【ヤマハイマーシブソリューション「Sound xR」使用事例レポート】ユーバランス(舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」より)

Japan/Tokyo Oct. 2025

2025年10月、東京芸術劇場にて舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」音楽イベント「ユーバランス」が開催されました。

本公演は東京芸術劇場のシアターイースト、ロワー広場、アトリウムを回遊する形式で行われ、アトリウムでの音響演出にイマーシブオーディオソリューション「AFC」(音像制御システム「AFC Image」、音場支援システム「AFC Enhance」)が使用されました。

その導入理由や狙った効果、使用感などについて本公演のディレクターを務めた葛西 敏彦 氏、音響設計・オペレート担当の久保 二朗 氏、音楽家の香田 悠真 氏に話をうかがいました。

ユーバランスとは

レコーディングやライブ音響を手がけるサウンドエンジニア、葛西 敏彦 氏がディレクションする「ユーバランス」。2024年の渋谷WWWでの初開催に続き、多岐にわたるジャンルの総勢20組程のアーティストが参加。複数の場所で同時多発的に出来事が起こり、重なりあい変動し続けている音と雰囲気の中で、観客それぞれがさまざまな揺らぎのバランスをとり、いいと思う瞬間を見つけて楽しむイベントとして開催されました。

・主催:東京舞台芸術祭実行委員会〔東京都、東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)〕
・公演日程: 2025年10月24日、25日


本公演の音響システムについて

公共スペースである東京芸術劇場のアトリウムでの公演では、特徴的な吹き抜け構造を生かすためにイマーシブオーディオソリューション「AFC」(音像制御システム「AFC Image」、音場支援システム「AFC Enhance」)が使用されました。空間の「残響」そのものをデザインする独自の手法により、階ごとに異なる音響体験が演出され、音が天井から降り注ぐ独特の没入感を作り出しました。

東京芸術劇場 アトリウム

音響システムはディレクターの葛西氏のコンセプトに基づき、オペレート担当の久保氏が構築。音楽家の香田氏がDAW上で作成した空間制御データをOSC経由で「AFC Image」へ送信する手法が採られ、楽曲のダイナミクスと空間の響きがリアルタイムに連動する緻密な演出が行われました。

1階には吹き抜け部分を囲うように指向性制御に優れたNEXO製スピーカー「ID14」を8台設置。2階のガラス張りの壁面近くにはヤマハパワードスピーカー「DZR10」を12台設置。これらによって建物全体に響き渡る残響が再生されました。

「DZR10」
NEXO「ID14」
スピーカー配置図(デザイナー:田上 亜希乃)

舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」『ユーバランス』+音像制御システム「AFC Image」、音場支援システム「AFC Enhance」インタビュー

葛西 敏彦 氏(ユーバランスディレクター / サウンドエンジニア・左)
香田 悠真 氏(音楽家・中央)
久保 二朗 氏(音響設計・オペレート / 株式会社アコースティックフィールド・右)

音と音が混ざり合う、東京芸術劇場アトリウムでの新たな音響体験

「ユーバランス」のコンセプトを教えてください。

葛西氏:
「ユーバランス」はもともと私個人で企画したイベントが発端で、2回目となる今回は舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」の一環として東京芸術劇場で開催されました。通常こういったサウンドインスタレーションでは、音が混ざらないようにエリア分けを行います。しかしユーバランスでは逆に音を混ぜ合わせ、互いに影響し合うような空間作りを行いました。

ある作品に近づくとそこに意識がフォーカスされ、離れるとまた他の音と混ざり合う。その中で聴き手が自分にとって心地よいバランスや境界線を探っていくような体験を「ユーバランス」と名付けました。

葛西 敏彦 氏(ユーバランスディレクター / サウンドエンジニア)

開催場所の一つに東京芸術劇場のアトリウムという公共空間を選んだのはなぜですか。

葛西氏:
「あのユニークな吹き抜けの空間でイマーシブ音響を鳴らしてみたい」という個人的な動機が強かったですね。僕はレコーディングとライブの両方を行うエンジニアですが、以前からイマーシブオーディオによるライブ表現には興味がありました。

