多くのDante機器ユーザーにとって「SMPTE ST 2110」と呼ばれる伝送規格名は聞き馴染みの少ない言葉でしょう。SMPTE ST 2110は、音声信号を送るためだけの単なるオーディオネットワーク規格ではなく、映像信号や補助データなどの役割の異なるメディアを同時に伝送できるIPネットワーク準拠の標準規格であり、主に放送局設備での運用を前提に設計されています。
オーディオネットワーク規格である「Dante」は、この標準規格であるSMPTE ST 2110との相互接続を行うための拡張機能を備えています。それにより、異なる規格同士でありながら、同じネットワーク上にあるDante機器とSMPTE ST 2110機器との間で音声信号のやりとりを行うことができます。
これは、Danteというひとつの独自規格が、標準規格を介することで広い拡張性を持ち、投資対効果の高い将来性を備えている一面を示していますが、SMPTE ST 2110はライブサウンドや音響設備などの”音”を主に扱うDante機器ユーザー・システム設計者にとっては必須のものではありません。実際のところ、放送局を除くプロオーディオ業界の技術者がSMPTE ST 2110との接続機会に巡り合うことは稀なことでしょう。しかし、オーディオを含むメディア伝送の形態が将来どのように変化していくのかを正確に予測することはできず、SMPTE ST 2110で構築された設備との接続が必要な場面が将来的に訪れないとも限らないでしょう。お持ちのDante機器が持つ将来の可能性を閉ざすことなく、どのような能力を秘めているのかを知っておくことは、結果として有益に働くかもしれません。
本ガイドは、Dante機器とSMPTE ST 2110機器の接続を将来的に検討されている方や、その可能性を感じられている方を対象に、Dante機器ユーザーの目線で、SMPTE ST 2110機器と接続するために必要となる知識や方法についてわかりやすく説明しています。
また、本ガイドは放送局等の既存のSMPTE ST 2110環境におけるSMPTE ST 2110機器との接続方法を、具体的にイメージしながら理解しやすいようにわかりやすく解説することを目的としています。一般的にプロオーディオ技術者がSMPTE ST 2110の基幹ネットワークを構築することは想定されていないため、その設計方法については触れておりません。
4-11-1 SMPTE ST 2110規格について
SMPTE ST 2110は国際的な標準化団体であるSMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers:米国映画テレビ技術者協会)が、2017年に放送局市場向けにIPネットワーク上でのメディア伝送の方式を定めた標準規格の一つです。Professional Media Over Managed IP Networksと表されることもあります。SMPTE ST 2110は放送局の番組制作のワークフローに最適化されており、汎用的なIPネットワークを介して、映像・音声・補助データといった各種メディア伝送を、個別の同期したストリーム*として扱えることが大きな特長です。
* ストリーム: ネットワーク上におけるメディアの一連の流れの単位を表し、Danteではフローという名称で表現されています。
従来の放送局のメディア伝送では同軸ケーブルとBNC端子を用いてデジタル映像信号と音声信号を同時に伝送できるSDI規格(Serial Digital Interface)が主流で、音声信号に限定すればMADIやAES/EBUなどの国際的なデジタルオーディオ標準規格が多く利用されていましたが、従来の方式には伝送速度の制限や拡張性の限界など多くの課題がありました。その一方で、インターネットを代表例にIT分野では著しい技術発展が見られ、IPネットワークの汎用性の高さはさることながら、とりわけイーサネット規格の伝送速度の進歩はめざましく、さまざまなメディア伝送をネットワーク方式に移行する動きが見られました。例として、従来のSDI規格をパケット方式に変換してIPネットワーク上で扱うことができる標準規格SMPTE ST 2022-6が登場し、放送局を中心に移行が進みました。このようなIP化が推し進められるなか新たな課題も生まれました。例えば、SMPTE ST 2022-6ではSDI信号に含まれる映像と音声をまとめてパケット化する方式のため、個々のメディアを個別に取り出したい場面では非効率でした。
また、音声単独での伝送方式としてはDante/Ravennaなどに対応した機器が市場に登場し、音声部分のIP化も推進されました。しかし、そのようなネットワーク方式の採用が進んでも放送局の番組制作現場における伝送方式はさまざまな規格が混在している状況で、実際の運用フローの効率を高めるものではありませんでした。そのような変遷を経て、放送局設備において従来の方式が持つさまざまな課題を包括的に解決する新たなソリューションとして、映像・音声・補助データを個別に扱うことができるSMPTE ST 2110が登場しました。
SMPTE ST 2110は放送局を中心に移行が推進されていますが、従来の方式からの転換に向けて各局でもさまざまな課題やハードルがあり、急速な浸透には至っておらず、現在はその過渡期と捉えてよいでしょう。
