この記事は2009年4月13日に掲載しております。
伝説的ピアニスト“ミスター・スタンダード”が日本で再び優雅で流麗なステージを見せてくれました。2008年アメリカ国民芸術勲章を受勲、さらにグラミー賞までも。5月には記念アルバムもリリースされます。史上最高齢の巨匠が語るスタンダードの極意とは?
- pianist
ハンク・ジョーンズ - 1918年7月31日、ミシシッピ州ヴィックスバーク生まれ(育ったのはミシガン州ポンティアック)。有名なジョーンズ兄弟の長兄(次男はトランペット奏者兼作曲家のサド、末弟がドラマーのエルヴィン)。十代の頃から地元で演奏活動を始めただけでなく、トミー・フラナガン、バリー・ハリス、サー・ローランド・ハナに代表されるデトロイト派ピアニストの創始者でもある。ホット・リップス・ペイジに認められ44年にニューヨークに居を移す。コールマン・ホーキンスやビリー・エクスタイン等と共演するかたわら、当時発展しつつあったビバップの要素を吸収してゆく。47年からJATP(Jazz at the Philharmonic)に参加。48年~53年はエラ・フィッツジェラルドの伴奏者を務めたり、チャーリー・パーカーと共演するようになる。50年代になるとベニー・グッドマン、レスター・ヤング、キャノンボール・アダレイ等と共演。59年から17年間はCBSのスタッフ・ミュージシャンとしてラジオやTV番組の音楽に携わりながら、活動を展開。76年に結成したザ・グレイト・ジャズ・トリオをきっかけに再びジャズの第一線へと躍り出て、以降は名脇役から立派な主役を務める作品までと数え切れないほど様々なアルバムに参加している。その優雅で流麗な演奏スタイルはもとより、暗記しているスタンダード曲が1,000を下らないと言われているため尊敬の念を込めて「ミスター・スタンダード」と呼ばれることも。1962年マジソン・スクエア・ガーデンで行われた故ケネディ大統領の45歳のバースデイ・パーティで女優のマリリン・モンローが唄う”ハッピー・バースデイ”のピアノ伴奏を務めたことでも知られる。90年代のパナソニックのCMで「What's New」の演奏シーンに出演しただけでなく、「ヤルモンダ!」とにっこり笑っていたピアニストでもある。2008年11月 アメリカにて、今までのアーティスト活動が称され、ブッシュ前大統領より、National Medal Of Arts アメリカ国民芸術勲章文化勲章をスパイダーマンの作者スタン・リーらと共に受章。現在90歳。
「Hank Jones」Official Website(英語)
※上記は2009年4月13日に掲載した情報です。
―― 昨年11月に発表されたグレイト・ジャズ・トリオ(以下GJT)の新作『ブルー・マイナー』には、ケイコ・リー(vo)とTOKU(vo、flh)がゲスト参加していますが、ふたりとの共演の印象はいかがでしたか。
GJTがシンガーと共演するのは久しぶりだった。TOKUはシンガーとしてだけじゃなく、トランペット・プレイヤーとしても優れていると思う。音楽のセンスも良いし、多くのシンガーとは違った発想の持ち主だね。彼のスタイルはとても個性的で、共演していても楽しかったよ。フリューゲルホルンの演奏も素晴らしい。フリューゲルホルンが上手く吹けるトランペット・プレイヤーはそれほど多くないけれど、彼はかなり優秀だと思う。ケイコ・リーとは3年前にもライヴで共演している(『ライヴ・アット・ベイシー~ウィズ・ハンク・ジョーンズ~』)けれど、彼女もとても優れたシンガーだと思うよ。ちなみに、タイトル曲の「ブルー・マイナー」を書いたソニー・クラーク(p)のことはもちろん知っていたけれど、実際に会ったことはなかったし、この曲もレコーディングの2ヶ月前に初めて知ったんだ(笑)。信じられないかもしれないけれどね。でも、とても素晴らしい曲で、楽しく演奏させてもらったよ。
―― シンガーの伴奏をする時には、どんな点に気を遣っていますか。
私はソロイストとしても伴奏者としても仕事をしてきたけれど、伴奏の仕方は主にエラ・フィッツジェラルド(vo)との仕事で覚えたんだ。相手がシンガーであれインスツルメンタリストであれ、伴奏をする時に大切なのは、相手がやろうとしていることに神経を集中して、決して邪魔をせず、サポートに徹することだ。もちろん、相手が煽って欲しがっているなと思えば、それに応える必要もあるけれど、いずれにせよ、相手の演奏を注意深く聴かなきゃならないことに変わりはない。相手の節回しや呼吸など、いろいろな点に注意を払わなきゃならないんだ。伴奏する時には、相手をリードしてやらなきゃならないと言う人もいるけれど、私はそうは思わない。伴奏者のやることはあくまでも、相手の演奏を補うものであるべきなんだ。こちらがリードしようとすれば、相手の思考の流れを妨げることになる。相手が何かをやりたがっているのに、自分がそれを違う方向に持って行こうとしたんじゃ、伴奏の意味がないからね。
