奥本華菜子

現在、大阪交響楽団で2ndフルート&ピッコロというポジションを務める奥本華菜子さんは、音大を卒業してからドイツ留学を経て、演奏に対する考え方が大きく変化したという。

奥本 華菜子 Kanako Okumoto

広島県出身。
12歳でフルートを始め、広島音楽高等学校、エリザベト音楽大学を卒業後、渡独。ワイマール・フランツリスト音楽大学卒業、同大学院A課程修了。在学中、イエナフィルハーモニー管弦楽団で代理契約団員としてもオーケストラの経験を積む。2007年に帰国。フリーランスとして活動した後、2008年、大阪シンフォニカー交響楽団(現・大阪交響楽団)にフルート・ピッコロ奏者として入団。
第14回日本フルートコンベンションピッコロ部門優勝。
2018年、NHK-FMリサイタルノヴァ出演。
これまでに、アルテンブルク・ゲラ市立劇場フィルハーモニー管弦楽団とフルート協奏曲を、広島交響楽団(日演連新人演奏会)、大阪交響楽団などとピッコロ協奏曲を共演。フルートを中原玲子、小坂哲也、中村めぐみ、ウルフ・ディーター・シャーフの各氏に、ピッコロをベンヤミン・プラク、キリル・ミハイロフの各氏に師事。
現在、大阪交響楽団フルート・ピッコロ奏者。

ドイツ留学のきっかけ

広島のエリザベト音楽大学を卒業した後、ドイツのワイマール・フランツリスト音楽大学に3年間通いました。そのきっかけは、エリザベト音大の3年生のときに、新しく講師として来られた広島交響楽団の中村めぐみ先生に師事したことです。それまで私はかなりのほほんと過ごしていたのですが、自分でそのことに気づいてもいなくて。
「将来どうしたいの?」と聞かれたときに何も言えないような受け身な生徒でしたが、中村先生は「フルートを吹いて生活したいと思うのだったら、オーケストラプレーヤーという道もあるよ」と言ってくださいました。ただ、そのときまではオーケストラの人たちは自分とは違う世界にいると感じていました。でも先生に「努力してみたら?」と言われて「ひょっとしてがんばったら私でもなれるのかな?」と思ってしまって(笑)。「そのためには、もっと広い世界を見た方がいいよ」とも言われました。

中村先生が以前ドイツにいらっしゃったということもあり、向こうの先生を紹介してくださるという話になって、親との話で「卒業後に一度だけ試験を受けるチャンスをもらえる」ことになりました。そこで卒業してすぐに語学学校に行き、2か月ほどドイツにも行って先生にもお会いしたのですが、クラスに空きがなく入試を行なわないことがわかりました。
新たに留学先や先生を探している間に、たまたまワイマールのウルフ・ディーター・シャーフ先生がベルリン放送交響楽団の日本ツアーで来ることになり、そのときにレッスンをしていただいたら、すごく感激してしまいました。ホテルの一室だったのですが、バッハの《パルティータ》のワンフレーズ吹いてくれただけで涙が出てきて、「この先生に付きたい!」と入試を受けて、ワイマールに行くことが決まりました。

ドイツでのレッスンと演奏活動

ドイツでは、まず言葉の壁に突き当たりました。ある程度ドイツ語ができないと学校にも入れてもらえなかったのでそこまでは何とかしたのですが、大学では普通の授業も受けないといけなかったので大変でした。
レッスンでも、何となくわかったような気がすると「はい」と返事をしてしまうのですが、「本当にわかっているのか!辞書を引きなさい!」と言われて、先生の前で電子辞書で調べたら「クソッ!」と書いてあって「ああ、そうでしたか」と(笑)。
シャーフ先生には最初の1年くらい厳しく基礎から叩き直していただいたので、1時間1小節で終わるようなこともありました。「ただ音を出すだけでこんなにいろいろなことを指摘されて、私がこれまでやってきたことは何だったんだろう。この限りある留学期間、時間が足りなさすぎる…」と落ち込んだりもしましたが、今となっては本当に感謝しています。

オーケストラスタディもドイツで始めたのですが、実はそれまでやったことがなくて……。周りには当たり前のようにオーケストラに入りたい人たちがたくさんいて、それぞれ結果を出していく。いろいろ刺激になりました。
それから、日本にいたときには半期で数曲仕上げるくらいのゆっくりしたペースでやっていたのですが、ドイツでは次々に曲を与えられるし、演奏の場もたくさんあって、取り組む曲数が各段に増え、決められた期間内に曲を仕上げるということに関してだいぶ鍛えられました。

ドイツでは、多くの人が音楽的な表現を一番に考えているように感じましたし、それが音になって表れている。アマチュアの方の演奏を聴いても心を動かされる何かがあるんです。私は以前は「間違えないことや耳当たりよく吹くこと」を無意識のうちに目指してしまっていたように思いますが、中村先生と出会いドイツに行って、楽譜に書ききれない曲の持つ世界を音に表現することをより重視したい、もっと感情の揺らぎを共有したいと考えるようになりました。

