【音像制御システム「AFC Image」使用事例レポート】ヌトミック音楽劇『彼方の島たちの話』/ 東京
Japan/Tokyo Nov. 2025
2025年11月22から30日まで、東京都世田谷区三軒茶屋にある「シアタートラム」において、ヌトミックの音楽劇『彼方の島たちの話』の公演が行われました。この公演では、イマーシブな音響演出を実現するヤマハの音像制御システム「AFC Image」が使用されました。
採用理由や目指した音響効果、公演での使用感について作・演出・音楽を手がけたヌトミック主宰の額田 大志 氏と、音響デザインを担当した稲荷森 健 氏にうかがいました。
世田谷パブリックシアター フィーチャード・シアター ヌトミック
音楽劇『彼方の島たちの話』について
・上演期間:2025年11月22日(土)~30日(日) シアタートラム
・劇場:シアタートラム(東京都)
・企画制作・主催:ヌトミック
・作・演出・音楽:額田大志
・音響デザイン:稲荷森健
・出演:稲継美保、片桐はいり、金沢青児、東野良平、長沼航、原田つむぎ
・演奏:細井徳太郎(Gt)、石垣陽菜(Ba)、渡健人(Dr)
ヌトミックの音楽劇『彼方の島たちの話』は、弔いのために海岸を訪れた人々が、記憶や思い出をたどるように現れるさまざまな存在と出会いながら、生と死に静かに向き合っていく物語です。過去と現在、此岸と彼岸が明確に分けられることなく、波のように重なり合い、立ち現れます。歌と語り、音楽と芝居が自然に溶け合う独特の表現によって、作品は観客を深い感情の海へと誘います。
『彼方の島たちの話』におけるヤマハ「AFC Image」について
本公演では、イマーシブな音響演出を実現する音像制御システム「AFC Image」が採用されました。さらに、俳優の位置情報をリアルタイムに追尾するTiMax社のオートトラッキングシステム「TiMax TrackerD4」と連携し、演者の動きに合わせて音像が移動する、リアルな音響空間が創出されました。
「AFC Image」スピーカー構成
使用スピーカー
| フロントスピーカー | 5台 | NEXO「P12」 |
| 舞台中スピーカー | 3台 | NEXO「P12」 |
| 舞台奥スピーカー | 2台 | NEXO「P10」 |
| サイドスピーカー | 2台 | NEXO「P15」 |
| サイドスピーカー(サブウーファー) | 2台 | NEXO「L15」 |
| リップフィルスピーカー | 6台 | NEXO「ID24-T」 |
| ウォールスピーカー | 6台 | NEXO「P8」 |
『彼方の島たちの話』+「AFC Image」インタビュー Part 1
作・演出・音楽 額田 大志 氏(ヌトミック主宰)
ヌトミックが追求する「今の話し言葉」と全編生演奏の音楽劇
額田さんが主宰するヌトミックが掲げる「音楽劇」のコンセプトについて教えてください。
額田氏:
ヌトミックの音楽劇は、いわゆるオペラやミュージカルとは異なり、「今の日本語の話し言葉で、音楽による劇を作ったらどうなるのか」という発想から生まれました。ですから、歌の旋律に言葉を乗せる従来の形とは違い、音楽とセリフが自然に交わる独自の形をとっています。
言葉が音楽に乗ることで、できることが増えますよね。メロディーやリズムに乗せると、普段では言えないことが言えたりします。例えば「お前ふざけんな」といった強い言葉も、ラップのように発したら、なんだか言いやすくなると思います。
「愛してる」という言葉も、歌でなければなかなか言えないですよね。
額田氏:
まさにその通りですね。カラオケではみんな普通に歌っていますが、日常会話で面と向かって「愛してる」と言うのはハードルが高いですよね(笑)。音楽には言葉の力を拡張する作用があると思います。ヌトミックの音楽劇でも歌うシーンはありますが、必ずしも歌わなくても、音楽があることでセリフのイメージが変わったり、使える語彙が増えたりする。そんな音楽劇の形を追求しています。
生のバンド演奏を使っているのはなぜですか。
額田氏:
僕は楽器が持つ音色の役割が非常に大きいと考えています。例えば、三味線が入れば日本的な文脈になりますし、バイオリンなどの西洋楽器が入るとオペラっぽくなる。一方で、エレキギターやエレキベースは歴史が比較的浅いので、観客に特定の固定観念を与えることが少ないと思います。さらにエレキギターなどはエフェクターを使うことで音色の自由度が飛躍的に高まります。今回の公演では録音された効果音を一切使っていません。SE的なサウンドも主にエレキギターの細井徳太郎さんのエフェクターワークで表現しました。ドラムやベースでも音響効果的なアプローチを行っています。
もう一つの強みは「リズム」です。音楽劇ではリズムが重要で、音楽が言葉を追い越したり、逆に溜めて後ろにいったり、あるいは音楽だけの時間を作ったりと常に変化します。こうした言葉と音楽の押し引きがバンドだとやりやすい。こうした理由でバンドをステージに上げています。
舞台の上に常にバンドがいるのも珍しいですね。
額田氏:
