おとまち 音楽の街づくり事業

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おとまち 音楽の街づくり事業

プロジェクト

課題解決に向けた取り組み

  • テーマ:プログラム開発

定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会×おとまち

定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会×おとまち

Project Report 新たな展開
2017.11.24

地元楽器店がプログラムを
継承・発展へ

おとまち/佐藤

Report by おとまち/佐藤

2017年9月9日(土)と10日(日)、雲ひとつない秋晴れの下、27回目となる「定禅寺ストリートジャズフェスティバル(JSF)」が開催され、杜の都は音楽一色に染まりました。

おとまちが企画協力をさせていただいてきた、誰でも参加できるオープンステージのプログラム「JSFスウィングカーニバル」。今年も思い思いの楽器を手にした多くの市民が集まり、セッションで会場が一体となって盛り上がりました。

 実は、この「JSFスウィングカーニバル」、2016年から変化がありました。それは企画協力がおとまちから地元仙台の「銀座 山野楽器 仙台店」へとバトンタッチされた点です。今回は、この新たな展開となるおとまちのビジョンをお伝えしたいと思います。

目次
  • 地元楽器店へ継承を進める、そのビジョンとは
  • 地元楽器店としての思い
    〜銀座 山野楽器 仙台店インタビュー〜
  • 実行委員会の思い
    〜実行委員&実行委員長インタビュー〜
  • ソーシャル・キャピタルの実現に向けて

今年の「JSFスイングカーニバル」にて。佐藤もサウンドシェイプを手にセッションに参加。 今年の「JSFスイングカーニバル」にて。佐藤もサウンドシェイプを手にセッションに参加。

地元楽器店へ継承を進める、
そのビジョンとは

私は仙台で生まれ、幼い頃は、伊達政宗騎馬像のある青葉山公園でよく遊んでおりました。就職して仙台を離れてから、父から仙台で面白いことやっているぞと聞いて、半信半疑で観に行ったのが、このJSFです。初めて観たときは衝撃でした。けやき並木の定禅寺通りがものすごい人で、演奏する人も、観る人も一体となって盛りあがっている光景に感動を覚え、しかも市民の力でこの音楽祭が運営されていることに衝撃を受けました。

仙台は昔から市民意識が高い街で、日本で初めてオンブズマン制度を取り入れた街でもあります。江戸時代から続く七夕祭りも、その火を絶やすまいと戦後、焼け野原になった街に人々は七夕を立てたと言います。このJSFも実は商店を主とした再開発共同組織が始めた音楽企画で、それを市民が受け継ぎ、育て、現在のような日本中、世界中から人が集まる日本で最たる音楽祭になりました。2011年の東日本大震災の年も、JSFは市民の手で開催されました。市民の力が強く活きている街、それが仙台なのです。

JSFで衝撃を受けて以来、私はいつか協力できればと思っていました。地域ならではの音楽祭という文化を盛り上げるためには、市民の力が何よりも大事ですが、ただ、市民だけではどうしてもやりきれない部分は必ず出てきます。そこを“地元の企業”が支援していく。資金だけでなく、人の力、つまりアイデアやノウハウを提供することで、もっと良いものができるはずです。市民が運営を行い、自治体が場所を提供し、地元の企業がアイデアとノウハウを提供する。この3者がつながり、掛け合わさることで、ソーシャル・キャピタルが実現されるはずだと考えていました。

このモデルケースをつくるために、まずは私たちおとまちが企画協力をさせていただいたのが「JSFスウィングカーニバル」です。震災の年の2011年からスタートし、2014年までのスタートアップはおとまちが、2016年からは銀座 山野楽器 仙台店さんと一緒に行い、今年2017年から銀座 山野楽器 仙台店さんへバトンを受け渡しました。おとまちが続けるのではなく、地域のために地域の皆さんが音楽というツールを使って、盛り上げていく。これが、私たち音楽の街づくりプロジェクトの役割だと考えているのです。

