【ヤマハイマーシブソリューション「AFC」使用事例レポート】演劇『そよ風と魔女たちとマクベスと』/ 東京・長野
Japan/Tokyo, Nagano Apr. May 2025
2025年4月25日から5月11日の間、東京都「すみだパークシアター倉」と長野県松本市「信毎メディアガーデン」において、フライングシアター自由劇場の第5回公演『そよ風と魔女たちとマクベスと』の公演が行われました。その公演において、自然な残響を付加するヤマハの音場支援システム「AFC Enhance」とイマーシブな音響演出を可能にする音像制御システム「AFC Image」が使用されました。
採用理由や目指した音響効果、公演での使用感などについて、フライングシアター自由劇場 主宰 串田 和美 氏と音響 担当の市来 邦比古 氏にお話をうかがいました。
フライングシアター自由劇場 第5回公演「そよ風と魔女たちとマクベスと」
【東京公演】2025年4月25日(金)~5月4日(日・祝)東京都 すみだパークシアター倉
【長野公演】2025年5月9日(金)~5月11日(日)長野県 信毎メディアガーデン
企画製作:フライングシアター自由劇場
主催:(有)自由劇場
フライングシアター自由劇場の第5回公演『そよ風と魔女たちとマクベスと』は、シェイクスピア四大悲劇のひとつ『マクベス』を新たな古典として再創造した挑戦的な舞台です。
フライングシアター自由劇場 『そよ風と魔女たちとマクベスと』について
https://www.k-jiyugekijo.com/macbeth
『そよ風と魔女たちとマクベスと』におけるヤマハAFCシステムについて
本公演では劇場内の音場を整えると同時にそよ風や魔女など“見えない存在”への畏怖や緊張感を表現し観客を物語へと深く没入させるために音場支援システム「AFC Enhance」と音像制御システム「AFC Image」が使用されました。
「AFC Enhance」は響きが少ない劇場空間の残響を補いつつ、客席ごとの音の不均一さを補正するために、「AFC Image」は馬の音や剣の音、不安感を感じさせる音像の移動に使われました。
「AFC Enhance」「AFC Image」スピーカー構成、集音マイク構成
- ステージ奥の左右に2基のNEXO「P8」、ステージ奥中央にヤマハ「DZR12-D」を1基設置
- ステージ上部のフロントスピーカーとしてNEXO「ID24」を3基設置
- ステージの上手脇、下手脇にサイドスピーカーとしてヤマハ「DZR12-D」+サブウーファー「DXS15XLF-D」を設置
- 客席上方に客席後部補助としてNEXO「ID24」を2基設置
- 客席最後方の左右に2基のNEXO「P8」を設置
- 「AFC Enhance」用集音マイクを舞台上部の位置に4本、客席上方に4本吊下設置
AFC Imageの主な使用目的
- 客席全体への音像の立体的配置による、高い没入感を生む音響演出の実現
- 森の場面における、鳥・虫・川のせせらぎなどの音像の移動による臨場感ある「森の音場」の創出
- ピアノ演奏時の3D リバーブ使用による、従来のデジタルリバーブより自然な響きの実現
「AFC Enhance」「AFC Image」スピーカー構成、集音マイク構成
『そよ風と魔女たちとマクベスと』+AFC インタビュー
串田 和美 氏(フライングシアター自由劇場主宰)
市来 邦比古 氏(音響担当)
写真左:市来 邦比古 氏(音響担当)
最初に『そよ風と魔女たちとマクベスと』という作品について教えてください。
串田氏:
僕がマクベスを最初にやったのは、もう何十年も前の話。六本木の小さな劇場で、まだ無名だった吉田日出子さんや柄本明さんなどと芝居をしました。70、80年代に4回ほど上演したでしょうか。その後しばらくマクベスから離れていたんですが、コロナ禍で何もできない頃、マクベスを改めてやりたいと思うようになりました。マクベスは、僕にとって原点のような存在で、そこに立ち返りたいという気持ちでした。
公演場所が東京では「すみだパークシアター倉」というユニークな空間でした。
串田氏:
