今日は大変お疲れ様でした。とてもレベルの高い演奏で、興味深く、楽しく聴かせていただきました。自分がこの年代だったときのことを考えると、本当によく勉強なさっているなと思います。自分の話になるんですけれど、この頃の僕の場合は、野球に夢中でした。母にピアノの練習をしなさいと言われて、よく喧嘩をしたり……。でも、今考えると、そういうこともよい経験だったかなと思うのです。今日の皆さんの演奏を聴いて思ったんですけれど、皆さんはこれからが一番大事なときです。ピアノを弾くだけでなく、人間としても成長し、視野を広げて、いろいろなことに好奇心を持って取り組んでほしい時期なのです。そういう人が弾くピアノの方が、よりイマジネーション豊かになるはずです。やりたいことがあったら、ピアノだけでなく、野球でもなんでもやってみてください。そして、親御さんには、それを応援していただきたいと思います。
また、いろいろな演奏を聴くことも大切です。どうしてこの人はこういう音楽をやるんだろう、どうしてこの人はこういうピアニッシモを出すんだろうと好奇心を持って考えるためには、素晴らしい演奏に触れなければなりません。ぜひよい演奏をたくさん聴いてださい。僕たちのときは、よい演奏を聴くにはレコードやCDを買うしかありませんでしたが、今はYou Tubeなどでかなりよい演奏を聴くことができます。それは素晴らしいことなんですけれど、ひとつだけの懸念は、携帯電話の音で聴くことです。かなり狭まった音域の電気信号の音なので、できたらよいオーディオで聴いてほしい、それからやっぱり生の演奏を聴いてほしいと思います。
いろいろな本を読むことも大切です。ラフマニノフを弾くのに、ロシア文学を読んだことがないのでは、イメージを抱くのが難しいと思います。絵画を見ることも大切です。今日もドビュッシーを弾かれた方がいましたが、やはりフランスの絵画などを見て、感銘を受けてほしいと思います。
そういうことを思いながら聴かせていただきました。これから頑張ってください。ありがとうございました。
審査員コメント
第9回 ヤマハ ジュニア ピアノコンクール
審査員コメント
A部門
鈴木 謙一郎 氏(ピアニスト、愛知県立芸術大学 教授)
三舩 優子 氏(ピアニスト、京都市立芸術大学 教授)
本日は大変お疲れ様でした。今日のステージに向かって一生懸命全力で頑張って来たんだなぁということが、どのお子さんからも伝わって来て、とても感激しました。鈴木謙一郎先生のお話に、私からも一言付け加えさせていただきたいと思います。
この年齢というのは、一番想像力が豊かな時期だと思います。自分のイマジネーションで、いろいろなお話を考えたりする年齢だと思うんですけれど、同時に親御さんの言うことや先生の言うことを、そのまま素直に全部ちゃんと聞く年頃でもあります。それはとても大事なことではあるんですけれど、あまりそれにがんじがらめにならずに、自由な発想や想像力を伸ばしていってほしいなと感じます。ピアノというのは、どうしても音の数が多いので、練習も大変長い時間しなければいけないんですが、鈴木先生がおっしゃったように、いろいろな演奏を聴くこと、そして自分の音を聴くこと、そういうことに努めてもらいたいなと常日頃から思っています。自分の物語をその曲の中から描き出すこと、そして自分だけに出せる音を聴いて、それを磨いていく、そういうことをしていただけたら、もっともっとピアノが楽しくなるんじゃないかなと思います。
ステージで演奏すると、必ず翌日からぐんと上達していますので、明日からまたピアノを弾くことを楽しみながら頑張ってください。
B部門
迫 昭嘉 氏(ピアニスト、東京藝術大学 名誉教授)
暑い中、素晴らしい演奏を聴かせていただき、ありがとうございました。すごく熱のこもった演奏を聴かせていただいて、それは非常に楽しかったのですが、もし何かひとつだけ言うとすると、ダイナミクスとか曲想を二極で変化をつけるということに皆さん一生懸命集中してやっていらした、真ん中がないなというのが、私の印象でした。とくにやはりダイナミクスに関しては、メゾピアノ、メゾフォルテで弾くのは、すごく大変な作業で、大きい、小さいだけだと、わりと簡単なんですけれど、そこのところをもうちょっと研究されると、音楽の香りみたいなものが出て来るのかなぁという感じがしました。曲想もそうですよね。3部構成で、真ん中の部分があって、という曲がほとんどなんですけれど、変化はよくわかるんですが、それがあんまり極端過ぎると、かえって全体の印象が薄くなってしまう。そういったことが、ちょっと気になりました。
