HPH-MT8インタビュー / 音楽プロデューサー・エンジニア Mine-Chang 氏
Japan/Tokyo, May 2017
高域や低域がしっかり出て解像度が非常に高いヘッドホンです。
ヘッドホン特有の中高域のピークが丹念に抑え込まれている
Mine-Changさんは普段どんなヘッドホンをお使いですか。
ヘッドホンを使うシチュエーションは多いので、ブランドにはこだわらずその時に気になっているものも含めてヘッドホンはすごくたくさん買うんです。でもこの20年間、飽きずに使っているのは日本のスタジオの定番のものと、海外のスタジオで定番のもの、その2つです。
ヘッドホンはどんな場合に使用するのですか。
ヘッドホンは耳の近くで音が鳴るし、スピーカーで再生する時のように部屋の影響も出ないので、分析的に音を聴く時に使用します。実際、音の本当に細かい部分、ディテールなどはスピーカーよりヘッドホンのほうが断然聴きとりやすいですね。
ヤマハのHPH-MT8を試した印象はいかがでしたか。
高域、低域がしっかり出ていて、スタジオのモニターっぽい感じの音だと思いました。ただ、よくオーディオ製品の誉め言葉で、「フラットで色づけがない」と言いますけど、HPH-MT8は決してフラットではないと思います。高域がやや強調されており、歪みなどの問題を発見しやすいチューニングだと思いました。高域に鋭い共振が無いのが良いと思いました。
それはどういうことでしょうか。
ヘッドホンにはどうしても、中高域で共振するポイント、キーンと強調される帯域があるんです。僕はそれが気になってしまうんです。「そこは気にしない」というタイプのヘッドホンがほとんどですが、HPH-MT8の音を聞くと、設計者の中に、ヘッドホンの中高域のピークを気にする人がいて、その帯域を丹念に補正してチューニングしたんだな、と感じました。
「ヘッドホン特有の中高域のピーク」がないということは、どんなメリットがあるのでしょうか。
例えば、ディストーションギターは高域にエネルギーがすごくあるサウンドなので、中高域にピークがあるヘッドホンで聴くとギターが「ヒーヒー」言っているような感じがします。音が耳に痛いノイズのように感じられることがあります。それでミキシング時に無意識にそこを抑えると、普通のスピーカーで再生した時その部分だけがゴソッとない、ということが起きてしまうんです。
HPH-MT8は高音も低音も良く出て、超低域のイコライジングが分かりやすい
解像度に関してはいかがですか。
解像度でいえば、普段使っているヘッドホンよりHPH-MT8のほうが断然高いと思います。ほかのヘッドホンでは聴き取れなかったような音の重なりやディテールが聴き取りやすいです。これも中高域のピークがないので、隠れていた部分が聞こえるようになったのだと思います。
音域に関してはいかがでしょうか。
HPH-MT8は高音も低音もよく出ますね。ハイレゾ音源の再生に向いているんじゃないでしょうか。
「HPH-MT8はあまり低域が出ない」という声もありますが、その点はいかがですか。
いや、低音はすごく良く出ています。逆に300Hz〜500Hzあたりの中音域が抑えられているのではないかと思います。60Hzより下の低音は、普通のヘッドホンよりもずっと出ていますよ。ただ昔のロックなどの録音だと50Hz以下をバサッと切っていることが多いので、そういう音楽をHPH-MT8で聴くと、ちょっとスカスカした印象になるのかもしれませんね。でも最近の音楽、特にヒップホップのキックなどは、60Hz以下の低音がブーストされて入っていることが多いので、HPH-MT8で聴くとかなり迫力があると思います。今の低音がたっぷり入っている曲だったら、むしろ低音が出すぎなくらい出てます。
最近のヒップホップの超低域はHPH-MT8のほうが良く聞こえるのでしょうか。
そうです。最近はキックに音程がついていて、キックとベースが一体化した曲が多いのですが、そういう音をちゃんと聴こうとしても、今までのヘッドホンでは聴き取れなかったんです。もし聴くとしたらレコーディングスタジオにあるラージモニターを使うしかなかった。でもHPH-MT8なら、そういう低音の音色や音の長さ、超低域でどんなイコライジングが施されているか、といったことをしっかり分析できます。例えば、TR-808のキックの原音はVUメーターの針が振れるばかりで聴感上の音量が稼げないことがあります。そんな場合はミキシングの時に出過ぎている帯域をカットして足りないところを足していくのですが、そういったミキシングの時、HPH-MT8は低域がつかみやすいです。しかもHPH-MT8は高域も出るんですよ。
高域も凄いのですか。
