皆さん、今日は素晴らしい演奏をしてくださってありがとうございます。熱のこもった演奏を聴いて、今日までの練習の積み重ね、ご両親、ご家族、そして何より指導者の先生方の力があって、今日の日を目指されたのだと深く感じました。本当にお疲れ様でした。
音楽をやるというのは、本当に誠実な取り組みだということが伝わってまいりましたが、皆さんは音を一生懸命楽譜通りに弾いていらっしゃる。出来るだけ間違いがないように弾く。書いてあることを、ピアノやフォルテ、一生懸命やっていらっしゃる。でも、たとえば今日は課題としてソナチネを弾く人が多かったですが、ソナチネというものには形式があるわけで、その曲全体の中でどのようにピアノやフォルテを響かせていかなければならないかということは、全体をよく理解して、それを技術に落とし込んで、そして求めて、求めて、これだったらいいかな?と考えながら作っていかなければならないんです。ですから、書いてあることをそのままもちろん正確にやるんですけれど、それだけでは音楽にならない。解釈するときにも、どのようにそれを音に変えていくかという背景には、いろいろなことが必要なわけです。でも、皆さんはまだ8歳以下の年齢で、一生懸命取り組んでいるのが伝わってきました。ここから、もっともっと発展していかなくてはいけないと思うし、皆さんには可能性がいっぱいありましたから、どんなふうにその作曲家がお話してくれるのかなということを、より深く理解するために、作曲家ともっと仲良くなるために、作曲家のことを知らなきゃいけないし、時代のことを知らなきゃいけないし、ますます勉強を積んでいってほしいと思っています。
そういった形式のことはもちろんですが、もうひとつだけお伝えしたいのは、今日のような大きな会場でフルコンサートグランドを響かせるというのは、また別の大変さがありまして、先ほどちょっと言った技術に落とし込んでいくというところで、フルコンサートグランドを皆さんが小さな手で響かせていくというのは大変難しいことです。それでも、意識することでできるようになっていきます。普段お家で練習しているときから、大きなピアノ、大きな会場で人に想いを伝えていくにはどうしたらいいかなと考えてもらえるとうれしいです。たとえば隣にいる人に「こんにちは」と話しかけるときと、このような大きなホールで一番後ろの席の人に「こんにちは」と話しかけるのは、全然違いますよね。また、どういう気持ちで話しかけるかで、発音も言い方も変わります。そういったことを普段からヴィヴィッドに感じて、表現というのはどういうことなのかと考えることで、大きなホールで演奏するとき、たくさんの人に音楽を届けることができるようになるでしょう。皆さんは可能性の塊です。まだまだ上手くなっていきますし、素敵な演奏、今日もいっぱいありました。また聴かせていただける日を楽しみにしています。ありがとうございました。
審査員コメント
第8回 ヤマハ ジュニア ピアノコンクール
審査員コメント
A部門
宮谷 理香 氏(ピアニスト)
若林 顕 氏(ピアニスト)
皆さま、本日はお疲れ様でした。いい演奏をたくさん聴かせていただき、とても楽しかったです。今日聴かせていただいたのは、小学1年生、2年生くらいの方たちだったと思うんですけれど、とても集中力があって、純粋で、非常に音楽的だったと思います。皆さん、本当によかったと思います。先ほど、宮谷先生が素晴らしいコメントをおっしゃったので、私からはほとんどないんですけれど、やはり一番大事なのは、イメージを持っているかどうかということです。より強く、広くイメージを持てるかどうかが、一番のポイントだと思います。どういうふうに弾きたいか、どんな音を鳴らしてみたいか、それから、ハーモニーの響きのイメージですね。そういうことが、自分の中で自発的にいろいろイメージされて、自分で工夫していく回路が一番大事だと思っています。そのためには、やはりたくさん演奏を聴くことです。今はYou Tubeなどで様々な演奏を簡単に聴くことができます。それは素晴らしいことですが、それプラス、生の演奏会にぜひ足を運んでいただきたいと思います。生の演奏は、録音とはまったく違うもので、空気から伝わる音、じかに聴くその響きの体験は、録音では絶対に不可能なものがあるわけなんですよね。ですので、できればいろいろな機会に、ピアノのリサイタルでも、オーケストラでも、チェロやバイオリンのリサイタルでも、小さいうちに幅広くたくさんの種類の音楽を聴いていただくのがいいかと思います。すぐに直接的な効果が現れなくても、積み重ねていくことで、必ず大切なものを知らない間にゲットしていると思います。皆さん、本当に無限の可能性を持っているので、とても楽しみです。これからも楽しく勉強を続けてください。
