前田綾子

東京佼成ウインドオーケストラのフルート奏者として吹奏楽ファンにも馴染が深く、ソリストとしても独自の存在感を放つ前田綾子さん。ビジュー、イデアルと使い続けてきたことで「楽器が変われば自分も変わる」を実感しているそうだ。

前田 綾子 Ayako MAEDA

大阪府出身。

神戸女学院大学音楽学部をハンナ・ギューリック・スエヒロ賞受賞し卒業。読売新人演奏会に出演。卒業後1994年より渡仏。パリ・エコール・ノルマル音楽院、フランス・ロマンヴィル国立音楽学校、フランス・オルネー国立音楽学校、パリ20区立音楽院を全て満場一致の首席一等賞を得て卒業。エコール・ノルマルにおいて「最高栄誉賞“スペシャル”」受賞。留学中、パリUFAM国際コンクール、イタリア・クレモナ国際音楽コンクール、パリ・ルテス・フルートコンクール、L.WURMSERパリ・フルートコンクールに優勝。各地でガラ・コンサート等に多数出演。これまでに曽根亮一、佐久間由美子、クリスティアン・ラルデ、工藤重典、ブノワ・フロマンジェ、パトリック・ガロワの各氏に師事。

1997年パリ・サル・コルトーにてソロリサイタル、大阪いずみホールにて帰国リサイタルを開催。以後、数多くリサイタルを行うなか、2001年大阪イシハラホール「スプリング・ガラ・リサイタル」、2006年東京オペラシティ「B→C」リサイタルなど、ホール主催のリサイタルにも多数出演。
1999年大阪でのリサイタルに対し、大阪文化祭奨励賞受賞。

これまでに、シンガポール、台湾などアジア方面においても、ヤマハ株式会社提供によるコンサート、マスタークラスを展開。アンサンブルではフルート・カルテット「キャトル・クルール」のメンバーとして2005年まで活動。また、小澤征爾指揮サイトウキネン・オーケストラ、チョン・ミュンフン指揮アジア・フィルハーモニー管弦楽団の韓国・日本公演、フランス・パイヤール室内管弦楽団の日本公演、水戸室内管弦楽団などにも参加。

2001年より東京佼成ウィンドオーケストラ・フルート奏者。また、洗足学園音楽大学にて客員教授として後進の指導にあたっている。2012年度日本管打・吹奏楽アカデミー賞(演奏部門)受賞。

ソロアルバム「ミニュイ/午前零時」(CACG-1031)、「ピュリティ」(CACG-1071)、「シェ・エム」(XQLA-1001)をリリース。

大学までずっと曽根亮一先生に

中学2年生のときから大学までずっと曽根亮一先生に習っていました。最初はあくまでお稽古でした。高校では美術部に入っていて、そちらの進路を考えたこともありましたが、やはり美術で進むのは難しいということになり、フルートで進学する道を選びました。

神戸女学院大学の雰囲気はすごく好きでしたし、音大ではなく音楽学部なので他の音大とは少し違っていたと思います。練習室のある建物は新しく建てられたものですが、古くからあるヴォ―リズ建築の校舎がとても素敵だったので、いつもそちらで練習していました(当記事第3回、ザビエル・ラックさんの取材の際に神戸女学院内で撮影)。

曽根先生のレッスンは「今日もいいね」で終わることが多く、叱られるとか指摘されるようなことはほとんどありませんでした。自分なりに工夫して練習していくのですが、やはり「うん、いいね。他には?」と言われて。手取り足取り全部教わるという感じではありませんでした。あるときに先生がポツンとおっしゃったのは、「やる子は勝手にやるからね」ということでした。それが、先生の信念だったのかも知れません。

そういうこともあって、当時から憧れていた佐久間由美子さんにレッスンを受けてみたい、と曽根先生に相談したんです。他にも、アラン・マリオン先生やレイモン・ギヨー先生がマスタークラスを行なっていたので、それも受けたいと。そうしたら「どんどん行きなさい」と言ってくださって。だから大学でレッスンは受けていましたが、意識は完全に外に向いていましたね(笑)。

課題は音のボリューム感!?

