KDDI スペシャル 辻󠄀井伸行
ロビン・ティチアーティ指揮 ロンドンフィルハーモニー管弦楽団とともに清新なアプローチの《皇帝》を披露
2024年9月6日(浜松アクトシティ 大ホール)
<プログラム>
第1部:ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 《皇帝》
アンコール曲:
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番《悲愴》第2楽章
ショパン:エチュード《革命》ハ短調 Op.10-12
第2部:ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》
アンコール曲:
ベートーヴェン:『エグモント』序曲 Op.84 より第7曲「クレールヒェンの死」
夢のようなコンサートが実現した。「KDDIスペシャル ロビン・ティチアーティ指揮 ロンドンフィルハーモニー管弦楽団 ピアノ:辻󠄀井伸行」だ。2014年から英国グラインドボーン音楽祭の音楽監督を務め、2017年にベルリン・ドイツ交響楽団の音楽監督に就任している若き天才指揮者ティチアーティが来日し、ロンドンフィルハーモニー管弦楽団とともにベートーヴェンとマーラーの楽曲を日本の4都市6公演で演奏。そのソリストとして、ティチアーティの2019年公演でも共演した経験を持つ日本の代表的ピアニスト辻󠄀井伸行が登場する豪華ラインアップだ。その初日の舞台は9月6日アクトシティ浜松 大ホール。ベートーヴェンの数ある楽曲の中でも高い人気を持つ「ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 Op.73《皇帝》」で辻󠄀井さんの演奏が発表されており、ホールはぎっしり満員。その中には、文化庁が推進する「劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業」の一環で招待された中学生・高校生の姿も散見することができ、開演を待つ彼ら彼女らの笑顔がホールの雰囲気をより華やかなものにしている。
辻󠄀井さんとティチアーティが手を取り合ってステージに登場。にこやかな面持ちで聴衆からの拍手に応えた後にスタートした演奏がすぐさま心を鷲摑みにする。オーケストラの奏でる力強い和音が響いた直後にピアノ独奏が現れ、以降、オーケストラとピアノのパッセージの交換が交わされていく《皇帝》第1楽章〈アレグロ〉の冒頭において、辻󠄀井さんはオーケストラの勇壮さに対抗するような激しいアプローチではなく、オーケストラの響きと溶け合うような巧みなタッチでピアノをスタート。管弦楽のサウンドをステップボードにして繰り出されていくパッセージがとても心地好く響く。続く中間部では、オーケストラの和音の響きと抑揚に合わせて、時にリリカルに時にダイナミックにと、さまざまにピアノの歌い方を変化。この曲の味わいを大きく広げてみせる。その後、オーケストラによる憂いを秘めた旋律が流れる第2楽章〈アダージョ・ウン・ポーコ・モッソ〉では、ゆったりとした調べに乗せた円やかなタッチの演奏を展開。まるでひとつひとつの音に言葉が宿っているかのような語り口を聴かせた後、第3楽章〈アレグロ〉での、オーケストラとのコール&レスポンスのリピートが描き出すドラマティックなクライマックスへと至る。
約40分間に亘る《皇帝》の演奏が終わり、ホール中に響き渡る「ブラヴォー!」という歓声と大きな拍手。再びステージに登場した辻󠄀井さんは、疲れた様子も見せずすぐさまピアノに就き、ベートーヴェン〈ピアノ・ソナタ第8番《悲愴》第2楽章〉、ショパン〈エチュード《革命》ハ短調 Op.10-12〉という2曲のアンコール演奏を披露。聴衆にさらなる感動を与える。優しさや華やかさ、切なさなどの感情が多層的に織り上げられていく前者《悲壮》、左手のうねるようなグルーヴの低音と右手の鮮やかな高音が交錯する後者《革命》。その両曲からは、さまざまな音色と広いダイナミクスを具えたヤマハコンサートグランドピアノCFXの魅力と、そこからヴァラエティ豊かなサウンドを引き出す辻󠄀井さんの実力を鮮明に感じ取ることができた。
写真:松井 仁美
Text by 早田和音