チャオ! イタリアより黒田亜樹です!
イタリアと日本を行き来しながら書き続けたこの連載もいよいよ最終回。最後のクライマックスとして賑々しく、イタリアのピアノ曲をご紹介いたしましょう。


- pianist 黒田亜樹
- 東京芸術大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、イタリア・ペスカーラ音楽院高等課程を最高位修了。 フランス音楽コンクール第1位。フランス大使賞、朝日放送賞受賞。ジローナ20世紀音楽コンクール現代作品特別賞受賞。現代音楽演奏コンクール(日本現代音楽協会主催)で優勝、第6回朝日現代音楽賞受賞。
No.8イタリア鍵盤音楽史と隠れたピアノ名曲たち
2014.01.24更新
チャオ! イタリアより黒田亜樹です!
イタリアと日本を行き来しながら書き続けたこの連載もいよいよ最終回。最後のクライマックスとして賑々しく、イタリアのピアノ曲をご紹介いたしましょう。
作曲でも才能を発揮しているピアニストは少なくありませんが、イタリアを代表するコンポーザーピアニストといえば、毎年のように草津の音楽祭で教えていらっしゃるブルーノ・カニーノ先生、そして、庄司紗矢香さんとの共演でも知られるジャンルカ・カシオーリ君。
わたしが親しくしているミラノのオラーツィオ・ショルティーノ君も、ヨーロッパ各地で躍進中のコンポーザーピアニスト。ショルティーノ君は知られざる作曲家フマガッリの協奏曲をスカラ座で弾き振り蘇演したり、マーラーやワーグナーの作品を編曲演奏したりと、その才能はとても注目されています。つい100年くらい前までは、作曲家とピアニストは兼業されるべき職業でしたから、カニーノ先生たちは伝統を背負って立つ証人のような存在とも言えるでしょう。
バロック期から古典派の時代では…
そんな伝統を辿りつつ、お勧めしたいレパートリーを挙げていきましょう。まずはイタリア鍵盤音楽史のトップバッター、フレスコバルディ(1583-1643)。300年後に生まれたレスピーギが《トッカータとフーガ》《前奏曲とフーガ》《パッサカリア》とオルガン作品を3曲ピアノ用に自由奔放に編曲しています。イタリアでは定番のレパートリーで演奏効果絶大、バッハのブゾーニ編曲が好きな方ならハマること間違いなしです。
お次はヴェネツィア楽派といきましょう。水の都ヴェネツィアはバッハの憧れたヴィヴァルディをはじめ、美しい旋律を書く作曲家の宝庫です。ガルッピ(1706-1785)はミケランジェリが愛奏していたことで知られていますが、ガルッピの大先輩のマルチェッロ(1686-1739)も素晴らしい作曲家。マルチェッロの有名なオーボエ協奏曲をバッハがピアノ独奏に編曲しているのはご存知でしょうか。バッハは本当にイタリアに憧れていたのだなあと改めて感じるこの編曲、わたしもよく演奏しています。
イタリアの隠れた名曲を調べていて驚くのは、それらを弾き伝えているピアニストが長寿現役であること。アルド・チッコリーニ先生が85歳を超えてさらに素晴らしい演奏活動をなさっているのは周知ですね。ケルビーニ(1760-1842)の6曲のソナタ集を録音しているリア・デ・バルべリス女史は93歳。
ロッシーニ(1792-1868)の《老いの過ち12巻》を録音しているわたしの師匠ブルーノ・メッツェーナ先生は86歳。この二人は、マルグリット・ロン(1874-1966)のクラスでともに習った仲。バルべリス女史は、わたしのディプロマの試験で試験官を務めてくださり、うちの息子が参加した子どものコンクールでも審査委員長として賞状をくださったりした、神出鬼没のおばあちゃま。90歳を過ぎても現役としてバリバリ弾き続けていらっしゃるのは、イタリアワインが格別に美味しいのと関係があるのでは? と思わずにはいられません。
ロマン派の時代から近現代までなら…
現代最高のピアニストと称えられるポリーニと同じ名前の作曲家ポリーニ(Francesco Pollini 1763-1846)もイタリアの鍵盤音楽史上欠かせない存在です。ウィーンでモーツァルトに薫陶を受けた後にイタリアへ戻り、作曲、演奏と多方面で活躍。指のタッチ、強弱、アーティキュレーションを理論化して1812年に出版した『チェンバロ教本』がミラノ音楽院のピアノ教本として採用され、イタリア全土に広まりました。この本は現在も国立音楽院教授のレッスンでしばしば引用されます。
ミラノのピアノメソッドはその後、ミラノ近郊の大フマガッリ家の一人、アドルフォ・フマガッリ(1828-1856)や、ポッツォーリ(1873-1957)へと受け継がれていきます。先述のショルティーノ君のライフワークでもあるフマガッリは、パリでベルリオーズらと親交を深め、リストから当代最も優れたピアニストと賞されたほど国際的な活躍を遂げ、名作を多数残しています。ポッツォーリはその名を冠した国際コンクールで有名ですが、彼の残した数多くの教材は、イタリアでは日本におけるブルグミュラーやツェルニーのような大切な存在。最近ではその素晴らしい教材にもう一度注目を、と出版社リコルディが絶版になっていた幾つかの教材の再版に動いたり、『子どものためのポッツォリーノ国際コンクール』を開催したりと賑やかです。教育的な効果のある魅力的な作品が多いので、私も以前この連載で取り上げましたが、日本に向けてさらに積極的にご紹介していきたいと思っているところです。
一方、ミラノ・ピアノメソッドと双璧をなすナポリ・ピアノメソッドは、ナポリ音楽院のピアノ科教授を務めたスイス出身のタールベルク(1812-1871)を経て華やかな歴史を刻みます。ナポリ・メソッドの基盤をつくったチェージ(1845-1907)を中心に、アメリカに渡ったピラーニ(1852-1939)、10歳でナポリ音楽院でタールベルクに認められたレンダーノ(1853-1931)、イタリア近代音楽の父マルトゥッチ(1856-1909)や、スカルラッティの発掘者ロンゴ(1864-1945)など重要なコンポーザーピアニストが目白押しですが、わたしのお勧めは、忘れられていたナポリの作曲家ピラーティ(1903-1938)。《ピアノと大オーケストラのための協奏曲》《ピアノと弦楽オーケストラのための組曲》など、ピアソラに通じるようなアクの強い音楽で、じつはピアノ五重奏を仲間と蘇演しようと画策中(なのはまだ秘密)。
他方、ボローニャにはシューマンを脅かしたほどの天才ゴリネッリ(1818-1891)がいましたし、ズガンバーティ(1841-1914)や先述のバルベリス女史が相思相愛だった作曲家レスピーギ(1879-1936)など魅力的な作曲家が大勢います。ピッツェッティ(1880-1968)、マリピエロ(1882-1973)、カゼッラ(1883-1947)、ペトラッシ(1904-2003)、ダッラピッコラ(1904-1975)といった近代作品の中からとくにお勧めしたいのは、カゼッラの《子どものための11の小品》。うちの息子に終曲の「ギャロップ」の楽譜を見せたところ大喜び。バルベリス女史の素敵な録音も出ているし、子どもの国際コンクールでも時おり天才的な演奏を耳にする、日本のちびっ子ピアニストにもっと弾いてもらいたい傑作です。
駆け足でしたが、フレスコバルディの昔から現在まで、イタリアに生き続ける伝統の絆を感じていただけたでしょうか。わたしもイタリアの長寿ピアニストのような神出鬼没なおばあちゃま目指して、ミラノ生活を堪能しようと思います! チャオ!