あそこは倉庫で、その「場」にも惹かれました。というのも、僕は若いころ、いつか売れなくて芝居する場が何処にもなくなったら倉庫でやればいい、倉庫さえあれば大丈夫だと思っていたんですよ。だから「倉庫」での芝居は、やってみたいことでもありました。
倉庫という空間の印象は、いかがでしたか。
串田氏:
雰囲気はとてもいいです。ただ音響的には非常に厳しい。以前に別の芝居を「すみだパークシアター倉」でやったときは、役者の立ち位置によっては台詞がお客さんに届かない感じがありました。そこで今回は音響の市来さんにがんばってもらいました。
「良い残響」を加えるために「AFC Enhance」を使用
音響担当の市来さんにうかがいます。この公演で「AFC Enhance」「AFC Image」を使用したのはなぜですか。
市来氏:
もともとヤマハの音場支援システムの「AFC」は知っていましたし、他社の残響可変システムや音像移動システムをかなり早い時期に串田さんの舞台で使った経験もありました。今回の「AFC Enhance」「AFC Image」はInter BEEのヤマハブースで体感して興味を持ちました。今回『そよ風と魔女たちとマクベスと』をやる話になったとき、「AFC」なら「そよ風」のような存在の魔女をうまく表現できるのではないか、と考えました。
ただ、Inter BEEでは「少量の機材で構築できる」「音像を自在に動かせる」という印象だったけど、それって本当にできるの?(笑)と思ったんで、横浜のヤマハにて再度、体感の機会をもらい、実際の公演に向けた技術的な相談にも協力してもらいながら、「なるほど、これなら使える」と判断して使うことを決めました。
「AFC Enhance」はどのような用途で使ったのですか。
市来氏:
串田さんが言うように、倉庫である「すみだパークシアター倉」はかなり音響面で厳しい。その独特の音場を補正するために使いました。ここは天井高があって、天井面に吸音材が貼られていて響きが非常に少ない。壁面は片側が反射面、もう片側が吸音する黒幕と左右が非対称です。ですから客席ごとに音にムラがあり、特に観客の後ろ3列は音が全然違う。
こうした音の不均一を、「AFC Enhance」で質のいい響きを付加することで補正しました。その結果、全体的に均一に、しかも台詞が聞き取りやすい劇場空間となりました。
一般に演劇には響きは少ないほうがいいと言われていますが、「AFC Enhance」で響きを加えたんですね。
市来氏:
確かに以前は「芝居小屋は響きが少ない方がいい」という発想で響きを抑えていました。でも私はある程度、響きがあったほうが台詞の明瞭度が上がると考えています。短い反射音であれば音は加算されるので音圧が上がるんです。もちろんワンワン鳴るような長い響きは台詞を不明瞭にしますが、一次反射音程度の短い反射音は「いい残響」として声を聞こえやすくするんです。
AFC Enhanceで「いい残響」を作って客席の音響を均一にしたわけですね。
市来氏:
そうです。それに響きを長くするリバーブ的な使い方もしています。たとえば「魔女たちの洞窟」の場面では洞窟の空間感を演出するために「AFC Enhance」で設定した残響時間を長くしました。以前なら自然な感じで残響を強めるのは大変ですが、今回はパラメーターを変えるだけなので簡単でした。
「AFC Image」で客席中を絶え間なく音像を移動させる
音像を移動できる「AFC Image」はどのような使い方をしたのですか。
市来氏:
まず以前からやりたかったのが馬の音像移動。馬をちゃんと走らせたいと思っていたんです。それで稽古場に「AFC Image」を持ち込んで小型スピーカー4つで馬を走らせてみたら、滑らかに走ったんです。今までだと馬の音像が各スピーカーのところにポンッて飛んじゃうんだよね。だけど「AFC Image」は音像が飛ばない。もっといろいろ試してみたら馬がスピーカーエリアの外側にも行けた。これは面白いぞって、それで今回の芝居では「AFC Image」により音像移動をたくさん使いました。
「AFC Image」を使った特徴的な音はありますか。
市来氏:
馬の音や戦闘シーンの剣の音で音像を動かしました。また激しいシーンだけでなく、静かなシーンでも空気感を変えるために「AFC Image」の音像移動を使っています。例えば魔女に囚われたマクベスが短剣を見つめる緊張感のある場面では、不気味な「ウィーン」という音像が客席中を走り回っています。客席でよく聴くと音が自分の前をヒュッと通り過ぎていくのがわかります。でもそうした演出が嫌味じゃない。悪意に満ちた空間の表現として自然なんです。そういった新しい音響的な演出もできました。
「AFC」は魔法。普及してほしいけどタネ明かしはしたくない
今回「AFC Enhance」「AFC Image」を使ってみた感想をお聞かせください。
市来氏:
僕自身は「AFC」はもうやめられないな、と思ってます。ほかの人たちもどんどんイマーシブを使い始めるんじゃないでしょうか。これまでも僕はイマーシブな音響を実現するためにいろいろ試みてきたんです。でも音像定位や音像移動のためのレベルやディレイの調整がすごく大変だった。それがパソコンやタブレットのワンプッシュでできるなんて素晴らしいです。
それと「AFC Enhance」「AFC Image」のもう一つのメリットは、スピーカーの存在を感じさせないことです。たくさんのスピーカーが同時に鳴ることで音像が定位しているから、スピーカーのすぐ脇に行っても、そのスピーカーから音が出ているようには聞こえないんですよ。これには驚きました。スピーカーとスピーカーの間に編み目があり、結び目のところに音が存在しているように感じました。
串田さん、「AFC Enhance」「AFC Image」によって演出的な幅は広がるのでしょうか。
串田氏:
もちろんそうですよ。観客に気づかせないで空気感が変えられる。これは「魔法」ですね。音って見えないから、照明みたいに分かりやすいものじゃない。でも非常に感情を揺さぶります。たとえば照明なら「フェードアウトして暗くなった」「シルエットになった」といった変化は誰でも分かりますが、音響の変化は注意していないと気づきません。しかし先ほどの不安感を煽る音のように、「AFC」を使うことで観客は無意識のうちに悪意がある空間に連れて行かれる。
このように「音を使って感情を操作する」ことは、科学と芸術が融合した“魔法”であり、この魔法を使いこなすことが、作り手の醍醐味です。だから僕としては「AFC」は普及してほしいけど、一方で魔法のタネ明かしはしたくない気持ちもあるんです(笑)
お忙しい中、ありがとうございました。
フライングシアター自由劇場Webサイト
https://www.k-jiyugekijo.com
ヤマハ音場支援システム「AFC Enhance」、音像制御システム「AFC Image」について
「AFC Enhance」とは
「AFC Enhance」は、空間の固有の音響特性を活かし、音の響きを豊かにすることで、コンサート、講演会、演劇など多様なシーンで最適な音響空間を提供する音場支援システムです。
主な特長
- 自然な音の残響感や音量感の調整により、用途に応じた細やかな音響環境の制御が可能
- 空間固有の音響特性を生かした音場作りにより、リアルで満足度の高い聴取体験を実現
- 高度な信号処理技術により、多様な音響調整が可能で、さまざまな空間での使用に対応・規模に応じたモデル選択で、小規模から大規模な空間まで幅広くカバー
詳しくは「AFC Enhance」製品ページをご覧ください。
「AFC Image」とは
「AFC Image」は、音像を3次元的にかつ自在に定位・移動させることで、演劇、オペラ、コンサート、インスタレーションなど多彩なシーンでイマーシブな音響演出を可能にするオブジェクトベースの音像制御システムです。
主な特長
- 洗練されたGUI上でのオブジェクト操作や音像サイズ調整により、緻密かつ迅速な音像コントロールが可能
- 特定のスピーカーセットにのみオブジェクト再生を割り当てできるスピーカーゾーニング機能を搭載
- 3Dリバーブシステムを搭載し、それぞれのリスニングエリアにて臨場感ある残響と音場を実現
- DAWやコンソールのパンニング操作を実空間の形状に最適化するレンダリングエリアコンバージョン機能を搭載
詳しくは「AFC Image」製品ページをご覧ください。