András Adorján アンドラーシュ・アドリアン
数々のオーケストラの首席を歴任し、ソロや室内楽でも活躍するとともに、フルートの百科事典を編み、埋もれた名曲を発掘し、ヤマハハンドメイドフルート イデアルを含む楽器の開発にも携わるフルートの大家、アンドラーシュ・アドリアンがシリーズ最後を飾る。
András Adorján アンドラーシュ・アドリアン
ハンガリー生まれ。ストックホルム王立歌劇場管弦楽団、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団、南西ドイツ放送交響楽団、バイエルン放送交響楽団などをはじめとする著名オーケストラで首席フルート奏者などを歴任する。ケルン音楽大学教授を経て、1996年からはミュンヘン国立音楽大学教授として教鞭をとる。音楽への深い理解に裏打ちされたダイナミックな演奏で知られ、国際的に大きな影響力をもつフルート奏者である。長年、ヤマハのハンドメイドフルートの開発協力をおこなっている。
ランパルとニコレの両方に師事
20世紀のもっとも重要なフルート奏者であり、素晴らしい音楽家であったジャン=ピエール・ランパル、オーレル・ニコレという2人の偉大な人物に出会い、その両方に師事できたことはこの上もない幸運でした。
ランパルには、まだ私が医学部の学生だったころ、夏の講習会でレッスンを受けることができました。医学部を卒業してから、正式にランパルの生徒になりたかったのですが、彼は学校では教えておらず、演奏のために世界中を飛び回っていて、その合間にホテルでレッスンをしていたのです。そこで彼に「自分は定期的にレッスンができないから、友人のニコレのところに行きなさい」と言われて、当時ニコレが教えていたフライブルクの大学に入りました。
彼らからは本当にいろいろなことを学びましたが、それらすべてを総合して、自分なりのスタイルや表現を見つけようとしてきました。
ランパルとニコレ、人となりはかなり違いましたね。ニコレは知的興味の多い人で、様々な美術作品や歴史的なことを勉強していて、それを音楽に表していました。音楽に対する理解をまず聴き手に伝えようとしていたのです。ランパルはそういうことよりも、音楽を真っ直ぐに聴き手の心に届けることを重視しました。
レッスンでも同様です。例えば、ランパルのレッスンでは、うまく吹けないときには何も言わずに実際に楽器を吹いて聴かせてくれます。一方でニコレは30分くらいいろいろな話をしてくれて、納得させてから生徒に吹かせる。うまくできないところ、わからないところを全部言葉で説明してくれました。もちろんランパルもやろうと思えば同じようにできたのですが、あえてしなかったのです。
バイエルン放送交響楽団での大切な経験
ランパルとニコレの後、私はオーケストラ奏者として音楽的に大きな刺激を受けました。特に14年間ソロフルート奏者を務めたバイエルン放送交響楽団は最も重要なものであり、長年にわたって首席指揮者を務めたラファエル・クーベリックのもとで音楽をするという経験は私にとって大きなものでした。
ひとつの例を挙げると、「ディミヌエンドしてpで、しかし遅くならないで」という指示を受けることがありますが、クーベリックのような偉大な指揮者たちは、結果として遅くなるんです。でもそれは感じるものであって指示されるものではない。偉大な指揮者のもとで、雰囲気を感じながら演奏すると自然にそうなるのです。
バイエルン放送響で特に記憶に残っている演奏会は、1976年にミュンヘンで、レナード・バーンスタインが最初に指揮したときのものです。そのときはベートーヴェン・プログラムで、《レオノーレ》序曲第3番、クラウディオ・アラウのソロでピアノ協奏曲第4番、そして交響曲第5番を演奏しました。
また、1981年にリッカルド・ムーティの指揮で演奏したヴェルディのレクイエムも強く印象に残っています。ジェシー・ノーマン、アグネス・バルツァ、ホセ・カレーラス、エフゲニー・ネステレンコらをソリストに迎え、本当に素晴らしいひとときでした。CDにもなっていますが、今聴いてもコンサートの感動が蘇ってきます。
オーケストラで学んだことは、その後のソロ活動にも当然生きています。例えば弱音であっても、会場いっぱいに響き渡らないといけないと考えるようになりました。また、オーケストラの中では他の管楽器のメンバーと音色を混ぜ合わせなければなりませんし、音程に関してはこの上なくシビアです。
近年ではソロや室内楽(バッハ・コレギウム)の演奏を多く行なっていました。もちろんレッスンもしますし、楽譜の編集も行ないます。楽器の開発にも関わっています。でもそれらは全部「音楽」というものの一部であり、私にとって「フルートを演奏する」ということの様々な側面なんです。
身に付けた技術は、背後に隠しておくべきもの
フルートを演奏するときだけでなく、音楽をする上で重要なことはたくさんあります。 でもそれを説明するとなると、本1冊分になってしまいます! もっとも重要なことは、楽器をうまくコントロールすることで、「音楽が楽器によって作られている」ということに聴き手が気付かないようにすることです。
楽器を吹くということに関して言えば、大事なのは息の扱いです。ヴァイオリンで言えば弓の動きに相当するわけですが、管楽器を演奏する上で、それはまさに「魂」と言うべきものです。呼吸をするときに体はリラックスしていなければなりませんが、だからと言って普段通りの呼吸では十分ではありません。
ポイントは、息をどう節約するか、そして横隔膜をどう使うかです。一度吸った息をいかに時間をかけて吐くかが大事で、一度に使ってしまわないよう、息を保つ筋肉を意識しなければなりません。お金と同じですね(笑)。
それを含めて、演奏の際に考えることはとてもたくさんあります。しかしそういった努力は聴衆に気づかれないよう、すべてが自然に行われているように見せなければなりません。聴いていて「ああ、難しいことをやっているな」と思ったら、興ざめになってしまうでしょう?
