした。会場のスタンディングオベーションを見て、はじめて笑顔を見せたリュウさんは、緊張の糸がほぐれたのか、リラックスした表情で次々と曲を演奏しはじめます。グリュンフェルトの「ウィーンの夜会〜ヨハン・シュトラウスの主題による演奏会用パラフレーズ」、ショパンのエチュード集 第5番 「黒鍵」、ワルツ第2番、モーツァルト(ヴォロドス編)の「トルコ行進曲」。それはまるで仲間たちが集まってのホームコンサートのようで、自在に緩急をつけながら、内から湧き出るグルーヴに身を任せて弾く様子に、彼女の素顔を見たように思いました。

 「これはただごとではない!」と、その場にいた誰もが感じたことでしょう。歴史的瞬間に立ち会ったかのような熱気に包まれた会場に向かって、チャーミングな笑顔で「もう1曲だけ」と合図をしたリュウさんは、ゴットシャルクの「トーナメント・ギャロップ」でリサイタルを締めくくりました。まだ16歳の彼女は、これからどこまで飛躍していくのでしょう。5年後、10年後が楽しみでなりません。

Text by 原 典子、 ©Ayumi Kakamu