Xavier Luck(ザビエル・ラック)
シドニー、ロンドン、ウィーン、そして神戸とこれまで世界の様々な場所で学び、演奏し、教えてきたザビエル・ラックさんが、探し求めていた理想の楽器に出会ったのは、ここ日本であった。
Xavier Luck ザビエル・ラック
オーストラリア・シドニー出身、英国国籍。メルボルン大学を卒業後、英国王立音楽大学、ウィーン国立音楽大学で研鑽を積む。ウィーン国立音楽大学の学生時代よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団およびウィーン国立歌劇場の契約奏者を長年務めた。
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン交響楽団、ウィーン放送交響楽団、ウィーン室内合奏団、シドニー交響楽団、メルボルン交響楽団、京都市交響楽団、NHK交響楽団など、多くの世界的オーケストラにゲスト首席奏者として招かれ、演奏会、レコーディングを幅広く行う。なかでも、2006年にトーマス・クリスティアン・アンサンブルのメンバーとして録音したCDが、名誉あるドイツ・レコード産業最優秀賞を受賞した。パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)をはじめ、チロル音楽祭、ザルツブルク音楽祭など、音楽祭にも数多く参加し好評を博す。2005年から兵庫芸術文化センター管弦楽団の初代フルート奏者を務め、その後、2008年からソウル・フィルハーモニー管弦楽団の副首席奏者を4年間務めた。
カメラータ・トウキョウより2017年にファースト・アルバム『タファネル 至高のファンタジスト』、2020年に『エレメンタル フルートで探る精霊たちの世界』、2021年に『フルート・ソナタの旅』がリリースされ、『レコード芸術』誌で特選盤に選出されるなど、高い評価を受けている。
現在、神戸女学院大学音楽学部准教授。
神戸女学院大学音楽学部の准教授として感じること
音楽教育の方向性に関しては、国ごとに特徴があります。ヨーロッパの音楽教育は「音楽の持つ意味」というものに重きを置いており、作品が作られた歴史的背景やその哲学を重要視します。それに対して日本では技術的な内容が中心となることが多いです。コンクールなどでも、とにかくミスなく吹くこと、楽譜通り吹くことが重視されているように感じられます。
もちろん、素晴らしいテクニックを持っていてミスをしないで吹けるということは大切です。ミスがたくさんある演奏はクールではありませんからね(笑)。しかし、ミスを恐れて音楽が縮こまってしまうことは避けなければなりません。
日本の学生の演奏技術は素晴らしい。でも、同じレベル、もしくは少し難易度の低い別の曲を演奏させてみると、とたんにたどたどしい演奏になってしまうのです。つまり、繰り返し練習によって吹けるようになっているだけで、本質的に音楽を理解して作っているわけではない、ということがわかります。
私自身がもっとも大事だと考えているのは、音楽そのものを理解することであって、何百回、何千回と繰り返し練習してミスをなくすことではありません。生徒には、ただ譜面に書いてある音を出すのではなく、「なぜこの音符がここに書かれているのか」ということを考えて演奏してほしい。「音楽の文脈」というものを理解して演奏することで、自ら音楽を作ることができるようになるのです。
日本の学生たちは、先生に対してあまり質問をしません。レッスンなどで私が言うことに対して「わかりました」と言いますが、「なぜ?」とは言いません。8年間日本で教えていて、そういう意味で好奇心旺盛だった生徒は3人だけでした。ほとんどの生徒は私の言うことに従い、きちんとその通りに吹けるようにします。でも、私が言うことは私が目指していることに過ぎません。卒業したらすべてを自分で決めなければならないわけですからね。
ザビエルさんの演奏スタイルは?
