2-1-1 オーディオネットワークとは?

「オーディオネットワーク」とは、音響システム構築における“デジタルオーディオ”と“通信ネットワーク”それぞれの技術を組み合わせた伝送方式の呼称です。厳密な定義はありません。オーディオネットワークが生まれた背景には、そのそれぞれの分野における技術発達が大きく関係しています。

プロオーディオの分野では、アナログ機器がデジタル機器に置き換わって行くことによって、音響システムのデジタルオーディオ化が進みました。一方で、通信ネットワークの分野では、インターネットの急速な普及がイーサネットの速度拡大に拍車をかけ、大容量データを短時間に転送できる時代になりました。これら別々の技術の組み合わせにより、高速なイーサネット上で多チャンネル音声データを低遅延伝送できるオーディオネットワーク技術が誕生しました。

2-1-2 様々なオーディオネットワーク規格とAoIP

オーディオネットワークにはDanteの他に異なる特徴を持つ様々な規格があり、そのうち「IP(インターネットプロトコル)」に準拠しているDanteやRavennaなどを『AoIP(Audio over IP)』と呼びます。『AoIP』はインターネット分野の標準プロトコルである「IP」に準拠していることから、汎用性や将来性が高く、またIT分野の技術発展の恩恵を享受できるため、近年大きな注目を集めています。

主なオーディオネットワーク規格

  • AoIP
  • Dante
  • Ravenna
  • Livewire
  • Q-LAN
  • WheatNet
  • CobraNet
  • OPTOCORE
  • SoundGrid
  • EtherSound
  • A-Net
  • AES50
  • RockNet
  • REAC
  • TWINLANe

2-1-3 オーディオネットワークのメリット

Danteをはじめとするオーディオネットワークの普及が急速に進んでいるのは、導入することで得られるメリットが大きいことが理由として上げられるでしょう。オーディオネットワークを導入することで、従来の音響システムが抱えていた様々な課題の多くを、“通信ネットワーク”ならではのアプローチで解決することができます。オーディオネットワークの主な4つのメリットを下記に示します。

1本のケーブル接続で多チャンネル双方向伝送が可能

機器間を1本のLANケーブルで接続するだけで、多チャンネル音声信号などの必要な情報通信が“双方向”で行われます。LAN接続では常に双方向の通信が行われるため、音声信号の入力と出力の方向を意識することなくケーブル接続できます。光ファイバーケーブルによる通信も可能で、主に長距離配線時に使用されます。また、ケーブル配線省力化や軽量化などのメリットも享受できます。

デジタルオーディオによる高音質化

オーディオネットワークでやりとりされる音声信号は全てデジタルデータで処理・伝送されるため、アナログ配線で見られるようなハムノイズの発生や長距離伝送時の音質劣化がありません。大規模なシステムや長距離伝送時でも、音声信号をデジタル化した時点の音質を確保することができます。そのため、従来のアナログシステムに比べて、濁りの少ない、よりクリアで原音に忠実な音質を実現します。

コンピュータとの親和性

コンピュータをオーディオネットワークに接続することで、ソフトウェアを用いた外部からの機器制御にもシームレスに対応します。また、DAWソフトウェアを用いたマルチトラック録音・再生環境を簡単に構築できるソリューションもあります。

ネットワークならではの柔軟なシステム設計

パケット方式やイーサネット、IPといった通信ネットワークにおける技術的な特長を活かすことで、従来のシステムに比べて飛躍的に柔軟かつ効率的なシステム設計が可能となります。これがオーディオネットワークの最大のメリットとも言えます。

2-1-4 映像信号もネットワーク化されてきている

通信ネットワーク技術が応用されている分野は音声だけではありません。IP化の波は映像の分野にも広がっています。音声・映像のネットワーク化については、音声信号の方がデータ量が少なく技術的ハードルが低いため早い段階で進んでいましたが、近年のイーサネット速度拡大と、高速なネットワークスイッチの普及により、映像信号のIPネットワーク化が本格的に始まりました。近年では、『SDVoE』と呼ばれる10Gbps以上のネットワーク上で高精細な映像信号を扱うソリューションが急速に普及しています。また、米国映画テレビ技術者協会SMPTEが標準規格化した『SMPTE ST 2110』により、放送市場における映像と音声のIPネットワーク化の動きが見られます。そのような映像分野のIP化動向に応じて、Audinate社は『Dante AVモジュール』を発表し、既存の音声用Danteネットワーク上で、Dante化した映像信号も同時に扱えるAV over IPソリューション*の提供を推進しています。このように、音声・映像メディアの伝送ソリューションが、いよいよIPネットワークに変革していく時代に突入したと言えるでしょう。

* Audio Video over IP

2-1-5 イーサネットとは? IPとは?

