上野博昭
オーケストラ奏者を目指したきっかけは「あの曲」だった!? そして「フルートは体の前に構える」という言葉の意味は?
京都市交響楽団首席奏者であり、ウインドクインテット・ソノリテのメンバーである上野博昭が、語る。
上野博昭
岐阜市出身。名古屋芸術大学音楽学部器楽科卒業。愛知の主要オーケストラの客演奏者として研鑽を積み2008年大阪交響楽団(旧大阪シンフォニカー交響楽団)にフルート副首席奏者として入団。2012年より大阪フィルハーモニー交響楽団のフルートトップ奏者として入団。2017年2月より京都市交響楽団の首席フルート奏者として就任する。なにわ《オーケストラル》ウインズ、フルートTrio「井上野'z」、WindQuintet SONORITÉの各メンバー。2016年度青山音楽賞(バロックザール賞)を受賞。第10回コンセール・マロニエ21 木管部門第3位。第17回日本木管コンクールフルート部門第2位。フルートを髙木直喜氏に師事。2018年、大和高田市文化会館 さざんかホールにてNHK-FM公開収録「リサイタル・ノヴァ」 に出演。神戸女学院大学、大阪芸術大学講師。
フルートを始めた経緯
フルートを始めたのは中学生のときですが、きっかけは学校の部活ではなく、父の友人が所属していた一般の吹奏楽団でした。それまで吹奏楽はもちろん、クラシック音楽ともほとんど無縁で、父はもっぱら家でジャズや演歌を聴いていました。その影響もあってか父にテナーサックスを薦められたので、最初の数か月はサクソフォンを練習していましたが、あるとき指揮者の方に呼ばれ、唇や歯並びなどを見て「君はフルート」という一声でフルートを吹くことになりました。当時フルートが誰もいなかったので、それも理由のひとつかもしれませんが(笑)。
身近に教えてくれる人もいない状態で、たまにエキストラとして来られる方に手ほどきを受けながら、教則本を買ってきては読み解きつつ、高校2年生くらいまでほぼ独学で勉強していました。
音大を目指すようになったきっかけは
実は父の影響もあり柔道や空手も習っていた事があって、中学3年からは総合格闘技にも力を入れていました。進路を決めるときに「フルートか格闘技か」で悩んだものです(笑)。当時はK-1に出たいとも思っていて、「フルートを吹きながら(格闘技も)できないだろうか」とも考えていました。今考えれば笑い話なんですけれどね。いったんフルートで行くと決めてからは、拳を痛めてしまう危険性もあったので格闘技は一切やめてしまいました。
高校では吹奏楽部にも入っていたのですが、音大に行くと決めてからは、当時セントラル愛知交響楽団で吹いていた髙木直喜先生に習い、本格的に音楽の道を歩むことになりました。
音大を目指したきっかけははっきりとは覚えていないのですが、フルートを始めたくらいから「いつかオーケストラで吹きたい」という気持ちがどこかにあったのではないかと、今では思っています。
というのは、吹奏楽団に入った頃ちょうどドヴォルザークの交響曲第8番に取り組んでいて、勉強のために原曲を聴いたのですが、初めて真剣に聴いたクラシック曲ということもあってすごく感動しました。特にあの第4楽章の有名なフルートソロを聴いて「こんなにすごいことができるんだ」と感銘を受け、それがフルートの魅力にハマった瞬間だったと思います。
ドヴォルザークの8番は今でも好きな曲ですし、ずっと憧れていました。オーケストラで初めて吹いたのは、大阪フィルハーモニー交響楽団に入って試用期間が明けるか明けないかくらいの時期で、「ついに吹けるときが来た!」と感動ものでしたね。夢がかなった瞬間です。指揮の小林研一郎さんに「もっと吹いて、もっと吹いて」と言われて、その辺りからイデアルを吹くきっかけにもつながっています。
そして、京響へ
そもそも「オーケストラに入りたい」ということは音大に入学したときには明確に考えていて、在学中からオーディションがあればどこにでも受けに行っていました。
最初に大阪交響楽団(旧大阪シンフォニカー交響楽団)に副首席として入ったのですが、それではドヴォルザークの8番のソロは吹けない。やはり上を吹きたいという気持ちが強く、たまたまオーディションの日が空き日だった大阪フィルを受けて、今度はトップ奏者として入団することになり、めでたく夢がかなったわけです。
現在所属している京都市交響楽団ですが、清水信貴先生という素晴らしいフルート奏者が引っ張って来られましたし、その前の首席である伊藤公一先生には名古屋芸大時代に大変お世話になっていました。そういう方々がいたオーケストラですから、興味がないわけがありません。「チャンスがあれば」と思ってはいましたが、清水先生が退任されてからエキストラとして呼んでもらう機会も増えてきて、大阪フィルとは違う魅力を感じながら、前任者の音をイメージして吹いていました。そうするうちに少しずつ心が動いてきたような気がします。