佐久間先生をはじめいろいろな先生に教えていただくようになって、まず自分に足りないと実感したのは、音の厚みでした。「自分の近くでちょうどいいものではなく、客席でちょうどいいものを作らなくてはならない」ということをよく言われました。
でも自分の音を客席で聴くことはできない。「それでは足りない!」と言われても自分では大きく吹いているつもりで、自分の耳には満足な音で聴こえているんです。でも客席には届かない。絶対的な音量ではなく、「響かせる」ことの大切さを学びました。

わかってきたのは、自分が吹いていて耳に聞こえる雑味のようなものはある意味必要なものだ、ということでした。自分のところで丸くていい音にしようとすると、客席では足りないということになります。
「一度でいいから幽体離脱して、遠くで自分の音を聴きたい」と真剣に思いました(笑)。録音を聴くことはできますが、それも生とは違いますからね。でも録音でわかることもあります。例えばレッスンを録音させてもらうと、先生の音は太くていい音だとわかるし、自分の音はすごく薄く感じるんです。そんなふうに同じ条件で録音したものを聴くことで、差を感じ取ることはできると思います。

後にフランスに留学して工藤重典先生やパトリック・ガロワ先生にも付いたのですが、ホールでのレッスンでは、近くで音を聴かせたり、客席の後ろで聴かせたりして、その差を実感させてくれました。先生方は隣で聴くと熱量がものすごいし、本当に360度響いているんです。決して力んだりしないし、一生懸命吹いている感じではなく、体が響いているという感覚です。フルートを吹くということは「楽器も自分の体も鳴らすことだ」と実感しました。

フランスで巨匠たちに学ぶことに

大学在学中、クリスティアン・ラルデ先生が来日されたときにレッスンを受けさせていただいたら「すごくいいよ。来年から僕のクラスに来なさい」と言われて(笑)。おそらく、フランスに憧れていることを、曽根先生が伝えてくれていたんだと思いますが、「推薦状を送るから、試験を受けなさい」と言われて、大学を卒業した年にフランスに留学しました。
最初は、ラルデ先生に2年間習ってパリ・エコール・ノルマルを卒業するという話だったのですが、1年経ったときに先生に「引退する」と言われてしまって。突然放り出されてしまったようなときに工藤重典先生にばったりお会いして、事情を話したら「大変だね。僕が取ってあげようか?」と救っていただきました。半年間のコースだけでしたが、今に繋がる貴重な経験をさせていただきました。

その後、パトリック・ガロワ先生が審査委員長を務めるフランスのコンクールで1位を取ったときに、「僕のところに来なさい」と言っていただいたんです。もちろん、願ってもないことでした。もう1年間フランスにいることになったので、「それなら」と、演奏が大好きだったブノワ・フロマンジェ先生にプライベートのレッスンをお願いしたところ、当時教えていたパリ20区立音楽院を受けるように勧められて、3年間で4人のプレイヤーに演奏の本質を教えていただきました。

フランス留学の思い出

教え方は先生によってそれぞれですが、レッスンでの言葉ひとつひとつを、まるでスポンジのように吸い込んだ気がします。
中でもフロマンジェ先生の「自分がこだわっていることに、他の人はあまりこだわっていないかもしれない」という言葉は印象に残っています。曲の中で「ここはきちんと吹かないといけない」とか「ここは不安」とかいう部分があったとして、お客様が聴いているのはそんなところではない、という意味です。もちろん自分の課題としては持っていなければなりませんが、それに執着していると総合的にお客様を楽しませることができなくなってしまう。本番でミスしたとしてもそれにこだわりすぎずに、もっと大きな視点で音楽に向かわなければならないとも言えます。

ところで、エコール・ノルマル音楽院は小さくて練習する場所がありませんでしたし、自分が住んでいた部屋も音を出せないケースが多くて、練習したくても練習できない日々が続きました。友だちが長く留守にするときには部屋を貸してくれることもあって、その1人が立花千春さんでした。いつも部屋に置手紙があって、「自由に部屋を使って。冷蔵庫の中のものも全部食べて。電話がかかってきたら適当に『千春はいない』と言って」などと書いてありました。その手紙は今も持っています。

普段練習できないときには、毎日のように美術館に行っていました。同じ美術館に何度も通って、同じ絵の前に座って何時間もレッスンの録音を聴いたり。今から考えると、すごく贅沢な時間ですよね。
留学の時間は、孤独との戦いでもありました。もちろん仲間や先生にはとても恵まれていましたし、出会いもたくさんありましたが、今のようにメールもSNSもありませんでしたし、テレビも買わなかったので、1人で考える時間がたくさんあったことはよかったと思います。

帰国して東京佼成ウインドオーケストラに

日本に戻ってからは、ソロを中心に活動していて、どこかの団体に所属するという考えはまったくありませんでした。フランスでのレッスンもオーケストラスタディなどはやらず、フルートソロのレパートリーを増やすことが主で、自分でもソロが好きだったということもあります。

でもあるとき、サックスの須川展也さんとデュオリサイタルする機会をいただき、そのときに「佼成ウインド、今度オーディションがあるから受けてみたら?」と言われて。自分の中にそういう選択肢はまるでなかったので、最初はちょっと戸惑いましたが、これもご縁だと思って受けてみることにしました。
エキストラに行ったこともないし、オーケストラのオーディションそのものが初めて。「絶対に無理」と思っていたので全く緊張もしませんでした。でも一次、二次、本選、そして通ってしまってびっくり(笑)。
留学したところからそうでしたが、自分が受け入れてもらえるというのはものすごいご縁だと思うんです。そこで行かないという選択肢もありますが、飛び込んでしまうことも大事なのかなと。私自身、それで世界が広がってきたと感じています。

