ピアニストとしての将来を見据え、自身の能力を試す機会として開催されている藝大ピアノコンクール。第3回の受賞者3名が、ヤマハCFXの多彩な音色を操り、個性あふれる演奏を楽しませてくれました。
2024年6月17日(ヤマハ銀座コンサートサロン)
■〈第1位〉島多璃音
F.リスト/シューベルトによる12の歌より
第7曲「春の思い」 第8曲「糸を紡ぐグレートヒェン」
F.ショパン/エチュードOp.25-7嬰ハ短調、舟歌Op.60嬰ヘ長調、ポロネーズ第6番Op.53変イ長調「英雄」
■〈第2位〉橋本崚平
F.ショパン/ノクターン変ニ長調Op.27-2、マズルカOp.33、バラード第2番ヘ
長調Op.38
■〈第3位〉須藤帆香
S.ラフマニノフ/コレルリの主題による変奏曲ニ短調Op.42
第3回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会が、2024年6月17日、ヤマハ銀座コンサートサロンで開催されました。2021年に創設されたこのコンクールは、東京藝術大学でピアノを専攻する附属高校から大学院までの学生を対象とし、学外のピアニストや専門家を審査委員に招き、参加者が新たな視点から将来への課題を探究することを目的とし、受賞者には奨学金と褒賞演奏会への出演の機会が与えられます。
最初に登場した第3位の須藤帆香さんは、ラフマニノフ《コレルリの主題による変奏曲》を演奏。CFXの透明感のある音色を響かせ、ニ短調の哀愁に満ちたテーマがサロンの空間に溶け込むように奏でられた後、20の変奏が変幻自在に次々と繰り広げられていきます。ヴィルトゥオーゾ・ピアニストだったラフマニノフの作品だけに、テンポの緩急、ゆらめくリズムや変拍子、オクターブを超える和音の連続など、ピアニストとしての限界が試される超絶技巧のパッセージが続きます。カデンツァ風の間奏曲の後の第14変奏、第15変奏ではテーマが長調で穏やかに奏され、聴く人を優しく瞑想の世界に誘います。そして、軽妙なリズムがチャーミングな第16変奏、第17変奏を経て、第18変奏から第20変奏へ、嵐のようにテンポを加速させながら一気呵成に迫力のあるクライマックスを迎え、コーダで再びテーマ。静寂な余韻を残して演奏を終え、聴衆を深い感動で包みました。
続いて登場した第2位の橋本崚平さんのステージは、オール・ショパン・プログラム。CFXの繊細な音色で優美な曲想を紡ぎ出す《ノクターンOp.27-2》でスタートしました。そして、マズルカOp.33の4曲。寂しげに問いかけるような第1曲、明朗に歌う第2曲、軽快な牧歌風の第3曲、冒頭の憂いを秘めたメロディが印象的な第4曲、ポーランドの民族舞曲のリズムに乗せて、様々な情感が鮮やかに描き出されていきます。最後は《バラード第2番》。たゆたうような穏やかな第1主題と激情が渦巻く第2主題を対比させ、ドラマティックな演奏を堪能させてくれました。
休憩を挟んで、後半は第1位の島多璃音さんが登場。冒頭、F.リストがシューベルトの歌曲をピアノ独奏用に編曲した《12の歌》から第7曲「春の思い」、第8曲「糸を紡ぐグレートヒェン」を、CFXの多彩な音色のパレットを自由自在に操って、歌心あふれる演奏を楽しませてくれました。そして、ショパン《エチュードOp.25-7》、《舟歌》、《ポロネーズ第6番「英雄》。左手の深い音色で奏でられるメランコリックな旋律に右手の和音と対旋律が美しく響き合う《エチュードOp.25-7》、揺らめく波を思わせる左手の分散和音のリズムに乗せて息の長い旋律をゆったり歌う《舟歌》、勇壮な魅力にあふれる《ポロネーズ第6番「英雄」》、いずれも緻密な構成力で旋律や和声の内省的な美しさを際立たせ、聴衆を魅了しました。アンコールは、リスト《愛の夢》。清々しい美しさを湛えた演奏で、この日のコンサートを締めくくりました。
終演後、3人にお話を伺いました。
──演奏を終えたご感想をお聞かせください
(須藤)今までいろいろな方たちの演奏をこのサロンで聴いて、いつかここで弾きたいと思っていたので、とても幸せでした。ラフマニノフ《コレルリの主題による変奏曲》には何年も前から憧れていたので、まだまだ課題は多いですが、キラキラと輝くような味わい深い音楽を素晴らしいサロンで弾くことができて嬉しかったです。
(橋本)3年半ぶりくらいにこのサロンで弾かせていただいたのですが、あらためてCFXの音色の美しさ、会場全体が響く独特の感覚を味わいました。
(島多)30分という時間で、今弾きたい曲をプログラミングしたんですが、《舟歌》と《英雄ポロネーズ》を続けて弾くと、こんなに疲れるのかと思いました(笑)。でも、やり切った達成感のようなものを感じて、挑戦してよかったなと思います。
──今回のコンサートで弾いたCFXはいかがでしたか
(須藤)どこからどこまでも支えてくれるピアノで、ずっと弾いていたいと思いました。
(橋本)包み込む器のあるピアノなので、今回のショパンのプログラムに合っていたと思います。サロンという空間の雰囲気にも……。本当に懐の大きな楽器だと思います。
(島多)CFXは大好きで、選べるときにはいつも選んできました。以前から軽やかで透明感のある高音の音色に特徴がありましたが、新たなCFXは、それに加えて低音の厚みが増したように感じます。ロマン派はもちろん、ベートーヴェンなどの古典派にもマッチする楽器に進化していると思います。2024年3月のマリア・カナルス国際ピアノコンクールでも、1次予選、2次予選で弾かせていただいたのですが、いろいろな人が弾くことによって楽器の可能性が広がるのだなと思いました。また出会いたいピアノです。
──東京藝術大学でピアノを専攻する附属高校から大学院の学生までを対象としたユニークなこのコンクールに参加されて、いかがでしたか?
