コンサートレポート

コンサートレポート

RYUICHI SAKAMOTO & TIN DRUM | KAGAMI+

2026年6月27日~10月12日(VS.(グラングリーン大阪 うめきた公園 ノースパーク))

 複合現実(MR)技術を用いた話題作《KAGAMI》が、ついに日本初上陸。

 鑑賞者は、自らが求める対象との”触れられそうで触れられない究極の距離感”の中で、本能的に没入していく。その体験は新たな発見をもたらし、”現実のコンサートでは決して味わうことのできない”感覚を体感させてくれる。

 坂本龍一のピアノ演奏を三次元的に捉え、複合現実(MR)空間に構築した作品《KAGAMI》。

 本作は、坂本龍一とプロデューサーTin Drumが、彼の人生最後の4年間をかけて構想・制作したプロジェクトとして大きな注目を集め、2023年のニューヨーク世界初演以降、ロンドン、マンチェスター、台北、シンガポール、メルボルン、イタリア、香港など世界各地で上演され、高い評価を得てきた。
 観客は特殊な透過型ヘッドセットを装着し、独自の三次元映像技術によって再現された坂本龍一の姿と対面する。従来のコンサートや映像作品とは異なり、観客自身が自由に空間内を移動しながら鑑賞する“没入型”の作品であることが大きな特徴だ。

 本企画のチケットは「RED TICKET」「BLUE TICKET」の2種類。今回は約60分のフルバージョンとなるRED TICKETを体験した(BLUEは約30分の体験版)。

 会場に入ると、中央には何もない空間が広がり、その周囲を囲むように椅子が配置されている。冒頭ではプロジェクトの概要が説明され、「自由に動いて鑑賞してよい」とのアナウンスが流れる。スタッフから特殊なヘッドセットを手渡され装着――。

 すると、それまで何もなかった部屋の中央に、ふっと坂本龍一の姿が現れる。愛用のコンサートグランドピアノを演奏する姿が、驚くほど鮮明な姿でピアノと共に目の前に現れた。

 観客は当初こそMR空間に戸惑いを見せるものの、やがてゆっくりと坂本龍一へ近づいていく。そして、その瞬間から不思議な感覚に包まれる。まるで自らの「本能」に導かれるように、観客それぞれが思い思いに動き始めるのだ。

もっと近くで見たい。もっと近くへ――。

 演奏する姿を横から見つめる人もいれば、呼吸の気配すら感じられそうな距離まで近づく人もいる。揺れる背中を見つめ続ける人もいる。現実のコンサートでは決して叶わない距離感のなか、同じ空間を共有しながら自由に歩き回り、グランドピアノの周囲を多角的に巡り大胆に行動しながら没入していくうちに、いつしか自分がヘッドセットを装着していることすら忘れてしまう。

 不思議なことに、没入すればするほど、今度は坂本龍一が自分の内側に入り込んでくるような感覚も生まれてくる。

 気がつけばピアノの脇に座り込み、坂本龍一が表現したかったものに思いを巡らせながら聴き入る観客の姿も見られた。それぞれが思い思いの場所と姿勢で、この特別な空間を味わっていた。現実には何もない床が広がるだけの空間。しかしヘッドセットを装着した観客だけが、この特別な体験をそれぞれの感覚で受け入れていく。

 音響面も非常に優れているため、立ち位置によって音の立体感が変化し没入しやすく、鑑賞者は空間全体に広がる音に包まれながら作品と向き合う。そして、坂本龍一の音楽をもっと深く知りたい、もっと聴きたいという思いへと自然に導かれていく。

 ピアニストの視点から見ても興味深いと感じた。
一音一音を確かめるように鍵盤へ触れる指先の動き、繊細な指使い、離鍵のタイミング。奏法そのものを間近で観察することができる。目を閉じながら演奏する姿や、ふわりと揺れる白い前髪は、生前の坂本龍一を鮮明によみがえらせる。
 他の観客の存在を気にすることなく、坂本龍一と自分だけのコンサートに浸る。その一方で、自らの本能に従って行動している自分自身を知る驚きもある。もしかすると本作は、鑑賞者一人ひとりに音楽の本質を問いかけているのかもしれない。

終演後、ヘッドセットを外す――

 つい先ほどまで目の前にいた坂本龍一の姿は、そこにはもうない。
残されているのは何もない床だけだ。しかし確かに、先ほどまで坂本龍一と同じ空間を共有していたというその余韻は、これまで体験したことのない感覚として深く心に残る。

 なお、本企画は《KAGAMI》を含む6つの展示室で構成されている。
そのひとつ「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2026-D」では、坂本龍一の過去の演奏データを、彼が長年愛用してきたグランドピアノで再生。2025年9月に同会場「VS.」で開催された際からプログラムを刷新。鍵盤に宿る演奏の記憶とともに再現されます。
《KAGAMI》でのMR体験直後ということもあり、鍵盤やペダルの動きは単なる自動演奏を超えた存在感を放ち、柔軟になった感覚の中で、その場に坂本龍一の気配を見出してしまうような不思議な感覚を覚える。
「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2026-D」で展示されているピアノの音色を保つため、坂本龍一の調律を長年担当してきたヤマハ コンサートチューナーの酒井武が、会期中も定期的な調律を入れている。

 会場内にはほかにも見どころが多く、時間の許す限りじっくりと楽しむことができる。
研究・突き詰めている映像なども上映されており、雨音を知るためにバケツを被る坂本龍一の姿など、彼の探究心に触れられる貴重な資料も見逃せない。記憶に残るコンサート体験であると同時に、表現者として今後、何を残していきたいのかを考えさせられる展示だった。

そこには、たしかに坂本龍一がいた。

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RYUICHI SAKAMOTO & TIN DRUM
KAGAMI+
会期 2026年6月27日(土)~10月12日(祝・月)
会場 VS.(ヴイエス)
〒530-0011
大阪府大阪市北区大深町6-86
グラングリーン大阪
うめきた公園 ノースパーク VS.
開館時間 10:00〜20:00(日時指定制)
休館日 月曜日(祝日、連休の場合は祝日明け平日)

KAGAMIオフィシャルHP:https://sakamoto-kagami.com/

◆クレジット
1,2枚目:「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年
©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW
撮影:浅野豪

6枚目:「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年
Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2026 – D ©2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW
撮影:浅野豪

7枚目:Photo by Neo Sora ©️2022 KAB Inc.