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ピアニスト黒田亜樹のミラノ通信

チャオ! イタリアより黒田亜樹です!
イタリアと日本を行き来しながら書き続けたこの連載もいよいよ最終回。最後のクライマックスとして賑々しく、イタリアのピアノ曲をご紹介いたしましょう。

(毎月1日、15日頃更新。※更新日は、都合により前後する場合がございます。)
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pianist 黒田亜樹

pianist 黒田亜樹
東京芸術大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、イタリア・ペスカーラ音楽院高等課程を最高位修了。 フランス音楽コンクール第1位。フランス大使賞、朝日放送賞受賞。ジローナ20世紀音楽コンクール現代作品特別賞受賞。現代音楽演奏コンクール(日本現代音楽協会主催)で優勝、第6回朝日現代音楽賞受賞。 卓越した技術と鋭い感性は同時代の作曲家からの信頼も高く、「ISCM世界音楽の日々」「現代の音楽展」「サントリーサマーフェスティバル」「B→Cバッハからコンテンポラリー」などに出演、内外作品の初演を多数手がけてきた。

現代音楽の分野にとどまらず、葉加瀬太郎(ヴァイオリン)、小松亮太(バンドネオン)、三柴理(筋肉少女帯)、藤原真理(チェロ)、漆原啓子(ヴァイオリン)、橋本一子(ジャズピアノ)、RIKKI(島唄)らと共演。ポップス、タンゴ、ワールド・ミュージック、アヴァンギャルド、舞台音楽など、ジャンルを超越したユニークな活動を行っており、TV番組やCM音楽の作曲やアレンジ等も数多く、作曲家植松伸夫氏の指名により収録した「ファイナルファンタジーXピアノコレクション」でも話題となる。傾倒するアストル・ピアソラの演奏に於いて内外の評価を確立し、ビクターより2枚のアルバム「タンゴ・プレリュード」「タンゴ2000(ミレニアム)」をリリース。アルゼンチン・タンゴの本質を捉えた表現と大胆なアレンジは各方面で注目される。

以後、ミラノに拠点を構え、イタリアやスイスなどの作曲家・演奏家とのコラボレーションで、欧州各国へ活動の場を広げており、クラリネットのアレッサンドロ・カルボナーレとイタリア、日本で定期的にデュオを続けるほか、オーボエのダヴィド・ワルター、トランペットのアントンセン、プロメテオSQ、指揮のジョルジョ・ベルナスコーニらと共演する。サルデーニャ・カリアリのSpazio Musica現代音楽祭では、図形楽譜を含むブソッティ最新作、「Tastiera Poetica(詩的鍵盤)」(2008)を世界初演した。

イタリア・パルマのレッジョ劇場で、70年代ロックのカリスマ、キース・エマーソンの代表作「タルカス」を、作曲家マウリツィオ・ピサーティと共に現代作品として蘇演、ムソルグスキーの「展覧会の絵」との斬新な組み合わせで、聴衆に熱狂的に迎えられる。
引き続き、ミラノでレコーディングした3rdアルバム「タルカス&展覧会の絵」をビクターより発表。ロック、クラシックファン双方から支持されキース・エマーソン自身より賞賛される。2009年シチリア・カターニアのエトネ音楽祭にて、ELPのフィルムとともに「展覧会の絵&タルカス」を演奏。満場の観客を総立ちにさせた。

20世紀作品を中心としたレパートリーでは、ソロ活動のほか国内外の主要なオーケストラ、アンサンブルと共演しており、レパートリーには、ジャズの即興演奏のカデンツァを含むレジス・カンポのピアノ協奏曲のほか、シェーンベルクのピアノ協奏曲、エマーソンのピアノ協奏曲、ジャレルのピアノ協奏曲「Abschied」、南聡のピアノ協奏曲「彩色計画」などが含まれる。

各地での活発なセミナーのほか、ミラノG.マルツィアーリ音楽院より定期的に特別講師として招かれ、国際コンクールの上位入賞者を多数輩出。ピアノ演奏法の優れた教師としても知られる。


No.3リストのいる風景・ミラノ

2013.08.23更新

チャオ! イタリアより黒田亜樹です!
在住10年のうちに見えてきたミラノの魅力、イタリアの真実を、ミラノ通信としてお届けしています。今回は、わたしが住むイタリアのピアノの伝統が、リストと深いつながりがあるというお話です。

リストが生誕200周年を迎えた2011年は、彼の音楽で世界中が満たされ、リスト好きのわたしには夢のような一年でした。じつはミラノはリストと縁の深い土地。1837年にリストがミラノで最初に開いたコンサートは、今もミラノに残る出版社リコルディの創業者ジョヴァンニ・リコルディが用意しました。
ミラノ近郊のコモ湖に浮かぶベッラージョで暮らしつつ、マリー・ダグーが後にワーグナー夫人となるコジマを出産したのも、《巡礼の年 第2年「イタリア」》 が書き始められたのもこの年でした。