B部門
宮谷 理香 氏(ピアニスト)
今日は本当に素晴らしい熱のこもった演奏を聴かせてくださって、ありがとうございました。このB部門は、おひとりおひとりが個性を発揮して充実したステージを届けてくれたので、私たち審査員も心を躍らせながら聴かせていただきました。皆さんの日頃の努力の結果が、すごく伝わってまいりました。その中に、ご自身、周りの家族ですとか、先生方、たくさんの人の力もあったと思います。
すごく完成度の高い演奏をたくさん聴かせてもらったので、さらに進歩していくにはどういうふうにしたらいいかなということを考えていたんですけれど、皆さんはピアノを始めてからどのくらいでしょうか。4、5年くらいになるのかしら。そのくらい弾いてきて、自分の得意なことは知っていらっしゃるのではないかと思います。たとえば歌うのが上手いねとか、すごく指がよく回るねとか、ほめられて自分の利点というのは知っていらっしゃるのだと思います。周りの人も知っていると思います。よい点をどんどん磨いていくということもあると思うんですけれど、あえて逆説的に自分の得意な点とまったく反対の点、たとえば素晴らしいフォルテを持っているとしたら、繊細な美しいピアノの音色をたくさん増やしてみてはどうでしょうか。そうすると、ご自身の持っているよさが、より輝いてくると思います。フォルテが得意な人は、どうしてもそちらに偏りがちですが、反対の要素を磨くことで、より深みのある演奏ができると思います。深い表現が得意な人は、ぐいぐい推進力を持った表現に挑戦してみたらいかがでしょうか。そうすることで、音楽にもっともっと奥行きが生まれていくと思うんですね。そういったことを自分で自覚するのは難しいと思うので、このような機会を通じて同じくらいの年齢の人の演奏を聴いたり、いろいろなピアニストの演奏に接することで勉強していっていだければと思います。皆さん、すごく上手で頑張っているから、これを継続していくということをぜひ目標にしてほしいなと思います。
B部門は10歳以下ということだったので、ちょっと思い出したお話があるので、お伝えさせてください。デビューしたばかりの頃、リヒテルやミケランジェリの調律をしたカリスマ的なヤマハの調律師、村上輝久さんとレクチャーコンサートで日本中を回っていたとき、いつもおっしゃっていたことがあったんです。それは、10歳くらいまでが一番耳がいいということ。耳がいいというのは、高い周波の音が聴こえるんだそうです。新生児のときが一番いいらしいんですけれど、だんだん年齢を重ねていくと聴こえなくなっていくんだそうです。本当かなぁ、そういうモスキート音みたいなのがだんだん聴こえなくなっていくのかなと思う人は、高周波を聴く無料のアプリがあるので、お父さん、お母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃんと一緒にやってみてください。音楽の教育とか能力とはまったく関係なく、10歳までの子どもたちは耳がいい。そのときに何をしなくてはいけないかというと、自然の楽器、アコースティック楽器の音を浴びるように聴いてほしいんです。電子楽器だと倍音が聴こえないから、倍音がたっぷり含まれているいい楽器の音を聴いてほしいと思います。ピアノだけではなく、バイオリンなどの弦楽器、木管楽器、金管楽器、いろいろな楽器がありますけれど、そこからも倍音が聴こえてきます。歌もありますね。それもいいものだけではなくて大丈夫です。いいも悪いも知ることで、本当のいいが何かわかってくるということがありますので。そういうものに接していくことで、いい音楽、いい音、本当に心地いいものが何かがわかっていくと思います。今が一番大切な時期、いい音、いい音楽に接して、そして弾き続けてもらいたいと思います。素敵な演奏、ありがとうございました。
鈴木 謙一郎 氏(ピアニスト、愛知県立芸術大学 教授)
