新時代の木製フルートを産み出すヤマハフルート工房探訪

新時代の木製フルートを産み出す - ヤマハフルート工房探訪

ヤマハフルート工房探訪
「新時代の木製フルートを産み出す」

バロック&古典音楽のソロや室内楽を中心に限定的にしか使われて来なかった
伝統的な木製フルートの殻をあえて破り、
オーケストラや大ホールなど現代の音楽環境の中で普通に使える「モダン」木製フルートを開発したヤマハ。
木工技術の粋を集めて作られているこの楽器の製作現場を訪ねた。

この記事は2002年3月に管楽器の専門月刊誌「PIPERS 247号」に掲載されたものです。

INTERVIEWEE インタビュイー

[顔写真]

Kazuhiro Takahashi

高橋一広さん ヤマハ・管教材楽器設計課(2002年 当時)

「モダン」木製フルート 
現代の環境で普通に使える
フルートを

ヤマハの木製フルートは、発売されてもう2年になるんですね。あまり宣伝もなさらずに?

生産が限られている上に、注文に追いつかない状況が続いているものですから。99年に1号機が完成し、工藤重典さんがそれでレコーディングなどもされています。発売当初から内外で非常に高い評価を頂きました。

開発は長く進めていたわけですか?

以前から研究は行っていましたが、製品化は早かったと思います。木の加工法など、クラリネットやオ―ボエで培ったノーハウを利用出来ましたから。

ここ数年、様々な木製フルートが登場していますが、そんな中でどういった楽器を作ろうと?

社内でも侃々諤々の議論があったんですよ。結局、木製フルートが持つ過去のイメージを一切取り払い、全く独自の発想で作ってみようと。
と言いますのは、古くからある木製フルートは柔らかい音は出ますが、音量が出ないために、現代のオーケストラや大きなホールにはそぐいません。音程面にも種々、問題がある。どちらかと言うとトラヴェルソに近い特殊なフルート、というイメージですよね。限られた音楽の限定された用途に向けて、一種、レトロな楽器を復刻したところで、我々に何か意味があるのだろうか。そうではなく、現代の環境で普通のフルートとして使える、いわば「モダン」木製フルートを演奏家の方々に提供できるとしたら、これは大きな意味があるし、ヤマハとしても挑戦のし甲斐がある。もちろん木の持つ音の柔らかさ、温かさ、人間味などを最大限に引き出してくれる楽器としてですが。
工藤さんはじめ多くの方がおっしゃったのは、バロックや古典のチェンバロと合わせるような曲で、それにふさわしい美しい音が出るのは当然として、モーツアルトのコンチェルトをオーケストラバックで吹くような時でも、しっかりと音が聞こえるような楽器にして欲しい、ということでした。我々の基本コンセプトも、正にそこに置きました。そのために、設計やデザイン等、出来るだけ普通のフルートに近づけるよういろいろ努力したんです。

というのは?

例えば、重さですね。伝統的な木製フルートは、平均して530~550gとかなり重いんです。持ち慣れてない方は1時間も吹くと手がとても疲れてきます。我々の楽器は普通の金属のフルートとほぼ同じ重さ、430~450gしかありません。まず、その軽さに皆さんビックリされると思いますね。

[写真]ヤマハ木製フルートのトーンホール部

ヤマハ木製フルートのトーンホール。金属フルート並の大きさのトーンホールを開け、最大限の音量と正確な音程を確保するために、音孔をはめ込み式にしてある。超精密な仕上げで、見ただけでは削り出しとしか見えない。伝統的な木製フルートは、管の肉厚部分を水平に削り出して作るため、音孔を大きくしようとすると肉厚を厚くせざるを得ない。

どうやって軽くしたわけですか?

従来の加工法では、必然的に管体が太くならざるを得ません。伝統的なドイツ製のもので、肉厚は約4ミリ前後。金属のフルートは0.35~0.4ミリです。比重や特性が大きく違いますので直接的な比較はできないのですが、グレナディラは木材でも最も重い部類なので、やはり管が厚くなるとかなり重くなります。厚いと音はダークになり、音量は出なくなります。

ヤマハの肉厚は?

3ミリちょっと。加工出来るギリギリの薄さにすることが出来ました。これ以上薄いとキーポストのネジが固定出来なくなったり、金属との接合がうまくいきません。変形も生じやすくなります。木のノーハウがあるとはいえ、これほど薄い楽器は我々も未体験でしたので、最初は非常に苦労しました。しかしそのおかげで、音量的には金属のフルートとほとんど変わらないものを作ることが出来ました。
頭部管との抜き差し部分も、従来の作り方だと重くなりますが、金属のフルートと同じ方式にして軽くしてあります。普通の銀製の頭部管がそのまま入ります。響きを阻害する余計なものを出来る限り省くことで、音響的にもメリットが生まれますね。
肉厚では、もう一つ、音孔(トーンホール)の問題が絡んで来ます。音孔は大きいほど青量が得られますから、伝統的な木製フルートでも4ミリの厚さの中で精一杯大きな音孔を開けているんですが、それでも普通の金属のフルートに比べればまだ小さいんです。それによって音量だけでなく、音程面でも犠牲を強いられます。伝統的な木製フルートの最大のネックですね。