バンドをステージに上げているのは、そこに存在することで生まれる「緊張感」を狙っているからです。一般的なオペラやミュージカルでは楽隊と俳優が別々に稽古しますが、ヌトミックでは楽隊と俳優が1カ月ほど一緒に稽古を重ねます。長い時間を共有することで、言葉のニュアンスや音のタイミングが緻密に練り込まれます。また、楽隊も自然とセリフを覚えていくので、俳優の演技や言葉の微妙な変化に即座に音で反応できます。こうした理由から、バンドが俳優と等価な存在としてステージ上にいるのです。
「マイク芝居」の制約から解放する「AFC Image」の自然な音場
今回の公演ではヤマハの立体音響ソリューション「AFC」が使用されました。額田さんは、これまで立体音響を使った経験はありましたか。
額田氏:
これまでにマルチチャンネルスピーカーを使った演劇作品を2つ制作したことがあります。ただ、今回のようにプロセニアム形式の劇場で立体音響に取り組むのは初めてでした。
「AFC Image」を使用してみて、演出面での効果はいかがでしたか。
額田氏:
効果は非常に大きかったです。音楽劇では俳優はどうしてもマイクを使わざるを得ません。しかし従来の「マイク芝居」だと、俳優がどこにいても声は正面のスピーカーから聞こえてしまい、表現が平面的になりがちです。演劇において俳優が「どこから、どの方向を向いてしゃべるか」は非常に重要なんです。
その点、「AFC Image」は音響表現が立体的で、しかも発話している俳優の位置から聞こえるので、観客は芝居そのものに没入できます。演出面で言えば、稽古場で作り上げた緻密な演技を「マイク芝居」でもそのまま劇場へインストールできる。これは稀有なことで、本当に良かった点です。
「AFC Image」を使ってみて俳優のみなさんの反応はいかがでしたか。
額田氏:
俳優さんも「マイク芝居は難しい」とよく言います。稽古で積み上げた演技プランを変えなくてはならないことが多いからだと思います。マイクを使う場合、ある程度声を張らなければなりません。今回の出演者の中には、これまでのマイクを使う芝居では「小さい声が全然聞こえない」と言われてきた人もいました。だからといって声を張ると動きが連動して大きくなって、細かい機微が伝わりにくくなる。
しかし、「AFC Image」ではこうした弊害がありませんでした。俳優さんは自然な声量で演技でき、稽古場で作り上げた繊細な表現をそのまま劇場で再現できたようです。
「AFC Image」に加えて、俳優さんの位置を自動検出するトラッキングシステム「TiMax TrackerD4」を連携させ、俳優さんの動きに合わせて音像を自動追尾させました。従来の音響との違いは感じましたか。
額田氏:
今回は舞台上で俳優がかなり動きましたが、見ていて違和感がありませんでした。この「違和感がない」ということは、実はすごいことなんです。逆に自然すぎて、多くのお客様には効果が分かりにくいかもしれません。でも、それは演劇の作り手にとって非常に良いことだと思いますね。
今後、演出家として「AFC Image」をどのように使ってみたいですか。
額田氏:
今回の講演では、演奏者がセリフをしゃべるシーンがありましたが、今後は俳優が演奏し、演奏家がもっとセリフを話すような「演奏家」と「俳優」の境界がより曖昧になる作品を作りたいと強く思いました。「AFC Image」を使えば個々の音がクリアに聴こえるので、こうした演出がすごく映えます。今後、より多くの劇場に「AFC Image」が常設されることを期待します。
『彼方の島たちの話』+「AFC Image」インタビュー Part 2
音響デザイン 稲荷森 健 氏
音像移動の課題を解決できると直感し「AFC Image」を導入
稲荷森さんは額田さんが手掛ける演劇の音響をよく担当されていますが、今回『彼方の島たちの話』で「AFC Image」を使用した理由を教えてください。
稲荷森氏:
今回、私から提案させていただきました。2025年1月の公演でも立体的な音作りを試みたのですが、当時はチャンネルベースでの構築だったため、俳優の動きに合わせてミキサーを手動でオペレートして音像を動かす必要があり、非常に緻密な作業を強いられました。
以前から「AFC Image」については専門誌や、「KAAT神奈川芸術劇場」での事例を見ていて、そのポテンシャルに注目していました。今回のシアタートラムでの公演が決まった際、前回苦労した「音像移動のシームレスな実現」にはこのシステムが不可欠だと直感し、ヤマハさんに相談させていただきました。
ただ、システムがあるからといって音を派手に回すような演出ではなく、あくまで「そこに実在する音」を感じさせる、リアリティのある音場を作ることに徹しました。
実際に「AFC Image」を使ってみて、どのような印象でしたか。
稲荷森氏:
驚いたのは、最初のサウンドチェックの瞬間ですね。ミュージシャンのフェーダーを上げた途端、音がスッと適切な位置に定位し、そこに奏者が「居る」という確かな実在感が立ち上がったんです。従来のシステムのように、パンニングで時間をかけて「場所を探る」必要がありませんでした。音を出した瞬間に空間が完成するそのスピード感と精度には、エンジニアとして強い衝撃を受けました。
