HPH-MT8インタビュー / マスタリング・エンジニア 森﨑雅人

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Japan/Tokyo, July. 2019

聴いたことがないほどの解像度の高さ。
0.1Hzの違いが分かります

フルデジタルで構築されたマスタリングスタジオ「ARTISANS MASTERING」

最初に、森﨑さんが所属しているARTISANS MASTERINGスタジオについて教えてください。

ARTISANS MASTERINGはプロダクション「TinyVoice,Production」のマスタリングスタジオとして設立されました。このスタジオもまだできたばかりです。最大の特長は、すべてがデジタルで完結する点です。

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フルデジタルのマスタリングスタジオは珍しいのでしょうか。

日本では非常に珍しいと思いますね。特にすべてをPCの内部でやってしまうマスタリングスタジオは、ほとんどないと思います。ここにこられると、みなさん、たいていびっくりされます。

フルデジタルでマスタリングスタジオを構築したのはなぜですか。

近年、音の作り方が劇的に変わってきました。すこし前なら、音楽制作は最終的に44.1kHz/16bitのCDのフォーマットに収めて完結していたと思うんです。
しかし最近ではCDだけでなく、さらに高音質なハイレゾ、mp3などの圧縮音源、YouTubeなどの配信音源と多岐にわたります。またリスニングスタイルとしても CD は減ってきて、定額で聴き放題のいわゆる「サブスクリプション」が増えています。
例えばCDフォーマットに合わせてアナログ機材を駆使して 44.1kHzのデータを仕上げ、そこからMP3の音源を書き出すと、どうしても音のリアリティが一段落ちるんです。
そこを何とかしたい、MP3でもアーティストの気持ちがしっかり伝わるマスタリングがしたいとずっと思っていました。もちろん、アナログ機材の魅力というのは重々承知なのですが、思い切ってプラグインだけで仕上げてみたら、音の鮮度が有り、輪郭がはっきりと聴こえるので音像が大きく、立体感ある音を再現することが出来たんです。
実際過去に半年ぐらい、アナログでマスタリングしたものとフルデジタルでマスタリングしたものを両方制作してクライアントに選んでもらいましたが、思った以上にデジタルで仕上げたものが選ばれました。
そんな流れもあり、これならいけるぞというのもあって、フルデジタルのマスタリングに踏み切りました。

スタジオの「音」の環境についても教えてください。

箱としての特長は「ちょっと響きがある」という点で、これも日本では珍しいタイプのスタジオです。日本のマスタリングスタジオは多くの場合、響きがないデッドなスタジオが多いのですが、ここは海外のスタジオを意識しているといえるでしょう。スピーカーの後ろの壁に工夫があるため、小型のモニタースピーカーのみで、まるでサブウーファーが鳴っているようなローエンドを再現することが出来ます。後ろの壁には吸音パネルを吊っていますが、左右に数cm程度動かせるようにしています。スピーカーの角度を調整した後、吸音材の位置を微調整することでフラッターエコーが完全に出ない状態まで追い込むことができるんです。

ノイズ確認用とモニター用で使い分けていたヘッドホンがHPH-MT8で1台に

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それではヘッドホンについてうかがいますが、マスタリングの作業ではどんな時にヘッドホンを使用するのですか。

ヘッドホンはマスタリングには欠かせない道具です。マスタリングの仕事とは「音を調整する作業」と「マスター制作」であり、いわば音源の品質管理です。その品質管理にかかわるノイズチェックをする時には、必ずヘッドホンを使うようにしています。より正確にチェックするためにはエアコンや足音など、外からのノイズが聴こえない状態で行うのがベストですからね。これが第一の用途。そしてもう一つはヘッドホンでのリスニングに対する音決め用。オケとボーカルのバランス、低域のバランス、高域の抜けなどが、ヘッドホンとスピーカーでは印象が変わってしまうことがあるので、そのモニター用としてヘッドホンを使います。

つまりノイズチェック用とモニター用の2つの用途があるということでしょうか。

はい。そしてヤマハのHPH-MT8を使うまで、ヘッドホンはノイズチェック用と音決め用でそれぞれ使い分けていました。音決め用は15年ぐらい前からずっと海外製の開放型のヘッドホンを使っていて、そしてノイズチェック用はスタジオの定番のヘッドホンを使っていました。

用途に応じてヘッドホンを使い分けていたわけですね。

はい。ですから、それまでは音決めをしつつノイズを除去するためにはヘッドホンを頻繁にかけ換えなくてはいけなかったんです。でもHPH-MT8を使うようになってからは1台で済むようになりました。1台で間に合えば、時間の節約にもなりますし、ヘッドホンを交換することなく作業に集中できます。さらに言えばHPH-MT8は音の精度が非常に高いので、音量を上げなくてもノイズやバランスが分かりやすい。結果的に耳が疲れなくなりました。そのメリットも大きいと思っています。

今までのヘッドホンがcm単位だとしたら、HPH-MT8はmm単位で見える

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話が戻りますが、最初にHPH-MT8を使った時の印象を聞かせてください。

まずHPH-MT8は音の解像度が素晴らしいと思いました。僕が聴いてきたヘッドホンの中では最も解像度が高いです。今まで聞こえていない音がこんなにあったのか、と驚いたほど。言ってみればいままでcm単位でしか見えなかったものが、mm単位で見えるようになった、それくらいの違い。ピントがずれていた眼鏡がビシッとあった、という感じでしょうか。そのぐらい音がグワッと見えましたね。だからもう、これしかないと思いました。たとえばHPH-MT8なら0.1Hzの差が分かります。マスタリングでローカットをするとき、26.5、26.6、7、8、9、と追い込んでいきます。この0.1Hzで全くニュアンスが変わるのですが、HPH-MT8はそこまでしっかりとついてきてくれます。