今回、東京芸術劇場でユーバランスが実施できることになって真っ先に確認したのが「アトリウムは使えるの?」ということでした。ただアトリウムは公共空間なので、大音量のPAはできません。その制約を逆手に取り、実音を拡声するのではなく、空間の「残響成分」だけを付加してコントロールする、「響きのPA」であれば成立するのではないかと考えました。

アトリウムでは具体的にはどのような空間設計を行ったのですか。

葛西氏:
建物の地下1階、1階、2階という「3層構造」を生かしたプランを立てました。1つのライブでも階層を移動することで全く異なる3つの音響空間を体験できる仕組みにしたかったんです。

地下1階は独立したライブスペースとして、生音主体で様々なアーティストのライブを行い、通常のPAを行います。1階ではそこに残響が付加され、コンサートホールの後方席で聴いているような響きになる。さらに2階へ行くとより強い響きが付加されて、実音が捉えられないほど濃密な残響に包まれる。そのコンセプトを久保さんに伝えて具体的な音響システムを構築してもらいました。

自由にスピーカーをレイアウトできることが
「AFC Image」を使用する決め手だった

音響設計を行った久保さんにうかがいます。久保さんの音響コンセプトを実現するにあたり、ヤマハの「AFC Image」、「AFC Enhance」を選んだ理由をおしえてください。

久保氏:
葛西さんからお話をいただいた当初は自分の設計したシステムで構築するつもりでした。一方で今後の立体音響の普及を考えると、メーカーの製品やシステムを活用するフェーズが来ている、とも感じていました。そこで理想とする「3次元的な音像移動」や「自由なスピーカー配置」を実現できるシステムで、以前から注目していたヤマハの「AFC Image」を選びました。

久保 二朗 氏(音響設計・オペレート)

他のイマーシブオーディオ製品の中から「AFC Image」を選定したのはなぜですか。

久保氏:
最大の理由はスピーカーレイアウトの自由度です。僕が考える理想的な立体音響は、前後、左右、上下も含めて均等にスピーカーを配置することなのですが、他のシステムの多くはフロントに5本程度のスピーカーを置くいわゆる「フロンタル配置」が前提です。しかし「AFC Image」にはそうした縛りはなく、完全に自由にスピーカーが配置できる。この柔軟性に惹かれてヤマハに協力を依頼しました。

実際に使用した機材について教えてください。

久保氏:
今回は音像制御と3Dリバーブが使える「AFC Image」と、会場の持つ響きを拡張する「AFC Enhance」の両方を使用しました。スピーカーは最も強い残響を再生する2階にはパワードラウドスピーカー「DZR10」を12台、1階のアトリウムのサークル部分には指向性が制御しやすいNEXO「ID14」を8台設置しました。これらによって地下の通常のPAに対し、1階・2階で全く異なる残響空間を生成するシステムを組みました。

ミキシングにはデジタルミキシングコンソール「DM7C」が使用された

「AFC Image」の3Dリバーブで作り出す「残響の波」

ユーバランスのアトリウムでの音を聴かせていただきましたが、ここでのイマーシブオーディオは、通常の行われ方とはかなり異なっていると感じました。

久保氏:
ユーバランスでのイマーシブオーディオの使い方のポイントは大きく3つあります。1つは「AFC Image」内蔵の3Dリバーブをまるで楽器のように積極的に使ったこと。2つ目はその制御にOSC(Open Sound Control)を導入したこと。そして3つ目は、作曲家の香田さんがそれらを使い作品として空間を制御したことです。通常「AFC Image」は音源の音像を立体的に動かすために使われますが、今回は響き自体を動的に操りました。

「作曲家が空間をコントロールする」とは、具体的にどういうことですか。

香田氏:
演奏データに「空間の動き」そのものが書き込まれている状態です。僕は今回、アトリウムで再生する『In Our Time』という立体音響作品を制作しました。その制作にはDAWを使用しましたが、単に音源の要素だけでなく、定位や空間表現に関するパラメータも制作段階で設定しオートメーションを書き込みました。