(須藤)藝大生でないと参加できないので、大学卒業の思い出として受けようと思って、とりあえずプログラムを組んで応募して、本選の曲目が、まさかのシューマン2曲、《ピアノ・ソナタ第3番》と《謝肉祭》!
(橋本)40分から50分の自由曲ということで、そういうことが可能になるんですよね。僕はベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第31番》とショパンの《ピアノ・ソナタ第3番》を弾きましたが、ベートーヴェンの後期のソナタを弾いた後の30分はきつかったですね。
(島多)僕はバッハのト長調のトッカータ、リスト《伝説》の第1曲、最後にデュティーユの《ピアノ・ソナタ》の全楽章を弾きました。この時期、大学院の入学試験や、国内のいろいろなコンクールがあって、必然的に重量級の作品が並びますよね。会場の第6ホールというのは、試験や試演会で藝大の先生方がステージの前に並んでいる。そういう緊張する場所なんですが、今回は審査員に学外の先生方や、テレビ朝日の「題名のない音楽界」の演出・プロデューサーの鬼久保美保さんが加わっていらして、新鮮な気持ちで挑むことができたと思います。
──今回受賞された皆さんは年齢も近く、お互いに高め合うよい関係のようですね。
(須藤)ライバルというより、互いにアドヴァイスし合ったり、情報を共有したり、いてくれてありがたい存在だと思っています。
(島多)小・中・高校時代から同じコンクールに参加して、名前は知っていた間柄です。大学に入って、こういう子だったんだと、お互いに人間性や性格を知り、刺激し合いながら切磋琢磨していますね(笑)。
(橋本)島多くんの演奏は、同じ兵庫県出身で同学年なので、子どもの頃からコンクールなどでずっと聴いてきました。ショパンは、藝大受験のときの《スケルツォ第4番》以来、久しぶり聴いたんですが、僕のショパンへのアプローチ、奏法とは全然違うのに、あぁ、いいなと納得させられる。独自の音楽を持っていて、すごいなと思います。
(須藤)私はあまりショパンを弾かないので、今日はたくさんショパンを聴くことができて勉強になりました。橋本さんの《マズルカOp.33》が、とても素敵で、とくに4曲目、もっと聴いていたいと思いました。《舟歌》は、私も取り組んだことがありますが、島多さんの演奏は、私とは作り方がまったく違う。でも、様々な風景が浮かんでくる演奏で、感銘を受けました。最初のリスト編曲のシューベルトの歌曲も、あ、こんないい曲があったんだと思いながら楽しく聴きました。
(橋本)須藤さんが演奏しているとき、自分の演奏の前だったので滅茶苦茶緊張していたんですが、楽屋のモニターで聴きながら、ラフマニノフ《コレルリの主題による変奏曲》のようなエネルギーが必要な曲を、ごく自然に弾けるって、すごいなと思いました。
(島多)僕は2人の演奏を楽屋のモニターでしか聴けなかったんですが、ラフマニノフ《コレルリの主題による変奏曲》は、須藤さんにすごく合っているなと思いました。歌い方や音色が自然にフィットしているなと……。橋本くんは、やっぱりショパン、上手いなと思いました。
──今後の抱負をお聞かせください。
(須藤)今まではロマン派、とくにドイツの作曲家に取り組むことが多かったので、今回のラフマニノフのように近現代のスクリャービン、プロコフィエフなど、これまであまり弾いたことのない作曲家に触れてみたいと思います。フランス作品などにも挑戦したいですね。
(橋本)今一番課題として感じているのは、本番でも理想の音楽が弾けるようにということです。そういう意味で、今回はよい機会をいただいたと思います。
(島多)9月からフランスのリヨンに留学します。ヨーロッパを拠点に、自身の音楽を深め、国際コンクールにも挑戦し、視野を広げていきたいと思います。
真摯に音楽に取り組む3人の今後の活躍が楽しみです。
Text by 森岡葉