コンサートレポート

コンサートレポート

つややかなピアノの音で、美しい歌声が再現された一夜 ~ソヌ・イェゴン ピアノ・リサイタル

2019年1月25日(ヤマハホール)

 ソヌ・イェゴンさんは、1989年韓国生まれ。アメリカのカーティス音楽院やジュリアード音楽院で名教授のもと学び、現在はドイツに拠点を移してハノーファー音楽大学に在学中のピアニスト。2013年仙台国際音楽コンクールピアノ部門の覇者であり、日本のピアノファンの間では早くから注目されていた彼は、たびたび日本を訪れてリサイタルを行なっていました。
 そんなソヌさんが、アメリカ、テキサス州で行われたヴァン・クライバーン国際コンクールに優勝したのは、2017年6月のこと。一躍音楽界の注目を集め、多忙な演奏活動を行うようになった彼が、2018年1月、優勝以来初めてとなる日本ツアーのため来日しました。
 全国各地で行われたリサイタルのうち、東京、ヤマハホールの公演では、他ホールとは異なるプログラミングを披露。冒頭に奏でられたのは、モーツァルトのロンドイ短調 K.511。落ち着いたシックな色の音を選んで、丁寧に音楽を運んでいくような表現が印象的で、一曲目から、ソヌさんが多彩な音の持ち主だということが伝わってきます。

ソヌ・イェゴン

 続くシューベルトの「6つの楽興の時」D780もまた、聴く者の心を穏やかにしてくれるような穏やかな演奏。一つ一つのフレーズを慈しむように、彼が楽譜から読み取った歌の感触を、ピアノの上でしっとりと再現していきます。客席はシューベルトの深い世界に誘われ、全曲が終わってしばらくの静寂があったあと、大きな拍手が起こりました。
 前半最後に置かれたのは、リストの「ハンガリー狂詩曲」第12番嬰ハ短調。華やかで技巧的な作品ですが、ソヌさんの演奏では過剰にピアノがたたかれるようなことは絶対になく、CFXのたっぷりした音量と豊かなホールの響きを考慮した絶妙なコントロールで、空間いっぱいに音を満たしていきます。高い技術を持つソヌさんならではの余裕をもった表現が次々繰り出され、リストの作品のピアニスティックな魅力を存分味わうことができました。

 休憩を挟んで後半は、ショパンの「24のプレリュード」。高い集中力と安定したテクニックで、一つ一つの曲が持つ感情を、ごく自然な息遣いとともに表現していきます。ソヌさんの繊細な指先のコントロールにCFXが敏感に反応し、さまざまな質感の音が飛び出します。ソヌさんもそんな楽器の高いポテンシャルを生かして、いろいろ表現を試みているらしいことが感じられました。24曲を通じて一つの大きな世界を描き上げると、運命的な一撃を思わせるようなインパクトのある最後の音で、前奏曲集を締めくくりました。

ソヌ・イェゴン

 アンコールには、クライバーンコンクールでも演奏して高く評価され、彼の十八番のようになっている、グレインジャーの「R.シュトラウスの《薔薇の騎士》終幕の愛の二重奏によるランブル」。ホールの響き、ピアノのつややかな音色を楽しむように、響きの余韻をたっぷり残しながら、ゆったりと音楽を進めていきます。甘いメゾソプラノとソプラノの歌声が混ざるようなまろやかな響きの中、高音のピアニシモを星屑のようにきらめかせる場面も。思わず「薔薇の騎士」の切なく幸せなフィナーレのシーンを思い浮かべる、美しい演奏でした。

ソヌ・イェゴン

 鳴り止まない拍手で何度もステージに呼び戻されたソヌさんですが、最後は、もう終演時間だというジェスチャーとともに急ぎ足で袖に帰っていき、コンサートは終了。クライバーンコンクールの覇者の演奏を、333席という親密な空間と最高の響きの中で聴く、極上のひとときとなりました。

ソヌ・イェゴン

Text by 高坂はる香