コンサートレポート

コンサートレポート

「ピアノの伝道師」としてピアノの魅力を幅広い層に届けてきた作曲家・ピアニストの西村由紀江さん。デビュー35周年を迎える2021年、『PIANO SWITCH 2 ~PIANO LOVE COLLECTION~』のアルバム発売記念コンサートーが全国11か所で開催されました。

2021年8月14日(ヤマハホール)

■プログラム
[第1部]
アヴェ・マリア(シューベルト)~あたらしい風
あなたに最高のしあわせを
手紙
オルゴールを聴きながら
鍵盤のカルテット
Pedal's Song
サウンド・オブ・ミュージック・メドレー(サウンド・オブ・ミュージック~エーデルワイス~ドレミの歌~もうすぐ17才~私のお気に入り~すべての山に登れ)
[第2部]
ノクターン第2番(ショパン)
I Love ショパン
メリーゴーランド-ピアソラに捧ぐ-
アンダンテ
スマイルピアノ
風の旅
風のアンダルシア
幸せを運ぶピアノ
[アンコール]
やさしさ

 アルバムのジャケット写真と同じ白いワンピース姿でステージに登場した西村由紀江さん。ピアノの前に座ると、会場の空気を全身で感じるようにひと呼吸し、シューベルトの「アヴェ・マリア」を奏ではじめました。しっとりとした雨の降る土曜の昼下がり、やさしい音がホールを包み込みます。最後の一音の響きを残したまま、キラキラとした音が降り注ぐ「あたらしい風」へと続くさまは、雨上がりにぱっと広がる青空のよう。豊かな低音の響きから高音の煌めきまで、ヤマハCFXの音色の美しさを最初からフルに感じることができました。

 ポロン、ポロンとピアノを鳴らしながら、そのときどきのストレートな気持ちや、音楽への愛情を客席に語りかけるMCも、西村さんのリサイタルの楽しいところ。「来てよかったと思えるようなしあわせな時間を過ごしていただきたいです」という言葉のあとに奏でられた「あなたに最高のしあわせを」と「手紙」では、エモーショナルなメロディに、さまざまな想いが寄せては返す波のように押し寄せてきました。

 『PIANO SWITCH ~BEST SELECTION~』に続く第2弾となる今回のアルバムでも、ピアノを弾きたい気持ちにスイッチを入れてくれる工夫があちこちに凝らされています。両手の親指と人差し指という4本の指だけでピアノ・コンクールに挑戦する男性のために書かれた「鍵盤のカルテット」は、ピアノをはじめたばかりの人にもぴったりの曲。続いて演奏された「Pedal's Song」では、ペダルを踏むとステージ上のランプが光る新兵器が登場し、西村さんのペダリングへのこだわりを視覚的に確かめることができました。

 第1部の締めくくりは、子ども時代の西村さんにピアノ・スイッチを入れてくれた映画『サウンド・オブ・ミュージック』のメドレー。ザルツブルクの壮大な風景と、名曲揃いのメロディを届けてくれました。

 休憩をはさんで第2部は、ブルーグリーンのドレス姿で登場。静かな雨が土にしみこんでいくような滋味あふれるショパンの「ノクターン第2番」に続き、ショパンへの愛がたくさん詰まったオマージュ「I Love ショパン」では、CFXの磨き抜かれた濁りのない響きが、ひときわ美しくノーブルなショパン像を際立たせていました。

 ショパンのあとは、2021年生誕100周年を迎えるピアソラへのオマージュ。クラシックの作曲家を目指してパリに留学したピアソラが、先生から「あなたの音楽にはなにか足りない。あなたの本質はタンゴよ」と言われたというエピソードがありますが、西村さんもオリジナル曲を作りながら、その根底にはクラシックがあるという意味で、ピアソラに共感するものがあるといいます。「メリーゴーランド-ピアソラに捧ぐ-」では、タンゴの強靭なリズムを刻むキレのいい左手のタッチが印象的でした。

 デビュー35周年を迎えるまでには、たくさんの挫折があり、何度も壁にぶつかってきたと西村さんは語ります。「なぜ続けられたかといえば、続けようと思ってこなかったから。けれど最近は80歳になっても弾く!と思えるようになりました」というMCのあとに奏でられた「アンダンテ」は、一歩一歩ゆっくりと踏みしめるような歩みから、自信に満ちた歩みへと変わっていくさまが、西村さんの音楽人生そのもののようでした。

 西村さんには、東日本大震災後から10年間にわたって続けきた活動があります。ピアノを失った被災地の家庭にピアノを届けたいという想いからはじまった「スマイルピアノ 500」プロジェクト。「私が見た東北の10年です」と言って弾きはじめた「スマイルピアノ」には、なにもない被災地に立ったときの心境から、ピアノを通してさまざまな人たちと出会い、心の交流が生まれていく道のりが描かれていました。

 リサイタルの終盤は、風にちなんだ2曲ということで「風の旅」と「風のアンダルシア」を披露。「気合を入れて弾くので、コロナ禍で心のなかに溜まったモヤモヤを吹き飛ばしてほしい」という言葉通りのダイナミックな演奏に圧倒されました。

 そして最後は「幸せを運ぶピアノ」。鳴りやまない拍手に、「やさしさ」を弾いてアンコールに応えた西村さん。豊かな音色と表現に触れ、ピアノを心から愛しいと思えるひとときでした。

Text by 原典子