奥本華菜子
首里城の目の前、沖縄県立芸術大学で助教を務めている飯島諒さんはフランス留学後、ドイツ留学の代わりにゴールドのイデアルを入手して以来、今ではシルバーと木製(!)のイデアルも所有するに至っている。
飯島 諒 Ryo Iijima
9歳の時にNHKの番組、趣味悠々フルート入門の初級クラスにレギュラー出演しフルートを始める。2004年全日本学生音楽コンクール入選、2005年神奈川音楽コンクール高校生部門優勝、2006年仙台フルートコンクール高校生部門第1位、2006年甲府湯田高等学校音楽科(現甲斐清和高等学校)卒業。2008年ドイツヴァイカースハイム国際音楽祭フルート・ギターデュオ部門第2位。2009年小澤征爾音楽塾オーケストラ・プロジェクトに参加。2010年に桐朋学園大学管楽器専攻を首席で卒業し、同大学卒業演奏会、読売新人演奏会に出演。その後パリに留学。2011年パリ・日仏経済交流会にて、ゲスト演奏を行う。サイトウ・キネン・フェスティバル松本「青少年のためのオペラ・子供のための音楽会」に出演。 パリ・プロディージュ・アートコンクール2位、イタリア・国際メンデルスゾーンコンクール第3位。パリ エコールノルマル音楽院一年目、二年目、共に審査員満場一致で修了。第3回三田ユネスコフルートコンクール第2位。第8回仙台フルートコンクール第1位。NHK交響楽団、アンサンブル金沢、シアターオーケストラトーキョー、名古屋フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団など多数の楽団の客演を務める。平成28、29年度長野市芸術館クラシック音楽キャラバン登録アーティスト。これまでに飯島和久、峰岸壮一、瀬尾和紀、神田寛明、工藤重典、工藤雅子、フィリップ・ベルノルド、ブノワ・フロマンジェ、クロード・ルフェーブル各氏に師事。室内楽を藤井一興、白尾彰、高野成之、一戸敦、アナトール・リーバーマン、故ドゥヴィ・エルリ氏に師事。フラウト・トラヴェルソを有田正広氏に師事。パリにてフランス料理を川﨑康志氏に師事。
コジマ録音よりCD「フルート協奏曲集 ~作曲者自身によるピアノ伴奏版~」ALCD-9168をリリースし、レコード芸術推薦盤、音楽現代準推薦盤を始め、数々の音楽雑誌で取り上げられ好評を博す。
クラシック音楽コンクール審査員。湘南吹奏楽コンクール審査員。日本フルート協会 代議員。フルートフェスティヴァルin 八ヶ岳 実行委員長。沖縄県ソロコンテスト審査員、JBAソロコンテスト審査員、沖縄県アンサンブルコンテスト審査員、沖縄県吹奏楽コンクール審査員。
元沖縄県立芸術大学助教。現在、甲斐清和高等学校音楽科、昭和音楽大学、上野学園大学短期大学部各講師。桐朋学園大学特別招聘講師。
飯島諒フルートオフィシャルサイト: https://flufluryo.webnode.jp/
フルートを始めたのはテレビ番組!?
両親もフルート奏者ですが、私は小学4年生の頃まで、きちんとフルートを習うことはありませんでした。自分でも「そろそろやってみたいな」と思っていたときに、工藤重典先生が講師をされていたNHKの「趣味悠々」という番組でフルートの初心者を探していると、うちに電話がありました。最初は両親の生徒さんを紹介してほしいということだったのですが、ちょうど私が未経験でしたので「それなら」と私に白羽の矢が立ちました(笑)。
内容は「趣味悠々 フルート入門」の初心者クラスのレギュラーとして出演し、番組内でレッスンを受けて上達していくというものでした。最初NHKの人からは「番組内で上達する様子を映したいので、両親からのレッスンを受けないでください」と言われていたのですが、収録1週間前くらいに工藤先生から電話があって、「諒くん、ちゃんと吹けるようになってるかな?」と。言われた通りに練習していないと答えると、「それでできるわけないじゃない!」。
番組の台本を見ても、最初ちょっと頭部管を吹いただけで、すぐに組み立てて吹き始めるという。普通に考えて無理です。しかも僕のコーナーが1回10分くらいで、それを全9回ですから、普段練習しないで上達するわけがない。そこから猛特訓を始め、最後の回には中級クラスくらいの曲まで必死に吹きました。視聴者からは「できるわけがない」というクレームも来たらしいです(笑)。
その後長野県に引っ越し、中学生になって進路を考えたときに「やはり音楽の道に進みたい」と思い、本気で取り組むことにしました。高校は隣の山梨県にある音楽高校に進みました。それまでずっと父(飯島和久)に習っていたので、他の先生に習ってみたいと思っていたのですが、高校にはそれまでフルート科がなく、結局先生として呼ばれたのが父だった(笑)。学校の音楽室で父にレッスンを受けるという高校3年間でした。
