フレンチ・バロックから現代まで、ヴェルサイユの響きを味わう一夜/藤井一興 ピアノリサイタル
2018年3月22日(東京文化会館(小ホール))
フランスものの名手であり作曲家の藤井一興さんによる「イリュミナシオン ~光り輝く事~」と題したピアノリサイタルが、東京文化会館小ホールで行われました。フランス・バロックから現代まで、多様なスタイルの作品が披露されました。
■公演名
藤井一興 ピアノリサイタル「イリュミナシオン ~光り輝く事~」
「イリュミナシオン ~光り輝く事~」というタイトルは、19世紀フランスの詩人ランボーの詩集からとられたもの。
藤井一興さんは、東京藝術大学3年生でフランスに留学していますが、フランス語を学び始めたのは同大学付属高校1年生の頃。アテネフランセに通い、授業でランボーのほかにも、ベルレーヌやボードレールの詩を暗唱したそうです。その後フランスに留学してみると、フランス人は子供のころからこうした詩を暗唱していて、音楽の授業はもちろん日常会話でも詩の話題がよく登場したので、その経験が大いに役立ったといいます。
今回のリサイタルテーマは、藤井さんが、そうした詩の文化がフランスで盛んになったのはいつだったのかと興味をもって調べたことからアイデアを得たもの。17世紀、太陽王と呼ばれたルイ14世が芸術家たちを擁護し、フランス語学校を作って、音楽、踊り、詩を人々に広めたことに端を発し、フランスの芸術はより豊かに発展し、受け継がれてきたといいます。今回はそんなフランス芸術を味わうということでこのタイトルがつけられ、ヴェルサイユ宮殿でオルガニストをつとめたクープランから、フォーレ、ドビュッシー、そしてメシアンの下で学んだ藤井さん自身による新作、つまり藤井さん曰く、「バロック、古典派、ロマン派やシューレアリズム」にわたるさまざまな様式の作品が披露されました。
冒頭に演奏されたのは、藤井さんによる「宮島の鳥居に波は震える ~チェロとピアノのための~」(世界初演)。共演は、2016年のバッハの録音以来たびたび共演を重ねている、気鋭若手チェリスト、横坂源さん。「人間・海・神がひとつに繋がる世界を創出した独創的宗教建築」である厳島神社の鳥居から着想を得て書かれたという作品で、ピアノの表現からは、風に揺れる海面や、張り詰める神秘的な空気が感じられます。力強く厳かな音楽の流れから、平清盛の運命が思い浮かぶ瞬間も。豊かに伸びるCFXの音がチェロと溶け合い、幻想的な空気を醸しました。
続くクープランの「神秘的な防壁」「キタイロンの鐘」では、雫のようなみずみずしい音が奏でられ、またラモーの「鳥のさえずり」ではまた少し質感の違ったみずみずしさが感じられて、その繊細なニュアンスのコントロールに聴き入ります。モーツァルトのピアノソナタ第8番やフォーレのノクターン第6番では、藤井さんの柔らかいタッチに反応し、ピアノがさまざまな声を発するようでした。
後半はドビュッシー「ピアノのために」から。同じフランスものでも少し輪郭のハッキリした音で、よりビビッドな色彩とともに音楽が奏でられます。特に、CFXの豊かな低音がそっと静かに鳴らされるときに生まれる芳醇な音は、絶品でした。
プログラムの最後に置かれたショパンのピアノソナタ第3番は、粋な歌いまわしと独特のテンポ感で奏でられ、聴きなれたこの作品から新しい色や光が感じられます。エレガントな厚みを持つ低音の上で高音がきらめき、絵画のような音楽が奏でられました。
アンコールは、再び横坂さんのチェロとの共演によるフォーレの「エレジー」と、藤井さんのリサイタルではフィナーレを飾る定番のお楽しみとなりつつある、ドビュッシーの「月の光」。
この日のCFXは、調律師の手によりフランスものを演奏するのに適したエスケープメントの調整がなされていたといい、藤井さんは公演の冒頭で、「フランスのヴェルサイユの響きを感じてほしい」と話していました。その言葉のとおり、藤井さんの細やかなタッチの違いに応えたCFXによる、華やかで色彩豊かな響きを味わう一夜となりました。
Text by 高坂はる香 Photo by Lasp舞台写真株式会社