コンサートレポート

コンサートレポート

ピアニストとしての将来を見据え、自身の能力を試す機会として開催されている藝大ピアノコンクール。第2回の受賞者3名が、それぞれの個性が際立つ演奏を楽しませてくれました。

2023年4月12日(ヤマハ銀座コンサートサロン)

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

終演後の記念撮影。左から、今井理子さん、鴨川孟平さん、西本裕矢さん。



■〈第1位〉鴨川孟平
J.ブラームス/ヘンデルの主題による変奏曲とフーガOp.24

■〈第2位〉西本裕矢
F.ショパン/マズルカOp.33、ノクターンOp.48-1、ポロネーズ 変ロ短調 遺作、ワルツOp.34-1

■〈第3位〉今井理子
M.ラヴェル/夜のガスパール

 第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会が、2023年4月12日、ヤマハ銀座コンサートサロンで開催されました。2021年に創設されたこのコンクールは、東京藝術大学でピアノを専攻する附属高校から大学院までの学生を対象とし、学外のピアニストや専門家を審査委員に招き、参加者が新たな視点から将来への課題を探究することを目的とし、受賞者には奨学金と褒賞演奏会への出演の機会が与えられます。
 2022年7月18日(予選)と7月24日(本選)に行われた第2回コンクールには、19名が参加し、6名が本選に進み、鴨川孟平さん(第1位)、西本裕矢さん(第2位)、今井理子さん(第3位)が受賞しました。

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

 最初に登場したのは、第3位を受賞した今井理子さん。ラヴェル《夜のガスパール》を演奏。第1曲「水の精(オンディーヌ)」では、ヤマハCFXから透明感のある音色を引き出し、客席を幻想的な世界に誘います。第2曲「絞首台」は、終始一貫して鳴り続く変ロ音の鐘の音を不気味に響かせ、第3曲「スカルボ」では、鮮烈な技巧で小悪魔スカルボが飛び回る情景を色彩豊かに描写しました。アンコールはブラームス《7つの幻想曲Op.116》より第4曲。温かな情緒に満ちた音楽が会場を包みました。2021年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールに参加した実力を持ち、現在は藝大に籍を置きながらウィーン国立音楽大学ピアノコンサート科で学んでいる今井さんの今後の活躍が楽しみです。

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

 続いて登場した第2位の西本裕矢さんは、オール・ショパン・プログラムを演奏。ポーランドの民族舞曲のリズムに乗せて優雅に《マズルカOp.33》を聴かせた後は、《ノクターンOp.48-1》。ゆったりと壮大なスケールの曲想を味わい深く歌い上げました。さらにショパンが16歳のときにロッシーニのオペラ《泥棒かささぎ》のアリアを主題に書いた《ポロネーズ変ロ短調(遺作)》のみずみずしい演奏で客席を魅了し、最後は《ワルツOp.34-1》。洗練されたピアニズムで華やかにプログラムを締めくくりました。アンコールは、ショパンのマズルカからインスピレーションを得たという自作曲《民族舞曲》。2023年2月に開催された高松国際ピアノコンクールで第4位を受賞し、ユネスコの平和活動にも音楽を通じて関わっている西本さんのさらなる飛躍が期待されます。

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

 休憩をはさんで、後半は第1位の鴨川孟平さんのステージ。ブラームスの傑作《ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ》を、精妙なピアニズムでドラマティックに聴かせてくれました。冒頭、典雅なヘンデルの主題を生き生きと提示した後、リズムや和声が多彩に変化する25の変奏を、ヤマハCFXの陰りを秘めた深い低音から煌めくような高音まで自由自在に操り、人間のさまざまな情感を彫琢するように表情豊かに展開していきます。そして、圧巻のフーガ。重厚感あふれる四声のフーガは、若き日のブラームスの情熱が飛翔するようでした。アンコールは、リスト《ラ・カンパネラ》。超絶技巧を前面に押し出すのではなく、旋律を愛おしむような繊細なニュアンスに富んだ表現で、会場を清々しい空気で満たしました。この春、修士課程に進んだ鴨川さんは、ヨーロッパへの留学も視野に入れて学んでいるとのこと。今回の受賞をステップに、大きな才能を開花させていくことでしょう。

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

 終演後、3人にお話を伺いました。

──演奏を終えたご感想をお聞かせください

(鴨川)3人の性格が表れるプログラムだったと思います。今井さんは、作品についてだけでなく、生き方などについても深く考えていて、思いがけない視点からのアイディアを生み出し、いつも刺激されています。今回も、ラヴェル《夜のガスパール》はすごく難しい作品なのですが、見事に演奏し、ヒントの宝庫を与えてくれました。とくに「絞首台」がおもしろかったです。西本さんは音楽性にあふれていて、自由で明るい。それがショパンの即興性にマッチしていて、素晴らしかったです。それに比べて、自分は性格的にも、ドイツ作品が好きということもあって、正確さを求めてしまうようなところがあるんです。今後の課題は、今日おふたりが弾いたようなショパンやフランス作品などにチャレンジすることだと思いました。