大学は桐朋学園大学音楽学部で、最初の2年間が峰岸(壮一)先生、後半が神田(寛明)先生でした。峰岸先生は厳しい方でしたが、私のやりたかったことと方向性が近くとても充実していました。峰岸先生が退官されて神田先生にご指導いただいたわけですが、峰岸先生とは方向性が違い、戸惑う部分もありました。
でも神田先生のレッスンを受けて1年くらい経ったときに、「最終的に目指しているものは結局同じなんだ」ということに気づいたんです。そこで一気に理解が深まりました。むしろ、まったく違う2種類のアプローチを学べたことが貴重な財産となり、今自分がレッスンする立場になったときも、「どうしてもできないところでも、違う言い方をすればできるようになるかも」とか「この練習でだめなら、こういう練習をしたらどうかな」など、引き出しの数を増やしていただけたように思います。
パリ留学中には、ルーヴル美術館で昼寝を……
大学を卒業してすぐにパリに留学し、工藤重典先生のクラスに入りました。パリに留学した目的はもちろん工藤先生のレッスンですが、他にもフランス人の先生方にアンサンブルのレッスンを受けたり、フランスで生活すること、つまりフランスの作曲家や演奏家が普段どんな生活をしているのか体験することも目的でした。
パリでは、私が料理を作ってみんなに食べてもらうという会を頻繁に行なっていました。料理は昔から好きで、中学生のときには音楽高校に行くか料理人になるか迷ったほどです。向こうではフランス料理を習ってもいました。父から「せっかくフランスに行くんだから、フルート以外にも何か身につけてきなさい」と言われていたからです。
そうしているうちに、だんだん料理と音楽が似ているような気がしてきました。食材は音そのもの、レシピは楽譜、料理人が演奏者で、食べる人がいて聴く人がいる。そして、同じ食材を使って同じレシピで料理を作っても料理人が違えば同じ味にはならないように、同じ曲を演奏しても演奏者によって違うものになる。共通点が多いですよね。
あと美術館にもよく行きました。学生は格安または無料で入れるので、ルーヴル美術館などもよく行って、人がいないところのベンチで昼寝したりとか(笑)。そんなふうに、美術館の空気に浸っているのがすごく好きでした。それこそ、観光ではできない、現地に住んで初めてできることですよね。
沖縄県立芸術大学の助教に
帰国してからは、毎週横浜、東京、山梨、長野を飛び回ってフルートを教えたり、演奏活動をしていました。
そうしているうちにたまたま家族旅行で沖縄に来て、沖縄県立芸術大学の前任の方にお会いし、校内も案内していただく機会がありました。そのときの学校の印象がとてもよかったんです。その後、教員の公募が出ているのを見つけて、いいチャンスだと思って応募しました。
採用が決まり、家族で沖縄に移って2年目になります。学生の半分くらいは沖縄の人で、半分くらいは県外から来ています。規模の小さい学校なので教員と学生との距離も近く、何かあればすぐ相談に来てくれたりして、とても楽しくやっています。
しかも助教という立場で大学の組織の一員として運営に関わることで、今まで見えなかったことが見えてきて、とても貴重な経験ができていると思います。これからオンラインでの入試が始まるのですが、接続テストから資料の確認、進行の補助などいろいろと役割があります。
自分自身、音大生として大学生活を送っていましたが、「裏ではこんなに先生たちが会議していろいろなことを決めていたんだなあ」とか、「ひとつの演奏会を実行するだけでこんなに大変だったんだ」とか、改めて実感しています。
大学で教える際に重視すること
ポイントはいろいろあるのですが、まず音ですね。ただ息を出して吹いているだけでなく、きちんと狙った音色を出せているかどうか。また、ロングトーンでいい音が出ても、実際の曲の中で使うにはまた別のテクニックが必要になりますが、「自分がそういう音を出せるんだ」と認識していれば、曲にも活かしていけるはずです。
逆に譜読みが早くすらすら吹ける子ほど、音に無頓着なケースが多いです。アンブシュアを作るときに「ミスがない」ことを優先して広い面積で息を当てると、ある程度の音の高低差があってもカバーできるようになるので音がひっくり返ったりもしにくい。でも音色はどうしてもボヤっとして芯のないものになってしまいます。それよりも、1音1音狙った音色にしてほしい。たまには外れてしまうことがあっても、音色をイメージして演奏することが大事だと思います。
