ヤマハ木製フルートを愛用する
オーケストラ奏者が語る
オーケストラで求められる音を磨く話
満丸彬人×吉岡アカリ
この記事は管楽器専門誌PIPERS 2023年1~2月(497号・498号)に掲載されたものです。
(雑誌PIPERSは2023年4月より休刊)
バロックからロマン派、近現代までの
フルートデュオの
レパートリーを
ヤマハ木製フルートで共演。
ヤマハ・デュオコンサート
お二人は2023年2月28日に、ヤマハ銀座コンサートサロンでヤマハ木製フルートを使ったデュオコンサートを行います。プログラムがとても魅力的ですが、特にこだわった点などはありますか?
満丸:バロックからロマン派、近現代までのレパートリーを木製フルートでもこれだけ幅広く演奏できる、という可能性を示したいと思っています。その意味では矢代秋雄さんの《2本のフルートとピアノのためのソナタ》などは一つの目玉になりますね。
フルート奏者には知られた作品ですか?
吉岡:僕は一度レッスンで取り上げたことがあります。
満丸:僕も一度だけ演奏したことがあります。スピード感のある聴き映えのする曲ですよね。
吉岡:音づかいは現代的だけれど、特殊奏法が多用された感じではない。
ゴーベール(《ギリシャ風ディヴェルティメント》)を木製フルートで演奏するというのも興味が湧きます。
満丸:ゴーベールの作品は水彩画のようにピュアで美しい音楽ですから、木製フルートの音色感とはとても合う気がしますね。
フルートデュオを演奏される機会は多いですか?
吉岡:僕は千葉交響楽団の吉岡次郎君と「デュオ吉岡」というフルートデュオを組んでいます。フルートで「吉岡」姓はわりと珍しいものですから(笑)。2021年にもコンサートをやり、やはりバロックから現代までの作品を取り上げました。クーラウなどにフルートデュオの作品がたくさんありますね。現代に近い作曲家たちが比較的たくさん書いているかも知れません。
東京フィルハーモニー交響楽団首席フルート奏者 吉岡アカリ Akari Yoshioka
過去の名手たちのデュオの録音もいろいろ残っていますが、中でも注目すべきものなどは?
吉岡:ランパルとニコレの両巨匠がテレマンのデュオをやった録音がありますけど、とても不思議なのは、二人は音色も音楽もまるで違うはずなのに、録音を聴くとどっちがどっちか分からない。たぶん、お互いに吹き方を寄せているんですね。
満丸:そういうことってありますね。
吉岡:あれは凄いと思った。どっちがランパルなのか分からないんですから(笑)。
満丸:フルートデュオでは下のパートが上に合わせるとかではなく、対等に音楽を作る感じになりますね。と言っても、僕はアカリさんと今回初めてやらせていただくこともあって、巨匠にお手合わせを願う気持ちなんですが……。
お二人の出会いは?
満丸:この楽器(ヤマハ木製フルート)がきっかけです。
吉岡:うちのオーケストラ(東京フィル)にエキストラで来てくれていたこともあるので、もちろん知らない仲ではないんですが、一緒にやろうというのはヤマハの木製フルートがきっかけ。
当時のコンサートチラシ
演奏会で披露されたプログラム
1番に寄り添うことは、
もちろん下吹きの大前提ですが、
自分の音楽を殺したくはない(満丸)
1番のタイプ、2番のタイプ
吉岡:さきほどのデュオの話ですが、オケでの僕のポジションは1番ですから、僕が2番に合わせるということはまずなくて、私に合わせてもらうしかないという仕事を僕はしている(笑)。それが今回対等になるということは、僕も満丸君に音色を合わせないといけませんから、そうした作業がすごく楽しみなんですね。
満丸:畏れ多いお言葉(笑)。僕はオケでは2番奏者として吉岡さんとは逆の立場ですから、今回のようなチャンスは僕にとっても凄く楽しみです。
茂木大輔さんの「楽器別人間学」的に言うと、フルート奏者は目立ちたがり屋だと……。
吉岡:それ、1番と2番では違うと思いますよ。
なるほど、オケのトランペットなどもそうですね。吉岡さんはもちろん1番タイプですね。
吉岡:いえ、僕はもともと違ってました。ポストが人を変えることもあるんですよ。
1番になって人が変わった?
