3.「HiFi-DSP」から「シネマDSP」へ

CINEMA DSP TECHNOLOGY 3. 「HiFi-DSP」から「シネマDSP」へ

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HiFi-DSPの技術をホームシアターに

DSP-1登場の翌年に登場した家庭用サラウンドデコード技術=ドルビープロロジックは、マルチチャンネルを使ったホームシアター再生を大きく普及させる原動力となりました。ドルビープロロジックの再生システムはフロント側のL/C/Rとリア側のS(サラウンド)という4ch構成で、サラウンドchはまだモノラルでしたが、それでも従来の2ch再生では得られない音の移動感や包囲感に人々は夢中になりました。

しかし、映画館と同じデコード方式を採用したドルビープロロジックは、必ずしも映画館のような臨場感をホームシアターにもたらしてはくれませんでした。映画と同じように音声をオーサリングし、これを映画館と同方式のデコーダーで再生しただけでは、一般家庭と映画館との再生環境の違いをかえって際立たせることになってしまっていたのです。

右の図でもお分かりのように、一般家庭(ホームシアター)と映画館とでは、そもそもサラウンドスピーカーの設置状況が大きく違います。各チャンネルごとに原則1台ずつのスピーカーしかない一般家庭に対して、映画館では客席の左右側方と後方を取り囲むように複数のサラウンドスピーカーを設置し、スクリーン側のメインスピーカーとの音のつながりを充分考慮しながら客席の広いエリアへ均一な音量を供給するよう設計されています。これにより、あるときは包囲感のある音場を、またあるときは明確なサラウンド音源を─ というように、各映画作品のサウンドデザインを忠実に再現できるのです。そしてもちろん、両者の空間容積の絶対的な格差が、音のスケール感にも大きな違いを生んでしまっていることは言うまでもありません。

そこで考えられたのが、DSP-1の開発でオリジネートされたHiFi-DSPの技術を映画再生に応用することでした。それも、単に映画館のようなひとつの音場空間を再現するのではなく、刻々と変化する場面に応じて音場をダイナミックに変化させることで、映画館での上映を前提に創られた映画のサウンドデザインをより忠実に再生することができるのではないか?という発想が生まれたのです。再生チャンネルごとにエフェクト量を変えることで、音源の位置によって音場感が変化する、まったく新しいシアターサウンド創生技術=「シネマDSP」の登場です。

セリフほど大切なものはない

シネマDSPは「映画館の音」を再現する技術ではなく、「映画そのものの音」を忠実に再現しようとする技術です。映画というのは人類の創造の産物ですから、「映画そのものの音」とは、「映画のサウンドデザイナーが意図する音」と言い換えることもできましょう。

それでは、映画のサウンドデザイナーが意図する音とはどのような音なのでしょうか。「D(Dialogue=セリフ)」「M(Music=音楽」「S(Sound effect=効果音)」の3要素のバランスによって成立すると言われる映画のサウンドデザインのなかでも、彼らがもっとも大事にしているのは、やはり「セリフ」です。ともすれば私たちは特殊な音響効果ばかりに注目してしまいがちですが、考えてみれば映画においてセリフほど大切なものはありません。そして彼らがもっとも苦心してきたのが、映画館のどの客席に座っても、すべてのセリフが明瞭に聴き取れるような音づくりをすることだったのです。

そのためには、まずセリフに余計な響きが付くことは決して許されません。ハリウッド映画において、セリフがほぼ例外なくアフレコで収録されているのはそのためです。そして逆に、効果音やBGMなどセリフ以外の音声については、さまざまなエフェクトを駆使してセリフに対する遠近感を付けながら、ちょうどセリフを芯にしたバウムクーヘンのように周囲へ配置していくわけです。つまり、セリフ以外のすべての音がセリフを際立たせるようにデザインされているのです。

ところが、こうした映画のサウンドデザインとは、当然ながら映画館での再生を前提としたものです。空間の広さもスピーカーの数もまるで違うホームシアターでストレートに再生したのでは、ソフトに収録された音声信号そのものは忠実に聴けたとしても、サウンドデザイナーの意図した音の世界を忠実に再現することなど到底できません。HiFi-DSPを開発したエンジニアたちは、ここに音場創生の技術を使って、サウンドデザイナーが苦心して創り上げた映画の音の遠近感を、ホームシアターでもリアルに再現することはできないか、と考えたのです。

しかし、前方に固定されたステージの演奏を客席に座って聴くという、いわばスタティックな音場空間の再現を目的とするHiFi-DSPとは違い、映画再生においては、シーンによって音源の位置や空間の広さが目まぐるしく変化するダイナミックな音場空間を制作者の意図に忠実に再現しなければなりません。そこで彼らはDSPのエフェクトレベルをチャンネルごとに変えるという方法を考案し、さらにエフェクトの配合が異なる複数のプログラムを作品に合わせて選べる映画専用の音場創生技術を開発。1990年、最高級7chAVアンプの「AVX-2000DSP」にドルビープロロジックデコーダーとともに搭載された「CINEMA-DSP」(当時の国内呼称は「CINE-DSP」)としてデビューを飾り、現在に続くシネマDSPの記念すべき第一歩が印されました。

当初、ドルビープロロジックの4ch再生に対応した前後ゾーン独立・2音場の「AVX-2000DSP」でスタートしたシネマDSPは、1995年発売の「DSP-A3090」でドルビーデジタル5.1ch再生対応・リア左右ゾーン独立の3音場へ、さらに1999年発売の「DSP-AX1」においてはドルビーデジタルEX/DTS-ES対応でリアセンターゾーンも新たに独立させた4音場へと、サラウンドフォーマットの進歩を先取りしながら発展していきます。これと同時に音場創生のためのアルゴリズムもブラッシュアップを重ね、同じ名称のサラウンドプログラムでも、その音質とリアリティは年を追うごとに向上・進化を続けています。

シネマDSPはまた、ハリウッドをはじめとする映画関係者から深く理解され、承認された技術でもあります。その証拠に、シネマDSPのサラウンドプログラム名は「ドルビープロロジック・エンハンスド」(現在の名称は「スタンダード」)のように、世界で唯一ドルビーラボラトリーズ社との“ダブルネーム”を冠することを認められました。これは当時、実際にヤマハのエンジニアがドルビーラボラトリーズ本社の試写室で関係者を前にデモンストレーションを行い、実現したものです。

映画館と家庭のリスニングルームとの空間の差違(概念図)

2音場シネマDSP処理

3音場シネマDSP処理

4音場シネマDSP処理

  • 1. DSP=“デジタルサウンドフィールドプロセッサー”の思想
  • 2. 究極のリアリティを求めて
  • 3. 「HiFi-DSP」から「シネマDSP」へ
  • 4. HD時代に向けた静かな革命
  • 5. より忠実な空間再現を求めて
  • 6. よりリアルに、もっと手軽に