音孔は管体に対して水平に削り出さなければいけないわけですね。肉厚が薄いと音孔は……

伝統的な作り方では、さらに小さくなりますね。が、今回われわれは、この薄さで逆に普通のフルートと同じ大きさの音孔を開けようと。それが設計の大きなテーマの一つでした。

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音孔をはめ込むわけですね。クラリネットやオーボエの一部の音孔も、その方式で作られています。とは言え、技術的には非常に難しく、ただはめ込んだだけでは必ず歪みが生じて上手く行きません。固定するには相当なノーハウが要求されるんですが、幸い我々は木材加工の専門家と一緒にクラリネットやオーボエでこの技術を確立していますので、加工面では比較的苦労なくこの問題をクリア出来ました。こうした技術がヤマハの一番の強みでしょうね。

トーンホールの形状と位置を普通のフルートと変わらずに作ることが出来たということですね。

はい。結果として、音程的にも音量的にも、皆さん「普通のフルートと全く変わらない!」と驚かれますね。

金や銀に並ぶ楽器 
音量・音程・吹奏感の良さに
驚く……

前号のフルートデュオ対談で前田綾子さんが、「木管フルートの持つ本来の柔らかさを一番持っている楽器」ともコメントしています。

そう言って頂けるのが一番嬉しいです。サイトウキネンオーケストラなどで最初から使って頂いている工藤さんにも、同じような評価を頂きました。1号機が出来たとき、我々は「こんなに鳴るフルートでいいのか?」と思ったんですけど、それでも古い伝統的なイメージをまだ引きずっていたのか、工藤さんからは「まだ大人しい」と言われました。さらに頭部管の肉厚や歌口の形状、管体の処理の仕方などを研究して、木管の良さを失わずに、さらに響きを大きくするように改良して行ったんです。

[写真]ヤマハ・カスタム工房の木製フルートの製作現場

ヤマハ・カスタム工房の木製フルートの製作現場。伝統的な工房と変わらず、一人で一本を作れる腕を持つ少人数の技術者たちが、手作業で入念な製作を行っていた。頭部管と歌口はベテランの宮本晴彦さんが、すべて一人で仕上げを行う。

歌口には、削り出しのリッププレートが付いていますが。

金属のフルートから持ち替えたときに違和感がないように、形状も普通のフルートに似せて作っています。じつは、歌口部分の管の直径は銀のフルートよりもかなり大きいんですが、歌口のカーブなど形状をかなり工夫して、クリアに音が立ち上がるようにしています。「スタッカートもきちんと出来て、音は柔らかく」という希望がやはり多いんです。歌口は、ベテラン技術者がすべて手で仕上げを行っています。

頭部管は2タイプを揃えていらっしゃる。

ECタイプはとても吹奏感の良い歌口で、銀のYFL-894、874に標準で付いているものとほぼ一緒です。低音もよく鳴り、持ち替えたときに違和感がありません。HCタイプは、より木管的な音を持っています。音の色彩感をより際立たせたい、微妙な色合いを付けたいという方に向いています。

海外のフルーティストで愛用している方は?

フランス国立管弦楽団首席のフィリップ・ピエルロさんは、今までヤマハの金を使っていましたが、今はオーケストラでもすべてヤマハの木製に替えられた。弦楽器の人たちに特に評判が良い、とおっしゃっていました。

金から木製ですか?

何の苦労もなしに替えられたようです。「出てくる音は違うけれど、音量もあるし音の通りもよい」とおっしゃっています。ウィーンフィルのディーター・フリューリーさんも、もう長くヤマハを愛用されてますが、最近この木製にとても興味を持っていらっしゃる。同団ピッコロ奏者のフェダーゼルさんも同じですね.他にフィラデルフィア管弦楽団首席のジェフ・ケーナーさんは、H足部管のオフセットタイプを使われていますし、つい最近はコンセルトヘボウ管弦楽団でも3本購入されたというニュースが入って来ました。

木製フルートは、かつてバロック音楽などで限定的に使われた時代とは明らかに違う楽器になるのかも知れませんね。

歌口の当て方や息の出し方など、かなり慣れないと吹けない、というイメージが木製フルートにはありましたが、これからは「銀や金のフルートを選ぶのと同じ感覚で木製フルートを選ぶ時代だ」と……これは工藤さんがおっしゃった言葉ですけども。

[写真]ヤマハ豊岡工場にて

ヤマハ豊岡工場で。右がヤマハ管楽器製作の中枢を担う技術部やカスタム工房のある建物。カスタム以外の各種管楽器は左の建物で製作され、ざっと見学するだけでも小一時間を要した(管楽器は他に埼玉工場でも製作されている)。

DIGRESSION 取材余禄

「管楽器と木」の迷信と誤解

同じグレナディラでも、重い木ほど響きは良い?

