ネットワークスイッチはDanteシステムの中枢部分を担う重要な役割を果たしており、その使い方や仕組みについて知っておくことは大切です。ネットワークスイッチ基礎編では、スイッチの仕組みや導入のための基準など、基本的な内容について解説していきます。
3-4-1 ネットワークスイッチとは
ネットワークスイッチとはイーサネットによるLAN(ローカルエリアネットワーク)の集線装置のひとつで、インターネットやオフィスのLAN環境で一般的に使用されています。Danteはイーサネットの仕組みの上で機能するため、ネットワークスイッチで動作します。ネットワークスイッチはさまざまな名前で呼ばれており、“スイッチングハブ”や“LANスイッチ”、単に“スイッチ”と呼ばれることもあります。“ハブ”と呼ばれることもありますが、それは一昔前に使用されていた“リピーターハブ”という機器のことを指しており、スイッチとは機能が異なるため適切な呼び方とは言えないでしょう。Danteで使用するスイッチは、MACアドレスを元にパケット転送を行う「L2スイッチ」です。
3-4-2 Danteがスイッチ上で動作する仕組み
では、DanteがL2スイッチ上でどのような仕組みで動作しているのかを見てみましょう。下図のように、Danteの音声データには各レイヤーを経る毎にIPアドレスやMACアドレスが付加されていきます。この処理をカプセル化と呼び、これら一連の動作がパケット化と呼ばれるものです。L2スイッチは、DanteモジュールとDanteパケットのMACアドレス情報を元に、適切なポートにパケットを転送するという処理を行います。
3-4-3 ネットワークスイッチと他のネットワーク機器
ネットワークの世界にはL2スイッチ以外に役割の異なる数種類のデバイスがあります。それらのネットワーク機器は、ネットワーク通信におけるプロトコルの階層構造を体系的に示した概念“ネットワークアーキテクチャー”に当てはめることで、その役割の違いが論理的に明確になり、L2スイッチの役割をより理解しやすくなります。代表的なネットワークアーキテクチャーに「OSI参照モデル」と「TCP/IPプロトコルスタック」があります。OSI参照モデルを例に下図に示します。
上図のように、L2スイッチはL2という言葉通り、Layer2(データリンク層)というネットワーク階層上で機能するネットワーク機器であることを示しています。そのため、L2スイッチは、Layer2で扱うアドレス情報である「MACアドレス」を元にパケットを転送する働きを持ちます。そのパケット転送動作のことをスイッチングと呼ぶことからネットワークスイッチには“スイッチ”という名称が付けられています。L2スイッチは、どのポートにどの機器(MACアドレス)が接続されているのかを記憶しておく「MACアドレステーブル」という機能があり、スイッチはそのテーブルに従って適切なポートへの転送を行っています。L2スイッチの基本的な役割は、実はこのMACアドレスによる高速なスイッチング処理という単純作業をただひたすら繰り返すことなのです。
Layer3(ネットワーク層)にはIPアドレス情報を元にパケット転送を行うルーターとL3スイッチがあります。近年はより高速な転送処理が行えるL3スイッチの普及が進んでいます。DanteはLAN上で動作するため、通常はL3ネットワーク機器をDanteネットワークで使用しませんが、Dante Domain Managerを用いたLayer 3による接続(サブネット超え)の際に使用します。
Layer1(物理層)に属するリピーターハブ(通称:ハブ)は、見た目はL2スイッチに似ていますが、その役割は全く異なります。リピーターハブは、アドレス情報を処理する能力を持たないため、受信したデータを全ポートに転送します。あたかも電源タップのような動作です。そのため、Danteネットワークの構築に使用することはできません。
3-4-4 通信速度(帯域幅)
従来の音響の世界では音声信号量を「チャンネル(ch)」の単位で扱いますが、ネットワークの世界ではデータ量を「bps」で扱います。そのため、オーディオネットワークDanteの世界でも音声データ量を全て「bps」の単位で表すことになります。「bps」について簡単に触れておきましょう。
「bps」(bit per second)はネットワーク上で1秒間に何ビット転送できるかのデータ量を表す最小の基本単位です。Dante端子やネットワークスイッチのポート速度はbpsで表されます。近年主流のネットワークスイッチのポートは1Gbpsが一般的ですが、より高速なものに10Gbpsや40Gbps、100GbpsなどがIEEEによって標準規格化されています。
3-4-5 Danteに適したネットワークスイッチ