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再生帯域についてはいかがでしょうか。

ローエンドに関しては、密閉型なのに自然に低い周波数まで聴こえると感じました。普通なら密閉型はやはり少しボワッとするものですが、それがありません。上の音域については、1kHzから4kHz、さらに8kHzぐらいまで、目立ったピークがなく、フラットに伸びていきます。これも普通のヘッドホンならちょっとハイが上がり気味になるところですが、それが無くフラットです。

「フラットである」ということはマスタリング作業では大きなメリットなのでしょうか。

マスタリングにとって、フラットさは非常に重要です。たとえば楽曲のどこかにピークがあったら、マスタリング・エンジニアはそこを抑えようとします。ただその時、ピークがあるヘッドホンを使っていたら、「これはヘッドホンのクセだから削っちゃいけない」というフィルターをかけなくてはなりません。逆に「このヘッドホンは低音が出にくいから、低音はこれくらい抑えてあっても出ているはず」といった補正を頭の中ですることもあります。でも、ヘッドホンの音がフラットなら、余計なことは考えずに聴こえたまま仕上げればいいので、間違いのない音に仕上がります。事実HPH-MT8だけでマスタリングした楽曲もあるぐらいです。

HPH-MT8は「1kHzの音」と「音符の長さ」の再現性が優れている

HPH-MT8は解像度が高く、低音も高音も伸びが良くてフラット、ということですが、ほかに森﨑さんが感じた点はありますか。

一つ言えるのは「1kHzの音の再現性」の素晴らしさです。1kHzの音というのは、木を叩いたときの音に近いんですよね。コツンっていうアタックです。これは非常に特徴的な音で、1kHzより上になると硬くなり、1kHzよりも低くなると柔らかくなる。HPH-MT8は、この1kHzの、何とも言えない木のコツンというアタック感を非常に正確に再現してくれます。

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「1kHzの音」を再現するのは難しいのでしょうか。

写真で言えば光の影響を受けやすい「肌色」と同じように、再現が難しい音です。ですからヘッドホンをチェックする時には1kHzの音を聴くんです。HPH-MT8はとても正確です。それともうひとつ、僕が大切にしているのは、音符の再現性です。

音符の再現性、とはどういうことでしょうか。

僕のマスタリングの手法にも関わっていますが「正しい演奏の音符の長さ」、つまりベースがブーンと鳴ったら、白玉でここまで伸びてほしい、という長さまで音がきちんと伸びているかどうか。たとえば周波数特性で勝負すると、ヘッドホン、スモールモニター、ラージモニターで、それぞれ鳴りが全然変わってしまいます。でも周波数特性ではなく演奏が正しく聴こえるようなマスタリングをすれば、どんなシステムでも音楽は正確に再生されるんです。

音符の長さ、ということでは最初のアタックと音の消え際が大事ですよね。

そうなんです。すべての音において、出る瞬間と消え際に音のニュアンスが存在します。たとえばボーカルで言えば、口が開いた瞬間の細かなニュアンス、ブレスの部分など。HPH-MT8は音の立ち上がりが非常に速いですね。また消え際に関してもよく聴こえますが、これは多分、HPH-MT8の遮音性、密閉性が高いからよく聴こえるのだと思います。

アルミダイキャストでなければ出ない音がちゃんと出ている

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装着性などについてはいかがでしょうか。

とてもいいですね。僕は眼鏡をするので、ヘッドホンのイヤーパッドは重要なんですが、いい感じです。それと重さについても、最初はやや戸惑いましたが、1年使っていたら全く気にならなくなりました。HPH-MT8はアルミなどを使ってつくりがしっかりしていますが、これは音質を良くするためには必要なのだと思います。アルミダイキャストでなければ出ない音がちゃんと出ています。

最後に、森﨑さんがリファレンスで使う音源を参考までに教えてください。

スピーカーやヘッドホンのチェックには、音数が少ない音源が分かりやすいです。
特にセンターのボーカル、キック、ベース、スネアの定位がしっかりしている音源が良いです。
私は憧れていたマスタリング・エンジニアであるトム・コインが手掛けた作品をリファレンス音源に使用しています。
例えばデスティニーチャイルドの『Say My Name』やdoubleの『Crystal』というアルバムですね。
特に『Sweet time』という曲は毎日聴き返していて、今までで10万回ぐらい聴いています。
透明感あるボーカル、キックとスネアのグルーブ、立体感が素晴らしいです。ぜひ聴いてみてください。

本日は多忙中お時間をいただき、ありがとうございました。


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森﨑雅人Profile
1970年6月生まれ。音響技術専門学校を卒業後、1995年音響ハウスに入社。バンドもの、アーティストもの、劇伴、CM音楽など、あらゆる録音現場を体験し、スタジオワークを習得。そのレコーディングエンジニアの修行中、運命的に出会ったのが「 トム・コイン氏のマスタリング音源」だった。その音への感動の衝動が抑えられず、マスタリング・エンジニアへの転向を決意。2000年サイデラ・マスタリング入社。2018年10月からTinyVoice,Productionに所属する。世界最先端のマスタリングを常に意識しつつ、ハイレゾ・マスタリングからMP3まで、琴線に触れる音を日々探求している。


データ

製品情報 HPH-MT8