コンサートレポート

コンサートレポート

桑原志織リサイタル

2026年8月2日(横浜市緑区文化センター みどりアートパークホール)

 2025年10月にワルシャワで開催された第19回ショパン国際ピアノコンクールで第4位に輝き、大きな注目を集めている桑原志織さん。日本各地で開催されている凱旋リサイタルツアーでは、圧倒的な実力とのびやかな感性あふれる演奏で聴衆を魅了し、人気沸騰中です。8月2日、みどりアートパークホールで開催されたリサイタルも、早々にチケットは完売。会場を埋め尽くした聴衆は、今一番聴きたいピアニストの演奏を至近距離の贅沢な音響空間で楽しみました。

 この日のプログラムの幕を開けたのは、ショパン《前奏曲第15番「雨だれ」》。静寂なホールの空気に、心にしみ入るような旋律と雨の音を表現する変イ音の連続が溶け込んでいきます。続いてショパン《スケルツォ第3番》。ヤマハCFXの重厚な低音の響き、クリアで温かな中音域、輝くような高音を自在に操り、ドラマティックな曲想を鮮やかに描き出しました。前半最後の曲は、シューベルト《幻想曲ハ長調「さすらい人幻想曲」》。冒頭の力強いテーマの提示に続いて、このモティーフが多彩な表情を見せながら繰り返し現れ、ファンタジックに展開していきます。第2楽章は「さすらい人」のテーマをしっとりとたおやかに歌い、軽快な第3楽章を経て、第4楽章のフーガでは、華やかな技巧とダイナミックな推進力でさすらいの旅の終着点に向かいます。運命に抗い、悲しみと葛藤の中で夢みることをあきらめないシューベルトの心情が生き生きと映し出され、聴衆を深い感動で包みました。

 後半は、ショパン《ノクターン第3番》の抒情豊かな演奏で始まり、コンクールでは演奏しなかった《バラード第3番》、そしてコンクールの第1次予選で秀逸な演奏を繰り広げて喝采を浴びた《バラード第4番》。優雅な情緒に満ちた第3番、激情が渦巻く第4番、いずれも緻密なアプローチで、ポリフォニックな声部を立体的に構築しながら、イマジネーションあふれる物語を紡いでいきます。知性と情熱を秘めた繊細な美学と強い意志に貫かれた桑原さんならではのショパン・ワールドが広がり、さらに晩年の最高傑作《幻想ポロネーズ》。冒頭のアルペジオの深い響きと静寂の中から、死を前にしたショパンの慟哭が聴こえてくるようです。ゆるぎないテクニック、温かな歌心、抑制の効いた表現で、ショパンの悲しみ、怒り、苦悩、夢、あこがれを美しい芸術へと昇華させ、この日のリサイタルを締めくくりました。

 鳴り止まない拍手に応えて、アンコールはモーツァルト《ロンドニ長調》。天上から降り注ぐような透明感のある音色で、明るくチャーミングな旋律をみずみずしく奏でました。最後は、ショパン《英雄ポロネーズ》。躍動感に満ちた輝かしい演奏で会場のボルテージは最高潮に達し、さらにカーテンコールが続きました。

 凱旋ツアーを経てさらに深みを増したショパン作品にシューベルトの大曲を組み合わせた今回のプログラム。詩情とロマンを漂わせながら、苦悩に打ち勝つエネルギーに満ちた力強い演奏で、全334席すべてがS席というみどりアートパークホールにヤマハCFXの多彩な音色を響かせ、夭逝した2人の作曲家の音楽世界を堪能させてくれました。「ステージの上では、作曲家とその作品だけに集中し、余計なことは考えずに最高の形で再現したいと考えています。聴いてくださる方たちからいただくパワーやインスピレーションを糧に、演奏家としてさらに成長していきたいと思います」と語る桑原さんの今後の活躍に目が離せません。

Text by 森岡葉 Photo:武藤章