2.究極のリアリティを求めて

CINEMA DSP TECHNOLOGY 2. 究極のリアリティを求めて

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本物の音場データが生んだ「HiFi-DSP」

ヤマハ建築音響研究所が始めた音場の研究は、AV機器事業部と電気音響研究所の手でまったく新しい進化をとげることになります。その土台となる素材の収集のために、彼らは世界中の著名なコンサートホールや教会、劇場を巡って音場データを収集し、それをデジタル化して機器内の専用LSIに直接組み込む、という前代未聞の手法を採用しました。これは、現在ではヤマハAVアンプに搭載されているシネマDSPプログラムのうち<CLASSICAL><LIVE/CLUB>カテゴリに相当するものですが、ここでは便宜上、過去呼ばれていた呼称を使い「HiFi-DSP」と呼ぶことにします。

楽器や声には、それらがいい音で演奏され、歌われるべき空間が必要です。「たとえそれが生の音でなく、CDやアナログレコードなどの再生音楽であったとしても、楽音というものは本来それにふさわしい場所へ還してやるべきなのではないか?」─ 開発者たちの意識には常に、より立体的な再生システムによって正確な空間情報を再現したいという夢がありました。

実は「HiFi-DSP」の登場以前にも、音場を擬似的に再現する技術は数多く存在していました。それらとヤマハが生み出した「HiFi-DSP」がどう違うのか、少し詳しく説明しましょう。

コンサートホールやライブハウスなどの音場特性を表す指標として一般に用いられるのが、直接音(ステージ上から直接伝わる音)と反射音(直接音が壁面や天井に反射して伝わる音)の経時変化を記録した図1のようなグラフです。これは「エコーパターン」と呼ばれ、縦軸が音のレベル、横軸が経過時間を表しています。この図からは、(1)直接音、(2)初期反射音(直接音に続く比較的早めの反射音)、(3)残響音の順番で、聴衆の耳(あるいは集音マイク)に音が届いていることがわかります。このうち、最後に到達する残響音は電子回路などによって比較的容易に再現でき、「疑似サラウンド」として一般のホームシアターやオーディオ機器に広く普及しています。しかしヤマハが着目したのは残響音ではなく、2番目に到達する初期反射音のほうでした。なぜなら初期反射音は残響音と比べて、反射する壁面や天井の距離、形状などの影響を受けやすく、個々の空間の音響特性がより如実に反映されるファクターだからです。この重要な初期反射音のひとつひとつを、レベルだけでなく到来方向まで厳密に測定して得られた独自の実測音場データを活用することで、「HiFi-DSP」は人工的な残響音に頼らない真の音場創生を初めて実現したのでした。

この初期反射音の実測音場データをグラフに表したのが図2です。先ほどご覧いただいたエコーパターン(図1)が収音点における一次元的な音の変化を表しているのに対し、この初期反射音データは二次元的な広がりを持つ分布図で表されていることがわかります。図の上方がステージ方向、中心が収音点(視聴位置)、同心円で描かれたラインは反射音の遅延を距離に換算して表したスケールで、図中の1mが約3/1000秒の遅延に相当します。また小さな円のひとつひとつは、反射音の到来方向の延長線上に音源があると仮定した場合の仮想音源を表したものです。中心(収音点)から見た小さな円の位置が反射音の到来方向、距離が遅延時間、直径が反射音の強さを表しています。

この音場測定に使用されたのが、ヤマハと共同研究を行っていた早稲田大学音響工学研究室・山崎芳男教授の考案による「近接4点収音法」です。これは、x-y-zの3軸上および原点(計4点)に精密に配置された無指向性マイクで拾った反射音から同一のものを相関処理により検出し、ひとつひとつの反射音の仮想音源の位置と強さを割り出す仕組みでした。ちなみに、当時の音場測定にはマイクロバス1台分の機材と5~6人の人員が必要で、ヨーロッパやアメリカを舞台に1ヶ月単位で幾度となく繰り返された測定旅行はたいへんな労力と費用のかかるものだったそうです。

近接四点収音法による音場実測風景

図1 エコパターン

図2 仮想音源分布図(例)

こうして『リスニングルームをコンサートホールに!』を合言葉に開発され、1986年に発表された世界初のデジタル・サウンドフィールド・プロセッサー「DSP-1」は、デジタル技術による音場創生を世界に先駆けて実現しました。1954年から始まったヤマハAV機器の歴史においても大きなターニングポイントでした。

これらのデータ・ノウハウ・技術の蓄積がヤマハのホームシアター開発を支え、その技術の独自性ゆえにサラウンドフォーマットやプロセッシング技術がここまで発展した現在においても、時の流れに埋もれることなく受け継がれ、進化を続けているのです。

デジタル・サウンドフィールド・プロセッサーDSP-1

  • 1. DSP=“デジタルサウンドフィールドプロセッサー”の思想
  • 2. 究極のリアリティを求めて
  • 3. 「HiFi-DSP」から「シネマDSP」へ
  • 4. HD時代に向けた静かな革命
  • 5. より忠実な空間再現を求めて
  • 6. よりリアルに、もっと手軽に