ニューヨーク在住のピアニスト谷川かつらさん、パリ在住のヴァイオリニスト瀬川祥子さん、ベルリン在住のチェリスト水谷川優子さんの3人によるTRIO SOL LA(トリオ ソ・ラ)が、毎年開催している「三都物語シリーズ」の第9回は「三都から神無月の東京へ」と題し、2023年11月16日に東京文化会館小ホールで行われました。
2023年11月16日(東京文化会館 小ホール)
■プログラム
シューベルトラフマニノフ:悲しみの三重奏曲第1番ト短調
À.ビーチ:ピアノ三重奏曲イ短調作品150
À.シェーンベルク(エドゥアルト・シュトイア―マン編):浄夜 作品4(ピアノ三重奏版)
今回のTRIO SOL LAのコンサートは、ロシアとアメリカとオーストリアの作品が選ばれています。グループ名のSolLaは、3人の名前のイニシャルSKY=空とフランス音名のソとラに因み、―三都に離れていても大空のもとで音楽が繋がっているように―との願いを込めて命名されました。
そのグループ名と同様、今回はさまざまな歴史と伝統が作品に色濃く投影されている3つの土地で生まれた作品がプログラムに組まれ、まさに三都の音楽が3つの楽器で奏でられ、東京の秋を豊かに彩りました。
コンサートは、セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)の「悲しみの三重奏曲第1番ト短調」で幕開け。今年(2023年)はラフマニノフの生誕150年のメモリアルイヤーで、多岐に渡るジャンルの作品が数多く演奏され、作曲家の幅広い魅力に触れることができる年となりました。2曲書かれたピアノ三重奏曲も、ふだんの年よりも演奏される機会が多かったように思われます。
「悲しみの三重奏曲第1番」は、作曲家本人が命名したタイトルで知られ、単一楽章で書かれており、演奏時間は約15分。ラフマニノフがモスクワ音楽院に在学中の19歳のときに書いた、いわゆる若き情熱が傾けられた作品で、特定の人を追悼するということは記されていません。ラフマニノフのピアノ、ダヴィッド・クレインのヴァイオリン、アナトーリー・ブランドゥコーフのチェロにより、1891年に初演されました。しかし、長年に渡って出版されることはなく、アメリカに渡ったラフマニノフが亡くなった後の1947年になり、ようやくソ連国立音楽出版から楽譜が世に送り出されることになりました。
曲は弦楽器の弱奏から始まり、それがピアノの壮麗さと壮大さを描き出す旋律へと受け継がれ、トリオ ソ・ラの3人の息遣いがはっきり聴こえてくるようなリアルな三重奏となりました。ラフマニノフはピアノの名手として知られますが、すでにこの時点でピアノ・パートは超絶技巧が横溢し、谷川かつらさんはヤマハCFXから多彩な色彩感を紡ぎ出し、ヴァイオリンとチェロがその響きに呼応していきます。ピアノが冒頭の「慟哭のレント」と称される旋律を奏でると、弦の瀬川祥子さんと水谷川優子さんが悲歌を受け継ぎ、やがて葬送行進曲へと歩みを進めました。
次いでアメリカの女性作曲家でありピアニストでもあった、エイミー・ビーチ(1867~1944)の「ピアノ三重奏曲イ短調作品150」が演奏されました。ビーチが1938年の初夏に2週間で書き上げたという最後の大作で、豊かなロマンと詩的な調べ、独特のリズムが特徴的な作品です。ビーチはブラームスとワーグナーの和声や作曲技法を調和させて独自の技法を生み出したことで知られ、民族音楽の要素も取り入れています。ここでは3人が各々のパートにじっくり向き合うとともに、他の楽器の音に鋭敏な耳を傾けている様子がうかがえ、音の融合が印象的でした。ふだんあまり演奏される機会に恵まれないこうした作品を紹介することにも、トリオ ソ・ラの意欲的な姿勢が見えます。
最後は20世紀の音楽史に新たな地平を拓いたアルノルト・シェーンベルク(1874~1951)の代表的な作品、「浄夜 作品4(ピアノ三重奏版)」が登場しました。これはシェーンベルクが1899年にウィーンで書いた弦楽六重奏曲。その後、さまざまな編曲や改訂がなされ、この日はポーランドのユダヤ系作曲家のエドゥアルト・シュトイアーマンが1932年に編曲したピアノ三重奏版が使用されました。
この作品はリヒャルト・デーメルの詩に曲が付けられたもので、月夜の晩に森で語らう男女の話が元になっています。ブラームスとワーグナーの影響が見てとれ、半音階が多用されています。トリオ ソ・ラの演奏は、冒頭から驚異的な集中力と緊迫感に富み、シェーンベルクの舞曲のリズム、濃密な主題の動き、抽象的で細密画のような構成をリアルに描き出していきます。聴き手にも集中力を促す演奏で、一瞬たりとも耳が離せません。
とりわけピアノの幽玄な響き、ヴァイオリンの幻想的な調べ、チェロの物語性あふれる音色が迫ってきて、「浄夜」の魔術的な内容に引き込まれるよう。女性の告白に不安と罪悪感がただよい、それを3人の音がときに深淵に、あるときはとまどいを表し、また妖艶さも表現していきます。単一楽章の30分にもおよぶ作品が終わると、聴き手はどこか異次元の世界へと迷い込んだような気分に包まれました。
これが音楽のもつ力かもしれません。3人の音、3つの作品、三都物語は、上質な調べを奏で、余韻を残して静かに幕を閉じました。
Text by 伊熊よし子
Photo by conpas.me