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スペシャルコンテンツ 2015年ショパン国際ピアノコンクール 高橋多佳子さん インタビュー

1990年、第12回ショパン国際ピアノコンクールで第5位に入賞して以来、実力派ピアニストとして活躍している高橋多佳子さんに、25年前のコンクール当時を振り返っていただいた。

ショパン国際ピアノコンクールに出場しようと思ったきっかけは?
コンクールに対してのイメージは?

 大学4年のとき、桐朋学園に招聘されたワルシャワ音楽院のヤン・エキエル教授の公開レッスンを受けたことがきっかけです。「ショパンコンクールを受けてみませんか? もし受けるならポーランドで勉強するといいですよ」という思いがけない先生の言葉に、天にも昇る気持ちで「はい、受けたいです!」と答えました。私は小さい頃からショパンが大好きで、とくに高校生の頃は夢中になってショパンの作品に取り組み、ショパン、ポーランドという言葉を聴いただけで涙ぐんでしまうほどでした。でも、ショパンコンクールに参加するなんて夢のまた夢。ピアニストを目指す人にとってショパンコンクールは、オリンピックのようなものです。そのコンクールが突然目の前に現れ、私の人生は大きく動き出しました。

コンクール期間中の心境は?また思い出に残るエピソードは?

 コンクールの日程は20日間くらいあって、とても長いのですが、始まる前が一番緊張していました。普段は風邪などまったく引かないのに、目に見えないプレッシャーからか、咳が止まらなくなってしまったんです。下宿の大家さんが買ってきてくれた薬用シロップを飲んでも治らず、肋骨が痛くなるほど毎日激しく咳き込んでいました。こんな状態ではステージでピアノが弾けないと心配になりましたが、コンクールが始まったら覚悟ができたのか、いつの間にか咳はおさまりました。

 1990年のコンクールは、姓の頭文字が“U”から始まったので、私の演奏順は7日目、第1次予選の最終日でした。ほかのコンテスタントが弾いている間ずっと待って、日増しに緊張が増していきました。そして、いよいよ7日目、私の弾く日がやってきました。音楽院で少し練習してから、会場のフィルハーモニーホールに歩いて行ったのですが、ホールが見えたとたんに、動悸、息切れ、目眩に襲われました。受付を済ませ、4階の控え室に若い女性のスタッフが案内してくれたのですが、軽やかな足取りで階段を上る彼女の後を、ハーハー息を切らしながらついて行ったのを覚えています。控え室のピアノに向かって練習をしても、目の前は真っ暗。あまりにも苦しいのでピアノから離れて、窓の外を眺めました。そうすると、穏やかな秋の日差しの中、買い物袋を両手に下げたポーランドのおばさんが歩いているのが見えたんです。その瞬間、「あぁ、ここで私が失敗しても、世界は何も変わらないんだなぁ」と思い、スッと緊張が解けて平常心に戻ることができました。その直後、名前を呼ばれてステージで演奏したのですが、あのとき窓の外を見ていなかったら、目の前が真っ暗のまま弾いていたでしょう。あの日、もし雨が降っていて、おばさんが歩いていなかったら、やはり緊張したままだったかもしれません。運に恵まれていたなとつくづく思います。

 そして第1次予選、第2次予選、第3次予選と進んで行ったわけですが、第3次予選に進出した14人中7人が日本人で、ポーランドの新聞に「7人のサムライ」と報じられて話題になりました。いずれも現在活躍している素晴らしいピアニストの方たちで、私はその中に入ることができただけで幸せだと思いました。もともと第3次予選までいけたらそれで充分と思っていたので、弾き終わったときは「やっと終わった!」という清々しい気持ちでした。ですから、結果発表で私の名前が呼び上げられたときは、本当にびっくりしました。テレビのドキュメンタリー番組に、「うそ~!」と言っている私の姿が映っています(笑)。地元ポーランドからただひとり第3次予選に残っていたヴォイチェフ・シフィタワさんが、プレッシャーに耐えられず体調不良になって棄権したため、ポーランドの聴衆の方たちはとても落胆し、そのエネルギーが留学中の私に向かって来たのですが、私は楽天的な性格なので、プラス思考でポーランドの方たちの応援を力に変えて、ステージを楽しむことができました。

 ファイナルでショパンの《ピアノ協奏曲第1番》を弾いたのですが、実はオーケストラとコンチェルトを弾くのは初めてだったんです。ファイナル当日の朝のリハーサルで、私は片言のポーランド語で「コンチェルトを弾くのは初めてなので、どうぞ皆さん助けてください」と言いました。指揮者やオーケストラの方たちは優しくて、「よし、わかった!」という感じで暖かく私を包み込むように演奏してくれました。オーケストラの序奏が始まって、「わぁ、すごい! CDを聴いているみたい……」と感動して、自分が出るのを忘れてしまいそうになりました。リハーサルはとにかく夢中で弾いて終わったのですが、客席で聴いていてくれた今の夫が、「入りも出も、全部早かったぞ」と注意してくれて、本番までの数時間で調整しました。ファイナルのステージに上ったとき、「わぁ、明るい!」と思いました。第3次予選までとは全然違う雰囲気で、通路も立錐の余地がないほど人で埋まっていて、すぐそこに人がいるという状態でした。ステージの明るさと会場の熱気に圧倒されましたが、とても気持ちよく演奏できて、第3楽章を弾きながら「あぁ、終わらないでほしい」と思いました。演奏が終わるとものすごい拍手で、花束やプレゼントをたくさんいただき、ポーランドの聴衆の皆さんに後押ししてもらって弾いたんだと思いました。

一次予選直前、緊張は最高潮に…

コンクールでの入賞が決まった瞬間の気持ちは?