私がフランスで学んだことでもあるのですが、ただきれいに吹けているだけではつまらなく感じてしまうんです。「もうちょっと何かやってよ!」とよく言ってしまうのですが、自分で面白い要素を見つけられるといい。もちろん僕が吹いて見せることもあるのですが、そのときにもなるべく複数のやり方を見せてあげて、どれがしっくりくるか生徒に選んでもらうようにします。そして「その場合は、こんなふうに吹くといいね」という教え方をします。
自分が演奏するときでも、「きれいだったね」とか「曲の解釈が素晴らしいね」と言われるよりは、「面白かったね!」とか「すごかったね!」と言われる方がいいと考えています。実際、そう言われることが多いのですが(笑)。何かしら聴いた人の心の動きがあるといいですね。
様々な“イデアル”が手元に
現在、所有している楽器はイデアルのゴールドとシルバー、そして木製、それに加えてイデアル用のType Aのシルバーの頭部管で、14K金と18K金というライザー(リッププレートの台座)の材質違いが2本あります。
実はライザーの材質は音にとても大きな影響があります。フルートの音と材質の関係は古い時代から研究されてきました。それらによると、「フルートの音は材質では変わらない」という結論が出てしまっているんです。でも、世界中のメーカーがいろいろな材質のフルートを作っていますし、奏者も自分に合った楽器を選ぶわけですから、絶対に違いはあるはずなんです。ところが科学的な分析だと違いが出てこない。
もちろんフルートはエアリードの楽器ですから、楽器のどこかが直接振動することで音を発するわけではありません。そのことが、他の楽器に比べて素材の差が出にくいということにつながっているのかなとも思います。僕も大学で研究しているところですが、吹いてみると特にライザーによる違いは大きいです。もちろんリッププレートまで替えるとさらに音は変わるのですが、ライザーはそれほど大きなパーツではありませんから費用対効果もいいですし、重さによる変化なども少ないのでより研究しやすいのかな、と。
材質による違いをいろいろな人に聴いてもらったり、音の成分を分析したりということを現在行なっているところです。やはり数字としては大きな違いが出にくいのですが、聴感や吹奏感は明らかに違いがありますね。
まずシルバーはもっともオーソドックスというか、全体に自由に扱える感じです。14Kのライザーにするとそこに音のパンチとか深みが加わってきます。バランスもいいし、タンギングもクリアになります。18Kではさらにその密度が濃くなる感じですね。「音が太くなる」と表現する人と、密度の濃さから「音が細くなる」と表現する人が両方いますが、要はぎゅっと固めたような感じがする。そのために鋭い表現ができるのが18Kライザーの特徴です。
イデアルとの出会い
私が楽器に求めているのは、自分が思い描くフレーズや音色などをいかに表してくれるか、ということです。いい楽器であっても、吹きこなすのが難しい楽器である場合、思うような音を出すためにより多くの時間を費やさなければなりません。でも今は「イデアルだったらもっと簡単にできるんじゃない?」と思ってしまうんですよね。その分、音楽のことにより集中できます。自分の思っていることを本当にストレートに出してくれるのがイデアルですから。
最初にイデアルと出会ったのは、まだイデアルという楽器になる前の試作段階の楽器でした。その試作品の頭部管のみを従来のハンドメイドフルートYFL-981に付けて使っていました。イデアルに近いよく鳴る頭部管に対して、楽器が付いてこない感じはありましたが、それを持ってフランスに留学しました。その後ドイツで勉強しようと思って住むところまで決めたタイミングでいったん帰国し、アトリエでイデアルを吹き、その場で即決。それがこのゴールドの楽器でしたが、経済的な面からドイツ留学は諦めざるを得ませんでした(笑)。ffで息を入れたときの反応のよさなど、吹いた瞬間に「これしかないな」と思ってしまったのです。
実はその前にもオーバーブロウになってしまうことがあり、コンクールを聴いた妻は「楽器を替えた方がいいのでは?」とひそかに思っていたそうです。実際にイデアルに替えた結果、以前はやりたいことに対して楽器が付いて行けていなかったということがわかりました。だから僕としては、イデアルにして何かが変わったというよりも、やりたいことが実現可能になったということが適切ですね。
木製のイデアル!?