皆様、今日はお疲れ様でした。若い人たちがすごく真摯に勉強しているのが伝わってきて、とても楽しいときを過ごさせていただきました。ありがとうございました。今日演奏された9歳、10歳の方たち、これから本当に一番大切な時期になると思います。とてもタフな時期で、悩み事も増えてくる年代だろうと思います。それで、親御さんが心配なのは、すくすく育っていってくれるだろうかというところだと思います。ピアノをやりながら年々すくすく育つというのは、そんなに簡単なことではないと思っています。一番必要なことは、たとえば今年うまく弾けたからといって、来年うまく弾けるということはないんですね。日に日に精神状態も変わる、肉体も大幅に変わっていく世代だと思うので、毎日同じことをするんじゃなくて、昨日より成長しようという気持ちで毎日弾いてほしいと思います。それは一生続く作業で、その始まりだと思ってください。
もうひとつ、やはりこれから大事なことは、ピアノを弾くことも大事ですけれど、幅広い人間としての勉強と言いますか、いろいろな経験をさせてあげてほしいと思います。ピアノだけ弾くんじゃなくて、やっぱり勉強、スポーツも大切です。ピアノは肉体労働ですから、運動はすごく大事なことになってくると思うんです。あともうひとつ、先ほど宮谷先生がおっしゃっていましたけれど、いろんな音楽を聴く、そういうことも大事で、You Tubeでいろんな演奏が聴ける時代ですけど、スマホで聴くだけではなく、たまにはCDや実際の音で耳を養っていただきたいかなと、そういうふうに私は思いますから、子どもさんに提供してあげてほしいと思います。短いですけれど、参考にしていただければと思います。頑張ってください。
C部門
菊地 裕介氏 (ピアニスト、東京音楽大学 専任講師)
熱のこもった演奏を聴かせていただき、ありがとうございました。2点申し上げたいと思います。ひとつは、「音法」という言葉をつくった人がいます。私がとても尊敬しているピアニストの内田光子さんがおっしゃっていたんですけれど、文章に文法があるのと同じように、音楽には「音法」というのがある。それを身につけることによって、はじめて自分の言葉で喋ることができる。先生に「こういうふうに弾きなさい」「これが正しい弾き方です」と習ったことをただなぞるだけでは、本当に演奏しているとは言えないんじゃないかというような内容でした。そのためには、いろいろな音楽を知らなくてはいけないということなんです。もちろん、音楽というのはフィーリングで自由に作っていけばいいんですけれど、ただ、どのようにしたら伝わりやすいかっていうことは、やっぱりあると思うんですね。ルールやマナーに則って、作曲家は自分の考えていることを音楽の中に織り込んでいると思うので、彼らがしたのと同じような勉強は、ある程度我々もする必要があると思うんです。それは作曲の勉強なんですね。たとえば、ドミナントと聞いて、どれだけの人がピンとくるでしょうか。アッポジャトゥーラって何だかわかりますか。我々の時代ですと、レコードやCDを買ったり借りて録音を聴いていました。そうするとそこにブックレットが付いていて、聴きながらそれを眺めていると、今言ったような聞き慣れない言葉がいっぱい出てきて、それを片っ端から調べているうちに、だんだんその言葉を覚えていったわけです。今はなかなかブックレットを眺めることはないかもしれませんが、自分で探したり、先生にアドヴァイスを求めてください。机の上でする勉強というのもとても大事ですというお話が一点と、もうひとつはほかの先生もおっしゃっていましたけれど、やっぱり聴いたことしかできないんですね。今までに音楽を聴いて、心が震えるような感動をした経験、そのときどんな音を聴いたか、その思い出というか記憶がなければ、同じことを人に伝えられる演奏ってできないと思うんですね。なので、ピアノに限らず、室内楽、オーケストラ、オペラといったいろいろな内容の音楽をシャワーのように浴び続けていってほしいと思います。そうすると、それが自分の中に溜まっていって楽しくなると思います。その2点です。ありがとうございました。
迫 昭嘉 氏(ピアニスト、指揮者、東京芸術大学理事・副学長・音楽学部 教授)
