シンセサイザーとダンスミュージック
シンセサイザー=キーボード(鍵盤楽器)という印象を持たれる方も多いと思うのですが、ターンテーブルやミキサーを駆使して音楽を創造するDJやダンスミュージック層に向けた製品にもシンセサイザーの技術が応用されています。
1995年に発売された「SU10」は、当時発売されていた「QYシリーズ」と同様のVHSビデオサイズのサンプリングマシンで、CDクオリティーでサンプリングされた音色をパッドにアサインして鳴らすことができるだけでなく、スクラッチやクロスフェードができるリボンコントローラーを搭載するなど、鍵盤以外のアプローチでパフォーマンスができる画期的なギアとして登場しました。
1998年には「SU700」と「RM1x」という2種類のモデルが発売されます。「SU700」はサンプラーにシーケンサー、デジタルミキサー、エフェクターを組み合わせたもので、CDクオリティーのオーディオを約22秒(標準4M RAMの場合)サンプリングでき、オーディオループをベースにさまざまなサンプルを組み合わせて音楽制作を行うといったコンセプトの製品でした。「RM1x」はAWM2音源を内蔵したMIDIシーケンサーですが、アサイナブルノブやボタンを鍵盤のように並べたキーボードパッドなど、リアルタイムパフォーマンスにも対応できる製品で、「SU700」とともに鍵盤楽器を演奏しない層にも浸透してきます。
2000年には最大6つのテンポが異なるオーディオサンプルを自動的にテンポ同期できる機能を備えた「SU200」がリリースされ、オーディオベースの音楽制作がさらに進化します。また、同時にDJギアとしての要素を極めた「DJX-II」や「DJX-IIB」というダンスミュージック市場向けの製品もリリースされます。「DJXシリーズ」の特長としては、本体にスピーカーを搭載しており、本体だけでパフォーマンスが楽しめ、CDDJマシンのようなスクラッチパッドを搭載(DJX-IIBのみ)するなど、ダンスミュージックパフォーマンス層に向けたコントローラーとしての試みも盛り込まれました。
2001年には「SU700」と「RM1x」を統合し、デスクトップ型の音楽制作マシンとして「RS7000」というモデルが登場します。「RS7000」はダンスミュージックギアというよりも同時期に発売されている「MOTIFシリーズ」のような音楽制作ワークステーションという要素が強いのですが、鍵盤楽器を使用しないで音楽制作ができるという観点で見てみると、ステップシーケンサーとユーロラックシンセサイザーモジュールを活用した現代のクラブ系ミュージシャンのスタイルが、この時代にすでに提案されていたともいえます。
ステップシーケンサーとシンセサイザーという組み合わせでは、2001年に「AN200」と「DX200」というデスクトップ型のシンセサイザーも発売されました。「AN200」は音源部分にアナログフィジカルモデリングのAN音源を、「DX200」にはFM音源を搭載し、2機種ともドラムトラック用のAWM2音源を装備しています。どちらの機種も単体で、すべてのパートを制作するワークステーション型ではなく、ループされたフレーズを変化させながら音楽を作り上げていくスタイルを提案しており、「AN200」と「DX200」、さらには「SU200」を組み合わせたシステムには「LOOPFACTORY」という名称がつけられていました。
その後、約20年もの間ダンスミュージック層をターゲットとしたいわゆるグルーブギアと呼ばれる製品はほとんどなかったのですが、2024年1月に「SEQTRAK(シークトラック)」という製品で新たな音楽制作&パフォーマンスの提案がなされました。「SEQTRAK」はドラムマシン、シンセサイザー&サンプラー、サウンドデザイン、エフェクターという3つのセクションを、充電式バッテリーを搭載した小型の筐体に収め、内蔵スピーカー、内蔵マイクを使用していつでもどこでも音楽制作ができるという製品です。「ミュージックプロダクションスタジオ」というカテゴリー名ですので、DJギア、ダンスミュージック(グルーブ)ギアとして収めるものではすでにありません。「RM1x」の音源付きシーケンサー機能、「SUシリーズ」のサンプリング機能、「DJXシリーズ」の内蔵スピーカー、「DX200」のFM音源など、2001年までに登場したダンスミュージック向け製品のアイデアと技術を、SNSをはじめとしたネット配信を通じて世界とつながろうとする現代のパフォーマーのニーズにマッチさせた新しい提案といえるでしょう。