YVN500S 6つの物語 第四章
2011年6月、満を持して発売となったアルティーダシリーズのフラッグシップ、YVN500S。発売に至るまで、その裏にはバイオリン設計者、木材技術者たちの弛まぬ努力、そして数々のアーティストたちとの出会いや開発を通じたエピソードがあったのでした。ここに至るまで、10年間に渡るYVN500Sの軌跡、全6話をお届けします。
第四章
演奏家とのコラボレーション
– 徳永先生からいただいた
貴重なアドバイス –
YVN500Sの開発過程の中で、今まで数多くの演奏家の方々に暖かいご支援と助言をいただいてきました。ここからは、そのような演奏家の方々とのエピソードの一部をご紹介していきます。
まず最初は徳永二男先生。先生の楽器に対する造詣の深さは、広く知られているところです。ヤマハバイオリンの開発においても、長年の演奏経験や楽器との出合いによって蓄積された深い知識をもとに、演奏家が楽器に求めることをとても明確に教えてくださいました。
徳永先生にヤマハバイオリンを初めてお見せしたのは、2001年、とある音楽祭の楽屋裏でのこと。当時のバイオリンV60とアルティーダシリーズのプロトタイプを10分ほど試奏していただいたことが始まりでした。そのときの「プロトタイプができたら、来年また持ってきてください」という先生の言葉を頼り、その後もさまざまなアドバイスをいただいてきました。
その後2006年頃から、YVN500Sのプロトタイプの本格的な試奏評価に着手し始めました。年に1回は徳永先生ご紹介の演奏者にご協力いただき、コンサートのリハーサル会場であるホールで、プロトタイプを使ってさまざまな実験を行うことができました。いわゆる古今東西の名器との弾き比べや、現代の名工作品との比較、さらにはアンサンブルでの試奏評価など、多岐に渡る場面で評価を行うことができました。
今思い返してみると、演奏者がすでに理解していることに対して、私たちの理解が不足していることが数多くあったような気がします。このような「演奏者と技術者の認識のギャップ」を試奏評価を通じて明らかにし、それを設計者や職人たちが1年かけて修正、そして再度評価をしてもらうという繰り返しの作業が行われていました。
あるときは満を持して持参した楽器に対し、「開発の方向性を間違えている。外観も魅力がない。」というコメントいただいてしまい、ゼロから楽器のスペックを見直したこともありました。このような過程を通じて、演奏家が求めている音、弾き心地、外観などが次第に明らかになっていったのでした。
最終的な仕様となる楽器が完成したのは、2010年春のこと。このプロトタイプを秋の弦楽器フェアで参考展示し、来場されたバイオリン愛好家の方々の評価もいただくことができました。このように、2011年6月、ようやくYVN500Sの発売を迎えることとなったのです。
時間をかけた演奏家たちとのコラボレーション。今思えば、バイオリンが長い年月を経て淘汰されていくことと同じようなプロセスを経ていたような気がします。
YVN500S発売の記者発表において、徳永先生にYVN500Sについて語っていただいた言葉がありますので、ぜひご覧下さい。
テクノロジーよもやま話①
板を叩けば音色がわかる!?ヤマハのテクノロジー
バイオリンを製作するとき、材料となる板を加工しながら「コンコン」と叩き、その音を確認しながら表板や裏板を削り出すということをご存知でしょうか。金属や樹脂などと異なり、木材は一枚一枚硬さや重さが違います。つまり、同じ形状や厚みの板から作ったバイオリンでも、一台一台全く違った性質を持ってしまうのです。「コンコン」と板を叩くのは、最適な形状や厚みを探るために、音を聞くことで木材の性質を確認しているのです。では、製作者たちはこの音の何を聞き、どう活用しているのでしょうか。それを明らかにしたヤマハならではのエピソードをご紹介しましょう。
まず、何種類かの板を叩いたときの音を録音し、ヤマハの得意とする「音の編集と合成」の技術を使って加工を施します。世界的なバイオリンの製作者に協力をいただいて、その加工した音を聞いてもらい、「この音は良い」「この音はダメ」という基準を導き出すことに成功しました。
さらに解析を進め、その「良い音」を分析すると、叩いたときに同時に鳴っているいくつかの音のうち、
①どの音が重要で、どんな音程であるべきか
②どの音の音量が大きく、余韻があるといいのか
といったことがわかってきました。その結果から表板や裏板を叩いたときの「理想の音」が決まります。ヤマハの職人たちはこの「理想の音」に向けて、一枚一枚表板や裏板を削り出していくのです。
解析で得られた振動の様子をシミュレーションしたアニメーションがこちらです。
このようなシミュレーションをもとに、木材の特性を推定したり形状や厚みの最適化を検討したりすることで、一台一台の性能を安定化させ、良いバイオリンを作ることのできる可能性が広がっていきます。次回は、このような解析結果の応用例をご紹介します。
徳永 二男
Tsugio Tokunaga
◆Profile
国立音楽大学教授、桐朋学園大学特任教授、元NHK交響楽団コンサートマスター