よく使っている海外の定番ヘッドホンも高域はわりと出るのですが、HPH-MT8はもっと出ますね。高域が出ると歪みが分かりやすくなるので、その分全体の音量を下げることができます。そうすると小音量で作業できるから、今までより冷静に音楽が聴けるんですよね。HPH-MT8を使うようになってから「しっかり高域が出るモニターで作業するのはいいもんだな」と思うようになりました。
HPH-MT8の音質をチェックするとしたら、どんな曲がおすすめですか。
Radioheadの「Burn The Witch」がおすすめです。この曲は、低域が豊かで音の情報量が多く、高域は柔らかいのにパンチがある、という今風の音です。この曲の「耳に痛くない高音」がミキシングのお手本になると思っています。このアルバムはNigel Godrichというプロデューサーの作品ですが、彼が手がけた作品の音は素晴らしいですね。
その他にHPH-MT8で気に入った点はありますか。
装着感がいいです。HPH-MT8はイヤーパッドが四角なんですが、円形よりも頭への接地面積が広くなって側圧が分散されるので長時間使っても疲れにくいです。実際、他のヘッドホンより疲れません。それにクッションのパッドの感触もいいですね。
スピーカーとヘッドホンは、互いを補完する関係
Mine-Changさんはミックス作業の時、スピーカーとヘッドホンをどのように使い分けているのですか。
僕にとってヘッドホンは「音の解像度を上げてディテールを分析するためのツール」です。やっぱり耳もとで音が鳴るので、マクロ的に細かい部分が聴き取りやすいんです。スピーカーはその逆で、空気を通して聴きますから、音楽の全体の仕上がりを俯瞰で見るような聴き方ができます。ですから僕にとってヘッドホンとスピーカーでは求めるものがまったく別なんです。もともとヘッドホンとスピーカーでは周波数特性も位相特性もまるで違うので、同じ音にはならないし、同じ音にする意味もないと思っています。実際、DSPを使って逆特性を入れることでヘッドホンの音をスピーカーに近づけてみたことがあるんですが、そうするとヘッドホンを使う意味がなくなってくるんですよね。同じ音ですから。単にヘッドホンを装着している時の「暑い」というデメリットだけが浮き彫りになるだけだったんですよ。やっぱりヘッドホンにはヘッドホンの良さがあるので、スピーカーとヘッドホンはあくまで別物であって、互いを補完する関係が理想だと思います。
Mine-Changさんの理想のヘッドホンとは、どんなものでしょうか。
僕がヘッドホンに求めるものは、周波数特性のバランスが良いこと、細かい音が聞き取りやすく判断がしやすいか、装着性の良さです。特に重量が軽いことは大事です。HPH-MT8ももっと軽かったら、もっと長時間使いたいと思います。
HPH-MT5は高域も低域も欲張っていない分、中域がしっかり聴こえて使いやすい
HPH-MT8の兄弟モデルで、もう少し軽いHPH-MT5がありますので、ちょっとお試しいただけないでしょうか。
おお、これは軽くてとてもいいですね。(しばらく実聴)初めて聴きましたけど、これ、すごくいいです。でも音色は結構違いますね。中低域の特性が全然違います。情報量はHPH-MT8に遜色ないぐらいあるけど、高域が突出していない。低域も超低域を欲張っていない分、中域がしっかり聴こえるのでとても聴きやすいです。HPH-MT8はかなり攻めた特性になっていますけど、HPH-MT5はリスニング用としてもいいんじゃないでしょうか。緻密な聴き方をするならHPH-MT8のほうが上ですが、長時間聴いたり、楽器を演奏しながら音を聴くミュージシャン用のモニターにはHPH-MT5のほうがいいかもしれないです。結構気に入りました。
もう1台HPH-MT7というモデルがあります。こちらもぜひお試しください。
HPH-MT7は逆に、いわゆるヘッドホンらしい特性を持っていますね。これだけ丸い形をしているのも、そういうことだと思います。中域にピークがありますが、それがある意味でわかりやすい。僕が使っている海外の定番のヘッドホンに方向性が似ている気がします。これはオーソドックスタイプのモニターヘッドホンとして使えると思います。
本日は多忙中お時間をいただき、ありがとうございました。
Profile
1999年より今井了介氏のプロダクションアシスタントとして業界キャリアをスタートし、エンジニアリング、プログラミング等のスキルを習得。
2005年より自身のトラックメイク・作曲・ボーカルディレクション・ミックスによる楽曲制作を開始。楽曲「Dream Land」(コカ・コーラ社CMに採用)、アルバム「Japana-rhythm」(オリコンチャートで1位)などをリリースし、ミックスエンジニアとしても、倖田來未をはじめ多くのアーティストのヒット曲に携わる。
2015年よりフリーランスとして活動を開始し、tofubeatsの「POSITIV」、Little Glee Monsterなとのレコーディングに携わる。