私がもっとも影響を受けているのは、元ウィーン・フィルのヴォルフガング・シュルツです。彼には19歳のときから師事していたので、期間がもっとも長いということもあります。
初めて彼に会ったのは日本でした。私がメルボルン大学在学中に札幌のPMFに参加したとき、講師として参加していて、彼からは大きなインスピレーションを受けたことを覚えています。音や表現に対する考え方が素晴らしかったのはもちろんですが、人間的にも魅力を感じました。
その後、私は奨学金を得て、ロンドンの英国王立音楽大学の大学院に2年間通いました。そこでの体験もまた素晴らしいもので、特にオーケストラの経験は貴重でした。ロンドンにいるときから、数か月に1度ウィーンに行き、シュルツ先生のレッスンを受けていましたが、英国王立音楽大学を修了してからはウィーンに移り、ウィーン国立音楽大学に通いました。十数年そこで暮らしましたし、プロとしての仕事を始めたのもウィーンでした。そういうことも含めて、シュルツ先生の影響は大きいと言えます。
しかし、私は今でも自分のサウンドを常に追い求めており、決して歩みを止めることはありません。毎日「どうしたらもっといい音が出せるのだろう」と考えています。それに関して一生満足することはないでしょうね。
ウィーン国立音楽大学では1週間に2回のレッスンがあって、シュルツ先生とその弟子に当たるハンスゲオルク・シュマイザー先生の教えを受けていましたが、2人とも「何かのコピーであってはいけない」と言っていました。音に対する考え方の核はシュルツ先生の音を聴くことで作り上げましたし、先生の演奏を聴くたび、その歌い方を再現できないものかと考えてはいました。しかしその教えの通り、ずっと自分自身の音を見つけようとしてきましたし、これからもそうしていくでしょう。
「自分自身の音を見つける」にはどうしたら?
まず、あなたがどんな音を出したいのか、クリアにしなければなりません。それはどうやって得られるかというと、「聴く」ことからです。あなたの好きなフルート奏者の演奏を聴くこと、そして他の楽器や歌を聴くこと。
「聴く」と言っても、単に「上手だなあ」とか「きれいだなあ」と聴くのではなく、もっとアクティブに聴くことが必要です。「どうして自分はこの演奏が好きなのか」「どうしてこういう音になっているのだろうか」と考えて、自分の演奏に取り入れるのです。まず「聴く」、そして「考える」。
私はフランクのヴァイオリン・ソナタが好きでよく聴くのですが、そのとき聴いているのはヴァイオリンの音の「特徴」です。その音はどうやって作られているのだろうかと考えますが、音を「コピー」しようとは思いません。でもレガートやアーティキュレーションなどのアイディアをフルートに生かすことはできます。
また、お気に入りの歌手の歌を聴いて、レガートやヴィブラートを参考にします。歌のようなスムーズなレガートをフルートでどのように表現するかと考えたとき、ヴィブラートと組み合わせて考えることで、自分の出したい表現に近づくことができました。これもコピーするのではなく、その特徴を私自身のフルート演奏に取り入れるということです。
そんなふうに、私の聴いた多くのものが私の演奏に様々な影響を与えていますが、それらが私自身の「声(=音)」を作り上げているのです。
フルートの奏法の参考となるもの
特に歌はお薦めです。私自身、十数年ウィーンにいて、オペラを聴く機会が頻繁にありました。そこで、歌手がどのように呼吸をしているのか、どのように体をコントロールしているのかを見て、それを真似しようとしたものでした。
歌手は体に息をたっぷりと入れて、体全体を共鳴させます。まさに体全体が楽器なのです。そしてそれは、われわれフルート奏者にとっても同じことです。楽器は単なる材料で、主な共鳴体は息を入れた自分自身の体というわけです。楽器と体は別々に考えることはできないのです。
学生にとってもそれは大事ですが、体の使い方、まず姿勢から問題がある人が多いのが実情です。例えば、普段の自然な姿勢から、フルートを持った瞬間に不自然な姿勢になってしまう。もちろん楽器を持てば指のこと、音色のこと、音程のこと、たくさんのことを考えなければなりません。その結果、体のあちこちに余計な力が入ってしまうのです。楽器を持っても体は普段と同じく、自然な状態を保たなければならない。そうしないと、楽器の音を十分に共鳴させることはできません。
現在、大学で教える以外に行なっている活動としては?