  • JSFスイングカーニバル風景 1
  • JSFスイングカーニバル風景 2
  • JSFスイングカーニバル風景 3

年齢も経験も関係なく、誰でも自由に参加できるのが「JSFスイングカーニバル」。

地元楽器店としての思い

銀座 山野楽器 仙台店 管楽器担当マネージャー
関 秀能さん

仙台の街に音楽を楽しむ人を
一人でも多く増やしたい。
その思いを胸に望みました。

銀座 山野楽器 仙台店 管楽器担当マネージャー 関 秀能さん 大学時代はビッグバンドサークルに所属し、ビッグバンドジャズの甲子園「ヤマノビッグバンドジャズコンテスト」に出場し感銘を受けたことが動機となり、卒業後、山野楽器へ入社。海外営業部、銀座本店での営業を経て、2016年4月より仙台店へ。2007年から「山野ビッグバンドジャズコンテスト」の舞台監督を担い、その経験を買われ、JSF担当となる。

おとまちさんからバトンを受け取り、まず心がけたことは、これまで盛りがってきた「JSFスウィングカーニバル」をしっかりと受け継ぎ、誰もが安全に安心して楽しめるように準備から本番まできちんとやり切ろうということでした。

今年から弊社が主となり、実行委員の皆さんと打ち合わせをしたり、話す機会がとても増えて、本当にいろんな方と知り合うことができました。2015年末に仙台店がオープンし、当店がまだまだ知られていない中で、委員会の方をはじめ自治体の方、地域の方々と打ち合わせを通じて知りあえたことは、私たちが地域とつながる、とても大きなきっかけでした。また、有志でご参加いただいた仙台で活躍するトランペッターの沢野源裕さんやホストバンドの東北大学の皆さんの思いも感じることができて、この方々のためにも会場一体となった楽しい時間にしようという思いが沸き起こりました。

 弊社の店頭ではJSFのチラシを置いて、お客さまをお誘いしたり、JSFに参加するためのヤマノミュージックサロン仙台(音楽教室)でオリジナルビッグバンド講座を開催して、一人でも多くの方にJSFに参加していただこうと努めました。実際にお声がけしたお客さまが、会場に楽器を持っていらしてくれたときはとても嬉しかったです。

JSFスウィングカーニバル 「去年も会場でお会いしたお客さまが、「また来たよ」と譜面を取りに来てくださる。とても嬉しかったですね」と関さん。

会場づくりで意識したのは、あくまでも市民が主役となる音楽祭を支援する立場として、なるべく山野楽器の企業色を出さないようにしました。配布する楽譜を置いておく机に敷いたクロス以外は、銀座 山野楽器の名前は出さず、あくまでもJSFの一員として一緒に音楽祭を盛り上げるスタンスで準備をしました。

初めて、私たちが主体として行った「 JSFスウィングカーニバル」、反省点も多いのですが、新しい楽器「ヴェノーバ」で参加してくれたお客さまがいるのを見て、新しい楽器に触れることができるコーナーを設けるアイデアもあるかなと思いました。また、実行委員会の方との打ち合わせの中で、自由に参加できる「 JSFスウィングカーニバル」の特徴を生かして、朝から晩まで自由に出入りできるイベントにしてもいいかもしれません。「一人でも音楽を楽しむ人を増やしたい」と弊社の社長が常々申しているのですが、私も仙台の街にそういう方を一人でも多く増やしていきたい。そのためにも飽きせない新しい仕掛けや工夫を仙台店のみんなで考えて、取り入れていきたいと思います。

発売されたばかりの「ヴェノーバ」で参加してくれたお客さまも。 発売されたばかりの「ヴェノーバ」で参加してくれたお客さまも。

銀座 山野楽器の関さんの「仙台の街に音楽を楽しむ人を一人でも多く増やしたい」という気持ちこそが、JSFを盛り上げ、もっと元気な仙台の街づくりにつながる原点だと思いました。また、関さんには、おとまちができない部分までも担っていただいていると感じています。それは市民の皆さんとの接点です。一人ひとりとのコミュニケーションがJSFへの参加につながることはもちろん、音楽をやってみたい、あの楽器を演奏してみたいという気持ちまでも引き出せるのではないかと、今年の「 JSFスウィングカーニバル」の会場を見て強く感じました。それでは、JSF実行委員と実行委員長からもお話をいただきましたので、ご覧ください。