例えば曲の展開に合わせてリバーブの深さを変えたり、残響の広がり方を積極的に変化させたりしています。そのシステムとしては、DAWからのMIDI出力を別の外部ソフトウェアでOSC信号に変換して「AFC Image」を直接制御する仕組みを構築しました。

アトリウムで再生された立体音響作品『In Our Time』

再生時にオペレーターがエフェクトとして残響を加えるのではなく、響きも作品の一部なんですね。

香田氏:
そうです。事前に久保さんのスタジオなどでシミュレーションを行ったんですが、「AFC Image」の3Dリバーブで「Space」というパラメータを操作していたとき、巨大な「残響の波」が生まれるように感じました。これは空間エフェクトとしてでなく、音楽表現としても使えると確信しました。それで3Dリバーブを楽曲に合わせてコントロールし、残響をリアルタイムに変化させました。

久保氏:
通常であれば残響設定は固定して使うことが多いですが、香田さんが楽曲の中で響きの成分を大胆に動かすことで、現実にはありえない空間の「歪み」や「揺らぎ」が生まれ、それが音楽と同期しているという表現になりました。これは今までにない斬新なアプローチでした。

会場で構築されたシステムの一部
シグナルプロセッサー「DME7」、パワーアンプリファイアー「XMVシリーズ」等

「AFC Image」+「AFC Enhance」を使用した音響システムで実際に曲が会場に流れた時、どのような印象を持ちましたか。

香田氏:
アトリウム全体が音に包まれるような、あるいは音が上から降ってくるような不思議な感覚でした。面白かったのは、パブリックスペースなので外のイベントの音や、別のホールでのオーケストラのリハーサルの音などが漏れ聞こえてくるんですよ。でも、AFCの残響空間にいると、雑多な環境音さえもが作品の一部のように混ざり、違和感なく聴こえる。この建築と一体化した「空間が鳴っている」という体験は新しい感覚でした。

久保氏:
2階のガラス壁際に設置した12台の「DZR10」のパワーが効いたと思います。あそこで再生される響きは物理的にはありえないほどの強烈な残響です。でもそれを下層階で聴くと「すごく心地よくて自然」な響きに感じられます。明らかに過剰な響きでも、それがシームレスに制御されていると「自然な音」として受け入れられるのだなと思いました。

アトリウム全体を響きで包み込む
「AFC Enhance」の圧倒的な没入感

残響を支援する「AFC Enhance」はどのように使ったのですか。

久保氏:
当初の計画では「AFC Enhance」で空間全体の響きの下地を作り、その上で「AFC Image」の3Dリバーブを自在に操ることを考えていました。ただ実際は公共空間なので「AFC Enhance」のマイク位置がお客さんに近く、周囲の暗騒音も高かったんです。そのため、あまりレベルを上げすぎず、補助的な残響支援として使用しました。

なお意図したものではなかったのですが演奏中に誰かがマイクの近くで台車を押して通ったとき、その「ガラガラ」という音が「AFC Enhance」によって増幅され、音楽的な響きとして空間に広がっていくような場面もありました。こうした偶発的なハプニングも、空間演出として面白みを感じる会場の雰囲気がありました。

1Fサークル部分に設置された「AFC Enhance」用マイク

イマーシブオーディオによって「響き」をデザインする時代へ

「AFC Image」「AFC Enhance」を使ってみて、どのような可能性を感じましたか。

葛西氏:
イマーシブオーディオは響きで空間の「シーン」を自在に切り替えられる点が面白いと思いました。ある瞬間はすごく自然な響きなのに、次の瞬間には全く異なる空間の響きに変わる。そんな行き来ができるのは、イマーシブならではの音響体験です。既存の建築が持つ響きの強さをそのまま使うこともできれば、全く別の空間を創造することもできる。場所ごとに違う表情を引き出せるので、様々な建築空間で試してみたいですね。