自身もスカラ座にたびたび出演しながら、師匠サリエリ譲りのオペラ好きから劇場に足しげく通いつめ、膨大なオペラ・パラフレーズを書き残しました。『ピアノのパガニーニ』とリストが呼ばれたのも、ミラノでの演奏会を評した言葉です。

ピアノメソードを見直してみる

リストは学生の頃からずいぶん弾いてきましたが、飽きることがありません。
子ども時代、練習曲やソナチネに飽きた頃に先生からリストをやってみないと言われると、大人の世界に足を踏み出したようで小躍りしたものです。命令されると気乗りがしなくても、自分から率先してやってみると楽しくて仕方がないのです。ブルグミュラーのエチュード全集を録音したとき、子どもの頃の印象よりずっと魅力にあふれていることに改めて目から鱗が落ちました。だから生徒さんに曲をすすめるときも、その魅力を生徒さん自身で発見してもらうように心がけています。

ミラノの仕事仲間にも素晴らしいピアニストが大勢います。先日2台ピアノの指導の合間にスクリャービンをさらっていると「これ知っているかい?」と同僚のヴィットーリオが弾いてくれたのは、スクリャービンに少し似たアレンスキーやグラズノフ、ミャスコフスキー。ここの音楽院(ミラノ国立ヴェルディ音楽院)のピアノの生徒たちに課題として与えているのさ、といたずらっぽく話してくれました。彼らとはしばしば生徒の学習教材の話題で盛り上がります。

日本でよく知られるブルグミュラーも、イタリアでは《バラード》など数曲がピアノ初心者のための選曲集などに収録されているだけ。《18の練習曲》や《12の練習曲》などはリコルディの出版譜も絶版状態です。イタリアではちゃんとピアノの勉強をさせているの、と不安になりますが、ピアノを発明したのはイタリア人のクリストフォリ(1655-1731) ですし、鍵盤音楽史に不可欠なフレスコバルディ(1583-1643)やスカルラッティ(1685-1757)といった作曲家がイタリア人なのは周知のとおり。ピアノを学ぶにあたって誰もが勉強するクレメンティ(1752-1832)もイタリア出身で、モーツァルトと演奏の腕前を競い、ベートーヴェンを教えたヨーロッパを代表する作曲家でした。彼が残した練習曲集《グラドゥス・アド・パルナッスム》やソナチネは、弟子であるクラーマー(1771-1858)やモシュレス(1794-1870)、ツェルニー(1791-1857)の練習曲とともに、国立音楽院の課題曲に取り入れられています。
その他、バイエルやバルトークのミクロコスモス、デュベルノアなど日本でもよく知られた名前に混じり、ロシア・ピアノメソードを拓いたアントン・ルービンシュタイン(1829-1894)や、ツェルニーの弟子でリストとピアノの腕前を競い合った名ピアニスト・タールベルク(Sigismund Thalberg 1812-1871)の名前も課題曲として目を引きます。

ヨーロッパでは定番 ナポリ・ピアノメソード

国立音楽院でたびたび練習曲が課題にのぼるロンゴ(Alessandro Longo 1864-1945)は、スカルラッティのロンゴ番号でも知られる優れたピアニストで音楽学者、作曲家。ナポリの国立音楽院に学び、後年音楽院長も務めましたが、彼が学生時代にナポリ音楽院で学んだチェージ(Beniamino Cesi 1845-1907)こそ、ヨーロッパ中で知られたナポリ・ピアノメソードの創始者です。

チェージはタールベルクの薫陶を一身に受けた一番弟子でしたが、アントン・ルービンシュタインがサンペテルスブルグ音楽院を開いたとき、ピアノ教師として招かれ、長く彼の地で教鞭を取りました。今でもイタリアのピアニズムがタールベルクやロシアメソードと密接に関わっているのは、チェージに端を発していたのです。

ロンゴとともにチェージの薫陶を受けたもう一人のピアニスト・作曲家が、近代イタリアの純粋音楽の創始者といわれるマルトゥッチ(Giuseppe Martucci 1856-1909)で、彼の練習曲やピアノ作品も国立音楽院の課題です。イタリア人とは思えない重厚さと明るさを兼ね備えた《ピアノ協奏曲第2番》など、トスカニーニとホルチョフスキーによる名演でぜひ聴いてみてください。マルトゥッチは後年、ボローニャの国立音楽院院長として、レスピーギをはじめ多くの優れたイタリア人作曲家を育て、名教師としてイタリア近代音楽の礎を築きました。なるほどこれがナポリのピアノの伝統かと聴き入ること間違いありません。