実行委員会の思い

定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会
実行委員 渉外部会 統括 兼 広報担当
公益社団法人定禅寺ストリートジャズフェスティバル協会理事
木村 真介さん

銀座 山野楽器さんは一市民として、私たちと一緒になって、より良いステージを目指してくれました。

定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会実行委員 渉外部会 統括 兼 広報担当 公益社団法人定禅寺ストリートジャズフェスティバル協会理事木村 真介さん おとまち東北担当ディレクターでもある木村さん。2011年からJSFに携わり、「JSFスウィングカーニバル」だけでなくJSF全体を実行委員として支える。また、JSF実行委員会の公益社団法人化も支援した。

2011年から始まった「JSFスウィングカーニバル」は、実行委員会の中でもJSFを体現したとても良い企画だとの声が多く、仙台の街の人からも非常に評判の高いステージになりました。今やJSFの看板企画のひとつです。誰でも自由に演奏に参加できて、演奏する人、観る人で分かれることなく、会場が一体となってセッションできる。会場にいる一人ひとりの演奏者が誰でも主役になれる。これはまさにJSFの姿そのものなんです。

仙台の街の人の気質かもしれませんが、みんなとても優しんですよね。ジャズに限らず、どんな曲でも、どんなバンドの演奏でも受け入れてくれて。今年は756バンド、5,169人の市民演奏者が参加してくれましたが、これだけの人数がいると、観ている人の知り合いが出ていたり、それを観て、自分も出てみようと思ったり。演奏する側と観る側の敷居を感じることなく、一緒に楽しもう、みんなで支えようという雰囲気がJSFにはすごくありますし、音楽祭というお祭りなんだと思います。お祭りは誰もが主役になれて、主役が入れ替わることができる。まさに「JSFスウィングカーニバル」がそれをやってくれているんです。

「JSFスウィングカーニバル」は本来で言えば、JSFだけで運営できても良いのかもしれませんが、JSFというこれだけの規模の音楽祭を市民ボランティアが中心となって運営しながら、「JSFスウィングカーニバル」まで手がけるのは非常に負担が大きいというのが正直なところです。それにはやはり企業からの支援が必要で、今回、銀座 山野楽器 仙台店さんにご協力をいただけたことは実行委員会としてとてもありがたく思っています。

「JSFスイングカーニバル」で一緒に楽しむ木村さん。 「JSFスイングカーニバル」で一緒に楽しむ木村さん。「JSFは私がいなくなっても全然まわる組織です。でも、いたらいたでできることはあると思います。だから、ずっと続けていきます!ではなく、自然なカタチで気づけば何十年関わっていた!みたいになったらいいですね」

せっかく山野楽器さんに入っていただいたので、実行委員会としては銀座 山野楽器さんのお客さまに向けた限定企画を入れてもいいのではという意見も出ましたが、銀座 山野楽器さんから「いいえ、これまで通り一市民の立場で引き継がせてほしい」という申し出をいただきました。この姿勢にはとても感謝しましたし、おかげで同じ市民目線で一緒に良いものを目指すことができたと思っています。山野楽器さんには準備から当日の運営までの大きな部分を担っていただき、本当に二人三脚で「JSFスウィングカーニバル」をつくり上げることができました。

「JSFスウィングカーニバル」は、音楽を楽しんでいる人だけでなく、音楽から離れてしまったり、なかなか演奏する機会がないという人にとっての絶好の機会だと思います。また、会場のみんなが演奏する姿を見て、やってみたいと誰もが思える場所になっていると思います。誰もが主役になれる場所として、JSFが続く限り、続けていきたいと思っています。

定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会
実行委員長
公益社団法人定禅寺ストリートジャズフェスティバル協会
代表理事 榊原 光裕さん

JSFのイメージそのものを
体現してくれている企画を
大切にしていきたいです。

定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会実行委員長公益社団法人定禅寺ストリートジャズフェスティバル協会代表理事 榊原 光裕さん