「木自体が違えば、比重の違いは音に影響しますが、同じ木で比較した場合は、重い方が響きが良いということはありません。大抵の場合、重い材料は生木の状態で水分を多く含んでいますから、それを加工するとどんどん形が変わっていき、良いことはありませんね。適度に湿度が調整された木が楽器には最適です」

できるだけ長い期間、天然乾燥させた木ほど楽器には適している?

「木は寝かせればいいというわけではなく、楽器に適したある目標の状態になっているかどうかの方が問題です。特に日本では、ある年数を経ると木の状態はほとんど変わらなくなります。
我々も、欧州と日本で充分に天然乾燥させた木を沢山もっていますが、その木で作った楽器と、何年か天然乾燥させ、その後、ヤマハ独自のシステムで調湿させた木で作った楽器とでプレイヤーの方々にテストをお願いしたところ、ほとんどの方が後者を選びました。これは我々にも意外でした。
その木が楽器に適した状態にあるかどうかは、見ただけではもちろん分かりません。ヤマハでは木の状態を測定する技術を開発し、楽器に適した材料を選び出しています。
人工的な乾燥を取り入れると楽器の耐久性に問題が出るのではないか、と疑問視される方もいますが、これも、木の湿度など、楽器に適した状態になっているかどうかの問題で、乾燥し過ぎた木は、むしろ割れやすい、と言ってもいいでしょうね」

楽器の木の良し悪しは目で見て大体判断でき、目が詰まって見える木ほど良い?

「とおっしゃっている方が多いのですが、木の目が詰まって見える楽器は、大抵の場合、表面の塗装にだまされていることが多いようです。いかにも良い木を使っているように見える博物館の名器などをよく見ると、じつは厚化粧だった、ということがよくあります。完成された楽器の状態で木の良し悪しを判断するのは非常に難しいですね。
最近はクラリネットなどでもそうですが、無駄な塗装を無くすような方向にあるかも知れません。ヤマハの木製フルートも、響きを最大限に引き出すために、意識してマット(つや消し)調に仕上げています。厚化粧よりは素肌で勝負したい、という我々の意欲の現れなんです」

COLUMN ヤマハ木製フルートを吹いて

「音が生きている!」

阿部博光 Hiromitsu Abe フルート奏者/北海道教育大学岩見沢校教授(2002年当時)

銀のフルートは35年、金のフルートも学生時代から25~26年ほど吹いて来て、数年前から木管フルートを吹くようになりました。
最初は興味本位で、伝統的な古い木管フルートをイメージしていましたが、最近になって、木管フルートに新しい音色の可能性を感じるようになりました。それまでの銀製や金製フルートとは異なる息づかいやイメージ、表現力の世界が拓けて来たように感じています。
逆に言うと、木管フルートは今までとは違った様々な表現法や演奏法を教えてくれる、ということです。ですから、いろんな人が木管フルートを体験してみれば金属のフルートに対するイメージ、というよりフルートそのものに対するイメージも変わって来るだろうと思っています。
金属の楽器では、ともすると大きな音、強い音の中で音色の変化などを求めがちになりますが、木製の楽器では弦楽器のような音の陰影や、空気に溶け込むような音など、幅広い表現力を教えられるはずです。
私は一昨年、ヤマハ木製フルートが出たとほとんど同時に、期待をもってこの楽器を吹いてみました。オーボエ、クラリネット、ピッコロなどで実績を上げ、木をよく知るメーカーだけに、それがとても良いかたちでフルートに現れたと感じました。なにしろ、とても良く音が生きているのです。
じつは今日も細川順三先生の演奏(2月2日/旭川市大雪クリスタルホールでのリサイタル。ヤマハ木製フルートを使用)を聴いて、先生の素晴らしい演奏と相まって音が生きているのが客席によく伝わって来ました。同時に、明るさとふくよかさも強く感じられました。
吹いていて楽しく、触るだけでも嬉しい……ヤマハ木製フルートはそんな楽器だと思います。練習するのが苦痛ではなくなり、何より生きた音を体験させてもらえたことを嬉しく思っています。

[写真]蒔絵フルート拡大

蒔絵フルート!

ヤマハ木製フルートが人間国宝の高橋節郎氏の手で豪華な蒔絵フルートに生まれ変わり、愛知県豊田市美術館に収められた。同美術館からの特注で、銀製キイと18K金製キイの2本のヤマハ木製フルートに、金・銀・プラチナ箔と漆塗り技法で装飾されたもの。2月17日に地元出身の高木綾子さんの演奏でお披露目演奏会が同美術館で行われた。

※この記事は2002年3月に管楽器の専門月刊誌「PIPERS 247号」に掲載されたものです。

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