(西本)今回は、オール・ショパン・プログラムを組ませていただきました。ショパンのキャラクター・ピースのなかから、今自分がもっとも勉強したい作品を弾いてみました。先日の高松国際ピアノコンクールでは、主にロシア作品を中心にプログラミングしましたが、今後はロマン派のレパートリーを増やしていきたいと思っています。

(今井)藝高時代の先輩、後輩と一緒に演奏することができ、楽しかったです。ラヴェルは、以前に2台ピアノで《ラ・ヴァルス》を演奏したことがありますが、ソロ作品は初めてで、大きなチャレンジでした。いきなり取り組む作品かと思われそうですが、私は理由が説明できないけれど、猛烈に好きなった曲しか演奏できないんです。ちょうどショパンコンクールが終わった後、大好きなピアニスト、イーヴォ・ポゴレリッチの演奏を聴いて、これは弾くしかないと思って、半年ほどで仕上げました。今後の課題も見え、大切なレパートリーとして熟成させていきたいと思います。

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

──今回のコンサートで弾いたヤマハCFXはいかがでしたか

(鴨川)いろいろな音色が生まれて驚きました。とくに弱音が美しく、ソフトペダルを踏んだとき、まったく違うキャラクターを出すことができて楽しかったです。

(西本)各音域の音色に深みがあり、その特徴を活かしながら音色を探究することができました。

(今井)《夜のガスパール》は、色彩感が求められる作品です。1小節のなかでも、和声が変わるごとにまったく違う色の重なり、もつれを表現しなければならない。指先でイメージした色彩を、いかにアウトプットできるか、そのシームレスさが群を抜いているピアノだと思いました。とくに「オンディーヌ」、「スカルボ」の速いパッセージでペダルを踏んでいるとき、どんなに音が重なっても、細やかなニュアンスを表現することができました。ピアノを信頼して対話しながら演奏できる安心感がありました。

(鴨川)たしかに!音がつぶれないという意味では、僕も同じように感じました。ブラームスって、かなり無理矢理なペダル記号を書いていて、両外声を伸ばしておきたいから2小節間ずっと踏んでいなさいという指示があるなかで、各声部がちゃんと聴こえるのは凄いなと思いました。

(西本)幼少期からヤマハのピアノには親しんでいて、いろいろなホールで弾かせていただいているので、その進化が目に見えるように感じました。

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

──藝大コンクールを受けたきっかけなどについてお話しください

(今井)ピアノ科の生徒が通る廊下の掲示板に開催の告知があって、演奏の機会がいただける素晴らしいチャンス、これは受けるしかないと思いました。

(西本)ピアノ科の学生なら誰でも受けられるのですが、先着順に応募者が決まるので、エントリー・フォームが開く日の朝10時、いかに速く名前、曲目などをタイピングしてエントリーするか、これもある種の選手権でした(笑)。

(鴨川)高校生から博士課程や別科の学生まで、誰でも受けられるユニークなコンクールですよね。

(今井)年齢制限のないコンクールだけに、本当に音楽性を見ていただけるコンクールなのかなと思います。

(鴨川)審査員の先生方も学外の方たちで、音楽評論家の方も加わっていて、講評がいただけるのも魅力ですね。

(西本)講評を糧として、今後の演奏について考えることができました。国内のピアノメーカーの最新の楽器を学内に運び込んでいただいての開催というのも、刺激的な機会だったと思います。

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

──今後の抱負をお聞かせください

(鴨川)修士課程に進学しましたが、留学も視野に入れています。今、日本で教えていらっしゃる先生方は欧米で学んできた方たちで、広い視野で奏法や音楽的なことを教えてくださるので、留学しなくてもいいかなと思っていた時期もありましたが、やはりクラシック音楽が生まれた環境、文化的背景に身を置いて、世界中の若いピアニストたちから刺激を受けることが必要だなと思うようになりました。今そんなフェーズに入っています。

(西本)語学を学び、常に国内外の情報に目を開き、海外のコンクールにも挑戦していきたいと思います。

(今井)今、ウィーンで勉強しているのですが、師事しているアンナ・マリコヴァ先生が素晴らしい方で、レッスンにどんな曲を持って行っても、その場で弾いてくださる。その域に到達するには、どれだけの年月が必要でしょう?周りの学生たちも世界各国の優れた若いピアニストたちで、刺激を受けています。そのなかで、自分が何を究めて、どのような領域でアーティストとして生きていくのか、考える時期だと感じています。ブラームスが大好きなので、せっかくウィーンにいるので古典的なレパートリーを学びたいと思っていますが、自分の垣根を壊しつつ、焦ることなくコンクールにもチャレンジしていきたいと思います。

 才能あふれる3人の今後の活動に目が離せません。

第2回藝大ピアノコンクール受賞者演奏会

Text by 森岡葉