ゴールドの楽器の次に入手したのが、「木製のイデアル」です。頭部管はイデアルっぽく試作品で作ってもらいました。キイは金メッキですが、タンポはイデアル同様ストロビンガーフルート社製です。
最初に試作品を吹かせてもらったときに「これはすごい!」と感じました。従来の木製フルートは柔らかくていい音色ですが、操作性とか音量の面で金属性の楽器に譲るものがありました。ところがこの楽器だとイデアルの要素が木製フルートの不利な点をカバーできて、木管の音色のよさと機能性を兼ね備えた楽器になっていたんです。
その次はノーマルのシルバーのType A頭部管だけが手元に来て、それから18Kライザーの頭部管とシルバーの楽器本体を入手しました。そして14Kライザーの頭部管と、どんどんイデアルが増えていきました。もうイデアル尽くしです(笑)。
楽器の素材による音の差は?
さきほどライザーによる音色の差のお話をしましたが、もちろん楽器の素材によって違いが出てきます。シルバーは明るい音で、本当に軽やかに音楽ができるんですね。木製の楽器はシルバーとはまた方向性の違う柔らかさがあって、太さも持っています。木管はバロックなどに向いているのはもちろんのこと、この楽器だったら現代曲でも問題なく吹けてしまいます。つまり、木管で何でも吹けてしまうという楽器になっているんです。
14Kゴールドの楽器は重厚感のある音で、吹いていて自分の中にずっしり来て、個人的にとても腑に落ちる音色です。とても豊かに鳴る楽器だし、シルバーよりも反応がいい。結局、最初に買ったこの楽器に落ち着くというところがあって、現在もメインとして使っています。
先日大学内で行なったリサイタルでは、曲によってこれらのイデアルを使い分けました。まったく別の楽器だとアンブシュアなども違ってしまうので、1つの演奏会の中で使うのは難しいのですが、今回使った楽器は全部イデアルなので、鳴るポイントやキイの感じも一緒で自然に吹けてしまうのがいいところです。特別楽器に合わせた吹き方をしなくても、きちんと特徴が出てくるんですね。
さらに、これはヤマハの特質でもありますが、ハンドメイドにもにもかかわらず個体差がとても小さいことが挙げられます。同じモデルを買っても個体差がありすぎれば、安心して選べないのですが、イデアルシリーズであれば、生徒にも安心して薦めることができるんですね。
イデアルを吹くようになって変化したこと
まず、ppがきれいになったと言われました。これは自分ではそれほど意識していなかったのでちょっと意外でしたが、そちらも磨いてみたら、弱音にどんどん深みが出るようになって、「そういうコントロール性も持っているのか」ということに気づきました。
また、先日生徒がイデアルを購入したのですが、それまではあまり音量が出ない楽器だったのでがむしゃらに吹いていました。その生徒が今度コンチェルトを吹くのですが、オーケストラバックなので音量が必要で、すごく無理をして吹いているのがわかる。「これはよくないな」と思って試しにイデアルを吹かせたら、「息の量は半分くらいで音量が倍くらい出る!」と言って、音からも本人の感動が伝わってくるようでした。実際にイデアルに替えてからは、今まで苦労していたことがストレスなくスムーズにできるようになったのです。
これまでは、音がよく鳴る楽器を使うと、単調な音楽になってしまうと思っていました。しかしイデアルは豊かに鳴る一方で、繊細な音色の変化とかフレージングを作ることがすごくやりやすい。同じ音量をより少ない息で出せるということは、フレーズをより長く続けられるということでもありますから。一般的に息を長く続けようとして音をまとめてしまうと硬い音色になってしまいがちですが、イデアルなら息を節約しながら柔らかな音を出すことも可能なんです。だからイデアルの入り口としては「よく鳴る」ということでいいのですが、それだけではないというところをぜひ味わってほしいといつも思っています。
《Quel est votre idéal?》――あなたの「理想」は何ですか――
ごく当たり前のことになってしまいますが、自分の思っている音楽を自然に出すということでしょうか。
声のような自由さとか、弦楽器のようなフレーズの長さをフルートで実現できればいいと思っていて、自分でも「ヴァイオリンに近づけないかな」とメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を吹いたこともありました。最終的には、コントラバスフルートでチェロの曲を吹けないかなと思っています。かなり難しいとは思いますが(笑)。
文:今泉晃一/写真:武藤章/
撮影場所:公立大学法人 沖縄県立芸術大学 当蔵キャンパス
首里城公園:守礼門
【ハンドメイド】イデアル
フランス語で“理想”という名を持つフルートは新たな到達点です。ソロ演奏からオーケストラまで、プロ演奏家のシビアな要求にも応える優れた演奏性。ハンドメイドならではの優雅な風格をたたえ、美しいラインで構成された外観。匠の手腕を注ぎ込み、時間をかけて入念に作り込まれた高級感溢れるハンドメイドフルート “イデアル”です。