いずれにしても、皆さん本当に頑張って演奏してくれました。ありがとうございました。
宮谷 理香 氏(ピアニスト)
皆さん、今日は本当に素晴らしい演奏をありがとうございました。グランドファイナルでのステージ、おめでとうございます。B部門は、10歳以下の部門ということで、先ほどちょっと審査員の方たちともお話したんですが、小学4年生以下という年齢を考えると、あらためて皆さんのステージでの完成度の高さ、あふれるような表現意欲に感激しています。素敵な演奏でした。
この年齢で、ピアノ一筋にここから人生100年ずっと歩いていくということにはならないと思うので、今の年齢だからこそ、たくさんのことを経験してほしいなと思います。皆さん、どんな日々を送っているでしょうか。ピアノだけ頑張って練習しているかもしれないですけれど、ほかのこともたくさん経験してくれるといいなと思います。昨日、鈴木謙一郎先生がA部門の講評で、小学生時代に野球に夢中になっていたというお話を披露してくださったのですが、私も小学生のときに、クラシックバレエを週に4回習っていました。それから、皆さんと同じ頃にフルートのレッスンを始め、幼稚園のときから絵画を習っていて、書道も習っていて、4年生からは塾に週3日通い始めました。到底週7日では足りないような日々を過ごしていたんですけれど、その中でピアノというのはとくに大切なものでした。表現できることがうれしかったですし、ピアノとお話しする時間が楽しくて仕方ありませんでした。そして、ピアノを演奏すると、周りの方たち、両親、友人、祖父母、先生がとても喜んでくれたのです。その原体験が、揺るがないピアノへの想い、好きという気持ちに繋がったのだと思います。その後は、もちろん辛いことも出て来ますよね。そういうときに出会ったオーケストラの音色、室内楽の素晴らしさ、生演奏のピアノの音色、そういった実体験が、自分の音楽の根幹となって、その後いろいろなことがあっても揺るがないものになっていったような気がするんです。ですから、そういう経験こそ、これからたくさんしてほしいなと思います。
コンクールに入賞したからといって、急に上手くなるというわけではありません。あくまでも今日の評価に過ぎません。ですから、もし入賞できなかったからといって、皆さんの演奏が何か駄目だったということは、まったくありません。今日から、明日から、努力を続けいってほしいと思います。ピアノを演奏していく努力というのは、一生続けていくものでありますし、がっかりする必要はまったくありません。皆さん、本当に素晴らしかった。グランドファイナルまで来ただけでも自分に拍手していいですから、今日のステージをきっかけに、ますます人間としてもいろいろなことに興味を持ち、音楽が好きだという気持ちを忘れずに、頑張ってください。また皆さんの演奏を聴かせていただくことを楽しみにしています。今日はおめでとうございました。ありがとうございます。
C部門
パスカル・ドゥヴァイヨン 氏
(ピアニスト、英国王立音楽院 客員教授、桐朋学園大学 特任教授、元ベルリン芸術大学 教授、元ジュネーヴ音楽院 教授、元パリ国立高等音楽院 教授)
まずは皆さんにお礼を申し上げたいと思います。非常に美しい瞬間をたくさん聴くことができましたし、知的な演奏もありました。そういう意味で、まずお礼を申し上げたいと思います。その中で、ちょっと私にとって気になることがあったので、そのことをお話しさせてください。