放送局の世界がそのような伝送方式の転換の最中にある一方で、ライブサウンドやホール・劇場音響設備などの世界では、”音”を主に伝送するIP伝送規格としてDanteが業界標準と呼ばれるほどに広く普及しました。そこで気になるのが、”音”の伝送のためだけに独自規格のDanteから、統一されつつある標準規格に乗り換えることに利点があるのかどうかです。しかし、SMPTE ST 2110は放送局のワークフローに即して映像信号も同時に伝送することを想定した規格のため、”音”だけの伝送に用いるには不向きでしょう。さらに、標準対応する音響機器はほとんど無いため、既存のDante環境をSMPTE ST 2110に置き換える必要は現実的にほとんどないと考えられます。
4-11-2 SMPTE ST 2110-30規格について
SMPTE ST 2110という規格名称は、放送局の番組制作で必要となる同期・映像・音声・補助データの、メディア毎に規定した各規格をまとめた総称のことです。それぞれは以下のように末尾に数字を足した別々の規格として規定されており、音声に関する規格は「SMPTE ST 2110-30」*と呼ばれます。
* 末尾の「-30」は「ダッシュ30」と呼びます。
SMPTE ST 2110を構成する各規格(一部のみ掲載)
規格名称 |
メディア |
詳細 |
SMPTE ST 2110-10 |
同期 |
全てのシステムコンポーネント間のタイミングを定義 |
SMPTE ST 2110-20 |
映像 |
非圧縮ビデオ信号の転送について定義 |
SMPTE ST 2110-30 |
音声 |
PCM非圧縮デジタルオーディオの転送について定義 |
SMPTE ST 2110-40 |
制御 |
補助データ(アンシラリーデータ)の転送について定義 |
SMPTE ST 2110は上記のようにメディア毎に厳密に伝送方式が規定されており、それぞれが異なる役割を担います。このうち、Dante機器に関係し、互換性を持つのは音声信号に関する規格であるSMPTE ST 2110-30の部分です。SMPTE ST 2110-30では、SMPTE ST 2110システムでやりとりするオーディオストリームのフォーマットやチャンネル数、サンプリング周波数、レイテンシーなどの要件を規定しています。Dante機器をSMPTE ST 2110-30機器と接続する際、Dante機器はSMPTE ST 2110-30の規定に従うことになります。
一方、SMPTE ST 2110の主要メディアである映像信号はSMPTE ST 2110-20という規格名称で伝送方式が規定されており、音声信号とは完全に独立した方式となるため、ネットワーク上では別々のパケットとして扱われます。
ネットワーク機器間の時刻同期の手法については、DanteではPTPv1が利用されていますが、SMPTE ST 2110ではPTPv2が利用されます。PTPv2規格には産業分野別にそれぞれの特性に応じたプロファイルが用意されており、SMPTE ST 2110-10では映像・音声の同期として定義されている「SMPTE ST 2059-2」と呼ばれるPTPv2プロファイルの使用について規定しています。よって、SMPTE ST 2110-30では同期方式としてSMPTE ST 2059-2に準拠したPTPv2が利用されます。
本ガイドではSMPTE ST2110-30の解説に絞り、他の規格の詳細については割愛いたします。
また、音声に関して規定されている規格には他にもSMPTE ST 2110-31がありますが、本ガイドでは割愛いたします。
TIPS
近年Audinate社はDanteオーディオネットワーク上で映像信号も同時に扱うネットワークソリューションとして「Dante AV」を提唱しています。ですが、Dante AVで扱われる映像フォーマットはSMPTE ST 2110に準拠しておらず、互換性はありません。同じく、映像と音声を同時に扱うAV over IP規格として「SDVoE(Software-defined video over Ethernet)」が国際的な標準規格として提唱されていますが、対象がProAV市場であり、使用されるシチュエーションとそのメリットは異なります。
4-11-3 独自規格Danteと標準規格の関係
「SMPTE ST 2110」が標準規格であることに対して、馴染みある「Dante」はAudinate社によって開発された独自のAoIP規格です。独自のAoIP規格には他にRavennaやQ-LANなどがあります。これら独自AoIP規格の特長は、各規格固有のメリットがあることはさることながら、プラグアンドプレイで扱いやすいことや親切なソフトウェアが用意されていること、対応機器同士の互換性が確保され、その規格を採用している機器のメーカーが異なっていても機器間の接続が容易であることなどの共通点があります。
これらの特長により独自AoIP規格は、同一の規格内であれば非常に扱いやすいツールとしてどなたでも簡単に利用でき、どの規格を比較しても実用面において大差は無いでしょう。
