ベルリン交響楽団 ~とくしま第九特別公演~
2025年6月21日(アスティとくしま)
2025年6月から7月にかけて行われた、ベルリン交響楽団の日本ツアー。2023年に好評を博して2年ぶりとなる来日公演で、ピアニストの石井琢磨さんをソリストに迎えて12の都市を巡りました。今回は、石井さんの地元でもある徳島で行われた、国内ツアーの幕開けを飾った公演をレポートします。

大きな拍手のなか歓迎ムードで迎えられ舞台に登場した石井さんは、シェレンベルガーさんの素早いタクトとともに、駆け降りるようなセンセーショナルな序奏の旋律を力強く前のめりに弾き始めて演奏をスタート。そしてすぐに一転して、シューマンの最愛の女性であるクララを想起させる幻想的な旋律を静謐かつ繊細に紡ぎ、丁寧に緩急のついたルバートにCFXはダイレクトに反応します。聴衆が思わず耳をそば立てたくなるようなデリケートな音色でありながら、そこには確かな芯もあり、これこそが作品とシューマン自身の核であることがわかります。
オーケストラの方も流麗に演奏を繰り広げ、ほとばしるような石井さんの演奏と巧みに対話を織りなしながら、ドラマティックに音楽を構築していたのが印象的でした。
続く第2楽章でも、石井さんの持ち味である旋律の美しさが光ります。水粒のようにこぼれるような可憐な旋律を、CFXの素材の音を活かしながら楚々と紡ぎます。ムードやハーモニーの変化があろうとも決して感傷的にならず、まるで小声でひっそり何かを語りかけるような優しさを感じる時間でした。
そしてなだれ込むように華やかな最終楽章へ。慎重かつ確かな足取りで音楽を進めていきますが、オーケストラとバランスの調和した豊かなコミュニケーションやさまざまな表情の変化、そして繰り返される上行旋律による昂りで、演奏はダイナミックさを増していきます。時に緩急をつけてゆったりと歌い込むシーンはあれど、石井さんの音楽の積極性と推進力は徐々に増加し、オーケストラもそれに呼応するようにボルテージが上昇。双方が高め合うように大きな波を編み出し、聴く者が息をつく間もないままクライマックスを迎え、大きなグルーヴと余韻を残したまま演奏を終えました。

多くの拍手を受けた石井さんは、アンコールとしてシューマンの《子供の情景》より〈トロイメライ〉を演奏。熱気の残る会場を心地よく鎮めるような、美しく柔らかな音色が響きます。演奏後、石井さんはマイクを手に持ち「故郷でシューマンのピアノ協奏曲を演奏できる機会に恵まれ、大変うれしかった」とコメントしてくれました。
後半には、この公演の目玉の一つであるベートーヴェンの交響曲第9番《合唱付き》を演奏。徳島県は、日本で初めて第九が演奏された地。そんな背景もあり、この日のために集い一定期間の練習を重ねてきた徳島県周辺の合唱団員や、四国にゆかりある4人のソリストとともに、このツアーで唯一第九が披露されたのでした。
ベートーヴェンの生まれた本場・ドイツのオーケストラであるベルリン交響楽団は、品格を漂わせながら端正ある演奏を展開。最終楽章でいよいよ合唱団員が加わり、活気よく「Freude, schöner Götterfunken〜」と“歓喜の歌”を歌い、前半のピアノ協奏曲とは異なる高揚感で会場を包みました。
徳島にて生まれ育った石井さんの登場と、徳島にゆかりある第九の華やかな演奏。この地にとって、クラシック音楽にまつわるエポックメイキングな公演となったに違いありません。
Text by 桒田 萌、写真:提供