今日の皆さんは、小学6年生から中学1年というところで、いろんな意味で変わり目が来ているじゃないかと思います。肉体的にも、精神的にも、ちょっと大人に変わっていく時期で、皆さんに限らず難しい年齢ではあるんですね。たとえばフィギアスケートの浅田真央ちゃんも苦労しましたね。小さいときに4回転を軽々と回っていたのに、ある日突然できなくなってしまう。気持ちと肉体のバランスが変わってしまう。そういう時期に来ているんだと思うんです。今まで楽しく弾けたことが、あまりスムーズにいかなくなったり、これから先、いろんなことが起こってくるはずなんです。それは乗り越えていかなければいけないんだけれど、ひとつには音楽に対してどれだけ愛情を持っているかということだと思います。もう一点は、音楽に限らずですけれど、自分に対して客観性を持っていくということが、大人に向かっていくということだと思うんですよね。最初は、自分の中に何か壁のようなものができて、先生の言うことが耳に入らなくなってくる。でも、自分がどういう立ち位置で弾くかということを客観的に考えられるようになると、あらためて別の目線で音楽を考えることができるようになります。今、皆さんはその過程のところにいるんだと思います。もちろん本人たちがそれに気づくのはなかなか難しいかもしれないけれど、お母さんや先生方はそのへんのところをうまく受け入れて、この先、本当に自分の中から出てくるもので音楽を作り、音楽を愛してピアノを続けられるようにリードしていっていただければと思います。
もうひとつ、今日多くの人がオペラの作品の課題編曲を弾いたんですけれど、オペラをぜひ実際に観に行っていただきたいと思います。たぶんほとんどの人が生で観たことはないと思うんですけれど、あの華やかでゴージャスなオペラの世界というのはまったく別物なので、今回はアレンジがテーマだったと思いますけれど、もとの音楽の持つエネルギーを、ピアノで表現するのはおそらく難しいと思います。先ほど、菊地先生のお話にもありましたけれど、オーケストラやオペラをたくさん聴いてください。ビデオや録音ではなく、実際に足を運んで、身体で触れてください。それは、先ほど申し上げた大人になっていく過程で、自分の音楽が作れるかどうか、そのへんのところにもつながっていくのだと思います。これからも頑張ってください。
D部門
菊地 裕介 氏(ピアニスト)
私は今40代の半ばに差し掛かっているところなんですが、楽譜と向き合って、音楽、作品への感動というのが年々大きくなっています。あ、こんなことも書かれていた、こんなことも隠されていた、こんなメッセージもあったのかと、本当に日々発見があって、作品への感動がどんどん深まっていくんですね。その一方で、演奏を聴いて感動するということがだんだん減ってきたというのが正直なところなんです。皆さんは、いろいろなところで演奏を聴いてもらって、いいところをほめてもらって、こういうところはもっとこうした方がいいんじゃないかというアドヴァイスをいただいていると思うんですけれど、本当に正直なことを言うと、私は演奏を聴いていいなと思えることがどんどん減っているんです。で、今日、皆さんに講評を個別に書かせていただきましたが、そういうキャラクターが定着しちゃったので、わりと苛烈な厳しい言葉が並んでいるかもしれません。でも、それはそういった背景があるということでご理解ください。
もうひとつは、やっぱり人生というのは本当に大変なもので、私も4歳と1歳の子どもを育てています。で、子どもたちには幸せになってほしいと願っていますし、そのために一生懸命、でるだけいい環境を与えてあげたいと思います。それは、今ここにいらっしゃる皆さんのお父さん、お母さん、子育ての先輩ですが、きっとずっとそう思って皆さんを大切に育てていらっしゃったと思うんですよね。ただ、人生というのは山あり谷ありで、今日皆さんが演奏した曲を作曲した作曲家たちの人生というのも、伝記を読む限り壮絶なもので、そうやって絞り出された作品に我々は触れていることを忘れてはならないですね。もちろん、わざわざ苦しい思いをする必要は全然ないんですけれど、今、子育や育児についての本やインターネットの情報を見ていると、心地よく、心地よく、怒らないとか、怒鳴らないとか、そうした方がいいと書いてあって、それはもちろんある程度納得いく部分があるし、自分も取り入れようと努力はしているんですけれど、ただ、もしかしたら能力や芸術を究めていくにあたっては、人間のネガティヴな部分にじっくり向き合うということも必要なのかもしれません。控え室で審査員同士、いろいろ話したんですが、みんな幼い頃に凄まじい経験をしているんですね。レッスンで楽譜が飛んでくるのは日常茶飯事で、ひっぱたかれたり、殴られたり、どうやって逃げようかということばかり考えていました。基本的に、ピアノを弾くということは憂鬱なことでした。