コンサートレポート

コンサートレポート

シューマン夫妻とブラームスへのあたたかいまなざしにあふれたリサイタル~梅村知世 ピアノ・リサイタル~

2019年9月1日(東京文化会館小ホール)

数々のコンクールでの入賞を経て、現在ベルリンを拠点に演奏活動を行う梅村知世さん。今回は、7年前に第3位となった第10回東京音楽コンクール入賞者リサイタルで、得意とするシューマンと妻クララ、そしてブラームスをめぐるプログラムを演奏しました。

■プログラム
R.シューマン:子供の情景 op.15
ブラームス:6つの小品 op.118
C.シューマン:3つのロマンス op.21
R.シューマン:幻想曲 ハ長調 op.17

 東京藝術大学、同大学院修了後ベルリンに留学し、現在、ベルリン芸術大学国家演奏家資格課程で学びながら演奏活動を行っている梅村知世さん。2016年にロベルト・シューマン国際コンクールで最高位に輝いて以来活動の場を広げ、特に敬愛するシューマンの作品には積極的に取り組んでいます。
 今年は、シューマンの妻で優れたピアニストでもあったクララ・シューマンの生誕200年ということで、シューマン夫妻、そして二人と親交を結んだブラームスの作品が演奏されました。梅村さんによれば、「3人はとても強い絆で結ばれていた。そのトライアングルから生まれた珠玉の作品」を集めたのこと。プログラムノートには梅村さん自身による解説で、各作品が書き上げられた頃の、シューマン、クララ、ブラームスの置かれた状況、当時の手紙などから窺い知ることができる心情が紹介されていました。

 冒頭に演奏されたのは、シューマンの「子供の情景」Op.15。シューマンの思考をそのままあらわすような、なめらかに浮遊する音楽を、梅村さんは丁寧な音で奏でていきます。標題を持つそれぞれの楽曲から抱くイメージを、思い入れたっぷりに再現していくような、しなやかで力強い演奏。その集中力の高い音楽で、1作品目から客席をシューマンの世界に引き込みました。
 続いて演奏されたのは、ブラームス晩年のピアノ曲の傑作である、「6つの小品」Op.118。ヤマハCFXのまろやかな音を生かし、自然に低音を鳴らし、高音をほどよく輝かせて、濃密な歌が歌われていきます。フレーズごと、寄せては返す波のように表情が変化し、それがブラームスの移ろう心を表すようです。ときには秋の気配を感じるような音とともに、楽曲に込められた心情を切々と語りかける場面も見られました。作曲家の孤独に寄り添うようなあたたかい音楽が流れ、ピアニストの作品への想いが感じられました。

 休憩をはさみ、後半はクララ・シューマンの「3つのロマンス」Op.21から。梅村さんの解説によると、この作品が書かれた頃、「ロベルトは体調を崩して入退院を繰り返し」ていたため、クララは「張り裂けそうな悲しみの中」でこの曲を書いたといいます。楽曲は最終的に、クララを側で支えていたブラームスに献呈されました。
 当時のクララの心情と、3人の複雑な関係性がこめられたようなこの楽曲は、あたたかく、しかしどこか哀しみをたたえています。梅村さんは、そんなひとつひとつの気持ちの揺れを、愛情に満ちた、情感たっぷりの音で奏であげました。
 そしてプログラムの最後に置かれた、シューマンの「幻想曲」Op.17。気持ちを込めるように、少し間をとってから弾き始められたファンタジーの世界は、ダイナミックでありながら、どこか控えめなところのある美しい演奏。とくに弱音やなめらかな歌が印象的で、そういった表現の部分では、CFXからさまざまな質の音を引き出していました。終楽章では、しばしためこんでから放出されるような激しい感情を、包み込むようなおおらかさをもって丁寧に客席に届けてくれました。

 本プログラムを全て弾き終えて、未だ作品のパワーに圧倒されて放心状態だという梅村さんは、「東京音楽コンクール入賞から7年目のこのチャンスに、クララ生誕200年のために組んだプログラムです。音楽の力を借りながら弾き切ることができてよかったです」とコメント。
 そしてアンコールには、シューマンがクララの父の猛反対を乗り越え、ようやく結婚にこぎつけた式の前日、ミルテの花を添えて花嫁クララに贈ったことで知られる歌曲集「ミルテの花」から、「献呈」(リスト編曲)を演奏。輝かしさと同時に、どこかくすんだ美しさのある音を響かせながら、優しさと愛にあふれた歌を奏でて、演奏会は閉じられました。

Text by 高坂はる香