―― ジャズのスタンダード曲は、数えきれないほど多くのミュージシャンたちによって長年にわたって演奏されてきましたが、いまだに飽きられることもなく、これからも愛好され続けられるでしょう。スタンダードがこれほど長い人気を保ち続けているのはなぜだと思いますか。
私もスタンダードに飽きたことはないし、今でも大好きだよ。スタンダードを演奏するスタイルはピアニストによっても違うから、それだけ多くの種類の演奏が楽しめるということもあるだろうけれど、私はとにかく、スタンダードを演奏するのが好きなんだ。私がスタンダードを弾く時には、メロディーの邪魔をせずに注意しながら、ハーモニーに変化を付けるようにしている。決してメロディーの邪魔になるようなことをしてはいけない。ハーモニーを変える時にはあくまでも、メロディーをより引き立たせるために意味があると思うから変えるわけで、変えること自体が目的なわけじゃない。そもそも、曲のメロディーに手を付けるべきではないんだ。作曲者はある意図があってメロディーを書いたはずだから、それをわざわざ台無しにするようなことをするべきではない。メロディーは曲の中でいちばん大切なものだから、きちんと弾くべきだと思うし、私はいつもそうしているよ。メロディーをきちんと伝えなければ、観客は何の曲をやっているのかわからないからね。
―― 歌詞のあるスタンダード曲を演奏する時には、歌詞も意識なさいますか。
私は基本的に、歌詞のことはよく知らないんだ。歌詞はシンガーにとってものすごく大切なものだけれど、私にとって大切なのはメロディーだからね。もちろん、歌詞を知っていれば曲の解釈も違ってくるのかもしれないけれど、タイトルだけでも感じるものはあるし、いちばん強く意識するのはやはりメロディーで、わざわざ歌詞を研究するようなことはしない。私が歌詞を知っているのは1曲ぐらいかな(笑)。良く出来た歌詞はたくさんあるんだろうけれど、それはシンガーが知っていれば良いことで、私はシンガーじゃないからね(笑)。
―― 長年ジャズの巨匠たちと共演してきた立場から見て、今のこの音楽シーンをどう思いますか。
その質問が、ジャズの良さが一般の聴衆にも広く認められるようになったかという意味なら、答えはイエスだと思う。今の人たちはジャズに慣れ親しんでいて、以前よりもジャズを受け入れてくれているし、クラブはもちろん、コンサート・ホールでもジャズが演奏されるようになっているからね。でも、ジャズが本来あるべき形で普及しているかと言えば、そうは思わない。アメリカでは、ジャズ専門のラジオ局もひとつかふたつあるかもしれないけれど、一般の人たちが日常的聴いている音楽の中にジャズも含まれているとは言えないんだ。その意味で、ジャズが普及する余地はまだたくさん残されているんじゃないかな。そのためにも、ジャズをもっと宣伝して、この音楽についてもっと説明していく必要があるだろうね。たとえば、クラシックを聴く人はたくさんいるし、私もいつも聴いている。仕事ではジャズをやっているけれどね(笑)。だから、クラシックのファンにはジャズの良さがもっとわかってもらえるんじゃないかと思うんだ。
―― あなたは今までに何度も来日なさっていますが、日本に対するイメージは昔と比べてどのように変わりましたか。
大きく変わったのは、ジャズが以前にも増して広く受け入れられるようになったことだね。私が初めて日本に来た頃には、それほど多くの種類のジャズが知られていなかったけれど、今では同じジャズでも、いろいろな種類の中から好きなものを選べるようになっていると思う。それから、より多くのグループが来日するようになったね。年に3回も来日するグループがあると聞いているけれど、これはかなり多いほうだろうな(笑)。これはもちろん、ジャズが日本で受け入れられていることの証でもあるわけで、こうした状況が続く限り、ジャズの将来は明るいと思うよ。私自身は日本での滞在を大いに楽しんでいる。ホテルの待遇も良いし、食べ物も美味しいし、ジャズ・ファンも温かく迎えてくれるしね。日本みたいに、音楽ファンの中でジャズ・ファンの占める割合が他の国に比べて多いというのはとても大切なことだよ。そのおかげでジャズの重要性が高まって、いろいろなグループが頻繁に来日できるわけだからね。
※上記は2009年4月13日に掲載した情報です。