そのために何をすればいいかというと――練習です! それから、いい楽器を使うことが大きな助けになります。いい楽器というものは演奏者が様々な操作をする必要がなく、自然に演奏することを助けてくれるものです。だから、私はフルートの開発に携わっているのです。もちろん悪い楽器で上手く演奏することもできますが、演奏している間中大変な労力が必要になりますからね。
フルートを学んでいる人に言いたいのは、フルートはスポーツ用品としてではなく、音楽的な考えや感情を伝えるために使用されるということです。演奏技術というものは、より速く、より大きな音で演奏できるということとは違うのです。そして、身に付けた技術は前面に出すものでなく、背後に隠しておくべきものです。
ヤマハフルートとの出会い
ランパルが日本ツアーをしたときに、ヤマハの銀のフルートをヨーロッパに持ち帰りました。それをレッスンのときに吹かせてもらったのが、最初のヤマハとの出会いです。好印象だったので、その楽器を借りて行ってオーケストラで吹いたら、とてもよかった。
それでヤマハに連絡を取り、同じモデルの金の楽器を注文しました。銀のフルートは工藤(重典)さんに譲りました。もしその楽器が残っていたら、博物館に飾った方がいいでしょうね(笑)。
最初にヤマハフルートにいい印象を持ったのは、それまで吹いていた楽器に比べて音程のよさが段違いだったからです。オーケストラで吹く際に音程は非常に重要ですからね。でも音は元の楽器の方が気に入っていた。だから最初の頃は、ソロは元々使っていた楽器で、オーケストラではヤマハを使っていました。しかしそもそもソロとオーケストラで気持ちを切り替えるのは難しい上に楽器まで持ち替えるのは大変だったので、さらに響きのいい楽器をヤマハに作ってもらうよう話をしました。
ただし、最終的には楽器が響きを決めるのではなく、演奏者が響きを作るんです。だから、奏者が自分の響きを作る余地のある楽器を作りたいと思いました。イデアルはまさにそういう楽器になったと思っています。吹く人がしたいと思う歌い方を表現のできる楽器なのです。
ヤマハハンドメイドフルート イデアルの開発
楽器は人間の声の代わりになるため、演奏者にとって非常に重要です。 音色が安定しており、しかも音色と音量を自由に変化させられる必要があります。 フルートには、これらすべてを実現できる頭部管が必要です。また、正確な音程、操作しやすいメカニズム、耐久性のある優れたパッドが必要です。
中でももっとも大事なのは頭部管ですから、イデアルの開発にあたっては、形状の違うものをたくさん作っていただき、試奏して意見を言いました。4年間かけて開発しましたが、頭部管はなかなか満足のいくものができず苦労しました。
また、楽器というものはどこか1か所変更すると他のところに影響が出るので、全体がよくなるように変更することが難しかったです。しかも金のフルートでいろいろなことを試すとなると費用もかかってくるので、快く引き受けてくれたヤマハには感謝しています。
今私が使っているイデアルは総14金製(YFL-997C)と管体が18金でキイが銀のもの(YFL-997B)ですが、後者はすべて金にしてしまうと重くなりすぎてしまうためです。オーケストラや室内楽などでは、他の楽器と合わせやすい14金の楽器を使うことが多いです。
金の楽器を使う理由は、まず第一にランパルの影響です。ただし、彼自身は金の楽器を使っていましたが、どんな楽器を吹いてもランパルの音がしていました。
また、私がコンクールの審査員をしていて、いい音だと感じるのは、実は銀のフルートのことが多いんです。自分が音を出すときには、慣れているということもあって金の楽器を選びますが、銀の音も同じように好きです。
イデアルに替えて演奏は変わった?
聴き手にとって、私の演奏スタイルが変わっていないことを願っています。なぜなら、私はどの楽器を使っているときでも、聴衆に気づかれることなく自分の望んでいることが実現するように演奏してきたからです。しかし、昔のフルートの多くはそれを実現するのが困難であったため、とても苦労しました。楽器の操作に気を取られて、音楽表現に専念することができないこともありました。でも新しいイデアルは音楽を作ることだけに集中できるのです。
そういう意味でも、イデアルは文字通り「理想的な」フルートになっていると思います。ただ登録の関係で、ヨーロッパではその名前が使えないのが残念です。
《Quel est votre idéal?》――あなたの「理想」は何ですか――
音楽をするときにはいつも、音楽的な思いや感情を自然に伝えられたらいいと考えています。
それには演奏者と楽器、2つの要素があり、まずフルーティストであれば、苦労なく演奏できる楽器を持つこと。そしてどんな楽器を持とうとも、自分がどういう音楽を演奏したいのかを聴衆に伝えようとすること。つまり、聴く人に「楽器を演奏している」と思わせず、あくまで表現したいことのみを伝えられることが重要なのです。
文:今泉晃一/通訳:中田裕文/写真:©Rose von Rad
撮影場所:ミュンヘン
【ハンドメイド】イデアル
フランス語で“理想”という名を持つフルートは新たな到達点です。ソロ演奏からオーケストラまで、プロ演奏家のシビアな要求にも応える優れた演奏性。ハンドメイドならではの優雅な風格をたたえ、美しいラインで構成された外観。匠の手腕を注ぎ込み、時間をかけて入念に作り込まれた高級感溢れるハンドメイドフルート “イデアル”です。