久保氏:
僕はこれまで「響きの少ない空間でいかに自然な響きを作るか」という仕事が多かったのですが、今回は「もともとある残響に対し、さらに残響を重ねる」アプローチとなりました。既存の建築音響と整合性をとりながらデジタルでさらに別レイヤーで残響を重ねていくレイヤリングがとても面白かったので、今後は嫌がられない程度に(笑)、積極的に残響を足していく手法も追求していきたいと思います。

作曲家視点からはいかがでしょうか。

香田氏:
僕が今回考えていたのは、残響自体にどれくらい郷愁やノスタルジーが含まれているのか、という事でした。

例えば、確か90年代のベルリンやロンドンの廃墟にスピーカーを持ち込んで音楽を流し、それをさらにレコーディングし直すスクワット的な流行りがあって。そこで流れている曲が何であれ、その空間の響きを通すとよく聴こえてしまう面白みがある。

作家として欲しいのは、残響の建築音響的な精度よりもその「空気感」。響きそのものに、何かエモーショナルな情報が含まれているように思います。それを音色やメロディと同等の様に考えられたら面白いなと思いました。

久保氏:
それは面白いですね。現代音楽では楽譜に空間的な指定が書かれていましたが、それが現代のテクノロジーで復権しているようにも見えます。「ここは残響を広げる」といった指示が、当たり前のように記される時代になるのかもしれません。

葛西氏:
これからはDAWのオートメーション画面が「楽譜」なのかも、と思うんですよね。そこには音程やリズムだけでなく、空間の広がりや残響の深さまでが記録されている。これまでのPAは、音をできるだけクリアに遠くまで届けることが目的でしたが、これからは「響きをデザインする」ことが重要なファクターになるのかもしれません。

今回のユーバランスは、その大きな一歩になったと感じています。

ありがとうございました。


ヤマハ音場支援システム「AFC Enhance」、音像制御システム「AFC Image」について

「AFC Enhance」とは

「AFC Enhance」は、空間の固有の音響特性を活かし、音の響きを豊かにすることで、コンサート、講演会、演劇など多様なシーンで最適な音響空間を提供する音場支援システムです。

主な特長

  • 自然な音の残響感や音量感の調整により、用途に応じた細やかな音響環境の制御が可能
  • 空間固有の音響特性を生かした音場作りにより、リアルで満足度の高い聴取体験を実現
  • 高度な信号処理技術により、多様な音響調整が可能で、さまざまな空間での使用に対応・規模に応じたモデル選択で、小規模から大規模な空間まで幅広くカバー

詳しくは「AFC Enhance」製品ページをご覧ください。

「AFC Image」とは

「AFC Image」は、音像を3次元的にかつ自在に定位・移動させることで、演劇、オペラ、コンサート、インスタレーションなど多彩なシーンでイマーシブな音響演出を可能にするオブジェクトベースの音像制御システムです。

主な特長

  • 洗練されたGUI上でのオブジェクト操作や音像サイズ調整により、緻密かつ迅速な音像コントロールが可能
  • 特定のスピーカーセットにのみオブジェクト再生を割り当てできるスピーカーゾーニング機能を搭載
  • 3Dリバーブシステムを搭載し、それぞれのリスニングエリアにて臨場感ある残響と音場を実現
  • DAWやコンソールのパンニング操作を実空間の形状に最適化するレンダリングエリアコンバージョン機能を搭載

詳しくは「AFC Image」製品ページをご覧ください。

AFC

AFC(アクティブフィールドコントロール)は、あらゆる空間において、音を自在にコントロールし最適な音環境を創り出すことができるヤマハのイマーシブオーディオソリューションです。

Yamaha Digital Mixing Console DM7

DM7 Series

様々なシーンに対応できる高い拡張性と柔軟性を備えた革新的なデジタルミキシングコンソール。

DZR Series

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Yamaha Signal Processor DME7

DME7

高品位な音響空間を創り出すサウンドシステムデザイナーのための最大256ch入出力(Fs=96kHz時)対応シグナルプロセッサー

XMV Series

商業空間に最適な機能を搭載しながら高効率を実現したClass Dパワーアンプ。用途に応じてパワーや入出力フォーマットを8種類のモデルから選択できます。