この記事は2021年3月29日に掲載しております。

言葉のかわりに音符を書いていた

　子どもの頃から、感じたことを音符で書くという行為はごく自然なことだったと語る西村さん。図書館で借りてきた本を読んで、その世界を曲にして遊んでいたという。

「口に出して、言葉にするのが苦手だったぶん、すべて音に集約させていたのだと思います。ちょっと辛いことがあったら、その気持ちを言葉のかわりに音符で書いたり、咲いている花に気分を上げてもらったら、その花に向けて曲を書いたり。それは子どもの頃から今まで変わっていないですね。メロディは日常の生活のなかでふと浮かんでくるので、いつも五線譜の小さなメモ帳を持ち歩いて、8小節ほどのメロディを書きつけています」

　ヤマハの音楽教室では、ピアノの演奏技術だけでなく、音楽の楽しさ、創造する喜びを教えてもらったという。なかでも8歳のときにはじめてヤマハの「音楽使節団」に選ばれ、タイの聴衆の前でオリジナル曲を演奏した体験が、その後の音楽人生において大きな支えになっている。

「本当に、今でも忘れられない思い出です。自分が作った、歌詞のない音だけの曲を、言葉も文化もまったく違う国の人たちがじーっと聴いて、拍手をしてくださった。舞台の上で弾き終わって、客席に目をやったとき、薄暗いホールのなかにタイの人たちの白い歯が見えたんですよ。“あ、笑ってる”って。自分が表現したことがこんなに喜んでもらえるんだと、ピアニストとしてというよりも、ひとりの人間として大きな自信になりましたね。それからはコンサートで緊張することがあっても、心をこめて弾けばどんな人にもきっと通じると思えるようになりました」

　その後も海外への演奏旅行を重ね、音楽大学のピアノ科に進んだ西村さん。大学の作曲の講義では、こんなことを思ったそうだ。

「ヤマハの音楽教室で習っていたことを、音大でもう一度おさらいしているような気分になることがよくありました。お教室では“この音とこの音がぶつかると、あんまりきれいじゃないよね。こっちとこっち、どっちの響きが好き？”といったように楽しく導いてもらっていたことが、じつは音楽理論だったんだ！と。私の場合、はじめから“こうしてはいけない”と教科書に書いてあることを突きつけられたら、今のような自由な作風にはなっていなかったと思うので、子どもの頃から感覚的に身につけてもらったことのありがたみを、音大に行ってあらためて感じました」