実際に東京佼成ウインドオーケストラに入ってみると、まず座って吹くということが最初の難関でした。それまでほとんど座って吹いたことがなかったんです。ブレスのコントロールとか音の響かせ方が、立って吹くのと座って吹くのでは全然違い、最初の頃は息が全然続かなくて苦労しました。レコーディングのときには、フルートのソロの部分だけ立って吹かせてもらったこともありますよ。
いまだに立って吹く方が好きですね。座るときはすごく意識しないと響かなくなるので、佼成で演奏しているときには、腰を立てて、肋骨を広げて、とずっと姿勢のことばかり考えています。みんなに「姿勢がいいね」と言われるんですが、そうしないとちゃんと吹けないんです(笑)。私の場合、普通にしていると体格的に足でしっかり床に踏ん張れず、足がブラブラしていたら音がまるで安定しないので、足がつるくらい力を入れています。そうしないと上半身が自由にならないんです。

それから、合奏体の中で吹いた経験もあまりなかったので、「何を聴けばみんなに寄って行けるか」などは佼成に入ってからの体験が全てでした。聴こえてくる響きによって試行錯誤するしかなかったです。結果わかったのは「流れに乗ることが大事」ということでした。もちろん場面場面で合わせるべきポイントはあるのですが、流れに乗ることでその場面の空気感がうまく出せたりします。
吹奏楽でのフルートの役割はそのときによって変わりますが、いつも他と同じように聴こえていなければいけないというわけではなく、ときにはスープの中の隠し味的存在でいい。吹奏楽部では「もっと大きく!」と言われることも多く、相談されることも多いですが、フルートはそういう楽器ではないんです。

佼成ウインドで吹いていることによって、そんなふうに学生さんと出会えるようになったことは私にとってとても大きな財産です。部活で一生懸命やっている人たちの役に立ちたいという気持ちが強いんですね。横で吹いてあげると目パッとを輝かせる子がいたり、何も言わなくても私の真似をして吹こうとする子がいたりするのを見ると、こうやって近くで聴いてもらうってすごく大事だなって思います。

ソロの演奏活動

帰国した頃は音大生が取り組むようなクラシックのソロ曲を中心に演奏していましたけれど、今はあまりコンサートで吹きたいと思わないんです。洗足音大ではレッスンでたくさん吹いていますしね(笑)。世の中には素晴らしいフルーティストがたくさんいるので、「別に私がやらなくても…」と思ってしまって。今はむしろ、クラシックファンではない人、フルートを吹かない人でも楽しめる曲を演奏することに興味があります。

佼成ウインドに入って出会った真島俊夫さんや天野正道さんにお願いして曲を作ってもらったりして、レパートリーを増やすことも大事にしてきました。アンサンブルで演奏することも好きなので、櫻舞のお二人とトリオをやったり、立花千春さんがいらっしゃった頃には真島さんに作曲してもらったデュオを演奏したりもしていました。

演奏で大事にしている点は?

大事なのは「バランス」だと思っています。どこかが突出していると、そこだけが強く印象に残ってしまうじゃないですか。逆もそうです。だからプログラミングからステージ衣装、音のひとつひとつまで総合的にバランスが取れていることをいつも意識しています。

お客様にはコンサートの時間全体を楽しんでもらいたいんです。演奏者の世界が見えることも大事だし、音楽的にやりたいことはもちろんいろいろあります。でも聴く人が「もうお腹いっぱい」と感じないように、お客様にとってちょうどいいと感じるようにしたい。ある意味すごく客観的に見てもいますが、絶妙なバランスって本当に難しいので、いつも悩んでいます。

ヤマハハンドメイドフルート イデアルとの出会い

フランス留学を通して、先生方に音色の変化を指摘されることが多く、当時使っていた楽器が自分のしたい表現に対して難しく感じ始めて、悩んでいました。そこで、さらに先に行くために楽器を替えることにしました。その時点でもっと自分がやりたいこと、したい表現を一緒に作っていける楽器を探した結果、ヤマハハンドメイドフルート ビジューに行き着きました。一番のポイントは鳴らすのが難しいところ(笑)。ヴィンテージ楽器なども試したのですが、私には吹きこなせる気がしませんでした。でもそういう古き良き音色感に育てていけそうという意味で、ビジューが合っていると感じました。