でも、本当に嫌いだったら続いていないので、どこかで音楽を本当に愛していたから、ここまで続けてこられたと思うんですが、そういう経験をしてきて、もちろん辛かったんだけど、それにすごく感謝しているんですね。ですから、私がいろいろきついことを言って、もしかしたら傷ついたり、悩んだりすることもあるかもしれないですけれど、そういったことも含めて皆さんの今後の人生が力強いものになっていきますようにという願いを込めて書いたということをご理解ください。自分も基本的に幸せな人生でしたが、13歳のときに母を亡くしました。それはもちろんハッピーな出来事ではなかったわけですが、自分の芸術においては、ひとつの大きな支えになっているかなとも思うんです。そんなところです。ありがとうございました。
パスカル・ドゥヴァイヨン 氏(ピアニスト、英国王立音楽院 客員教授)
この数日間、皆さんはおそらく猛練習をしたんだろうなと、そういうエネルギーを感じる演奏をたくさん聴かせていただきました。そのエネルギーとご両親があってこそ、この場に来ることができたのだと思います。そのことについて、本当に皆さんに感謝申し上げたいと思います。ですが、この数日の演奏を聴きながら、みんな本当に自分の演奏がちゃんと聴こえているのかなと考えさせられることがありました。皆さんは、そう言われると、何言っているんだろう、自分の演奏、もちろんちゃんと聴こえているよと答える方が多いのではないかと思います。僕が「聴こえていない」と言ったのは、皆さんとは違う目線から見ているからです。皆さんもご存知かもしないけれど、モーツァルトは曲を本当に速く書き上げたんですね。どうして速く書き上げられたかというと、曲を書く前に、彼の頭の中にすべてのシンフォニーが出来上がっていたからなんです。チャイコフスキーも、メロディーが頭に浮かんで、それに付くハーモニーもすべて頭の中に浮かんでいるんだと言っていたそうです。私たちは書く必要はなくて、作曲家のおかげで書いてあるものを演奏させていただいているんですけれど、僕もそうだったんですが、若い頃は、曲を与えられると早く弾きたくて、楽譜を開けてすぐに弾いてしまったりということがありました。よく考えると、音にする前に、もっとやるべきことがあったんじゃないかと思います。
もちろん最初は、どんな作曲家なのかなとか、曲の背景とか、基本的なバックグランドを調べることが必要なんですが、それに加えて大切なことは、楽譜を見ながら頭の中で音楽を鳴らしてみることです。どのように響かせたいのかな、どうやったら響くかなということを、弾く前に楽譜を見ながら頭の中で鳴らしてみてください。そうすることで、自分の内面にある耳が育っていくんですね。そうすると、実際に弾いたときに、自分の頭の中で鳴らしたものと今出ている音を比較するということができ始めます。そうは言っても、たくさんのことを考えなければなりません。たとえばフレーズを本当にこういうふうに作りたいのかな、作れているかな、ポリフォニーがちゃんと聴こえているかな、自分がイメージしたように鳴っているかなとか、全部の声部を聴くなんて大変なことです。右手を歌わせることに一生懸命で、左手が隠れてしまっているということが、今回もよくありました。そういうことに前もって自分の中で対応して、聴きながら演奏しなければいけないわけです。たとえばフォルティッシモがあったとします、フォルティッシモって何だろう。戦争みたいな感じなのかな、勝ち誇ったような感じかな、それともたとえばオーケストラの弦楽器と管楽器が大きく鳴っているイメージなのかもしれない。フォルティッシモひとつでも、こちらのフォルティッシモとあちらのフォルティッシモは同じなのかな、今回はここまでフレーズを持っていきたいから、そこを頂点に向かっていこうとか、そういった緊張感を保ち続けなければいけないんです。そうすると、自分の中で自分の音楽というものが生まれてきて、それを多くの人に伝えたいという使命感が出てきます。そうしてはじめて、練習に取り掛かるのです。指が勝手に弾いちゃうなんてことを許してはいけなくて、あなたたちが指にこうしてくださいと教えなければいけないのです。がっかりさせたくないですけれど、これには本当に長い年月がかかるんです。でも、得られることを考えると、価値があります。今からぜひそういう勉強を始めてほしいというのが、私のアドヴァイスです。音を出す前に考えてほしい。大変な勉強になりますけれど、私たちは音楽という素晴らしい贈り物をもらっています。演奏家というのは本当に素晴らしい職業です。ですから、大変ですけれど、絶対に違いがあると思うので、頑張ってください。皆さん、おめでとうございました。