京響が地域密着型のオーケストラであるということも大きな魅力のひとつです。去年、市の直営から財団に移管という大きな変化がありましたが、そのとき制定した「京響ビジョン」にも、最初に「身近な存在として、市民に愛され誇りとされるオーケストラ」と書かれています。
実際にお客様との距離感が非常に近く、コロナ前には演奏会の後にレセプションがあって、京響友の会会員の皆さんとオーケストラメンバーが近しくコミュニケーションを取れる場になっていました。そこで直接感想やご意見をいただけるのはとてもいい環境だなと思いますし、和気あいあいと音楽に取り組めていたと感じました。そんな日が早くまた来るといいと願っています。
現在の京響以外の活動としては、木管五重奏のウインドクインテット・ソノリテがまず挙げられます。2020年に予定していたコンサートは新型コロナウイルスの影響により中止になってしまいましたが、何の心配がいらず、多くの人に気持ちよく楽しんでもらえる状況になったときにまた演奏会をすることが、今の目標です。リモートで録音して「おうちでソノリテ」というタイトルで配信していますけれど、リモートはやはり一方通行ですので。
教える際に重視すること
生徒1人ひとりに合った演奏スタイルで楽曲に取り組んでもらうこと、そして音楽のアイディアも一緒に考えながら進めていくことを大切にしています。音楽に対する答えというものは1つではないし、僕自身も変化していますから、1つのことを「これが正しい」と言い続けるつもりはありません。
何よりも、楽器を吹くことを恐れずに楽しんで演奏することが大事だと思っています。もちろん仕事としてシビアなことをやっているわけですが、恐れず楽しむ気持ちは一番忘れてはいけないことです。実はこれについては、アマチュア奏者の方から学ぶことも多いですね。
それから、体の負担にならないよう、無理なく、自然に演奏することも大事です。特に姿勢などには非常に気を使っています。フルートというのは構えるのがとても難しい楽器なので、体の負担になるような奏法で吹き続けると痛みが出てきたり、体の故障にもつながってしまいます。
そのためには「体幹主動」という考え方、つまり体幹から動くということが必要です。体の使い方に関して「人の体の使い方には4種類あって、それぞれのタイプに適した使い方がある」という「4スタンス理論」があり、僕はそのマスター級というライセンスを持っていますが、やはり体の「軸」、つまり体幹が最も重要とされています。
例えば、体を正面に向けたまま、体の横で料理をしないじゃないですか。ご飯を食べるときも、物を書くときも両手は体の前にある。フルートを吹くときも同じように考えます。フルートを体の横に持っていくのではなく、体ごと右を向くことで体の前で構えるように意識し、顔だけ正面を向く。フルートという楽器は構造的に横に構えることになるのですが、そう見えるだけで実は体の前に構えているようにするわけです。
吹奏楽などでよくある、体と顔は真正面を向いたまま楽器を構えるというやり方では、体の横で楽器を操作することになるので、やりにくいのです。結果として左手が遠くなってしまうし、体のどこかに負担がかかることになります。
楽器との関係はどうあるべきか
フルートに限りませんが、特に管楽器は自分の声の代わりと言っていい。ですから、力ずくで操作しようとするとどこかで歪みが出てきてしまいます。楽器と双方から寄り添える方が、良い関係が築けるのではないでしょうか。
具体的に言うと、例えば、息を入れようとしても楽器の限界でそれ以上入らないとか、もっと息を入れないと楽器が鳴らないという状態だったり、逆に楽器のことを考えずにただ吹きたいように吹くだけだと、互いに寄り添えないですよね。
「自分はこういうところが苦手だから、この楽器に助けてもらう」とか、「この楽器だと新しいアイディアがどんどん生まれてくる」というような関係がいいかなと。苦手な部分を補ってくれるような楽器こそが、ベストパートナーと言えるのではないでしょうか。だからこそ、選ぶ楽器は人によって違ってくるわけです。
ヤマハハンドメイドフルート イデアルとの出会い
2013年くらいのことだったと思いますが、発売されて2年目くらいのイデアルを試奏させていただきました。でも、実際に使い始めるまでにはけっこう時間がかかっています。そのときは自分が信じて使っていた別の楽器があり、その楽器とともにいろいろなコンクールやオーディションを潜り抜けてきましたし、念願のドヴォルザークの8番を吹いたのもその楽器でした。オーケストラのカラーにも影響しますから、楽器を替えるのはとても勇気のいることです。だから最初は替えるつもりはありませんでした。
