ヤマハ | 渡部亨 - 理想とともに - avec idéal - FLUTIST INTERVIEW
これまで、都内の数々のホールでリサイタルを行なうとともに、洗足学園音楽大学等にて長く教鞭を執ってきた渡部 亨。
聞けば、ヤマハハンドメイドフルート イデアルとの出会いも、教え子がきっかけだったそうだ。
渡部 亨 Toru Watanabe
1958年盛岡市生まれ。岩手大学附属中学・盛岡第三高校を経て東京藝術大学音楽学部器楽科卒業。10才よりフルートを始め石川勲子、長谷川博、大森義和、大友太郎、吉田雅夫各氏に師事。ウィーン・チューリッヒにおいてH.レツニチェク、アンドレ・ジョネに師事。藝大客員教授として来日していたH.P.シュミッツにバロック音楽の薫陶を受けた。
在学中より演奏活動を行い、バリオホール、音楽之友社ホール、津田ホール、東京文化会館小ホール、フィリアホール、岩手県民会館中ホール、盛岡市民館マリオス、台湾、中国、韓国にてリサイタル開催。
室内楽ではイザール木管五重奏団を結成し演奏活動を行う。
著書「フルート演奏におけるアンブシュール習得法」2005、「C.P.E.バッハのフルート作品の研究1」2011、「フルートオーケストラの編曲法と演奏技術(共著)」2017、『M.モイーズ24の小メロディと変奏曲の練習方法-「フルート基礎練習の考察と実践-」』2020など。
川崎市青少年の家運営協議会会長、文部科学省大学設置専門委員主査(音楽)を務めた。
現在、洗足学園音楽大学・大学院教授、アジアフルート連盟理事、日本フルート協会会員、サッカーJリーグ川崎フロンターレ洗足学園音楽大学応援ゼミ「フロントールズ」主宰
フルートを学んできた過程で足りない部分を補完できるようなことを
藝大卒業後に何年かドイツ・スイスを往復して勉強し、国内ではリサイタルなどのソロ活動と室内楽を中心に演奏活動してきました。リサイタルはこれまで東京文化会館やフィリアホール、音楽の友ホール、カザルスホール、津田ホール、バリオホール、王子ホールなど、東京都内、近郊の様々なホールで開催してきました。そのときのプログラムに合わせて最適な響きのホールを選んだ結果、このように様々なホールで演奏することになりました。だいたい3年から5年に一度くらいのペースで継続的にリサイタルを行なっていますが、2019年3月に王子ホールでリサイタルを行なった後、次の準備に入った昨年コロナ禍となって中断してしまいました。
洗足学園音楽大学では40年近く教えています。大学では教授として、個人レッスンのほか、室内楽、オーケストラ、ゼミ活動指導のほかに論文や研究ノートの執筆も行なっています。最新のものは、『マルセル・モイーズ「24の小メロディと変奏曲の練習方法」-フルート基礎練習の考察と実践-』です。これはフルートを学び始めた人たちがこの練習曲でどう学ぶかという研究ノート。モイーズの教則本には「25の旋律的練習曲と変奏」という中級のものもあるので、次はこれについて書こうと思っています。皆さんフルートを学んできた過程の中で、ここが足りないという箇所があると思うんです。そこを補完できるようなことができるといいと思います。これは私のライフワークのひとつですね。
フルートというのは毎日毎日テクニックを鍛えなければならない楽器でありますが、やはり呼吸(ブレス)の訓練が基本です。そもそもフルートという楽器は息の40~60%ほどしか音にならないので、それを考慮に入れてコントロールできるようにならなければなりません。私は10歳からフルートを始めましたが、早ければ早いほどいいということではなくて、音楽的な素養を幅広く身に付けることが必要だと考えています。
コロナ禍の今は、演奏活動をしたいと思ってもなかなかできない状況ですが、学生に演奏活動をさせることを優先しつつ、私自身もこれから室内楽や小編成のオーケストラなどで活動を徐々に再開する予定です。
コロナ禍での教育活動について私はオンラインのレッスンを始め今も継続しています。やり方も工夫しまして、まず生徒に演奏を録音したものをメール添付で送ってもらいます。それを聴いて一度メールでコメントを返す。次にリアルタイムでオンラインレッスンをします。 オンラインだと音質の劣化やタイムラグなどがありますが、事前に録音を送ってもらえば初めて聴く音ではないのできちんとした対応ができますからね。そのオンラインレッスンで修正すべきところを指示して、必要であれば仕上げにもう一度録音を送ってもらいます。
手間はかかりますが、中学生・高校生に対しても繰り返しレッスンができるし、何より繰り返しの録音オンラインレッスンでは、自分の吹いた音が録音に残るというメリットがあります。今後も同様の状況が続くとすれば、このやり方は非常に有効だと思います。
「音は生きている!」というモイーズの言葉が今も頭に残る
これまで私自身がフルートを勉強してきた中で一番印象に残っている言葉は、1977年に来日したマルセル・モイーズの言葉です。私がまだ学生の頃の松本でのマスタークラスで、受講者がモーツァルトを吹いた瞬間に「ノン!」と言って演奏を止め、「ライブ!」と叫んだんです。「お前の音は死んでいる!」「もっと生きた音を!」とね。しかもそれがモイーズの第一声でした。別のマスタークラスレッスンの録音を聴かせてもらったときにも、言葉の端々に「音は生きている」という意味が込められていました。前述の研究ノートにも書きましたが私がフルートを吹く上で、今でもそれを一番に考えています。
一方で、私が生徒を教えるとき大事にしていることは大きく分けて5つあって、「音質」「ハーモニー感や調性感」「テクニック」「音楽の構成」、そして「全体としてどのように完成させ、表現するか」です。やはり最初に来るのは、フルートの「音質」です。まず音がよくないと、聴いてもらえませんからね。ただそれがあっても他の要素が欠けていたら、やはりいい演奏にはなりませんから、結局は全部必要になるのですが(笑)。そして、自分たちが音楽を通じて様々な先生に教わったことを、今度は次の世代の人に伝えてほしいと思っています。