オーディオネットワークを成立させるための重要なネットワーク技術に『イーサネット』や『IP(インターネットプロトコル)』があります。この2つは家庭やオフィスのPCインターネット環境でも利用されている一般的な技術であり、歴史も古く実績もある信頼性の高い通信プロトコルです。

『イーサネット』はLAN(ローカルエリアネットワーク)の通信仕様を定めた規格であり、ネットワーク通信における物理的な通信の基礎を担っています。ネットワークスイッチとLANケーブルを用いたLAN接続そのものや、通信速度の定義など、イーサネットはネットワーク通信における骨格部にあたります。

『IP』はイーサネットの上位に位置する通信仕様を定めた規格であり、イーサネット通信が確立したネットワーク上で、論理的なアドレスである「IPアドレス」に基づいた通信を行う役割を担っています。インターネットのように世界中のコンピュータ間で通信ができる技術がまさにこのIPです。また、IPに準拠しているオーディオネットワークはAoIPと呼ばれます。

これらのネットワーク技術がオーディオネットワークシステムにもたらすのは、従来のシステムに比べて飛躍的に柔軟かつ効率的なシステム設計ソリューションです。それを実現する重要な概念が『パケット方式』と呼ばれる、通信ネットワークにおける基本的なデータ転送技術です。

では、音声伝送において『パケット方式』を用いることで得られるメリットとはどのようなものでしょうか。

2-1-6 パケット方式のメリット

オーディオネットワークにおける「パケット方式」とは、デジタルオーディオデータを含む一連の情報を小さなパケット(小包のようなもの)に分割・格納し、これを送信機器が指定した受信機器の宛先アドレスにネットワークを介して送り届けるというものです。この流れを私達の現実世界の“宅配”に例えると、伝票を貼付した荷物(音声を格納したパケット)を、宅配業者(ネットワーク)を通じて、宛先住所の相手(宛先アドレスの機器)に送り届けることと同義です。宅配業者が荷物に貼付された伝票の住所等の情報のみをアテにして宛先まで届ける、という日常的な考え方を当てはめることができるわけです。

つまり「パケット方式」の世界では、“パケットデータそのもの”が現実世界で言うところの発送伝票と同等の宛先住所や荷物の種類・大きさなどの識別情報を持っているのです。よって、このパケットが持つ識別情報を利用して、ネットワークスイッチといったネットワーク中継デバイスを介した適切なパケット転送が行われるため、間接的な接続でも自由に情報のやりとりが可能になります。よって、「パケット方式」の世界では、一度接続が確立すればケーブルの抜挿をすることなく、任意の機器間で自由にデータ送受信できます。また、LANケーブルとネットワークスイッチはひとつの物理接続で送信・受信を別々に行うことができます(全2重通信と呼ぶ)。

一方でAES/EBU・MADIなどは「Point to Point方式」と呼ばれ、これらには「パケット方式」が持つアドレス情報などの便利な概念がありません。「Point to Point方式」では、送信機器のOUTPUT端子から受信機器のINPUT端子にケーブル接続された一方向に対するデータ送信しかできないのです。専用のオーディオルーター等を使えば、「パケット方式」のような間接的な信号送受信に近い形態になりますが、扱えるチャンネル数は端子の数や機器スペックに依存し、経路変更の際はケーブルパッチ抜挿が必要です。ここにオーディオネットワークと従来の伝送方式との決定的な差異があるのです。1本のケーブルで多チャンネルを伝送できることは重要なことですが、「パケット方式」の技術的な利点や革新性という点では、オーディオネットワークには遠く及ばないと言ってもいいでしょう。

2-1-7 「物理接続」と「機能面の接続」の分離

繰り返しになりますが、「パケット方式」であることのポイントは、ネットワークを介して間接的に接続された機器間でも自由に情報を交換できることです。オーディオネットワーク環境では、必要最低限のネットワークケーブル接続だけを行い、機器間の音声のやりとりは音声パケットが持つアドレス情報を基にして行います。つまり、ネットワーク接続された機器間では、物理的なネットワークケーブル配線(物理接続)と、ソフトウェアで行う音声パッチ設計(機能面の接続)を完全に独立して行えるのです。

物理接続においては、使用環境や機器の数・設置場所に応じてネットワークスイッチを配置し、軽量なLAN・光ケーブルを配線するだけです。仮設・固定どちらの環境であっても、音声の流れに依存することなく、都合の良い物理配線ルートを検討できます。

機能面の接続においては、音声ケーブルパッチ作業がソフトウェアでのパッチ操作に置き換わるため、物理ケーブル配線を意識することなく自由に行うことができます。パッチできる音声のチャンネル数はネットワーク帯域幅に依存しますが、接続した機器の全ての信号をネットワーク上で扱えると考えてよいでしょう。機能面の接続に含まれるのは、音声だけではありません。同期用のクロック信号や、機器間の制御信号のやりとりもパケット方式で行われますので、それらの専用配線も不要です。

