インタビュー:クリス・テイラーに聞く「RIVAGE PM10」
クリス・テイラーについて
ミュージシャン、ミキシングエンジニア、そして音響システム設計者であるクリス・テイラーは、これまでの豊富な経験を生かして、ヤマハのコンソール設計・開発に携わっています。
クリスは、故郷の米国テネシー州メンフィスで、地元のバンドや教会で演奏やレコーディングをしながら、ミュージシャンとしてそのキャリアをスタートさせました。ほどなく彼は、「Up With People」のギタリストとなり、ツアーで各地を飛び回る生活を歩み始めました。
クリスが音響のキャリアをスタートさせたのは、電子工学の準学士号を取得し、自身のサウンドプロダクション会社を設立したことがきっかけでした。彼は、コンウェイ・トゥイッティ、ケニー・ロジャース、エイミー・グラント、バーケイズなど、数多くのカントリー、コンテンポラリー・クリスチャン、およびR&Bのライブツアー向けに音響システムを提供しました。
ツアーの世界で、より芸術的な側面に集中したいと望んだクリスは、自身のサウンド会社を解散し、エイミー・グラント、マイケル・W・スミス、デ・ガーモ、キー・バンドなどのコンテンポラリー・クリスチャン系アーティストを対象に、ミキシングやプロダクションスキルを生かしたサービス提供を始めました。その後、長年にわたり、クリスはバーブラ・ストライサンド、デイヴィッド・フォスター、ジャネット・ジャクソン、ジュエル、喜多郎、レーナード・スキナード、マイケル・ジャクソンなどのアーティストのライブツアーのミキシングも手がけました。
その他の実績として、テレビの表彰番組のミキシングおよび音響コーディネートやデザインも手がけており、その一例として、1995年のグラミー賞、CMTミュージックビデオ・アワード、ドーブ・アワード、MTVアワードなどに携わっています。また、セントラルパークで行われたガース・ブルックスのライブコンサート、バーブラ・ストライサンドのHBOスペシャル、デイヴィッド・フォスターのヒット・マン、ジョシュ・グローバンのPBSスペシャルと、コンサートのテレビ放送なども手がけています。テレビ放映されたこれらの音楽/音響イベントへの貢献が認められ、クリスはエミー賞のサウンドミキシング賞にノミネートされたほか、サウンドミキシング部門での優れた実績を称えるエミー貢献賞を受賞しました。そのほかにも、アシュリー・クリーヴランドのグラミー賞受賞アルバムなど、数々のオーディオおよびビデオレコーディングを含む豊富な実績を残しています。
2003年、クリスは米国でヤマハの一員となり、ヤマハ業務用音響システム部門の地区販売マネージャーの道を歩み始めました。3年間のセールス経験を経た後、ヤマハ本社のR&Dマネージャーとなり、現在は、ヤマハの業務用ミキシングコンソールの開発をサポートしています。
インタビュー
R&Dチームの一員として、そして現役のミキシングエンジニアとして、RIVAGE PM10開発にどのように携わったのか教えてください。
まずはR&Dチームが集まり、ヤマハの新たなフラッグシップコンソールのデザインと操作性を決定するところから始まりました。私たちは長年にわたってコンソールユーザーと親密な関係を築いてきており、彼らの持つニーズについては相当の理解がありました。それで、ヤマハのユーザーが求めている特徴について話し合いを始めたのです。例えば、PM1DとPM5Dのフル仕様の SELECTED CHANNELセクションは、他のメーカーがあまり採用しなかったコンセプトでありながら、幅広い支持を得ていました。フル仕様のSELECTED CHANNEL機能は必須である、というのが私たちの結論でした。こうした熱のこもった話し合いを重ね、RIVAGE PM10のデザインと機能の基礎が固まりました。