もう40年程前の話ですが、ジャン=ピエール・ランパルが来日時に彼の楽器を2本吹かせてもらったことがあります。当時日本では重い楽器が主流になってきていましたが、驚いたことにランパルの楽器は実に軽かったんです。「重い」「軽い」というのは重量のことだけでなく、構えたときに軽く感じるということです。 そのときランパルが持っていたうちの1本がヤマハの特注モデルでした。ランパルの注文に応えて作られているわけですから、当時からヤマハフルートのポテンシャルは高かったわけです。その技術力が綿々と受け継がれ、高められて現在のイデアルに至っているのだと思います。
私自身これまで、重い楽器をメインに使ってきました。18Kや14Kの楽器にH足部管を付けてかなり重くしていたのですが、あるとき「これを吹くのはもう無理かな」と感じるようになりました。あまり重い楽器だと、息を音にして表現するということ以外の部分に負担がかかってしまい、「何のために楽器を持っているのか」わからなくなってしまいました。特にフルートという楽器は構えることがひじ等身体に負担をかけますので。 そういうこともあって、ヤマハハンドメイドフルート イデアルの総銀製を選び、その上でバランスを考えてH足部管モデルにしました。これには自分自身の変化もあって、オーケストラの中で演奏することよりも、小さめのホールで300人くらいのお客さんの一番後ろまで音を届けることを主に考えるようになったからです。だからと言ってオーケストラで吹くことにも問題はありません。そういうオールマイティさを持っている楽器だと思います。
さらに、これまではそのときいいと思った様々な楽器を使ってきましたが、そうではなく、楽器は自分で染めていくことで自分のものにしていくものだと強く感じるようになりました。楽器に任せながら、自分が一から作り上げることで、自分を表現するということにつながります。 これは日本の弓道に通じるものがあるように感じます。弓・矢の道具に頼るのではなく、精神面の蓄積が圧倒的に大きい。的に当たるか当たらないかが問題ではないんですね。
楽器として「素」のレベルが非常に高い
私が最初にヤマハハンドメイドフルート イデアルに出会ったのは、指導していた高校の吹奏楽部のフルートセクションが、全員イデアルを使っていたことでした。「どうしてだろう?」と最初は思いましたが、聴けば音質もそろっているし、いいアンサンブルのために自然にそうなったらしく、やはり音色・音程などひとつの方向を向きやすいですよね。
実際に自分で使い始めたのは2018年ですが、発売当時からイデアルの音を聴いていたわけです。そして生徒のイデアルを選定しているうちに、だんだん「自分も吹きたい」という気持ちになっていきました。ヤマハアトリエからお借りして何度かコンサートで吹いた後、このイデアルを注文しました。やはりハンドメイドですから、自分の希望を伝えて、自分用に作ってもらいたかった。約5か月後に完成したときには、美味しいウナギも食べたくて浜松(ヤマハ本社)まで受け取りに行きましたよ(笑)。
現在、細かなところをチューンアップしています。例えばヘッドスクリューを銀製にしているのですが、これは少し太めの音質を出すことに有効です。他にも自分で響きの足りない部分をヤマハアトリエでチューンアップしています(内容は企業秘密ですが)。楽器は使い込むことで価値が出るわけですから、自分がその楽器をどう使うかによって楽器の価値を上げていくのも我々の役目かなと思っています。
先ほど「弓道」を引き合いに出しましたが、「道具」というものは使い手が合わせる部分と、使い手に「道具」が合わせる部分がありますが、イデアルの場合はあくまで自分に合わせてくれる。自分がこうしたい、ということに対して寄り添ってくれるんですね。
私はリングキイのオフセットタイプを選んでいますが、日本人は西洋人に比べて小指とか薬指が短いですから、手の大きさに合わせてオフセットの方が使いやすいと思います。そして、速いパッセージで指が外れやすいDのキイだけリングカバーを付けています。歌口はAタイプのものを使っていますが、そこは一番気に入っているところで、「この歌口に対して自分がどう吹くか」の方が大事ですので、ここは「自分が楽器に合わせる」部分です。
イデアルの一番いいところは、中・高校生が吹いてもハイレベルな演奏ができ、プロが吹けばプロのレベルに対応することができるということ、つまり、楽器として「素」のレベルが非常に高いのです。そこがしっかりしているから、チューンアップによってさらに価値を引き出すことも容易ということになります。
《Quel est votre idéal?》――あなたの「理想」は何ですか――
私は最初フルートではなくヴァイオリンがやりたかったんです。でもピアノ教師をしていた父親に「小学校中学年では(始めるには)もう遅い」と言われました。「では何がやりたい?」と言われたときに、音域的にも近く、オーケストラで聴いて耳に残っていた音がフルートでした。フルートにはまず歌う様に吹くことと、ヴァイオリン的なヴィルトゥオーソを常に求めているんです。そしてそれを理想として目指したいと「イデアル」を手にした時からも追い続けています。
文:今泉晃一/写真:武藤章/
撮影場所:洗足学園音楽大学
【ハンドメイド】イデアル
フランス語で“理想”という名を持つフルートは新たな到達点です。ソロ演奏からオーケストラまで、プロ演奏家のシビアな要求にも応える優れた演奏性。ハンドメイドならではの優雅な風格をたたえ、美しいラインで構成された外観。匠の手腕を注ぎ込み、時間をかけて入念に作り込まれた高級感溢れるハンドメイドフルート “イデアル”です。