プロもアマも関係なく誰でも自由に参加できて、音楽ジャンルもジャズという垣根を超えてなんでも受け入れる。入場無料で出演者へのお支払いもなし。そういった垣根をすべてとりはらって始めたのがJSFです。おかげさまで、年々皆さんの関心が高まり、応募をいただく数が今年は1,300超えました。しかし、私たち実行委員会がご提供できるステージは48か所しかなく、今年は756バンドにご参加いただいたのですが、キャパシティも限界に来ています。私たちの理念としては、できれば皆さん全員に出ていただきたいという思いがあり、この「JSFスウィングカーニバル」がその受け皿のひとつとなってくれました。

「JSFスウィングカーニバル」は、おとまちさんからご提案いただき、誰でも参加できる素晴らしい企画だなと思いました。最初に始めた2011年も500人以上の演奏者に集まっていただき、その光景を見たときは、これがJSFのいちばん求めていたことかもしれないと思いました。こうした企画が、ご支援いただきながら続けられていることは非常にうれしいことですし、これからもこの気持ちを大事にしていきたいです。誰でも音楽を楽しめるんだ、自分たちの楽しみ方があるんだというのが、JSF全体の理念を表してくれていると思いますし、この企画はこれから先も続けていければなと思っています。

「JSFスウィングカーニバル」のステージで開会の挨拶 「JSFスウィングカーニバル」のステージで開会の挨拶をする榊原さん。JSFでは各ステージが始まるまえに、東日本大震災で被災された方や支援をしていただいた方に思いを込めて“1分間A(ラ)の音を奏でる”儀式を行っている。榊原さんの合図で、Aの音が奏でられた。

2016年から山野楽器さんが引き継いでくださり、続けて実現させてくださったのは大変うれしいことです。本来でしたら、私たちがやらなくてはいけないことですが、やはり48ステージをすべて市民の手で動かしていくにはできないこともあります。そういう意味で「JSFスウィングカーニバル」を通じた関係性は大事に考えていきたいと思っています。

 現在、実行委員会は2020年の第30回目のJSF向けて、中期ビジョン考えているところです。おそらくというか、間違いなく「JSFスウィングカーニバル」もその中の一つの目玉企画として残っていくと思います。他にも「ジュニア・ジャズ・ミーティング」といった全国から子供たちのビッグバンドが集まるステージも、大変な人気でお客さまが会場に入りきれないくらいになっていて、「JSFスウィングカーニバル」と並ぶステージがあります。こうしたJSFのイメージそのものを表してくれている企画は大切にしていきたいです。

私たちはJSFをむやみに大きくしようとは思ってはいません。規模的にも、今がいちばん良いバランスかもしれません。JSFでは「街にやさしく調和する」という言葉を使ってきました。これからも仙台の街と一体となって、参加する方も参加なさらない皆さんも一緒に、“このフェスティバル=市民の音楽祭を楽しもうよ” というスタンスを実現させていきたいと思っています。

おとまち佐藤 関 秀能さん 「おとまちではやりきれなかったけど、現場にいらっしゃる関さんたちだからこそ、できることが間違いなくあるなと、つくづく思いましたね」と佐藤。「よかれと思ったことは実行委員会にどんどん提案して、お客さまを飽きさせない新しい何かを今後はやっていきたいです」と関さん。

ソーシャル・キャピタルの実現に向けて

ヤマハの前身である日本楽器製造株式会社の第4代社長の川上源一は、“街に音楽が溢れているような世界をつくりたい”と考えていました。JSFのように音楽で盛り上がる仙台のような街が、日本全国の街に広まっていけば、それはやがて日本経済への発展につながると、おとまちは考えています。

音楽祭というイベントをつくり上げていくプロセスの中で、その街の人たちと自治体と企業がつながり、新しいアイデアが生まれたり、参加者がどんどん増えて、演奏や合唱の練習も盛んになり、街全体に活気がみなぎっていく。音楽祭当日だけでなく、準備というプロセスがあって、初めて結束力が深まり、達成感をみんなで味わえる。それが音楽祭を切り口とした街づくりであり、ソーシャル・キャピタルを実現するひとつの方法だと思います。

しかし、おとまちのチカラだけでは足りません。日本全国にある自治体や団体、地域に根ざした企業や楽器店との連携で、音楽による街づくりを推進していきたいと強く願っています。

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