次のステップは、フラッグシップに相応しいプラグイン案を組み立てることでした。私たちは選択肢を一覧化し、Rupert Neve氏の製品が今回のフラッグシップコンソールに最も相応しく、最も評価されるはずであるという結論に至りました。そこで、R&DチームはヤマハとRupert Neve Designs社との戦略的な協業関係の基盤を整え、これがRIVAGE PM10に採用されている優れたオーディオ技術の開発につながりました。加えて、TC Electronic社 や Eventide社 などの他のパートナー企業もRIVAGE PM10のプラグイン開発で協業しています。
私はDr. Kのチームに加わり、RIVAGE PM10に不可欠な要素となったVCMテクノロジーを用いた開発に携わりました*。私は主に、音質評価の観点からVCMプラグインの開発に取り組み、チームと共にハイブリッド・マイクプリアンプ用のトランスフォーマーエミュレーションと、新しいチャンネルEQの開発を行いました。
オペレーティングシステムとハードウェアの開発が完了に近づいた時点で、著名なミキシングエンジニアを何名か招き、ミキシングシステムの評価と意見を求めました。専門家である彼らには、新しいトランスフォーマー/SILKハイブリッド・プリアンプの品質も評価してもらいました。日本のヤマハ本社での試聴テストなど、プロジェクトを通してこうした評価プロセスを重ねました。
試作の段階で、RIVAGE PM10の信頼性と利便性をテストすべく、米国のR&Dチームが実際にコンソールを使ってライブコンサートを行い、操作性と音質を評価しました。
*Dr. Kこと国本利文は、VCM(Virtual Circuitry Modeling)テクノロジーを開発したヤマハ研究開発部門のK’s Labチームの責任者です。
音質はRIVAGE PM10を決定づける特長であり、ハイブリッド・マイクプリアンプはその重要な要素となっています。その点についてお聞かせ下さい。
ヤマハが設計したハイブリッド・マイクプリアンプは、低歪み、低ノイズ、高入力インピーダンス、優れたコモンモード制御、および入力ソースの正確な再現能力という特長を全て兼ね備えています。トランスフォーマーエミュレーションによるSILKハイブリッド・プリアンプを追加することで、デジタルコンソールがまだ存在しなかった頃のアナログサウンドに近い、より深みと華やかさのあるサウンドが生み出されます。
この新しいハイブリッド・マイクプリアンプは、エンジニアが求めるデジタルとアナログ両方の強みを提供します。ミキシングエンジニアは、最高に透明感のある良質なデジタルサウンドを得られると同時に、優れたアナログコンソールの趣きや華やかさのある質感を加えることもできます。しかも、それをチャンネル単位で選択することが可能です。RIVAGE PM10は、ヤマハ史上最高の音質を実現したコンソールであり、今日の市場においても、おそらく最高峰の音質を誇るライブコンソールと言えるでしょう。
RIVAGE PM10にはRupert Neve Designs社と共同開発されたプラグインが多数使われていますが、その協業はどのように実現されたのでしょうか?
ヤマハとRupert Neve Designs社が協業するまで、ニーヴ氏がデジタル製品を支持したことはありませんでした。ルパート・ニーヴ氏が認めたプラグインは、ヤマハの製品だけです。
デジタル分野でヤマハ製品に搭載するRupert Neve Designs社プラグイン/機能の全ては、Rupert Neve Designs社の全面的な承認が必要でした。承認プロセスには、デジタル製品とそのモデルとなるオリジナルのアナログ製品の音声を直接比較する試聴プロセスも含まれます。
RIVAGE PM10は、音質のみならず、ユーザーインターフェースの面でも優れています。PM1Dの後続機として、ここまで価値ある存在にしている要素は何でしょうか?
