コンサートレポート

コンサートレポート

富士山 河口湖 ピアノフェスティバル 2024

2024年9月20日~23日(河口湖ステラシアター、河口湖円形ホール、河口湖美術館、河口湖総合公園)

 2021年のスタート以来、辻󠄀井伸行さんがピアニスト・イン・レジデンスを務める「富士山河口湖ピアノフェスティバル」。4回目となる2024年は9月20日(金)~23日(月・祝)の4日間にわたって開催され、全国から訪れた観客が自然と一体となった音楽祭を楽しみました。

 美しい湖を有し、富士山の雄姿を間近に臨む地で開催される「富士山河口湖ピアノフェスティバル」。古代ローマ劇場のような可動屋根付き野外ホール「河口湖ステラシアター」や、ピアニストの息づかいまで聴こえる「河口湖円形ホール」、そして広々とした芝生が広がる公園。それぞれに特色ある会場で、ジャンルや編成を超えた個性豊かなアーティストの演奏が繰り広げられます。
 年々パワーアップし、今年はピアニスト・イン・レジデンスの辻󠄀井さんを始め、日本を代表するピアニストである加古隆さんと清水和音さん、ジャズピアニストの小曽根真さんに加え、チェンバロ界の第一人者である曽根麻矢子さん、世界的バイオリニストの三浦文彰さん、ジャズ界に彗星のごとく現れたトランペット奏者、松井秀太郎さんが登場。さらに、梅田俊明さん率いる東京フィルハーモニー交響楽団が出演しました。

 「富士山河口湖ピアノフェスティバル」ならではの楽しみのひとつが、富士山麓に広がる大草原で自然の音や風とともに音楽を楽しむピクニック・コンサートです。雨天のため1日延期になったものの、当日は辻井さん、小曽根さんによる世界最高峰の演奏に会場は大いに盛り上がりました。

 辻󠄀井さんが連日登場する3つのガラ・コンサートにも、毎年注目が集まります。
9月21日(土)に開催された「辻󠄀井伸行 河口湖スペシャルGALA」は、ファーストステージで久石譲と坂本龍一、セカンドステージではラヴェルの名曲が披露され、美しい響きで会場を魅了しました。
9月22日(日)は、「辻󠄀井伸行 加古隆、小曽根真 THE PIANIST GALA」。ジャンルを超えた日本を代表するピアニストが登場し、ピアノの多彩な魅力を届けました。

 フェスティバルの盛り上がりが最高潮に達した最終日には、「小曽根真 清水和音 辻󠄀井伸行 ナンバーワンGALA」が開催されました。
公演前にステージに姿を現した辻󠄀井さんは、「とても豪華で聴き応えがあるコンサートになると思います」と紹介。「ナンバーワンGALA」の名が冠されたこのコンサートでは、小曽根さんがショスタコーヴィチ、清水さんがブラームス、辻󠄀井さんがチャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第1番』を演奏します。さらに、「ナンバーワン」にはいずれ劣らぬ一流ピアニストという意味も込められており、東京フィルハーモニー交響楽団との競演にも期待が高まります。

 最初に登場したのは、小曽根さんとトランペット独奏に迎えた松井さん。ショスタコーヴィチ『ピアノ協奏曲 第1番』の正式名称は『ピアノとトランペット、弦楽合奏のための協奏曲 ハ短調』であり、トランペットは重要な役どころです。
 トランペットの音色に導かれて憂いを帯びた旋律が始まり、やがて一気に加速する第1楽章。ショスタコーヴィチらしい作品にふたりの個性が重なる世界に、会場は瞬く間に熱を帯びます。
 第2楽章、第3楽章と変幻自在に展開していくなか、小曽根さんがオーケストラの音を全身で感じてそれに応え、エネルギーのやり取りをしていく様子がよくわかります。これまで共演を重ねてきた松井さんとも息ぴったり。
 スピード感とリズム感にあふれた最終章では、小曽根さんと松井さんの対話のようなかけ合いが。一期一会の『ピアノ協奏曲 第1番』です。
ピアノとオーケストラがギャロップするなか、トランペットが高らかに鳴り響いてクライマックスを迎えました。
 「途中で、ショスタコーヴィチは『俺はこんなことを書いていない』と言っていたと思いますが、楽しんでいただけましたでしょうか」
小曽根さんの言葉に、会場から大きな拍手が沸き起こります。
「音響、照明、プロデューサー、スタッフ、そしてこの町のすばらしいボランティアのみなさんのおかげで、僕らはこんなに幸せな時間を持つことができます」
 演奏家はもちろん、町民やボランティアスタッフ、そして聴衆の情熱が一体となって生み出す温かい感動は、このフェスティバルの魅力のひとつです。
さらに、使用したヤマハのコンサートグランドピアノCFXについて「演奏を聴いてピアノの音がいいなと思ったら、それは僕ではなくピアノだと思ってください」と話し、笑いを誘いました。