しかし、何らかの事情により、異なる独自AoIP規格の機器同士の音声信号を同一ネットワーク上で接続する必要がある場合、仕組みが異なるためそのままではやりとりができません。そこで、これらの異なるAoIP規格間で音声接続の互換性を持たせるために生まれたのが「AES67」です。AES67は標準化団体のひとつであるAES(Audio Engineering Society)により定められた標準規格です。AES67はDanteやRavennaなどの各AoIP規格の拡張機能のひとつとして備わっており、仕組みの異なるAoIP規格の間に介在して“通訳”に似た役割を担うことで相互接続の機能を果たします。Danteは2015年にAES67に対応し、同じくAES67をサポートする他のAoIP規格との互換性を確保し、同一ネットワーク上での音声信号の相互接続が可能になりました。
* AES67について詳しくは資料「ヤマハDante機器と他社AES67機器の接続ガイド」をご確認ください。
SMPTE ST 2110の音声部分を担うSMPTE ST 2110-30はこのAES67がベースとなっています。これら標準規格と呼ばれるものはSMPTEやAESなどの標準化団体によって定められ、数多くの機器メーカーが採用しています。例えば、MADIやAES/EBUなどが代表的な例です。端子とケーブルの仕様を規格どおりに一致させ、物理接続を行うだけで、メーカーの違いを意識することなく、ほとんど全ての機器間で簡単に信号のやりとりが行えるという大きな利点が標準化にはあります。
また、標準化された伝送規格の採用は、製造機器メーカーにとっては製造コストの低減、エンドユーザーにとっては幅広いメーカー選択肢や将来性の担保など、幾つかのメリットがあり、実際に多くの方がその利点を享受しています。
しかしながら、”IP伝送”という方式においての標準化では事情が異なってきます。標準化されたIP伝送規格では、AoIPベンダー各社が個々の努力で生み出した独自規格固有のメリットを享受できないため、「ネットワーク設計には高度なITエンジニアが必要」という業界への普及の大きな障壁となっていた課題を、今一度露見してしまうマイナス面があります。例として、標準規格にはDante Controllerのような専門知識不要の誰にでも使いやすい専用ソフトウェアや共通のツールが存在しないことが1つの大きな要因となっています。これは、音声信号ひとつをやりとりするにも、異なる規格間の接続のための高度な設定をネットワーク設計者自身が手動で行わなければならないことを意味します。それはつまり、たとえ相互接続が可能な標準規格であっても、必ずしも音響技術者にとって使いやすいツールとは言えないでしょう。とは言え、そのような技術的ハードルを超えることができれば、これら標準規格の存在は、独自規格による限定された選択肢や拡張性、将来性の懸念や制限を取り払い、利用者にとってより利便性や効率性のある、さらなる利益をもたらすソリューションになる可能性があります。
これらのことをご理解いただいたうえで、SMPTE ST 2110やAES67などのIP伝送標準規格のご利用を検討されることをおすすめします。
4-11-4 ヤマハDante機器のSMPTE ST 2110-30対応
世界的な放送局市場へのSMPTE ST 2110普及の流れに伴い、放送局の音声制作の様々な場面で使用されているDante機器とSMPTE ST 2110-30機器との音声接続の必要性が高まり、2019年にAudinate社はDante機器のSMPTE ST 2110-30対応を実現させました。これにより、ヤマハをはじめとするDanteライセンシーメーカー各社は、SMPTE ST 2110-30対応と謳うDante機器を製造することが可能になりました。DanteのSMPTE ST 2110-30対応は、SMPTE ST 2110で構築された放送局の音声制作現場にて、膨大なDante機器の選択肢を提供するものでもあります。オーディオネットワークソリューションとしてDanteを主要規格に採用しているプロオーディオ機器メーカーは多く、各社はDanteを介することでSMPTE ST 2110-30機器と繋がっていくことになるでしょう。
ヤマハは2021年、デジタルミキサー「CL/QLシリーズ」をはじめとする主要なDante機器のSMPTE ST 2110-30対応ファームウェアをリリースし、ヤマハ製Dante機器をSMPTE ST 2110環境に組み込むことが可能になりました。
ヤマハでは以下の機器がSMPTE ST 2110-30に対応しています。
デジタルミキサー |
RIVAGE PMシリーズ
Danteインターフェースカード
HY144-D, HY144-D-SRC |
放送局向け機能を有し、ハイエンドを含む様々なスケールのコンフィグレーションを自在に構成できるセパレートタイプのミキシングシステム。専用DanteインターフェースカードがSMPTE ST 2110-30に対応。 |
CL5, CL3, CL1 |
放送局向け機能を有し、Dante普及の起点となった業界標準のDante対応デジタルミキサーのひとつ。スケールの異なる3種のコンソールをラインナップし、Dante対応I/Oラックを通じて入出力を構成可能。 |
QL5, QL1 |