2年目の途中くらいからは、ワイマールの近くにあるイエナという街のオーケストラにときどき乗るようになりました。初めてのプロオーケストラなので緊張はしましたけれど、みなさんとても温かくて、助けられました。

帰国して大阪交響楽団に入団

大阪交響楽団は14年目になります。このオケは創立41周年で、私と同い年なので勝手に親近感を持っています(笑)。雰囲気も、アットホームな感じがありますね。ここ数年で若い新入団員が増えてきて、全体に若返ってきているところです。
留学を決めた頃から「とにかくオーケストラに入りたい」と思うようになり、日本に帰ってからいくつかオーケストラのオーディションを受けた結果、当時の大阪シンフォニカー、現在の大阪交響楽団(大響)のオーディションに受かって、2ndフルート&ピッコロというポジションで入団することになりました。

いまだに勉強の連続なんですけれど、当時は私がオーケストラというものをまだわかっていなかったと実感させられることばかりでした。「オーケストラの一部として自分がいる」ということを自覚し始めたのも大響に入ってからですね。
それまでは、楽譜に忠実にということは意識していたつもりですが、数十人の中の1つのパーツとしてどうあるべきか…常にバランスが求められていて、その加減が難しいと今でも思っています。

2ndというポジションは、1stが何を感じていて、どうして欲しいのかを汲み取りながら演奏しなければなりません。しかしもちろん、それは1stと自分だけの世界ではなくて、その他の楽器との絡みや、自分の席には聴こえて来ないけれど1stには聴こえている音というものもあります。どこのポジションもそうだと思いますが、常に様々な方向にアンテナを張りながら想像力を働かせたいですし、メンバーや指揮者によってもスタイルが違いますので、毎回ニュートラルな状態ですぐに反応したいと心がけています。1stが心地よく吹けるよう、いいバランスでそこにいられたらいいなと思っています。

オーケストラをやっていて良かったと思う瞬間は、みんなのテンションが同じように盛り上がったり、気持ちを共有できていると感じたときです。ソロではそういう振り幅にも限界がありますけれど、オーケストラは人数も多いので“波”が大きいんですね。また、フルートソロのレパートリーにはない作曲家の作品と出会えることも魅力です。

ピッコロの役割

ピッコロに持ち替えると、2ndとはまた別の役割が必要になります。音程とかもシビアですし、一撃でオーケストラを壊してしまう力がありますから……。でもいいスパイスになれるといいなと思いながら吹いています。2ndとピッコロ、全然違いますけれど、それぞれ楽しんでやっています。

ピッコロを吹くときには、フルートを吹くときよりも息の穴を小さくして、でも脱力して吹くことを心がけています。私はピッコロに持ち替えるのはわりと楽なんですけれど、逆に口を締めたところからフルートに戻すのが難しいと感じています。

ドイツではピッコロのレッスンもありました。レッスンの配分は週にソロ曲が1時間、オーケストラスタディが30分、そして副科でピッコロが30分と決まっていました。日本ではピッコロのレッスンはあまりありませんが、オーケストラに入るには、ピッコロも吹けることが前提になっているように思います。2ndなら必ず吹くことになりますし、1stでもたまにピッコロ持ち替えという曲がありますからね。ですから、副科ピッコロが必須というシステムはとてもありがたかったです。

演奏のとき、教えるときに大事にしていること

やはり、大事なのはまず表現すること。聴いてくださる方の心に訴えかけられる演奏をしたいと思っていて、ただそつなくきれいに吹くのではなく、場面場面で何かを感じ取ってもらえるような演奏ができたらいいですね。でも、その訴えかけるものは全部自分の思いではなくて、まず作曲家が表現したかった世界を楽譜とか作曲の背景などから感じ取って、そこに許される範囲で自分のアイディアを付け加えられたらいいと思います。
シャーフ先生も言われていたことですが、「僕達は職人だ。作曲家の作った芸術作品を再現するために技術を磨くのであって、自分の言いたいことばかりを演奏に込めるべきではない」という意識で、作品を理解したいと思っています。

教えるときにいつも言うことは、「演奏技術は何のために磨くのか」ということです。曲を「こう吹きたい」というイメージに近づけるために練習するのであって、技術だけ、気持ちだけになってほしくない。私自身が、昔はあまり深く考えずに練習していて、技術と表現が別物になっていました。高校生の頃「もっと歌って」とよく言われましたが、自分の気持ち的には歌っていても、技術的にできていなかったり、そもそも技術の使いどころを分かっていないということに気づいていませんでした。でも、この2つがリンクしてこそ演奏が成り立つということを、中村めぐみ先生に習うようになって初めて気づきました。
先生のレッスンではよく、たった1音について「どういうふうに吹こうと思っているの?」と言われるのですが、そこまで緻密に考えていなくて。「この表現を聴かせるにはこのくらいのビブラートが必要」とか「この表現をするために、この技術が必要」ということに気づかせていただきました。

