コンサートレポート

コンサートレポート

東京文化会館《響の森》Vol54
川瀬賢太郎指揮東京都交響楽団 若林顕(ピアノ)

2024年9月30日(東京文化会館)

 2024年9月30日、東京文化会館大ホールにおいて、川瀬賢太郎さん指揮による東京都交響楽団の「響の森Vol54」のコンサートが開催されました。プログラムは前半がメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」、後半がラフマニノフのピアノ協奏曲第3番で、ピアノのソリストは若林顕さんが務めました。

 まず、交響曲「イタリア」は明朗で輝かしく、躍動感あふれるシンフォニー。その奥にバロック的、厳粛的な雰囲気、民俗舞曲の要素などが見え隠れしています。川瀬さんと都響はメンデルスゾーンの絵画的な旋律を浮き彫りに、かの地を思わせるような晴れやかな演奏でコンサートの幕開けを飾りました。

 後半はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番が登場。このコンチェルトを得意とする若林顕さんが、圧倒的な迫力と存在感で熟成したピアニズムを披露し、43分以上という長大な作品で聴衆の心をわしづかみにしました。
 1909年から翌年にかけて、ラフマニノフは自身がアメリカの演奏旅行で演奏するためにピアノ協奏曲を書きました。初演はラフマニノフのピアノ、ウォルター・ダムロッシュの指揮によって1909年11月28日にニューヨークで行われ、その翌年1月16日に再びニューヨークで作曲家のマーラーの指揮によって再演され、いずれも好評を博しています。
 ラフマニノフのピアノ曲は、彼自身のピアニストとしての才能をあますところなく表現したもので、そのダイナミックな和音効果には目を見張るものがあります。ピアノ協奏曲第3番では、冒頭の印象的な主題が最後まで重要な役割を果たし、オーケストラの哀愁を帯びた旋律もロシア的で親しみやすく書かれいます。若林さんは、冒頭からゆったりとしたテンポで繊細さを大切にしながら弾き始め、悲痛な表情に満ちた第1主題、叙情的でかろやかな第2主題へと歩みを進めていきます。この冒頭のオーケストラの序奏に次いで奏でられるピアノの主題は、つい口ずさみたくなる親密的でシンプルな美を備えた、ラフマニノフならではの名旋律。それを若林さんは聴衆に語りかけるように紡いでいきます。
 第2楽章は「間奏曲」と名付けられている哀愁と甘美な表情を備えた楽章で、若林さんは華麗な歌心を醸し出しながら次の楽章へと続けて入っていきます。
 第3楽章はエネルギッシュな第1主題と情緒あふれる第2主題によるソナタ形式が印象的な楽章ですが、若林さんは終楽章らしいメロディアスな楽想を前面に押し出し、フィナーレへと突入していきました。
 思い起こせば、彼のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を初めて聴いたのは、1987年のエリーザベト王妃国際コンクール第2位入賞に輝いた現地での演奏でした。このときは優勝したアンドレイ・ニコルスキーも同曲を演奏し、本選ではまったく異なる技巧、表現、解釈のラフマニノフを2回も聴くことができ、この作品への新たな発見をいくつも得ることができたことを鮮明に覚えています。
 あれから37年。みずみずしく推進力に富んだラフマニノフを聴かせてくれた若林さんは、いまや深々と聴き手の心に響く音楽を奏でるピアニストに変貌し、今回のラフマニノフもピアノと一体化し、その可能性を探求した作曲家の想いに寄り添うようヤマハのCFXを豊かにうたわせ、ラフマニノフの歌心を徹底的に追及した「うたうラフマニノフ」を遺憾なく発揮しました。

 音楽は不思議なもので、あるひとつの旋律を聴くと、前に聴いたときのことがバーッと脳裏に蘇り、そのときの自分の状況、一緒に聴いた人のこと、その演奏をした人、またその場所や時間などが一瞬にして思い起こされることがあります。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の冒頭の旋律がまさにそれでした。若林さんは37年前のベルギーへと私を導き、国際コンクールの取材に明け暮れていたときのことを思い出させてくれ、感無量でした。
 彼の演奏は大きな変化と円熟を示していますが、果たして私はこの間どのくらい音楽の聴き方が成長したのか、考えさせられた一夜でした。これも音楽の力でしょう。

©飯田耕治 写真提供:東京文化会館

Text by 伊熊よし子