ですがオーケストラでの活動が増えていく中で、自分のアイディアや求めるものも変わっていきます。周りの意見なども参考にしながら、結局はシルバーのイデアル(YFL-897)に替えることになるのですが、その間に前の楽器と交互に吹いたり、本番で使ってみたりして、最初に吹いたときからだいたい1年くらいかかりました。そうやって、お互いにできることとできないことを確認し合っていくという時間が、僕には必要だったのです。
京響に移籍してからは、14Kゴールドのイデアル(YFL-997C)をメインに使うようになりました。京響に来たことで求めるものがまた大きく変わってきたからです。京響がホームとしている京都コンサートホールで、京響というオーケストラの中で響かせるにはゴールドが最適でした。小さい音でも大きい音でも、より遠くまで響かせられる楽器なのかなと思います。
今ではシルバーとゴールドを、そのときに応じて使い分けています。室内楽とか、いぶし銀のような音が求められるときにはシルバーのイデアルを選ぶことが多いです。しかし京響は前任者がずっとゴールドの楽器を吹いていて、周りもそういうイメージを持っているので、ゴールドの方が馴染むんですね。京響の一員としてオーケストラのサウンドを守り続けていかないといけないわけですから、僕自身ずっとシルバーの楽器を吹いてきたのですが、「新たな挑戦」と捉えてゴールドを使ってみることにしましたし、今では替えてよかったと思っています。
イデアルにして変わったこと
いい意味でものすごく変わっていますよ。まず音量的には、以前の倍くらいになっています。ちょっと大げさかもしれませんが(笑)。でもそのおかげで、体はより自然なままでいられるようになりました。
また、楽器に正しい音程感があることは強く感じます。ひとくちに「音程」と言っても、人によって音の取り方も違うので難しい問題です。自分も正しいと思うところで吹いてはいるのですが、周りと差異があるときにすぐに反応できるというか、自由度が高いので身動きのしやすい楽器だと思います。それは音程に限らず、音色とか、ダイナミクスの幅も同様で、できることが多いんですね。
要するに、自分の声に近くなるということでしょうか。「こう吹きたい」というのがそのまま出てくるんです。
オーケストラではいろいろな考え方の指揮者がいろいろな要求をしてくるので、奏者としては直ちに反応できなければいけない。周りとのバランスを保ちながら、自分なりの音楽の解釈や音色、オーケストラの一部としての表現のしかたもガラッと変えなければなりません。そのときに、イデアルの自由度の高さ、応用力の豊かさには本当に助けられています。
もちろん、ソロやアンサンブルなど活動の範囲が広がると求めることも違ってくるのですが、まさに自分がおしゃべりしているように、良い声で歌っているように楽器が響いてくれるところが気に入っています。一緒に成長していけたらいいですね。
《Quel est votre idéal?》――あなたの「理想」は何ですか――
理想としているのは、説得力のある音、説得力のある音楽を奏でられることです。今までの自分の経験として、様々なオーケストラで一流の演奏家と共演してきているわけですが、そういう人たちはみな一本筋の通った演奏で、説得力があるんです。そういう音楽を自分でも理想としたいです。
曲中のソロ1つで、その後の曲の展開が良い方向に行くこともあれば、悪影響を与える可能性もあるので、良い展開につながるような演奏をすることが、「説得力のある演奏」になると思っています。
さらに言えば、聴いている人に楽しんでもらうと同時に自ら楽しむこと。つまり、聴いている人と音楽を共有するということに尽きるかなと思います。そして聴きに来てくれた皆さんが幸せな気持ちで家に帰り、一日を終えられるような演奏ができたら本当に「フルートを吹いていてよかったな」と思えるのではないでしょうか。それもまた理想のひとつです。
文:今泉晃一/写真:武藤章/撮影場所:京都市交響楽団練習場
【ハンドメイド】イデアル
フランス語で“理想”という名を持つフルートは新たな到達点です。ソロ演奏からオーケストラまで、プロ演奏家のシビアな要求にも応える優れた演奏性。ハンドメイドならではの優雅な風格をたたえ、美しいラインで構成された外観。匠の手腕を注ぎ込み、時間をかけて入念に作り込まれた高級感溢れるハンドメイドフルート “イデアル”です。