PM1Dは、コントロールしやすい、アナログに似た操作性で広く評価されていました。RIVAGE PM10では、ユーザーに似たような操作感覚を維持してもらいながら、同時にそれほど物理操作子に頼らない、より現代的なタッチスクリーンを中心とした操作システムも併せて提供するという課題が待ち受けていました。私たちは、ユーザーが短い習得期間で容易に使用できる操作環境を提供することで、おそらくその目的を達成できたと思います。RIVAGE PM10は、物理操作子による直感的な操作も十分に備えながら、必要に応じてタッチスクリーン操作も可能になっています。
新しいユーザーインターフェースのデザインは、経験豊富なエンジニアが持っていたデジタルコンソールへの大きな不満の一つを解決すべく、複数のタスクの同時操作が容易に行えるように設計されています。RIVAGE PM10は、エンジニアが一度に単一の操作しか行えなかったデジタルコンソールのあり方を根底から変える存在です。
SELECTED CHANNELのレイアウトやパラメーター設定などの改良内容について、もう少し詳しく教えてください。
SELECTED CHANNELは、チャンネルストリップ操作に必要な全てのコントロールを包括的に備えるよう設計されました。
私が一番重視したレイアウトの特徴は、各「ベイ」が全く同じように動作するという点でした。左側のベイでできることは全て、中央あるいは右のベイでも行うことができます。これによって、オペレーターが個々のニーズに合わせて、最大限の柔軟性を持ってコンソールをセットアップすることができます。DCAを左側に置きたいのであれば、そうすることが可能ですし、MIXセンドを中央で行いたいのであれば、そうすることも可能です。RIVAGE PM10は、現在入手可能なコンソールの中でも、最も高い柔軟性を誇るコンソールです。
特殊なSELリンクとベイリンクの機能も非常に興味深いです。コンソールのカスタマイズ機能について、もう少し詳しく教えてください。
本コンソールは、それぞれのオペレーターが使い慣れたスタイルで操作できるように設計されています。重要なインプットレイヤーは常に使用できるようになっており、例えば、複雑なプログラミングやチャンネルバンクのレイアウトを事前に決める必要なく、コンソールをセットアップしてミキシングすることができます。固定のレイアウトがあることで、プログラミングでミスがあっても、チャンネル操作ができなくなることはありません。必要なチャンネルは常にベースレイヤーでアクセス可能です。3つあるベイのそれぞれに12 のカスタムフェーダーレイヤーが搭載されています。コンソールは、SELリンクやベイリンクを何も設定せずに、各フェーダーバンクが独立して動作できる状態の時、最も柔軟性が高くなります。こうすることで、各パネルを個別に操作することが可能になります。このモードでは、全てのSELキー操作がSELECTED CHANNELパネルと連動し、各スクリーンでは異なるチャンネルを選択して操作することができます。
SELリンクを設定すると、スクリーンがSELECTED CHANNELベイのチャンネル選択に連動できます。あるいは、対応するベイのSELボタンでスクリーンと連動し、その他のベイに連動しないようにするという選択肢もあります。ベイリンク機能を使うと、バンク切り替えが他の2つのベイと連動します。
RIVAGE PM10は、自分が望む作業スタイルに合わせて、好きなように操作することが可能です。繰り返しになりますが、RIVAGE PM10は最高に柔軟性の高いコンソールなのです。
音質とユーザーインターフェースの評価はどのように行ったのですか?
音質の評価は、3つのコンソールの比較によって行い、各コンソールの入出力両方を同時に切り替えるリレー式切り替えシステムを用いました。EU、米国、日本、および内部スタッフの代表者らを集め、評価者に音源を選択してもらい、コンソールを自由に切り替えてもらいながら、ブラインド比較試聴テストを実施しました。全ての試聴テストは、最も公平で正確な比較方法となるよう、RIVAGE PM10のデジタルトランスフォーマーやSILK機能を使用せずに行われました。
ユーザーインターフェースの開発は、著名なミキシングエンジニア陣からの助言も得ながら、主に内部チームによって行われました。ヤマハのコンソールは、モニターミックスで広く使われてきたため、私たちはFOHオペレーションのみならず、モニターミックスのオペレーションにも特に多くの時間を費やして開発しました。
RIVAGE PM10で TWINLANeとDanteのハイブリッドネットワークシステムを採用した理由は何だったのでしょうか?
ヤマハのTWINLANe(ツインレーン)接続システムは、大規模かつ高性能なデジタルオーディオ伝送用に特別に開発されたものです。セットアップ方法と使い方はシンプルでありながら、400チャンネル、96kHz、32-bitのオーディオ伝送が可能です。TWINLANeは、最高峰の性能と信頼性を誇るシステムで、高品質なデジタルオーディオ伝送を可能にします。RIVAGE PM10には、できる限り最高のオーディオ伝送品質と信頼性が求められ、TWINLANeはまさにその条件を満たしています。
Danteは、ヤマハのみならず、その他数多くのユーザーに選ばれているデジタルオーディオネットワークです。RIVAGE PM10は、Danteネットワークへの接続に対応しており、その他のDante対応製品との柔軟なシステム接続を実現しています。
最後に、ユーザーが期待できるRIVAGE PM10の利点を簡潔に述べるとするならば、どうまとめますか?
今現在、最も音質に優れ、かつ容易に使いこなせるコンソールを求めるならば、間違いなくRIVAGE PM10でしょう。