ウィーン国立音楽大学に在学中にウィーン・フィルの契約奏者になったので、途中で大学に行くのをやめてしまいました。今はそのとき途中でやめてしまった博士号を取るため、ウィーン国立音楽大学に在籍して論文を書いています。論文のテーマはタファネルについてです。私の1枚目のCDもタファネルの曲集でした。
彼はフルーティストであり、作曲家であり、指揮者でもありましたが、特にフルーティストとして偉大な存在で、現在の私たちは彼の影響を大きく受けています。「タファネルがウィーンの室内楽において果たした役割」について研究しているところです。
CDと言えば、2月に『フルート・ソナタの旅』という新しいアルバムを発売しました。タイトル通り、C.P.E.バッハの無伴奏ソナタに始まり、ラウタヴァーラのフルートとギターのためのソナタ、ドビュッシーのフルート、ヴィオラ、ピアノのためのソナタなど、様々な時代・国・編成のソナタを収録しています。ラウタヴァーラはフィンランドの作曲家で、この曲ではアルトフルートとピッコロも吹いています。そして最後はプロコフィエフのフルート・ソナタで締めています。
このアルバムでは「ソナタ」というものを様々な角度から見せたかったし、フルートの見せる様々な色を提示したかったのです。
音楽を演奏するうえでもっとも大切だと思うこと
私にとっては、「表現すること」がもっとも大事です。「表現」というのは単なる感情を込めるというだけではありません。自分の人生経験でよかったこと、悪かったこと、幸せだったこと、不幸だったこと、そういうことのすべてが今の自分を作り上げていますし、そういう体験が私を音楽家にしているのです。自分の人生経験をもとにして、演奏する際には「自分が言いたいこと」そして「作曲家が言いたいこと」を伝える。それが「表現」です。
もちろん、モーツァルトを演奏するときには、それはモーツァルトの音楽であって、ザビエルの音楽であってはいけません。そこがクラシック音楽の難しいところで、演奏家の主張と作曲家の主張のバランスが大事になります。作曲家の書いたスコアに忠実でなければならないけれども、演奏家自身にも忠実でなければならない。あくまで作曲家の音楽を演奏しながら、そこに「これが自分だ」という演奏家のパーソナリティを表現するということです。
ヤマハハンドメイドフルート イデアルとの出会い
きっかけは、マチュー・デュフォー(ベルリン・フィル首席奏者)が「この楽器はいいぞ」と言って吹かせてくれたことです。数週間後、ヤマハアトリエ大阪でイデアルを試す機会があり、その反応の良さに感銘を受けました。「これは自分の一部だ」と感じましたね。つまり、自分の体の中で共鳴する響きを、その楽器から感じ取れたということです。先ほどお話ししたように、音を作る上で楽器と体というのは切り離せないものですから、こう感じられるということはとても重要なことです。
さらに1週間ほどいくつかのオーケストラでも吹いてみて、購入を決めました。2016年のことで、それがまさに今使っている楽器です。
第一に、私は自分がやりたいことに反応してくれる、楽器から良いレスポンスが返ってくると感じられる楽器を求めます。その意味で、イデアルは私と一緒に音を出してくれるように感じています。私の人間性や個性に寄り添ってくれるし、私が出したい音を手助けしてくれる。とにかく自分にとってしっくりくる楽器という印象です。
イデアルに替えてから変化したことは
何本かのフルートを持っていますが、生涯を共にする楽器を選ぶと決め、何種類かの楽器を試しました。どれも個性があって良いところはそれぞれありますが、どんな時でも安定したコンディションで吹ける、そんなイデアルに出会ったことでストレスフリーになりましたね。
例えば、オーケストラのピッチは日本とヨーロッパ、特にウィーン、ロンドンでは微妙に異なります。以前の楽器では、そういうピッチの差にうまく対応できず、かなりナーバスになっていました。ところが、イデアルに替えてからは楽器が非常に安定しているために、どんなピッチでも自信を持って音のセンターを捉えることが容易になったのです。
もっとも印象的なのは、弱音を吹いたときに音が空中に立ち上って消えていくような感覚でした。しかも他の楽器と音色を混ぜやすい。この楽器の音自体、木製フルートのようにも、銀のフルートのようにも、金のフルートのようにもすることができます。この14金のイデアルは特にサウンドパレットの数が多く、360度どの方向にも行くことができるのです。とにかく自信を持って自分のやりたいことができるし、何より吹いていて楽しい楽器ですね。
《Quel est votre idéal?》――あなたの「理想」は何ですか――
音楽で、自由に自分の考えを表現できることです。それはつまり自分のパーソナリティを聴き手に伝えるということ。
音楽はコミュニケーションであり、音を使ってコミュニケーションを行うのです。そのために、自分自身の音を見つけ、作っていく。それができることが、私の理想です。
文:今泉晃一/写真:武藤章/撮影場所:神戸女学院大学
【ハンドメイド】イデアル
フランス語で“理想”という名を持つフルートは新たな到達点です。ソロ演奏からオーケストラまで、プロ演奏家のシビアな要求にも応える優れた演奏性。ハンドメイドならではの優雅な風格をたたえ、美しいラインで構成された外観。匠の手腕を注ぎ込み、時間をかけて入念に作り込まれた高級感溢れるハンドメイドフルート “イデアル”です。