私は個人的には、テンポというものを音楽の心臓というふうに捉えています。皆さんの心臓もそうですけれど、急にすごく速くなったり、急にゆっくりになったりすると、お医者さんが心配しますよね。今日聴かせていただいた、とくにハイドンやベートーヴェン、なにかこう最初にすごいスピード感を持って入ってしまって、後で音が多くなったときに、当然それが保てなくなるので、急ブレーキをかけてしまうというような演奏が多かったかなと思います。そうすると、音楽もひとつの統一感というのがなくなってしまうんですね。もちろんお腹のなかにメトロノームみたいなものを持っていてくださいと言っているわけではなくて、ひとつの楽器のひとつの曲のなかで、場面、場面によって、よいバランスというものを見つけなくてはいけないと思います。練習するときに、ひとつの楽章でいいので、たくさん音があるところとか、そうでないところとか、全体を見回しながら、ひとつの統一感が生まれるようなテンポを考えてほしいなと思います。これはもちろん自由な演奏ということにも関わって来るんですけれど、それを話しますと、明日の朝になってしまうので、それは置いておきます。ありがとうございました。
岡田 敦子 氏(ピアニスト、東京音楽大学 教授、副学長)
今日は素晴らしい演奏をたくさん聴かせてくださって、ありがとうございました。11歳、12歳なのに、本当に大人も顔負けのような、とても心に染み入る演奏もたくさんあって、とても楽しく、有意義な時間を過ごせたと思っています。
11歳、12歳、このくらいの年齢というのは、ちょうど思春期と言われる年齢なんですね。自分がどういう人間であるかということが気になる、人からどう見られているかも気になる、それと同時に自己主張も出て来て、親や先生に反抗したりするような時期でもあります。そういう中で、ピアノを弾いていくことが、少し難しくなったりしているかもしれません。勉強しなくてはいけない、受験もある、このままピアノをやっていたらどうなるんだろう、いろいろなことを考える時期だと思うんですね。
私は個人的に、ピアノを習うということ自体が、時代とともに変わって来ているのではないかと思っています。今私が勤めている大学では、科学分野の大学と提携したりしているんですけれど、なぜ提携しましょうと言われたかというと、先端的な科学、たとえばICTとかAIなどいろいろありますけれど、そういう学問や科学で考えるだけでは限界が来ているのだそうです。もっと考えるためには、感じることが必要だと言うんです。それで、音楽を科学分野に取り入れたいということだったんです。ひとつのことを極めるということも大切ですが、私たちもこれからは音楽のほかに、言葉や数字で出来ている普通の社会で役立つツールを何か持っていることが必要なのかもしれません。感じるアンテナ、それを発信するアンテナを持っているということは、音楽を職業にしなかったときに、とても価値を持つと思います。逆もあるかもしれません。音楽をやっている、音楽に邁進する、一筋にやるということもいいんですけれど、それに加えてもうひとつ何か違うもの、たとえば科学やスポーツなど、そういうものを持っていることが、音楽を豊かにするかもしれません。
たとえば、今日、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの作品が課題にありましたが、この3者がどのように違うのかと考えたときに、もちろん優れた演奏をたくさん聴いて、感じる、考えるということもありますが、3人が生きていた時代はどういう時代だったのだろうと考えることも必要です。激動の時代だったんですね。それが、3人の価値観にどう結びついたのか、また、3人の価値観はどのように違うのかと考えることで、作品への理解が深まるのではないでしょうか。また、音の使い方を数学的に考えて分析してみるのもおもしろいかもしれません。
11歳、12歳の皆さんたちの生活は、これから人間としてますます多面的になっていくと思うんですけれど、それが互いにプラスになるような方向で、一歩一歩、歩んでいけることを心から願っています。頑張ってください。
D部門
岡田 敦子 氏(ピアニスト、東京音楽大学 教授、副学長)
今日はお疲れ様でした。本当に皆さん素晴らしい演奏で、レベルの高さに驚いて聴いていました。皆さんは、中学から高校1年生くらいだと思いますけれど、今、オリンピックをやっていて、同世代の若者たちが金メダルを獲っていることを考えると、皆さんが世界で通用するレベルでピアノを弾くことも可能なのかもしれない、日本はそうなっているのかもしれないと思いながら聴いていました。