吉岡:大学卒業とともに1番のポストに就き、「逃げるわけにはいかない」「自分が主張するしかない」という役割を背負った結果、30何年を経て人の言うことを聞かない人間になりました(笑)。
僕はもともと、1番吹きに寄り添い、音色もリズムもぴったり揃えて、完璧なアンサンブルができることを心中誇りにしていた人間なんですよ。「今日もちゃんと合わせられた!」というのが一番嬉しかった。それがいつの間にか「俺に集まってほしい」という性格に変わったわけです(笑)。
満丸:でも、それって大事ですよね。首席奏者はそうあるべきだと思います。
よく、2番奏者だからと言って1番につけてばかりいるのではなく、一緒に音楽を作る積極性や自発性も必要だという話を聞きます。
吉岡:そう思います。僕は大学を卒業してまだ20代の頃は、自分が演奏することで精一杯でした。自分と指揮者だけの世界で一所懸命にやるしかなかった。それが20年、30年経つと少し耳が大きくなり、アンテナも3〜4本立つようになって、今ではセカンドフルートの人が今どんな気持ちでいるのか、どういう音色で吹こうと思っているのか、タンギングは僕より強いのか弱いのかなど、すべてが分かるようになりました。自分が若かった時のことなども、今では手に取るように分かります。
とおっしゃってますが、満丸さんいかがですか?(笑)
満丸:全部見透かされてしまってますね(笑)。下で吹いていると、首席から求められることが人によって違い、それに対応しようと努力しているつもりですが、上手くいっている時も、上手くいかずにヤキモキしている時も全部見られているんだろうなと思います。
1番に寄り添うことは、もちろん下吹きの大前提ですが、だからと言って自分の音楽を殺したくはない。名古屋フィルはありがたいことに、その点、僕のやりたいことを尊重してくれるオーケストラで、2番でもやりがいを感じられます。一緒に音楽を作っているという気持ちになれるのがとてもいいですね。
名古屋フィルハーモニー交響楽団フルート奏者 満丸彬人 Akito Mitsumaru
オーディションの視点
2番フルートのオーディションなどでは、人に合わせられる資質が問われるのは当然として、音色なども重視されますか?
吉岡:僕は音色が一番大事だと思っています。オーディションですから、1次では一人2〜3分しか見ることが出来ませんが、僕が見るのはまず音色。さらに、短い時間でも、その人が持っているソルフェージュ能力や音楽性なども見抜いて評価できるようにしたい。少なくとも僕が持っている音よりも柔軟な音で、いろいろ対応できるコントロール能力を持っていてもらわないといけません。僕がこう吹いたら、すぐそれに反応できるような音色や感覚。その辺はオケに入ってから変わるかも知れませんが、不器用な人だと困ります。
満丸:首席のオーディションではその視点は変わりますか?
吉岡:基本的に僕と一緒に吹く立場ではなくなるので、評価が変わる可能性はあります。でも、やはり若い人の可能性はきちんと見たい。「この人は育ってくれたらとても良くなるんじゃないか」とか思いながら聴くのは同じですね。
人に合わせられる柔軟な音やコントロール能力は学んで身につくものでしょうか? それとも、その人の性格などにある程度は左右される?
吉岡:どうでしょう。音一つとっても、その人にとって良い音のイメージがないと、良い音にはなかなか近づけないでしょうね。レッスンしていてもそれは感じます。音を良くするためのいろんなアイディアを教えても、なかなかついて来られない人がいる。
でも音というのは「終わり」がありません。僕は60歳手前になる今でも日々、良い音が出るポイントを探し続けています。若い人たちはなおさら、もっともっと追求してもらいたいと思いますね。
満丸さんは学生時代、音を磨くことに意識して取り組んだことはありましたか。
満丸:大学に入るまでは吹奏楽の経験しかなく、ソロをきちんと勉強していなかったんです。東京藝大に入って初めて先生や先輩たちと勉強することになって、足りないものだらけだと感じ、がむしゃらに練習しました。
オーケストラに呼んで頂くようになったのは大学院にいた頃。オーケストラに行くと、今度は大学で勉強していたことと現場で求められることが全然違うと感じた。その頃から、ソロでコンクールを通りたいのならこういう所をもっと磨かないといけない、オケのオーディションに合格したいのならこんなことが出来ないといけない、ということを真剣に考えるようになりました。
自分の可能性の幅を拡げないと
プロの世界では
通用しないことを、
試用期間中に経験した(満丸)
オーケストラの洗礼
オーケストラの現場に行って初めて「音量やダイナミックスの幅をもっと拡げないと駄目だ」と感じる人は多いようですが。
吉岡:僕が正にそうでした。それこそ東フィルに入ってまだ1〜2ヶ月のとき、マーラーの9番をやったんです。第1楽章の終わりにホルンとフルートの掛け合いがあるんですが、初日の練習が終わったらホルンの人に呼ばれ「ぜんぜんダメ!音量出てないし聞こえない。話になんない!」って……(笑)、昔はこんな怒られ方です、楽隊気質の。
当時、僕は外国製のシルバーの楽器を吹いてたんですが、もう泣きそうになりながら「どうしよう」と……それである方に相談したら「14金の頭部管を貸すから、それでしばらく吹いてみたら」と言って下さった。それがオケ生活のスタートでした。
14金で何とかなったのですか?