 今思うと、ショパンコンクールに入賞するという意味がよくわかっていなかったなと思います。最高位になったケヴィン・ケナーさんのように、入賞することで演奏活動をしっかりやっていこうという明確な目標もなく、参加できるだけで幸せという学生でしたから、ただうれしい、夢みたいと舞い上がっていました。ショパンコンクールに入賞するということは、ある意味で責任を担うということなのです。一生をかけて入賞者の名に恥じないショパン作品の演奏をしなくてはならないと、後になって気づきました。

入賞後、ご自身または周囲で変化があったことは?

 ショパンコンクールに入賞した翌日からコンサートや録音のオファーをいただき、ただの学生が突然ピアニストになったわけです。自覚がないままに、何でも“やります”と答えて大変なスケジュールになってしまったり、“少し考えさせてください”と答えて大きなチャンスを逃したり……、戸惑いながらピアニストとしての第1歩を踏み出しました。

最後に、今年10月にコンクール本番に臨まれる出場者の皆さんへエールを!

 ショパンコンクールというのは、主催する側も、審査員の先生方も、聴衆の方たちも、みんなショパンを心から愛し、大切に思っています。ですから、コンテスタントは、上手く弾こうとか、入賞しようなどと考えず、ただショパンのために弾けばいいのだと思います。そうすれば、結果は後からついてくるでしょう。せっかくショパンが暮らしたワルシャワの街で、ポーランドの聴衆の前で弾けるのですから、萎縮せず、のびのびとショパンへの想いを表現してください。

Text by 森岡 葉

Profile

高橋 多佳子(たかはし たかこ)

高橋 多佳子(たかはし たかこ)
ピアニスト。
1990年第12回ショパン国際ピアノ・コンクールで第5位に入賞し、一躍楽壇に飛び出したピア二スト。ショパン国際コンクールのほか、ポルト国際コンクール(ポルトガル)第2位および現代音楽最優秀演奏賞、ラジヴィーウ国際コンクール(ポーランド)第1位、第22回日本ショパン協会賞受賞など、輝かしい受賞歴を有する。桐朋学園大学音楽学部卒業、国立ワルシャワ・ショパン音楽院研究科を最優秀で修了。加藤伸佳、J.エキエル、下田幸二の各氏に師事。またV.メルジャノフ、H.チェルニー=ステファンスカ等の名ピアニストからも薫陶を受けた。 現在、桐朋学園大学非常勤講師。ソロ・リサイタルやオーケストラとの共演など、演奏活動は日本とポーランドを拠点にほぼ全ヨーロッパに及ぶ。世界の著名な国際音楽祭にも多数出演。オーケストラとの共演は国立ワルシャワ・フィルをはじめ各国にわたり、日本では東響、東京都響、東京フィル、日本フィル、新日本フィル、神奈川フィル、大阪センチュリー響、札幌響、京都市響、アンサンブル金沢、名古屋フィル、仙台フィル、山形響、群馬響、九州響、広島響、兵庫芸術文化センター管弦楽団、中部フィル等の主要オーケストラと数多く共演を重ねている。2010年は5月より5カ月連続で《ショパンの旅路》Box(7枚組)、《ショパン:バラード&スケルツォ集》、《リサイタル「ショパン with フレンズ」~奇跡の年~》、《ショパン:エチュード全曲》、《シューマン:謝肉祭&クライスレリアーナ》のCDをリリース。全18タイトルのCDの中で、オクタヴィアよりリリースされているショパンの作品を時代ごとに取り上げた《ショパンの旅路》(全6タイトル)、ロシアの2大作品をカップリングした《ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番&ムソルグスキー:展覧会の絵》、《リサイタル「ショパン with フレンズ」~奇跡の年~》は“レコード芸術誌特選盤”に選ばれた。2006年からはソロ活動に加え、宮谷理香とのピアノデュオ・ユニット「Duo Grace」を結成。2011年に発表したCD《グレイス》、2014年3月発売のCD《ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ》は共にレコード芸術誌特選盤”に選ばれた。2015年7月に発売されたONTOMO MOOK《ショパンの本》(音楽之友社)ではDVD演奏を担当し、発売と同時に大きな話題となった。
2010年1月からは《茂木大輔の生で聴く「のだめカンタービレ」の音楽会》全国ツアーに参加。同年3月より浜離宮朝日ホールにて全4回に亘る《ショパンwithフレンズ》~奇跡の年~シリーズを開催、各会ともに優れた企画と高い音楽性で絶賛を博した。2014年10月からは主要ソナタをプログラムの中心に据えた自主企画シリーズ《名曲達の饗宴》を開催するなど、ますます意欲的な活動で大きな注目を集めている。
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