結局、技術は表現するために必要ですが、技術だけ習得しても音楽の引き出しがないと使えない。音楽の引き出しと技術、どちらもバランス良く磨いていくことが本来の姿です。

イデアルを使い始めた理由

私には、やりたいことはあったとしても、音が届かないという悩みがありました。ピアノと合わせるときにピアニストに音量を抑えてもらうことも多くありましたし、オーケストラの中で必要な音量を出そうと思うとかなり頑張って吹かなければなりませんでした。そうすると息がもたなくなって意図しないところでブレスを取ることになったり、力んで音が荒れてしまったり。精神的にも、自分の音は届かないという恐怖が本番で良くない方向に作用していたように思います。音の立ち上がりがどうしても柔らかくなってしまうことも、悩みでした。

そんなときにヤマハハンドメイドフルートイデアルを吹き、驚きました。音の立ち上がりをはっきりとすることもできるし、以前より音量も出ているように思いました。「ストレスフリー!」というのが第一印象でした。以前コンチェルトを吹かせていただいたときにも音量の面で苦労したので、「もっと早くイデアルに出会っていれば」とも思いました。

イデアルの第一印象は音量が大きく聴こえることと立ち上がりの良さでしたが、それだけではなく、ちゃんと弱音とか柔らかい音も出せますし、吹き方や奏者によって音色が様々に変化するところも面白いです。身近なイデアルユーザーの方々の音を聴いて羨んだり、自分の吹き方次第でも音が変わることを実感していて、いろんな意味で振り幅の大きい楽器だと思っています。

あとは、音程も扱いやすいように感じていますし、低音を吹いた時の安定感も魅力です。
私はピッコロから持ち替えるとフルートの低音が不安になりがちなのですが、イデアルでは安心感があります。楽器が安定していて信頼できるので、「あとは自分の問題だな…」と自分自身に集中できるんです。そういう意味でも心強いですね。

シルバーの楽器にゴールドの要素を

楽器は総銀製のH管(YFL-877H)ですが、リッププレートはゴールドで作っていただきました。
イデアルにする前の楽器はゴールドの管体にシルバーのメカという組み合わせだったの と音量に悩みを抱えていたこともあり、イデアルのゴールドも魅力的だったのですが、吹いてみたらシルバーの楽器も気に入り決めました。ただオーケストラではトップの方がゴールドの楽器を使っているので「少しでもゴールドの要素があると音色がより合いやすいかな」と、リッププレートだけゴールドにしてもらったのです。

いまつけているヘッドキャップは金メッキ仕上げにするなど、オリジナルのものよりも重くしてもらっています。

楽器はシルバーでもよく鳴るのですが、こうすることでさらに響きが増すというか、音が遠くに届く印象になりました。

イデアルを吹くようになって変化したこと

オーケストラの中で吹いていて、以前だったら音量が足りないと言われたり、やむを得ず息を頻繁に吸って音量を出していたようなところが、自然な息継ぎで吹けるようになりました。以前より楽に吹けるので、ビブラートをかける余裕もあります。

車に例えると、それまではアクセルを目いっぱい踏まないといけなかったところを、目 一杯踏み込まずに同じように行けるようになったから、余裕がある中でいろいろ考えながら、自分がやりたいことをできる感じです。全力で吹いてしまうと変化をつける余裕がな くなってしまいますからね。高音域の音程も上がりにくいので、助かっています。
また、2ndを吹くときにはいつも「1stの吹き方に寄せたい」と思っていますが、1stの方 の繊細なpにも寄り添いやすい。すごくいろいろなことに対応してくれる楽器なんですね。

私自身、改善したい課題は山ほどありいつも試行錯誤の途中ですが、この楽器と出会ってポジティブな驚きがたくさんありましたし、楽器についてもっと知りたいと思うようにな りました。本当に、イデアルに感謝です。

《Quel est votre idéal?》――あなたの「理想」は何ですか――

これまでお話ししたことと重なりますが、音楽をする上で一番大事なのは表現することだと思っているので、演奏の技術に気を取られずに自分のやりたいこと、つまり音楽に集中できることが理想です。そのためにまず自分の技術を磨き、そこに楽器の助けがあるといいなと思っています。
私が楽器に求めるのは、自分がやりたいこと、表現したいことが、なるべくストレスなくできるということ。そして、そういうことを助けてくれる楽器。その意味で、イデアルは理想に近い楽器と言えます。

文:今泉晃一/写真:武藤章/
撮影場所:フェニーチェ堺(堺市民芸術文化ホール)

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製品情報

【ハンドメイド】イデアル

フランス語で“理想”という名を持つフルートは新たな到達点です。ソロ演奏からオーケストラまで、プロ演奏家のシビアな要求にも応える優れた演奏性。ハンドメイドならではの優雅な風格をたたえ、美しいラインで構成された外観。匠の手腕を注ぎ込み、時間をかけて入念に作り込まれた高級感溢れるハンドメイドフルート “イデアル”です。