Danteシステムをはじめ、オーディオネットワークシステムで必ず課題のひとつとして挙がるのがネットワーク伝送路で発生するレイテンシー(遅延)です。レイテンシー基礎編では、レイテンシーの基本的な考え方とDanteレイテンシーの設定方法について解説していきます。

3-3-1 レイテンシーについて考慮する必要性

お使いのDanteシステムが安定動作し、音声が問題なく出力されていたとしても、その音声信号が常にレイテンシーの影響を受けていることを考慮しなくてはなりません。Danteをはじめとするオーディオネットワークでは、パケットの形で音声を伝送する仕組み上、必ず一定以上のネットワーク処理によるレイテンシーが発生し、出力される拡声音は”常に音声の遅れ“の影響を受け続けます。とくにリアルタイム性が求められるライブサウンドのステージモニター環境などでは、このレイテンシーがしばしば問題になります。
Danteを開発したAudinate社をはじめ、オーディオネットワークを開発する各社は、この回避できないレイテンシーについて、高音質な信号を多チャンネル扱う場合でも、低レイテンシーかつネットワークを効率的に動作させるために、様々な工夫を行い各々の規格で最適化しています。そのような各社の努力やネットワーク機器の性能向上により、実使用で問題が起きない範囲の低レイテンシー伝送が実現しています。
しかし、レイテンシーはゼロになることはなく、上手く付き合っていかなければならないのが実情です。レイテンシーは実使用上でのサウンド即応性だけでなく、ネットワークの動作パフォーマンスにも関わってきますので、正しく理解しておくことで、より安定したシステム構築の助けになります。

3-3-2 Danteレイテンシーとは?

Danteレイテンシーについて考えていきましょう。一般的なDanteシステムではコンソールとI/Oデバイスをネットワーク接続しますが、I/OデバイスからコンソールにDante経由で音声を立ち上げる際や、コンソールからI/Oデバイスに音声を出力する際など、Danteネットワークを一度通る毎に、ある固定値のDanteレイテンシーが加算されていきます。低レイテンシーを実現するには、Danteレイテンシー値そのものを短縮するか、Danteネットワークを経由する回数を減らす、などが唯一の道のりとなります。
そもそもリアルタイム性が重要なライブサウンド用ソリューションなのに、なぜ一定値以上のレイテンシーが必要になるのでしょうか。次項から、Danteレイテンシーに関する基本概念やメカニズムについて触れていきます。

3-3-3 Danteレイテンシーの基本概念

Danteレイテンシーの基本概念は

  • 音声はDanteネットワークを経由する毎に、ユーザーが任意で設定した固定レイテンシー値に従って遅延する
  • ユーザーが指定した固定レイテンシー値以内に、音声パケットが到達すること

というものです。
オーディオネットワークのレイテンシーの概念では、ユーザーが指定して実際に音声信号が受ける「固定レイテンシー値」と、「音声パケットの遅延値」は区別しなければなりません。

まず、音声パケットの遅延について解説します。
オーディオネットワークの音声パケット伝送では、パケット化遅延(送信機のオーディオデータを音声パケットに変換する遅延時間)と、ネットワーク遅延(音声パケットがネットワーク経路を通過して受信機に到達する遅延時間)、これらを合算した遅延が発生します。これを『パケット遅延』と呼びます。この「パケット遅延」のうち、前者のパケット化遅延は開発者が設計段階でコントロールできるため、計算で求めることができる固定値となります。一方でネットワーク遅延はネットワークの状況(ネットワークスイッチの台数やネットワークのパフォーマンス)によって常にゆらゆらと前後します。音声伝送において、いつ届くか予測できない音声パケットを待ってから再生するようではシステムが成り立ちませんので、Danteではパケット遅延値よりも長い「固定値のDanteレイテンシー」を機器毎に設定する方式をとることで、一定しない厄介なパケット遅延の振る舞いを吸収します。そして、Danteレイテンシー設定値より早く届いた音声パケットは、Danteモジュール上で音声データ化され、再生されるべきタイミング(ユーザーが設定したDanteレイテンシー値)までバッファーされ再生されます。そのタイミングをピッタリ合わせている技術がPTP同期です。異なるDante機器間でも正確な一定タイミングで音声出力されるのもこの仕組みによるものです。
Danteレイテンシーの設定とはつまるところ、どうせ音声パケットは遅れて到達するものだから、音声パケットが無事に到達できる猶予を与えている、と言えるわけですね。

3-3-4 Danteレイテンシー設定は固定値からの選択式

Danteレイテンシー設定は「0.25 / 0.50 / 1.00 / 2.00 / 5.00 msec」の選択肢から選ぶ方式です。Danteレイテンシー設定においてユーザーが行えるのは、実はこの選択肢から選ぶことだけです。音声データはDanteネットワークを経由する毎に、このDanteレイテンシー値の分だけ遅延します。ヤマハCLシリーズなどは初期値が「1.00 msec」に設定されているため、CLシリーズとRシリーズの間のDanteネットワークを計2回通れば、合計で「2.00 msec」のレイテンシーとなります。Danteは固定値のレイテンシー値を選択する方式。