3本から選んだのですが、音がフワッとした、あえて一番鳴らない楽器を選びました。よく鳴る楽器を選んで「これで大丈夫」ではなく、鳴りにくい楽器をきちんと操作できるように自分自身も楽器と一緒に育っていきたい。ビジューは力で鳴らせるような楽器ではなく、正しい吹き方をしないと鳴ってくれないので、ある意味「賭け」でもありました。
でも1年経ち、3年、5年と経つうちに、どんどん変化してきました。音色も最初とは全然変わって、「楽器って本当に育つんだなあ」と改めて思いましたね。結局、ビジューは約20年使い続けました。

イデアルに替えたのは、ビジューに不満があったからではありません。でも、時代も変わるし、自分も年を重ねて変わるし、求められるものも変わります。それまでフワッとした柔らかさとか、フルートの優しさという点にこだわってきたわけですが、もうちょっと音色的な画素数を増やしたい、もっと鮮明で緻密な音を求めたいと思うようになったんです。
すでにビジューのためにセッティングされた息になっていたので、最初にイデアルを吹いたときの印象はあまりよくありませんでした。エグみが出るくらいに鳴りすぎてしまうんです。でも、こう考えました。「本気で吹けばそこまで鳴らせる。でも引き算したらもっと柔らかい音も出せる」と。ビジューのときは自分のエネルギーや集中力を2割増し、3割増しにして吹いていました。ところがイデアルなら逆に3割引きくらいで吹いてちょうどいい。だから行きたいときはまだまだ行ける余裕があるし、そこまでエネルギーを使わなくても自由に吹けるということがわかりました。

イデアルはパンと音が立ちあがって、機敏に反応してくれる。だから自分は他のことに集中できる。いろいろな楽器を吹いた結果イデアルを選ぶという学生も増えてきました。生徒を教えるときに、「先生も自分と同じ楽器を使っている」ということほど説得力のあることはないな、と思うといよいよ自分もイデアルが欲しくなって、自分の楽器として使い始めて3年ほどになります。
ただ、「ビジューの柔らかな音が好き」というお客様も大勢いるので、イデアルを吹いていても音の柔らかさも大事にしないといけないなと思っています。イデアルがよく鳴るからといっていつもそれだけでは、お客様も「too much」だと思うので。むしろ鳴る楽器だからこそ、マックスに鳴らす手前でいろいろな表現ができるということなんです。

佼成ウインドで吹いて思うことは、イデアルで思い切り吹いたら存在感は誰にも負けないということ。それも頑張ってエネルギー3割増しで吹くのではなく、100%で吹けばいいだけです。

イデアルを吹くようになって変わったことは?

まず体の使い方が変わりました。楽して吹いているというわけではないのですが、ビジューのときの息の作り方とははっきりと違います。良い悪いではなく、違いを経験できてよかったと感じています。つまり、「楽器が変われば自分も変わる」ということ。それまでの20年間と違うことをしてみたいなと思うようになりました。

イデアルを吹くようになって自由度が飛躍的に増したので、次は「フルートを超えてしまいたい」と感じています(笑)。楽器の都合を超越して、音楽そのものにもっと注目したいということです。
ビジューを吹いていたときは「柔らかいシルクみたい」とか「真珠のような音」とよく言われたのですが、イデアルを使うようになったコンサートで「ダイヤモンドみたい!」「フルートってこんなに鮮やかな音がするんですね!」と言われたんです。それだけ印象が強烈ということなので、さっきお話しした「バランス」を崩してでも、行き過ぎたこともしてみたくなりますね。

《Quel est votre idéal?》――あなたの「理想」は何ですか――

やはり、「フルートの音、という感覚を超える」ことです。フルートという道具を使って人に聴いていただくわけですが、それは結局アートの一部なんです。「フルートらしさ」はもちろん大事ですが、フルートという楽器に対する既成概念を超えたい、そして新しい感覚をもって聴いてもらいたいです。
自分自身でもフルートとか音楽ジャンルにこだわりすぎず、総合的にお客様に楽しんでもらえるということを目指したい。それが全体としての「アート」だと思っています。

文:今泉晃一/写真:武藤章/
撮影場所:ヤマハ銀座店

ヤマハ銀座店2階カフェラウンジ NOTES BY YAMAHA
音・音楽の世界にゆったりと浸れるカフェラウンジ。
ヤマハならではの音楽カルチャーから発想したラウンジフード&ドリンクメニューをお楽しみいただけます。
お問い合わせ先:03-3573-3290
HPアドレス:https://www.yamahamusic.jp/shop/ginza/experience_area/cafe_lounge.html

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製品情報

【ハンドメイド】イデアル

フランス語で“理想”という名を持つフルートは新たな到達点です。ソロ演奏からオーケストラまで、プロ演奏家のシビアな要求にも応える優れた演奏性。ハンドメイドならではの優雅な風格をたたえ、美しいラインで構成された外観。匠の手腕を注ぎ込み、時間をかけて入念に作り込まれた高級感溢れるハンドメイドフルート “イデアル”です。