では、Danteシステム構築に適したネットワークスイッチとはどのようなものでしょうか。極論を言うと、家電量販店で入手できるような安価なスイッチでも動作はします。しかし、音が止まるようなことがあってはならない業務用途においては、デジタルミキサーなどの業務機器と同クオリティ以上の信頼性を備えた製品を導入することが重要です。Dante用スイッチとして推奨している要素は下記4つです。そのうち必ず満たす必要があるのは、赤文字で示した2つです。
- ノンブロッキングのレイヤー2ギガビットスイッチ
- マネージドスイッチであること
- EEE(省電力イーサネット)を無効化できること
- QoSやIGMP等の最適化機能を搭載していること
赤字で示した2つの条件を満たしていれば、小規模なDanteシステムではまず問題なく動作するでしょう。しかし、中~大規模なDanteシステムにおいては、ネットワーク設計としての領域が多くを占め、必然的にスイッチに求める要素が増えてきます。その場合、スイッチの各種設定を施すためにマネージドスイッチが必要となり、QoSやIGMPなどの機能が求められるようになります。
また、接続するLANコネクターが用途に適しているか、電源を2重化できるか、ファンレスか、などのハードウェア部分の信頼性や、大容量の音声パケットを問題なく転送できる処理能力があるか、など基本的なスペックも無視できません。ここからは、Dante用スイッチとして必要と思われるスペックについてより詳細に説明していきます。
3-4-6 EEE(省電力イーサネット)の無効化
近年のネットワークスイッチの多くは省電力イーサネット機能である『EEE』(Energy Efficient Ethernet)を搭載しています。結論から言いますと、Danteシステムではいかなる場合でも『EEE』機能は無効にしてください。『EEE』機能が作動するとPTPパケットの転送に悪影響がおよび、クロック同期性能が著しく低下し音声が途切れるなどのトラブル発生の原因となります。
『EEE』はGreen Ethernetとも呼ばれ、近年のイーサネット速度拡大に伴う消費電力増大による電力コストを抑えるために、IEEEにより「IEEE802.3az」として規格化された技術です。しかし、音声や映像伝送のようなリアルタイム転送には適しておらず、「EEE」の使用は推奨されません。この機能の無効化は多くのスイッチで行えますが、なかには無効化できないモデルもあるため、とくにオーディオネットワーク用ではない汎用スイッチメーカーから選択する場合は注意が必要です。
3-4-7 ノンブロッキングであること
Danteシステムでは、常時大容量のデータが送受信されるため、ギガビット以上の速度を持つスイッチを使うことは当然ですが、併せて重要な要素が「ノンブロッキング」であることです。ノンブロッキングとは、全てのポートで全帯域幅を使うような重い処理をさせたとしても、全てのパケットを問題なく転送処理できる能力のことです。それができないスイッチはノンブロッキングとは呼べず、スイッチの処理負荷が高まった際にパフォーマンスが低下し、Dante通信に影響が出ると考えられます。ノンブロッキングの条件を満たしているかどうかを判別する指標に、スイッチの処理能力を表す「スイッチング容量」と「パケット転送能力」というスペックがありますので触れておきましょう。
スイッチング容量(スイッチングファブリック、バックプレーン)
スイッチが1秒間に処理できるデータ量を表し、単位はbpsです。右図のように1Gbpsx 8ポートのスイッチの場合、8Gbpsの処理能力だけあれば良いように見えますが、LAN接続は全二重通信という双方向のやりとりを行っているため、その2倍の16Gbpsがノンブロッキングの条件を満たす容量となります。単純な計算方法としては、ポート数を2倍にした数値がスイッチング容量と一致することが目安となります。
スイッチング転送能力
スイッチが1秒間に処理できるパケット数を表し、単位は「pps」(packet per second)です。スイッチの処理負荷に対して大きな影響を与えるのは実はこのパケットの数です。パケット数が多くなるほどスイッチは多くのパケットを転送処理しなければならず、負荷が高まります。パケットサイズは可変長であり、最大1518バイトから最小64バイトと決まっていますので、最小サイズの場合に最も多いパケット数が流れます。
1Gbpsのポートに対して全帯域幅を使い切るパケット数が流れている状態が1Gbpsスイッチの負荷が最も高まります。その高負荷状態において、スイッチがパケット転送処理を問題なく行うことができれば、十分なスイッチング処理能力を持っていることを示します。またそのことを「ワイヤースピード対応」とも呼びます。
* 本来は「フレーム」が正しい表現ですが、本ガイドでは混乱を避けるためパケットという表現にしています。
また、DanteではDanteレイテンシー設定値を短くすると、パケット長が短くなるためパケット数が増加します。そのため、低レイテンシーシステムではスイッチのスイッチング処理能力が試されるというわけでもあります。