3-3-5 Danteレイテンシー設定方法

Danteレイテンシー設定は、Dante Controllerから行う方法と、各Dante機器本体で行う方法の2種類があります。Dante機器本体で設定できる機種は限られるため、Dante Controllerで設定できる環境の準備が望ましいでしょう。

3-3-6 ヤマハ機器におけるDanteレイテンシー設定

ヤマハCL/QLシリーズなどではミキサー本体の画面で設定できます。また、接続しているRシリーズのDanteレイテンシーも一括で共通化する機能が含まれています。CL/QLシリーズをはじめとする多くの機器のDanteレイテンシー初期値は1.00msecに設定されていますので、遅延がシビアではない用途では初期設定でも問題なく使用できるでしょう。もし、遅延が問題になりそうな場合は、1.00msecよりも短い0.50msecまたは最短の0.25msecを選択します。さてここでひとつ疑問が浮かびます。なぜ初期設定が最短のレイテンシー値にされておらず、なぜ複数の選択肢があるのでしょう。

3-3-7 Danteレイテンシー設定の基準

Danteレイテンシー設定に複数の選択肢がある理由を説明します。音声パケットがネットワークスイッチで転送される際の処理では「パケット遅延」が加算されます。経由するスイッチの数が増えればさらに「パケット遅延」が加算されます。スイッチが推奨数以上になると最悪の場合、「パケット遅延値」がDanteレイテンシー値を超えます。すると、音声パケットがDanteレイテンシー値以内に到達できなくなり、パケットロスが発生し音声が正常に再生されなくなります。
そのため、経由するネットワークスイッチの数が少なければ短いDanteレイテンシー、スイッチの数が多ければ長めのDanteレイテンシーを選択します。選択の目安として、Danteレイテンシー設定画面に、そのスイッチの数が明記されていますので、選択の際は必ず参考にしてください。初期設定の1.00msecでは最大10台のギガビットスイッチを経由することができます。

* Dante Domain Manager使用時は最長40msecのレイテンシー設定が可能

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Danteシステムを構築すると、様々な経路上に何台ものネットワークスイッチが接続されます。大規模システムになるとその数はさらに増えますが、システム全体のスイッチの数を考慮する必要はありません。実際に音声パケットが通過する経路上のスイッチのみカウントしてください。

注意点としては、CL/QLシリーズ表示とDante Controller表示では、同じDanteレイテンシー値でも経由できるスイッチの推奨数が異なって見えることです。CL/QLシリーズは2台少なく表記されています。その理由は、CLシリーズとRシリーズはDanteポート部にネットワークスイッチを内蔵しており、その2台分を除いた表記になっているためです。
CL/QLシリーズに限らず、デイジーチェーン接続できる機種はDanteポート部にネットワークスイッチを内蔵していますので、Dante Controller表示でスイッチを数える場合はその内蔵スイッチも含めなくてはなりません。そのため、デイジーチェーン接続時も、Dante機器本体をスイッチとみなしてカウントする必要があります。
デイジーチェーンシステムで接続数が多い場合は、スイッチが推奨数を超えていないか確認が必要です。(例:アンプラック内でデイジーチェーン接続した場合など)

3-3-9 システムレイテンシー

DanteシステムではDanteレイテンシーに限らず様々な経路でレイテンシーが発生します。それら全てのレイテンシー合計値を把握しておくことは、低遅延なシステム設計においてとても重要なことです。
Danteシステムの音声は全てデジタルデータで処理されるため、入口のADコンバーター、各機器のDSP処理、出口のDAコンバーターなどでもレイテンシーが加わります。Danteレイテンシーについては、一般的にI/Oラックからコンソールに立ち上がる経路と、コンソールからアンプやプロセッサーに出力する経路があります。場合によってはDanteネットワークを3回以上経由することもあります。これらのレイテンシーを全て合算したトータルの時間が、最終的なシステムレイテンシーです。システム設計の際、このレイテンシーをできるだけ短縮したいものです。
AD/DAコンバーターのレイテンシーは、システムのサンプリング周波数に依存します。一般的に48kHzで約2msecで、96kHzでは半分の約1msecまで短縮できます。DSP処理レイテンシーについては元々が大きな値でない場合は無視してもよいでしょう。プロセッサーやDSP内蔵パワーアンプで特殊なフィルターを用いている場合は、システムレイテンシーの多くを占めるかもしれません。

Danteレイテンシーは初期値の1.00msecから最短の0.25msecまで短縮できます。しかし、0.25msec設定で推奨されるスイッチの数は1台(機器内蔵のスイッチを除く)で、これではシステム規模がかなり制限されます。現実的なシステムでは2台以上のスイッチが介在することが多いため、それでも最短の0.25msecまで遅延を留めたいところが本音です。条件にも依りますが、それは可能だと考えています。その場合のネットワーク動作のパフォーマンスやシステムの安定性、パケットロスのリスクなどは無いのか、その判断を行うためのノウハウがあります。それについては「レイテンシー 応用編」にて解説いたします。