2-1-8 オーディオネットワーク採用の最大のメリット

ヤマハではこの「パケット方式」による「物理接続と機能面接続の分離」ができることを、オーディオネットワーク採用の最も重要な要素かつメリットであると考えています。システム規模が大きくなればなるほど、このメリットはさらに拡大します。これらのことから、システム設計手法は劇的に進化し、より合理的で効率的なシステムソリューションの普及が進んでいくでしょう。

さて、これらのメリットはAoIPをはじめとする多くのオーディオネットワーク規格で享受できますが、ではなぜ「Danteなのか?」について新たな疑問が浮かびます。次項からは、「Dante」にフォーカスを当て、Dante特有のテクノロジーやその特長を紹介していきます。

2-1-9 Danteが解決すること

数多くあるオーディオネットワーク規格の中でもDanteが広く普及している理由は、従来の音響システムが抱える課題や問題を、他の規格に比べてとてもシンプルに解決できるからと言ってもいいでしょう。ここからは、従来の音響システムをDanteに置き換えた場合を例に挙げ、どのようにしてシステムの課題を解決していくのか見ていきましょう。

アナログDante

まずは、アナログシステムをDanteシステムに置き換えた場合を考えてみます。

従来のアナログでのマルチチャンネル音声伝送では、太くて重いマルチケーブルや大量の立ち上げケーブルを用いてミキシングコンソールとステージ間を接続していました。また、長距離配線時の信号劣化やノイズ混入も大きな問題になっていました。【アナログ ⇒ Dante】では、この物理配線の部分で決定的な違いが生まれます。

Danteでは“ステージボックス”と呼ばれるDante対応のI/Oラックをマイク入力が必要なステージ側に設置し、Dante対応のミキシングコンソールとネットワーク接続するだけです。F.O.H⇔ステージ間の長距離配線を軽量なネットワークケーブル1本~数本敷設するだけで済み(ステージ上のアナログマルチは多くの場合で必要です)、この配線だけで必要な音声入出力が可能になります。また、ネットワーク上で伝送する距離がどれだけ伸びても、音質劣化の影響を最小限に留めます。従来のような大量のケーブル配線やノイズ対策にかける時間は不要となるのです。

従来のデジタル伝送方式Dante

次に、従来のデジタル伝送方式をDanteに置き換えた場合で考えてみましょう。

MADI・ADATなどのデジタル伝送方式もDante同様、1本のケーブルで多くの音声チャンネルを通すことができます。また、MADI方式ではステージボックスシステムも多く採用されており、音声信号もデジタルデータなので、長距離伝送時の音質劣化やノイズ混入の心配もありません。そのため、そういった物理面の観点ではDanteとの大差はないかもしれません。しかし、やはり従来のデジタル伝送方式には課題があります。

それは、システム規模が大きくなると顕著に現れます。具体的には、機器間の音声パッチ方法に制約があること、専用ワードクロック配線が必要なこと、制御系ネットワークとの親和性が低いことなどが挙げられます。(コンパクトなシステムでは従来のデジタル伝送方式の方がシンプルで便利な場合があるのも確かです)

この課題をもう少し詳しく掘り下げてみましょう。

機器間の音声パッチ方法の制約

従来のデジタル伝送方式では、多くの機器間で、多くの音声信号を入出力するには、各機器間を縦横無尽にケーブル接続する必要があり、システムで扱えるチャンネル規模は機器の端子の数やI/O数に依存します。ハブのように中継できるマトリクスルーターなどの機器もありますが、専用機のため汎用性が低いことや、その中継機のスペックがシステム規模を決定してしまいます。Danteに置き換えることで、パケット化された音声信号をネットワーク上で任意の機器間で自由にやりとりさせることが可能なため、音声パッチ方法の制約はなくなります。

専用ワードクロック配線が必要なこと

従来のデジタル伝送方式では、多くの機器間をデジタル接続することで発生するワードクロックの不安定性やジッターの問題を解決するために、専用クロックジェネレーターの導入と個別配線が必要になる場合があります。このように、音声の流れとは異なる信号配線に気を遣う必要があります。
Danteに置き換えることで、パケット化された同期信号(PTP)が音声と共通のケーブル上を通り、全ての機器間で同期のやりとりが行われるため、専用のワードクロック配線は不要になります。

制御系ネットワークとの親和性が低い

従来のデジタル伝送方式では、ステージボックスのHAリモートや、プロセッサー・アンプのコントロールなどの制御系ネットワークは、音声やワードクロックとは個別の配線が必要で、それがシステム構築のボトルネックになることがあります。
Danteに置き換えることで、パケット化された制御信号が音声と共通のケーブル上を通り、任意の機器間で機器コントロールが行えるようになります。

このように、オーディオネットワークと従来のデジタル伝送技術を比較すると、1本のケーブルで多チャンネル伝送と音質確保が行える点では似ていますが、システム規模が大きくなると、その差異が浮き彫りになってくるのです。オーディオネットワークを導入することで、これら従来のデジタル伝送方式における課題を、簡単に解決できることをご理解いただけたのではないでしょうか。