必要十分な「スイッチング容量」を持ち、全てのポートがワイヤースピード対応の「スイッチング処理能力」を備えていれば、そのスイッチは“ノンブロッキング”と呼べ、処理能力という点ではDanteシステムで使用するにあたって、問題ないと言えるでしょう。
3-4-8 ポート数
スイッチのポート数も、システムの規模に応じて検討が必要な要素です。一般的なスイッチは8、16、24、48といったポート数を持つため、接続するDante機器数よりも多い、余裕を持ったポート数の導入が望ましいでしょう。Dante機器を分散配置する場合は、複数台のスイッチを各拠点に配置し、スイッチ間を接続することで、必要なポート数を賄えます。空きポート数に余裕を持たせることで、複数台のPCを接続したり、Dante機器の追加や将来の増設が容易になります。光ファイバー接続によるスター型トポロジーを構築する場合は、SFPポートを3つ以上搭載したモデルを導入することで、10Gbpsのような広帯域バックボーンを持つ大規模ネットワーク構築が容易になります。etherCON端子を搭載したモデルはポートの専有面積が大きいため1台あたりのポート数が少なくなり、ポート単価が高くなる傾向にあります。
3-4-9 etherCON、opticalCON端子
仮設SRやケーブル抜き挿しの多い用途ではNeutrik社製etherCONやopticalCON端子を搭載したスイッチが堅牢性の観点では安全です。用途に応じて最適なモデルを導入してください。固定設備のラック内配線用スイッチをRJ45、そのスイッチと組み合わせる移動用スイッチをetherCONにするといったふうに、混在させることも可能です。
3-4-10 PoE(Power over Ethernet)対応スイッチ
少ない入出力を担う「Dante Ultimoモジュール」を搭載した小型Dante機器の多くが、LANケーブル上で電源供給を行えるPoE(Power over Ethernet)に対応しています。そのようなPoE対応Dante機器をスイッチと接続して動作させるためには、PoEに対応したスイッチが必要です。
PoEは給電できる電力量の違いで規格が異なります。PoE(IEEE802.3af)は15.4W出力、さらに大きな給電が可能なPoE+(IEEE802.3at)は30Wの電力を出力できます。受電する側の機器が必要な電力量に応じて、対応するPoEスイッチを選択してください。
3-4-11 マネージドスイッチとアンマネージドスイッチ
VLANやQoSなど、スイッチが持つ管理機能にPC等でアクセスしてマネージメントできるものを「マネージドスイッチ」と呼び、それらの設定ができないものを「アンマネージドスイッチ」と呼びます。小規模なネットワークや、ネットワークエッジ(中心から離れた末端にあたる領域)ではアンマネージドスイッチでも問題はありませんが、中~大規模なネットワークを構築する場合や、仮設SR・レンタルなどの用途で、使用環境に応じてVLAN構成等を変えるなどの設定変更が必要な場合は、マネージドスイッチが必要です。
アンマネージドスイッチを使用する場合は、必ずEEEが搭載されていないモデルを選択してください。EEEを無効にできない場合、確実に不具合が発生します。
マネージドスイッチを用いることで、QoSによる同期の安定化、IGMPスヌーピングによるマルチキャストフローの最適化、VLANを用いた論理ネットワークの構築、スパニングツリーを用いたスイッチリダンダンシー、モニタリングソフトウェアを用いたスイッチ負荷の監視など、各スイッチメーカーが提供する様々なネットワーク管理機能を使うことができます。
自動最適化機能の活用
マネージドスイッチの各種設定は一般的にネットワークエンジニアが行うものであり、音響技術者にとってはかなりハードルが高いものです。近年のマネージドスイッチはWEBブラウザで表示できるGUIによって、各種設定が行える製品も増えてきていますが、より高度な設定を施すにはCLI(コマンドライン)と呼ばれるコマンドプロンプトのような画面に、文字列のみで命令を記述していくような領域に達します。さすがにここまで来るとお手上げになる方も多いでしょう。そのため、プロオーディオ市場には、ヤマハSWPシリーズやLuminex社製スイッチのように、音響技術者でもわかりやすく使えるよう、Dante最適化機能を自動的に施す機能を備えた製品が流通しています。これらの製品を使うことで、スイッチの使い方に頭を悩ますことなく、より安全にDanteシステムを構築することできます。
3-4-12 スイッチのリダンダンシー
ネットワークスイッチはDanteシステムにおける心臓部にあたるので、スイッチの故障はネットワーク全てに致命的な影響を与えます。そのため、スイッチ本体のリダンダンシーによって、システムの耐久性を高めることを推奨しています。また、スイッチが持つスパニングツリーやリンクアグリゲーション機能を用いたリダンダンシーを構築することも可能です。また、電源を2重化できるスイッチの選択も耐久性の面では有効でしょう。