D部門になると、古典派のソナタを弾いて、そのほかロマン派や近現代の難しい曲を弾いていますよね。運動神経的にも発達して、頭の回転もよくなっている、もう子どもではない、まだ半分子どもなのかな、でも、もう大人の体格になっていると思うんですね。いろいろな曲を弾くのにあたって、私がよく思うことは、ピアニスト、演奏家に必要なのは何だろうということです。おそらく皆さんは、年齢的にまだ人生経験はそんなに多くない。でも、ピアノの中にはすごくいろいろな世界があるんです。このことに関して、アルフレート・ブレンデルという尊敬すべき偉大なピアニストが、「演奏家というのはいろいろな人生を生きることができる」って本に書いているんです。このブレンデルという人は、ヨーロッパの人ですけれど、宗教を信じない無神論者だそうです。それなのに、どうしてあなたはバッハのコラールを弾くんですか? どうして弾けるんですか? と聞かれたとき、「私は自分の人生では宗教や神を信じていないけれど、音楽の中ではできる」と答えたそうです。作曲家は自分自身を音楽で表現する、自分ひとりの世界があるわけですよね。それについて、「でも、演奏家は、いろいろな作曲家のいろいろな人生を生きることができる、まるでお芝居のように」とブレンデルは言っています。さらに「俳優の中には、実際の自分より自分が演じている役の方が好きだと言う人もいるが、自分は演奏している作曲家の人生を生きる自分だけではなく、自分自身も好きだ」とも言っています。
皆さんは、おそらく実際に経験した人生よりも多くのことをピアノの中で体験しているんだと思うんです。それが、かけがえのないことであるということは、言うまでもないことです。だんだん忙しくなって来て、勉強もしなくてはいけない、進路をどうしようかなど、いろいろ考えることがあると思います。ピアノを続けようかどうか迷うこともあるでしょう。できたら続けてほしい。続けた方がいいに決まっているんです。とても価値の高いことをやっている、続けていったら価値のあることなんだと、今日皆さんの演奏を聴きながら、あらためて感じました。皆さんには、ピアノを弾くということを大事にしていってほしいなと思います。ありがとうございます。
若林 顕 氏(ピアニスト)
皆様、大変お疲れ様でした。D部門を聴かせていただきまして、先ほど岡田先生もおっしゃっていましたけれど、レベルの高さに本当に驚いております。うっかりすると中学生の方だということを忘れてしまうような瞬間もたくさんあって、本当に素晴らしかったと思います。そして、いろいろな曲のいろいろな解釈というのは、それぞれの人が自由に研究することだと思うんですが、私がひとつだけお伝えしたいのは……、これは私がやっていること、研究していることなんですけれど、音程ということなんですね。ピアノの音程は、調律師さんが整えてくださる音程だけでなく、ピアノを弾く人も音程を作れるということを知ってほしいと思います。もちろん弦楽器やほかの楽器だったら、10分の1、100分の1に近いくらいまで微妙なニュアンスの音程を自分でコントロールするわけですけれど、ピアノも、ピアニストが作る音程というのが一番大事だと思っています。たとえばドミソの和音を弾くとき、ミの音をちょっと高めにとるとか、説明すればそういうことなんですけれど、和音の構成音のとり方で、ちょっと暗くなったり、明るくなったり、ニュアンスは無限大にあるということが、非常に大事だと思います。
ピアノは楽器的には本当に簡単に弾けます。スケールでも半音階でも、高いところから低いところまで、一瞬で叩けば音が出るんですけれど、半音階にもいろいろな表情があって、うねり方など、ちょっと思いを馳せるだけで表情が変わります。考えながら音を出す、ちょっと大事に弾く、イメージをして弾くということが非常に重要で、今すぐできるかできないかというのではなく、何かそういうアンテナを持って弾くということが大事だと思っています。ちょっと気をつけるだけで、いきなり音楽が生きてきたり、いろいろなことがあるはずです。ただ物理的に音をきれいに並べるということだけではなく、そういうこともちょっと頭に入れて、感覚に取り入れる、そんな感じでピアノや音楽に接してみると、より楽しく勉強していけると思います。