吉岡:いえ、材質がどうと言うよりも、大卒くらいの人間が吹く息のスピードや使い方ではプロでは通用しなかった、ということだと思います。ましてや大きなシンフォニーのソロを吹くとなると、息も続かなきゃいけない。息を全部使い切ってしまったらメロディが使いものにならない等々、いろんな葛藤があったと思うんです。おまけに、そんな一杯一杯の状態で吹いていると「まったく話にならない」と言われてしまう(笑)。精神も鍛えられましたけど、息の強さも鍛えていきました。
満丸:オケに入ってみんなが通る道ですね。僕もまったく同じでした。それまで自分のキャパシティを超える音量を求められたことなんてなかったのに、名古屋フィルに入ったら、いきなりそれが必要とされました。名古屋フィルは音が大きいオーケストラですしね。音量だけでなく、自分の可能性の幅をそれまでよりもさらに拡げないとプロの世界では通用しないことを、試用期間中に経験したんです。オーディションに通ったからと言って満足できることは何もない。ずっと自分を磨き続けないとこの世界では生き残ってはいけない、ということを痛感しました。
吉岡さんはH足部管付き、満丸さんはC足部管付きのモデルを愛用している。その理由は前ページ参照。
オケでは、20秒程度のソロが音に
魅力のないまま
終わってしまうと、
聴いている方には辛い(吉岡)
音色を磨くこと!
コンクールでソロを吹く世界とオーケストラの現場がまるで違うとしたら、オケの実践経験を積む機会が限られる学生たちは何をどう練習すればいいでしょうか。
吉岡:コンクールのための練習プランとして、10分くらいの時間の中で上手に仕上げることを目指すとしたら、オーケストラでのフルートソロは時間にして15秒か20秒くらいで終わってしまいますから、その20秒でいかにお客さんを引き付けられるか、というテクニックを磨かないといけない。その人の持っている音色や音楽性を20秒の中ですべて出し切るという……それはコンクールのための練習とは違うかも知れませんね。
そうしたテクニックで一番重要なものは?
吉岡:僕は生徒に音については相当うるさく言ってます。ビジネスの世界でも、最初に名刺を渡すときの態度や表情によって初対面で与える印象が変わってしまう。オーディションでも、2〜3分という短い時間の中で自分をアピールするとき、聴く人を引き付ける魅力的な音を持っているといないとでは、印象は全く変わります。だから、まずは音を磨き、そこから音楽を作っていくようにと教えています。
満丸:僕はまだ教える立場にはいませんし、今のお話は僕自身の課題でもあるので、とにかく今よりもっと上手くなろうと練習すること、それだけです(笑)。
吉岡:コンクールを審査するときでも、音が良い人と、そうでもない人がいたとして、音が良い人に僕はまず80点、そうでもない人には60点を与えます。そこから始まって、ほかの音楽性や完成度などの問題が見えてくると、どんどん減点していく。
でも、音って2〜3分もすると意外に慣れてくるんですよね。音がそうでもなかった人が音楽的にとても良い演奏をするとどんどん加点され、結果的に予選を通過するときに音の良い人より点数が高かったりすることもありますから、コンクールだと一概には言えません。しかしオーケストラでは、20〜30秒のソロが音に魅力のないまま終わってしまうと、聴いている方にはちょっと辛い。これはあくまで僕の個人的な意見として、そう思ってしまいます。
愚問ですが、「良い音」というのは何でしょうか。
吉岡:そうですね……結局、音というのは人それぞれで、人と比べればどの人の音も違うけれども、それぞれに「自分の中で一番良い音を目指しているかどうか」ということが、その人なりの魅力ある音を作り上げ、人の心も動かすのではないでしょうか。そうとしか申し上げられませんね。
「金属管フルートと全く違和感なく吹けて、かつ他の楽器と音がよく溶け合う」(吉岡)
「初めてヤマハ木製フルートを吹いたとき、僕が吹きたかったフルートはこれだと思った」(満丸)
この記事は管楽器専門誌PIPERS 2023年1~2月(497号・498号)に掲載されたものです。(雑誌PIPERSは2023年4月より休刊)