それは通常のLR方式のPAのサウンドとは全く違うものですか。
稲荷森氏:
全くの別物です。通常のPAでは、演奏者の生音の出どころと、拡声するスピーカーの位置に物理的なズレがあるため、どうしても「スピーカーから鳴っている音」という分離感が生じてしまいます。「AFC Image」の場合、フェーダーを上げるだけで生音の延長線上に再生音が重なり、極めて自然に馴染みます。PAを通していることを意識させない、理想的な鳴り方だと感じました。
ステージ袖にはLRのメインスピーカーが設置されていました。それはどんな用途なのですか。
稲荷森氏:
演出上、空間全体を面的に押し出すようなパワーが必要なシーンを想定して、高出力のサイドスピーカーをあらかじめ準備していました。当初の計画では、そのサイドスピーカーを駆使してステレオで緻密に音を作り込み、作品のスケール感を担保するつもりだったんです。
ですが、いざ「AFC Image」と比較してみると、ステレオイメージをどれだけ作り込んでスケール感を出そうとしても、このシステムが持つ「そこに音が実在する」という説得力と迫力の両立には、どうしても勝てませんでした。
結局、本番ではサイドスピーカーに頼る必要はなくなりました。エンジニアとして作り込んだステレオの世界観を、システムの圧倒的な実在感が軽々と超えていった感覚です。
「AFC Image」搭載の「3Dリバーブ」も劇中で使用していましたね。
稲荷森氏:
「3Dリバーブ」は、声楽家でもある俳優が歌唱するラストシーンに限定して使用しました。一方で、ギターやドラムなどの楽器類には、あえて「DM7」内蔵のデジタルリバーブを使い分けています。「3Dリバーブ」は空間的に極めて自然で、上質なホールの響きを見事に再現してくれますが、楽器にはポピュラー音楽的な「音色としての味付け」が必要な場合もあります。ホールの豊かな響きと、音楽的な演出としての残響。その役割の違いを改めて実感する機会になりました。
音だけで動きが見える「リアル」な追従性と、ライブでの可能性
俳優の位置に音像を自動追従させるトラッキングシステム「TiMax TrackerD4」とヤマハ「AFC Image」とを連携させましたが、使い勝手はいかがでしたか。
稲荷森氏:
今回の導入は、トラッキングシステムとの連携が前提でした。舞台上の動線は大枠では決まっていますが、生身の俳優が演じる以上、その日のコンディションや感情の乗り方によって、歩く速度も立ち止まる位置も微妙に変化します。
「TiMax TrackerD4」は、そうしたライブならではの流動的な動きをリアルタイムで確実に捉えてくれました。エンジニアが手動のオペレーションに忙殺されることなく、俳優の繊細な演技に合わせ、常に自然な定位を維持し続けられたことは、現場において極めて大きなメリットでした。
お客さんの反応はいかがでしたか。
稲荷森氏:
非常に手応えを感じました。特に印象的だったのは、視覚に障害のある方のためにオーディオガイドを導入した回でのフィードバックです。「音の定位が驚くほどリアルだった」という感想をいただいたのですが、これは制作者として本当に嬉しい言葉でした。役者の足音や地声といった「生音」の出どころと、スピーカーからの「拡声音」が一致していたため、音だけで舞台上の動きが鮮明に伝わったのだと思います。
本来、視覚情報を補うためのオーディオガイドですが、今回は音響そのものが空間の状況を雄弁に物語っていた。「AFC Image」の真価が発揮された瞬間だと感じました。
今後も「AFC Image」を使ってみたいですか。
稲荷森氏:
ぜひ継続して使っていきたいですね。今回の現場で具体的なノウハウを蓄積できたので、次はさらに踏み込んだ活用ができると考えています。特に音楽を主体とした作品との相性は抜群です。フェーダーを上げるだけで理想的な定位と高い解像度が手に入る。舞台音響の新たなスタンダードになる可能性を強く感じています。
お忙しい中、ありがとうございました。
ヌトミック
https://nuthmique.com
ヤマハ音像制御システム「AFC Image」について
「AFC Image」とは
「AFC Image」は、音像を3次元的にかつ自在に定位・移動させることで、演劇、オペラ、コンサート、インスタレーションなど多彩なシーンでイマーシブな音響演出を可能にするオブジェクトベースの音像制御システムです。
主な特長
- 洗練されたGUI上でのオブジェクト操作や音像サイズ調整により、緻密かつ迅速な音像コントロールが可能
- 特定のスピーカーセットにのみオブジェクト再生を割り当てできるスピーカーゾーニング機能を搭載
- 3Dリバーブシステムを搭載し、それぞれのリスニングエリアにて臨場感ある残響と音場を実現
- DAWやコンソールのパンニング操作を実空間の形状に最適化するレンダリングエリアコンバージョン機能を搭載
詳しくは「AFC Image」製品ページをご覧ください。