そのアンテナや感覚を磨くにはどうすればよいか、具体的に言うと、オーケストラを聴く、弦楽器を聴く、生の演奏を聴く、誰かと一緒に室内楽をやる、そういうことを通して、それぞれの人がそれぞれのやり方で少しずつ育むものだとだと思います。この点が非常に重要なことではないかと思っていて、音程の悪いピアニストになりたくないと、私自身はいつも思っています。自慢にはなりませんけれど、思うことはすごく大事で、よく念力とか言いますけれど、念を込めるということが大事なのです。指先だけでポロポロ弾くのではなく、念を込めて大切に弾くという姿勢でやってみたら、さらに楽しい音楽人生が待っていると思いますので、もし参考になれば取り入れてみてください。
【取材:森岡 葉】
【撮影:武藤 章】
ユース部門
ラルフ・ナットケンパー 氏(ピアニスト、ハンブルク音楽演劇大学 教授)
いくつか申し上げたいことがあるんですけれど、まず最初に、この大会を主催しているヤマハの方々に感謝と尊敬を表したいと思います。目につかないところで、皆さん一生懸命働いていらして感服いたしました。もちろん今日演奏してくださった若いピアニストの方たちも素晴らしい演奏で、これまでの努力、セミファイナル、グランドファイナルの2日間にわたる努力についても、深い感謝と尊敬の念を表したいと思います。
皆さんは、人生のほとんどをピアノにかけていると思うんですけれど、多くのピアノを弾く方たちは、指のことばかり考えているんじゃないかなと思うんです。何を言おうとしているか、予想がつくかもしれないんですけれど、やっぱり指っていうのはあんまり大事ではなくて、指には考えがないので、お馬鹿な存在と言うのでしょうか、馬鹿でないと信じられるのは、私たち人間そのものなんですよね。脳もあるし、心もあるし、背負っている文化、歴史、社会もある。それを通して音楽を表現してほしいということなのです。
もうひとつ気になる点は、演奏を聴いているときに、演奏をしている人が作曲家のことを理解していないんじゃないかなと思うことが多いことなんです。もちろん、その作曲家が何年に生まれたとか、基本的なことは、皆さんご存知だとは思うんですけれど、どういう状況で幼い頃育って来たのか、人生においてどんな困難に立ち向かわなければならなかったのか、それによってどのような人格が形成されたからこのような音楽が生まれたのか、そういうことを、私はいつも生徒たちに伝えています。ですから、皆さんにも作曲家についてもう少し探究してほしいと思うのです。
もちろん、ベートーヴェンが耳が聴こえなくなったということは誰しもご存知の上で弾いているとは思うんですけれど、それだけではまったく充分ではないんです。彼を取り巻いていた困難がどんなものであったか、その時代の歴史や文化、彼が苦しみ、それでも誰かに助けられて喜びを持って作曲を続けられたとか、そういったことも追求してほしいなと願っています。
もうふたつお話したいことがあります。ひとつは「拍」の重要性です。皆さん、「拍」を気にしないで弾いているなという感覚があるんですよね。拍子というのは、音楽で最も大事なもので、その枠組みがあるからこそ、小節の中でどこが大切で、どこが軽いところなのか、構造的に理解できるのです。もうひとつは「調性」です。「調性」をなぜ大切にしていただきたいかというと、作曲家が調性を変えるとき、そこには意味があると思うのです。ただ気まぐれに変えたわけではなく、その音楽が表現したい感情の変化を伝えるためにやっていると思うんです。今日聴かせていただいたベートーヴェンの偉大な「熱情ソナタ」、ヘ短調から始まって、突然変ト短調になる。それは、驚きを持って迎えられる転調なわけですよね。ですから、転調があったとき、何か変化が楽譜の中に現れているとき、和声が変わったとき、それらすべてに意味が込められている、作曲家が気まぐれで書いたのではない、その意味を読み取って表現してほしいと思います。それによって、音楽そのものに近づいていけるし、作曲家にも近づいていけると思います。ありがとうございました。
【取材:森岡 葉】
【撮影:武藤 章】