2021年2月、巨星チック・コリアの訃報は世界中に衝撃をもたらしました。あれから7か月余り、小曽根真と上原ひろみによる“チックに感謝を捧げる”特別なコンサートツアー(3会場、4公演)が開催されました。
2021年9月22日(サントリーホール大ホール)
■プログラム
Humpty Dumpty(Chick Corea)
O’berek(Makoto Ozone)
Fortitude(Hiromi Uehara)
3 Preludes(George Gershwin)
Children’s Song No.4(Chick Corea) – 上原ソロ
Crystal Silence(Chick Corea) – 小曽根ソロ
Fantasy For Two Pianos(Chick Corea)
[アンコール]
Spain(Chick Corea)
本来なら、2021年秋、チック・コリアの80歳と小曽根真の60歳を祝い、上原ひろみも参加というゴージャスなツアーが予定されていました。それは叶いませんでしたが、チックがこよなく愛したヤマハコンサートグランドピアノCFXが2台置かれたステージで“小曽根真×上原ひろみ”の共演が実現しました。
小曽根真が上手から、下手から上原ひろみが白と黒の衣装でゆっくり姿を現すと、サントリーホールを埋め尽くした聴衆による温かい拍手が響き渡りました。中央に歩み寄りゆっくり礼をし、いたずらっぽく交差して位置を入れ替え、上手側のピアノに上原、下手側に小曽根が座ります。そんなユーモラスなやりとりにホールの雰囲気が和むなか、“ピアノの会話”が始まりました。最初はひと言ずつ、それが次々と繰り出され重ね合わされ、二人の即興演奏による洪水のような超高速的デュエットが展開されていきます。一曲目からもうすっかり二人のペース。とびきり特別な夜がスタートしました。
天を仰ぎ「今日は2ボディーズ、1スピリットでお送りします」と小曽根。60歳の節目にリリースしたアルバム『OZONE60』より《O’berek》は手拍子とミュート奏法の掛け合いからスパニッシュなリズムが躍動し、それぞれの演奏がスリリングに絡み合います。弦楽四重奏と共演した上原の新作『SILVER LINING SUITE』より《Fortitude》はブルージーなナンバー。上原がアドリブでハジけます。小曽根は「そんなパワフルに弾くかなあ(笑)。でも、ここは役得。一番いい席です」と楽しそう。今を生きる二人の最新の音楽にも、ふとしたところで“チック・コリアの存在”を感じたのは、常に新しいものを追い求め、人との繋がりで音楽を自由に創り上げてきた彼の遺伝子のせいでしょうか。前半最後は、半年前、上原の夢に現れたチックが「二人でこの曲やったらいい、絶対合うと思う」と勧めたというガーシュウィン《3つのプレリュード》。すばらしい選曲とアレンジ。第3番では中盤にミュート合戦を繰り広げ、チックを彷彿させるラテンへとなだれ込みます。自由で熱く、この日この瞬間にしか聴けない二人の演奏。今、ここにいる幸せを噛み締める聴衆……。
二人が真っ赤な衣装に着替えた後半は、すべてチックのナンバーです。ソロは順番を決めるジャンケンで勝った上原が《チルドレンズ・ソングNo.4》を先に演奏。ひと筋のスポットライトがCFXと上原を照らし、穏やかなリフが淡々と続くなか、高音の煌めき、力強い低音。1音連打からのエネルギーを秘めたアドリブ。上原の10指による目にも止まらぬ動きが、体の中から湧き上がる感情を雄弁に語ります。小曽根は《クリスタル・サイレンス》。ピアノの音色はこんなにも美しいものか、と改めて体感。メロディーの淀みなく煌く粒立ち、楽曲の世界を構築するコードワーク。瞬時に爆発するエネルギー。持てるものすべてを音楽に捧げたピアニストに魂は宿ります。
プログラム最後は、1983年にチック・コリアがフリードリッヒ・グルダとの共演のために書いた《Fantasy For Two Pianos》。時には立ち上がり、全身を使い、泳ぐように腕をしならせ唸りながら演奏する上原、凛とクールかつ柔らかな姿勢を保ち左足でリズムをとりながら笑顔で熱く応え、時に激しく仕掛ける小曽根。スタイルや音色はそれぞれ異なりますが、絶妙に重なり合うことで世界が大きく広がっていきます。チックが自身のアルバム『PLAYS』でジャケットに描いたピアノの“∞(無限大)”はこういうことなのかと。1×1=∞、そんな二人の白熱の演奏でした。
熱烈な聴衆の拍手、スタンディングオベーションに応えたアンコールの《スペイン》では、ピアノを交換するサービスも!「このご時世なのでしっかり除菌をお願いします」と上原。「そんなに丁寧にしなくていいよ。オレ汚くないよ」と笑わせる小曽根。そんなやりとりの後、お互いの調律師(米澤裕而、曽我紀之)を紹介し「僕らはこの人たちがいなければ弾けない」と感謝の言葉を述べました。いつにも増して愛と熱を込めチック・コリアに捧げた二人の演奏、その感動は、聴衆の心と体に永遠に刻まれたことでしょう。とにかく“すごい!”コンサートでした。
Text by 編集部