 続いて披露したのは、ポーランドの舞曲のリズムやフィーリングから着想を得た小曽根さんの作品『オベレク』です。実は前日の公演では、ジャズピアニストの壷阪健登さんとの2台ピアノでこの曲を演奏していますが、ピアノ&オーケストラバージョンはこれが初公開。
 小曽根さんのトリオのメンバーであるきたいくにとさん(パーカッション)もゲスト出演し、オーケストラならではの厚みある音とともに唯一無二の世界を描いていきます。魂がぶつかり合うような鼓動と躍動、プリミティブなエネルギーに、会場がひとつになりました。

 最後は松井さんとともに、「チャイコフスキーが書いていないバージョンの『ナポリタンダンス』」(小曽根さん)を披露。歌心にあふれる松井さんのトランペットにも、称賛の声が上がりました。

 第2ステージは、清水さんによるブラームス『ピアノ協奏曲第1番』。ブラームス初期の約50分におよぶ大作です。
オーケストラによる力強い序奏が続き、その後ピアノがひっそりと語りかけるように加わります。その繊細で美しい響きに、会場中が惹き込まれていくのがわかります。
 ブラームスの『ピアノ協奏曲第1番』は当時、「ピアノの助奏付き交響曲」などと評されました。しかし、どちらも主役といった風情はほかのピアノ協奏曲にはない個性。清水さんのピアノは、オーケストラとシンフォニックに対話しながらも、存在感にあふれ心に訴えかけてきます。
 憂いを秘めた2楽章は、美しい弱音が印象的。3楽章では、力強くアグレッシブなピアノがその静謐を突き破り、オーケストラへと引き継ぎます。ピアノに導かれ、迫力に満ちた合奏で曲が閉じられると、会場は割れんばかりの拍手に包まれました。

 アンコールは、ショパンの『ポロネーズ第6番「英雄」』。その渾身の演奏は重みがあるのに軽やかで重層的。40年以上にわたって第一線で活躍し続けてきた清水さんの完璧なまでの高い技巧と豊かな音楽性をあらためて感じさせるステージとなりました。

 GALAコンサートを締めくくるのは、辻󠄀井さんによるチャイコフスキー『ピアノ協奏曲』。チャイコフスキーの出世作であり、人気が高い作品です。
 熱気にあふれた会場が、辻󠄀井さんの登場によってさらなる盛り上がりを見せます。
 20分以上におよぶ長大な第1楽章はホルンから始まる冒頭から、ピアノの輝かしい和音へ。それに乗ってストリングスが歌い、美しい世界へと聴き手を誘います。やがてピアノへとメロディーが受け継がれると、あたかもピアノと一体となったかのような演奏が聴衆の心をつかんで離しません。
 華やかなカデンツァや連続オクターブも圧巻。オーケストラとの親密な調和も美しく、ドラマチックに曲が発展していきます。
 繊細さと力強さを見事に描き分ける辻井さんの演奏は圧倒的なエネルギーに満ち、聴衆を圧倒。壮大な盛り上がりで絶頂に達して曲が終わると、一瞬の間も置かずに拍手喝采と「ブラボー」の声、そしてスタンディングオベーションで会場中が最大級の賛辞を送りました。

 アンコールはリスト 『リゴレット(演奏会用パラフレーズ)』。華麗な曲調のなかで高度な技巧を存分に発揮した演奏は、奥深く表情豊か。眠るような静けさから輝かしいコーダで曲が締めくくられると、聴き手の興奮と感動は万雷の拍手となっていつまでも会場に響いていました

 クラシックから近現代の作品によるプログラムが組まれ、ジャンルを超えたピアノの楽しさと奥深さを届けた第4回「富士山河口湖ピアノフェスティバル」。
 「来年、再来年もずっとこのフェスティバルが続いてくように、育てていきたいと思っています」と辻󠄀井さん。自然とピアノのハーモニーは、ますます多様で魅力的なものになっていきそうです。

©Tomoko Hidaki

Text by 福田素子