Dante標準リダンダンシー
Danteが持つPrimary/Secondaryネットワークそれぞれに別々のスイッチを配置するリダンダント接続が最も安心できる方法です。1台のスイッチでVLANを用いてそれぞれのネットワークを接続できますが、それではスイッチ本体のリダンダンシーになりません。
スイッチのリダンダンシー(スパニングツリー、リンクアグリゲーション)
「スパニングツリー」によるスイッチネットワークリダンダンシーは、Dante Primary/Secondary以外のネットワーク(制御や映像)も含む、統合された大規模VLANネットワークを冗長化する際に有効な手段です。スパニングツリーは、Danteに限らず大規模なITネットワークで用いられる一般的なリダンダンシー手段のひとつですが、その設定にはネットワークの専門知識が必要です。
「リンクアグリゲーション」はスイッチ間を複数の物理リンクで接続し、それをひとつに束ねた論理リンクとしてみなすことができる技術です。スイッチ間のケーブルリダンダンシーとしてだけでなく、帯域幅の拡張にも活用されます。詳細は「ネットワークスイッチ応用編」を参照ください。
3-4-13 10Gbpsアップリンクの活用
Danteは1Gbpsのリンクに対し512ch@48kHz / 256ch@96kHzを通すことができますが、近年は96kHz伝送による多チャンネル伝送の需要が高まりつつあり、ひとつのリンクに256ch@96kHz以上のチャンネルが通ることも珍しくありません。それ以上のチャンネル数を扱うには、より高速なポートを用意する必要があります。イーサネットでは、1Gbps(IEEE802.3ab)の次に高速な規格として10Gbps(IEEE802.3aeなど)が規定されています。
一般的に256ch以上の大量のチャンネルが通る経路は、ネットワークスイッチ同士を接続するスイッチ間にあたります。そのため、スイッチ間リンク接続ポートに10Gbpsのアップリンクポートを持つモデルを導入することで、より多チャンネルな用途にも対応することができます。
3-4-14 ネットワークスイッチ選択のポイントまとめ
ここまで、ネットワークスイッチの仕組みや導入のための基準について説明してきました。
それらの情報を下表にまとめます。Dante用スイッチ導入にむけて参考にしてください。
必須条件
- ノンブロッキングのレイヤー2ギガビットスイッチ(十分な帯域を持つ業務用スイッチ)
- EEE(省電力イーサネット)を無効にできること
Dante最適化機能
- マネージドスイッチであること ⇒ スイッチの管理機能を使用する
- QoS(DSCP)に対応していること ⇒ PTPパケットを優先転送し同期を安定させる
- IGMPスヌーピングに対応していること ⇒ マルチキャストフロー転送先を最適化する
* QoS、IGMPスヌーピングの詳細は「ネットワークスイッチ応用編」を参照ください
さらに便利になる機能
- 光ファイバー伝送(SFPポート、業務用光接続端子)に対応していること
- LANコネクターに堅牢性が必要な場合はetherCON端子を装備していること
- Dante伝送と同時に電源供給も行いたい場合はPoEに対応していること
- 電源を2重化できること
- スイッチによるリダンダンシーであるLAGやSTP機能に対応していること
- 1Gbps以上の帯域を必要とする場合は10Gbpsのポートを搭載していること
- 大規模システム設計で必要となるVLANなどの高度な各種管理機能を備えていること
ポイントを挙げてみると多いように思いますが、業務用スイッチであればその多くで条件を満たしています。ただ、注意しなければならないのは、QoS、IGMP、VLANなどのスイッチ管理機能をユーザー自身がマニュアルで設定する必要があるのか、自動的に行なってくれるのかを考慮し、用途に適したモデルを選択する必要があることです。ネットワークの専門家であれば問題ありませんが、そうでない場合は自動的に設定されるスイッチを選択することをおすすめします。
TIPS
64ch入出力のDante I/Oなのになぜ1Gbpsが必要?
Dante Brooklyn IIモジュール搭載機器の場合、48kHz時に64chしか入出力されないということで1Gbpsも不要であり、100Mbpsで使用帯域幅が足りるように思えますが、実はそうではありません。Dante Brooklyn IIモジュールではユニキャストフローを最大32出力できるため、その場合32フローx 4ch = 128ch(例:32chのユニキャストを4分岐)が1本のLANケーブル上に通ることになるので、100Mbpsでは足りなくなってしまうのです。