【取材:森岡 葉】
【撮影:武藤 章】
ユース部門
岡田 敦子 氏(ピアニスト、東京音楽大学 教授)
皆さんちゃんと弾けているんだけど、そこに出ている音楽がどういうものだったかについて、審査員の先生たちから、ちょっと物足りないという声が多かったです。
ピアノを弾くのは、たしかに楽しいことなんですけれど、おそらく皆さんは子どものときにピアノと出会って、何より楽しくて、その気持ちを忘れないで弾いているのだと思います。練習が辛いこともすごくあると思いますが、それでも楽しいという気持ちを心の中に持っているんだと思います。でも、音楽の内容というのは、それだけではありません。シェークスピアに、「きれいは汚い、汚いはきれい」という有名な言葉があります。きれいなだけではなくて、人間の感情の中には、世の中には、人類には、今の世の中には、それから歴史の中には、苦しいこと、醜いこと、残酷なこと、耐え難いこと、それから苦悩すること、苦悩しても見つからないこと、そういうことがたくさんあります。また、今、そういう時代でもあります。そういうことをもっと出していい。音楽というのは、おそらく人類が生まれたときからあるんですけれど、そういうものを普通の日常の生活で、私たちが表現する、喋るということ以上の役割を担ってきたはずなんです。たとえばお祭りだったり、悲しい儀式だったり、音楽はそういうものを担ってきているのです。みなさんは、若いピアニストとしてこれからの音楽を担っていくのですから、もっと勇気を持って自分を出していい。出すためにはどうしたらいいか、自分を作っていくときに、自分の中におそらく葛藤もあるだろうし、悩みとか、何か暗いこともある。そのときに弾けるか弾けないかということばかり考えがちですが、もっと自分の内面を掘り下げて考えてほしいと思います。自分の生活の中で、本当に楽しいだけなのか、いろいろな物語があるでしょう?そういうところも、音楽というツールを持っている皆さんには、深く感じられる人になってほしい、そしてそれを表現できる人になってほしいと思います。その意味では、今日の演奏は、皆さんほど弾ける力があれば、もっと表現することができたんじゃないか、もっと汲み取ることができたんじゃないかというのが、今日の審査員の先生たちの共通の意見でした。おそらく、そういうことができれば、みなさんの演奏はもっと力を持つものになって、人に語りかけるものになって、そしてみなさんのピアニストとしての人生も開けていく可能性が高くなると確信しています。
もうひとつ、譜面を読むということですけれど、今日、とくに目立ったのは、ペダルについてです。たとえばペダルを踏むとき、手は上げてしまうのか、押さえているのか、どこまで踏むのか、いつどういうふうに踏むのか、速く踏むのか、遅くゆっくり踏むのか、そういうことがもっとよく考えられていいんじゃないのかと思いました。それから、ホールによって響きが違いますから、いつも同じペダルではなくて、演奏というものは、現在進行形でその場でつくるものなんですね。その場で作るためには、普段から毎日、その場で作っていなければならない。どう弾きたいか、どうなっているか、ピアノがどう応えてくれるか、そういうことを毎日問う。どうさらっていくか、そういう問題でもあるんですね。それを考えていただきたいと思います。
それから、曲の内容によって、みなさんはまだ若いので、パワーが漲っていて、たとえばクレッシェンドがあって音量が上がっていくとき、弾けることに夢中になってしまって、ゆっくりのときはいろいろなことがわかるんですけれど、速くなって大変なことになってくると、いったいそれが表しているのが喜びなのか、恐怖なのか、楽しさなのか、そういうことがどうでもよくなっているんじゃないかと思える場面が多々ありました。そんなことを先生方と話していたんですけれど、それをちょっと頭に置いて、みなさんの弾ける能力を活かして、もっと雄弁な音楽を作っていくことが、みなさんの未来を拓くことであり、また音楽を共有している私たち全員、人類がさらなる喜びを増すことでもある、そのことを講評とさせていただきます。
【取材:森岡 葉】
【撮影:武藤 章】