ベートーヴェン没後200年と仲道郁代さんの演奏活動40周年が重なる2027年に向けた
リサイタル・シリーズ「The Road to 2027」。
2024年春シリーズ「夢は何処(いずこ)へ」が開催され、
仲道さんの音楽哲学が凝縮された美しい世界で聴き手を魅了しました。
2024年6月2日(サントリーホール)
■プログラム
L.V.ベートーヴェン
ピアノ・ソナタ第27番 Op.90
ピアノ・ソナタ第13番 Op.27-1
ピアノ・ソナタ第14番 「月光」Op.27-1
F.P.シューベルト
ピアノ・ソナタ第18番 「幻想」D894 Op.78
アンコール:
シューマン トロイメライ
「The Road to 2027」では毎回、仲道さんが曲の中に見いだした言葉をタイトルに掲げており、今回のテーマは「夢は何処へ」。天皇陛下も鑑賞された本公演は、ベートーヴェンやシューベルトがいかにして夢に向かい、何を見みいだそうとしたのか、そして彼らはたどり着いたのかを探究したプログラムになっています。
「“夢”というと、たとえば理想、郷愁の心、美しいもの、哀しみ、絶対的なもの、永遠、死などを思い浮かべます。“何処へ”とは夢があるであろう場所でもあり、探し求める行為ともいえます」
丁寧な解説がオーディエンスに新たな視点を授け、これから演奏される作品の世界へと誘ってくれます。
1曲目は、ベートーヴェン≪ピアノ・ソナタ第27番 Op.90≫。仲道さんは、このころからベートーヴェンは、言葉と音楽が深く結びつくようになってきたことを指摘します。問いかけのような第1章、歌うようなメロディが何度も現れる第2章。その後に書かれた第28番のソナタと歌曲「遥かなる恋人に」にもつながるベートーヴェンの愛への希求、そして心のひだを繊細に描き、会場中の心を捉えました。
続いて、ベートーヴェン自身により、「クワジ・ファンタジア(幻想曲風)」と記された≪ピアノ・ソナタ第13番 Op.27-1≫、≪ピアノ・ソナタ第14番「月光」Op.27-2≫へ。
「月光」第1楽章のペダルを踏み続ける楽譜の指示は、1800年ごろにヨーロッパで流行していたエオリアンハープに由来していることなどが紹介されました。
その≪Op.27-2≫第1楽章で仲道さんは最新のCFXのペダルを踏み続けることで、神秘的かつ濁ったエオリアンハープの響きをつくり出します。音が降臨するような幻想的な空間に吸い込まれ、第3章には心がかき乱されるような激しい和音とメロディが。作曲家と真摯に向き合い続けてきた仲道さんにしかできない圧巻の表現で、ベートーヴェンがこの曲に込めたメッセージを濃く深く伝えてくれました。
後半は、シューベルト≪ピアノ・ソナタ第18番「幻想」≫。「今回の曲たちは、“さめざめと泣き続けたい夢”であり、同時に“聴こえない響きを聴く”曲だと思っています」と仲道さん。シューベルトが書いた印象的な詩の朗読に続いて始まった演奏は、あたかも壮大な音絵巻のようです。
穏やかな美しい音色とそこに内包する痛みや苦しみ。そして慈愛や諦めの感情がピアノを通して迫ってきます。「魂だけになったときにその響きに包まれたら
、それも悪くないと思える」と語った最終章の第4章では、現実を超越した“夢”の世界に惹き込まれます。
アンコールは、シューマンの≪トロイメライ≫。鳴りやまない万雷の拍手が、いつまでもその夢の美しい響きに浸っていたい聴衆の気持ちを物語っていました。
写真:池上直哉
Text by 福田素子