現代のピアニストもたどる リストが学んだ音楽の伝統

わたしが大好きな《ピアノ協奏曲ト短調》を書いたズガンバーティ(Giovanni Sgambati 1841-1914)は、マルトゥッチとほぼ同世代。彼のピアノ作品も《旋律的練習曲》をはじめとして、国立音楽院の課題にたびたび登場します。20歳のときローマで出会ったリストに衝撃を受け、当時イタリアでは顧みられなかったドイツ音楽やリストに影響を受けた名作を多く残しましたが、リストを介してワーグナーと知り合い、ショット社から作品が出版され、広くヨーロッパに名前が知られるようになりました。彼はピアニストというより指揮者として、イタリア国内でリストやドイツ作品の紹介に務めましたが、世界中のピアニストに愛奏されているグルック《オルフェオとエウリディーチェ》の編作でズガンバーティの名前を聞いた方も多いことでしょう。

リストはまだ若かりし頃、ツェルニーからクレメンティのピアニズムを、サリエリからイタリアオペラの伝統を学びました。その昔イタリアで生まれた音楽の芽は、何世紀にもわたってヨーロッパ各地で成長し、故郷イタリアへと戻ってきたのです。リスト生誕後200余年、若いピアニストたちが同じ行程をなぞりながらピアノを学び続けることに、静かな感動を覚えずにはいられません。

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pianist 黒田亜樹

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東京芸術大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、イタリア・ペスカーラ音楽院高等課程を最高位修了。 フランス音楽コンクール第1位。フランス大使賞、朝日放送賞受賞。ジローナ20世紀音楽コンクール現代作品特別賞受賞。現代音楽演奏コンクール(日本現代音楽協会主催)で優勝、第6回朝日現代音楽賞受賞。 卓越した技術と鋭い感性は同時代の作曲家からの信頼も高く、「ISCM世界音楽の日々」「現代の音楽展」「サントリーサマーフェスティバル」「B→Cバッハからコンテンポラリー」などに出演、内外作品の初演を多数手がけてきた。

現代音楽の分野にとどまらず、葉加瀬太郎(ヴァイオリン)、小松亮太(バンドネオン)、三柴理(筋肉少女帯)、藤原真理(チェロ)、漆原啓子(ヴァイオリン)、橋本一子(ジャズピアノ)、RIKKI(島唄)らと共演。ポップス、タンゴ、ワールド・ミュージック、アヴァンギャルド、舞台音楽など、ジャンルを超越したユニークな活動を行っており、TV番組やCM音楽の作曲やアレンジ等も数多く、作曲家植松伸夫氏の指名により収録した「ファイナルファンタジーXピアノコレクション」でも話題となる。傾倒するアストル・ピアソラの演奏に於いて内外の評価を確立し、ビクターより2枚のアルバム「タンゴ・プレリュード」「タンゴ2000(ミレニアム)」をリリース。アルゼンチン・タンゴの本質を捉えた表現と大胆なアレンジは各方面で注目される。

以後、ミラノに拠点を構え、イタリアやスイスなどの作曲家・演奏家とのコラボレーションで、欧州各国へ活動の場を広げており、クラリネットのアレッサンドロ・カルボナーレとイタリア、日本で定期的にデュオを続けるほか、オーボエのダヴィド・ワルター、トランペットのアントンセン、プロメテオSQ、指揮のジョルジョ・ベルナスコーニらと共演する。サルデーニャ・カリアリのSpazio Musica現代音楽祭では、図形楽譜を含むブソッティ最新作、「Tastiera Poetica(詩的鍵盤)」(2008)を世界初演した。

イタリア・パルマのレッジョ劇場で、70年代ロックのカリスマ、キース・エマーソンの代表作「タルカス」を、作曲家マウリツィオ・ピサーティと共に現代作品として蘇演、ムソルグスキーの「展覧会の絵」との斬新な組み合わせで、聴衆に熱狂的に迎えられる。
引き続き、ミラノでレコーディングした3rdアルバム「タルカス&展覧会の絵」をビクターより発表。ロック、クラシックファン双方から支持されキース・エマーソン自身より賞賛される。2009年シチリア・カターニアのエトネ音楽祭にて、ELPのフィルムとともに「展覧会の絵&タルカス」を演奏。満場の観客を総立ちにさせた。

20世紀作品を中心としたレパートリーでは、ソロ活動のほか国内外の主要なオーケストラ、アンサンブルと共演しており、レパートリーには、ジャズの即興演奏のカデンツァを含むレジス・カンポのピアノ協奏曲のほか、シェーンベルクのピアノ協奏曲、エマーソンのピアノ協奏曲、ジャレルのピアノ協奏曲「Abschied」、南聡のピアノ協奏曲「彩色計画」などが含まれる。

各地での活発なセミナーのほか、ミラノG.マルツィアーリ音楽院より定期的に特別講師として招かれ、国際コンクールの上位入賞者を多数輩出。ピアノ演奏法の優れた教師としても知られる。
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