新たな岡山の文化芸術の発信拠点として昨年9月にオープンしたばかりの
岡山芸術創造劇場ハレノワ。そのアートサロンで7月19日、ピアニストの黒木雪音さん、ヴァイオリニストの澤和樹さん、伊藤亮太郎さんとによる「ピアノとヴァイオリンによる室内楽の夕べ」が開催されました。
2024年7月19日(岡山芸術創造劇場ハレノワ アートサロン)
前半は、黒木さんのピアノソロ。ステージに登場した黒木さんは、冒頭からまろやかな音を響かせ、シューマン/リスト編「献呈」による甘い愛の歌を奏でて聴衆の心をあたためました。
そしてリスト「エステ荘の噴水」では輝きのある音が響き、梅雨が明けようとするこの日の蒸し暑い気候の中、清涼感を与えてくれるかのよう。
そこからサン=サーンス/リスト編「死の舞踏」へと移り、一気に熱くて冷たい暗黒の世界へと突き落とされる、おもしろいプログラムです。パワーのある低音を存分に響かせ、軽妙さと遊びを交えながら、骸骨たちの“生き生きとした”踊りを描きあげました。
そんな沸き立った空気を穏やかにするかのように、ラフマニノフの「リラの花」が挟まれ、続けて奏されたのはドビュッシーの「喜びの島」。ナチュラルな色香がふんだんに込められ、まさに喜びの感情が花開くような鮮やかな演奏が印象的でした。
ソロパートのアンコールには、黒木さんが得意とする、カプースチンの「8つの演奏会用エチュード」より「プレリュード」。キレの良いタッチと重くずしりとした音が冴えわたりました。
休憩を挟んだ後半は、黒木さんと、澤和樹さん、伊藤亮太郎さんによる、ピアノと二つのヴァイオリンという珍しい編成によるアンサンブル。
最初に演奏されたのは、ショスタコーヴィチの「5つの小品」。昔話を語る人の声色のような体温を感じる二つのヴァイオリンの音が重なる第1曲「プレリュード」に始まり、軽妙な対話やたっぷりとした歌で、曲ごとに異なる小さな世界が展開します。黒木さんのピアノはしっかりと後ろからその音楽を支え、ストーリーを盛り上げました。
モシュコフスキの組曲Op.71では、軽やかさと輝きが魅力的な伊藤さんのヴァイオリンと、それを追いかける温かく太く響く澤さんの音、まったく別の声色で掛け合いに参加する黒木さんのピアノが、起伏に富んだ音楽を奏でていきます。ヴァイオリンの音色にピアノが音楽的な厚みを加え、幻想的な空気を生んでいました。黒木さんの情感豊かでうっとり陶酔するようなピアノが、ヴァイオリンのお二人のロマンティックな感情を駆り立てるような場面も多く見られました。
大きな拍手に応えて演奏されたアンコール1曲目は、「ロンドンデリーの歌」。
澤さんはマイクをとり、「この曲は戦場に送り出した息子を思う母の気持ちが歌われた曲です。今、残念なことに各地で戦争が起きていますが、母の心情は当時も今も、どんな場所でも変わらないと感じます」とコメント。まっすぐな想いを歌い上げるそんな澤さんのヴァイオリンに、黒木さんと伊藤さんとがしっとりとした美しい音を重ね、哀しみとなつかしさに満ちた音楽を届けました。
さらにアンコールの2曲目最後の曲として演奏されたのは、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲。澤さんの慈しみ深い音からは、「この世のものとは思えない」と語る美しいメロディへの並々ならぬ愛着が伝わってきます。そこに伊藤さんが翳りを、黒木さんがあたたかさを加え、3つの楽器が豊かに共鳴しながらフィナーレを迎えました。
アートサロンという、楽器の音や奏者の呼吸がそのまま伝わる贅沢な空間で、ピアノとヴァイオリンの音の感触、対話、音が混ざり合い生まれる色彩を存分に味わう時間となりました。
写真:田中大造
Text by 高坂 はる香