放送局向け機能を有し、Dante普及の起点となった業界標準のDante対応デジタルミキサーのひとつ。豊富な入出力を持つコンパクトな2ラインナップを備え、スタンドアローン機としても運用可能。 |
インターフェース |
Rio3224-D2, Rio1608-D2 |
アナログ入出力を備え、RIVAGE PM/CL/QLシリーズで使用可能な業界標準Dante対応I/Oラックの第2世代。アナログ入出力⇔Dante/SMPTE ST 2110-30変換に対応。 |
Rio3224-D, Rio1608-D, Ri8-D, Ro8-D |
アナログ入出力を備え、RIVAGE PM/CL/QLシリーズで使用可能な業界標準Dante対応I/Oラックの第1世代。アナログ入出力⇔Dante/SMPTE ST 2110-30変換に対応。
* いずれも生産完了 |
RMio64-D |
64ch MADI入出力が可能なDante対応インターフェース。MADI⇔Dante/SMPTE ST 2110-30変換が可能。 |
RSio64-D |
4基のヤマハMY SLOTで最大64chの入出力が可能なDante対応インターフェース。4x MY SLOT⇔Dante/SMPTE ST 2110-30変換が可能。 |
Dante-MY16-AUD2 |
ヤマハMY SLOT規格に対応したDante対応インターフェースカード。これによりMY SLOTを搭載した様々なヤマハデジタル機器をSMPTE ST 2110環境に組み込み可能。 |
上記機器のDanteファームウェアはVersion 4.2.1.2以上が必要です。対応する本体ファームウェアをお使いください。Danteファームウェアと本体ファームウェアのバージョン互換は互換表をご確認ください。
また、SMPTE ST 2110-30機器との互換性を確保するためには、SMPTE ST 2110-30対応Dante機器のほかに、Audinate社のネットワーク管理ソフトウェア「Dante Domain Manager」が必要です。
Dante Domain ManagerによるSMPTEモード設定
SMPTE ST 2110-30対応Dante機器はデフォルトのモードではDante機器同士のやりとりのみが可能であり、SMPTE ST 2110-30機器との間で音声信号をやりとりするためには、対象のDante機器をDante Domain Manager用いて「SMPTEモード」に変更する必要があります。また、Dante Domain Managerの管理ツールを用いてSMPTE ST 2110相互接続のための各種詳細設定を行う必要があります。これらの設定は高度な工程であり、Dante標準機能のみを使用されているユーザーにとっては難易度が高いため、SMPTE ST 2110やDante Domain Managerに精通した技術者のサポートが必要になります。
また、Dante標準ソフトウェアのDante ControllerではこれらSMPTE ST 2110相互接続のための詳細な設定を行うことはできず、それら難解な部分はDante Domain Managerが担うという役割分担になっています。その理由として、Danteというオーディオネットワーク規格は本来、プラグアンドプレイでどなたでも簡単に使えることを目指したものであり、SMPTE ST 2110相互接続にみられるようなネットワーク接続のための難解な作業工程を、Audinate社は独自の機能によって簡略化し使いやすいソリューションとして提供しています。Dante Controllerがその代表的なツールです。しかし、SMPTE ST 2110では、ネットワーク接続のための難解な作業工程を簡略化できるソリューションが無いため、手動による複雑な設定を行うツールとしてDante Domain Managerが利用されます。
* Dante Domain Managerを用いたSMPTEモードの各種詳細設定のパラメーターについては、Dante Domain Managerユーザーガイド(英語)に詳しく記述されていますのでご確認ください。
* Dante Domain Managerをご使用される際はこちらの注意点の内容をご確認ください。
* ご使用中のDante機器のSMPTE ST 2110-30およびDante Domain Manager対応状況についてはDante機器メーカー各社にご確認ください。
* Dante Domain Managerの販売は株式会社ヤマハミュージックジャパンでは行っておりません。日本国内の販売代理店につきましてはAudinate社ウェブサイトをご確認ください。
4-11-5 SMPTE ST 2110-30システム構成と接続
SMPTE ST 2110は標準的なIPネットワーク技術およびネットワーク機器の上で動作するよう設計されています。Danteネットワーク構築の手法と同様に、SMPTE ST 2110専用の機器というのは無く、ネットワークスイッチ、LANケーブル、光ファイバーケーブルなど、ITネットワークの世界で一般的に流通し利用されている既製品を組み合わせて構成します。また、SMPTE ST 2110では映像を含む多くのパケット転送をより効率的に動作させるために、既存のIPネットワーク上で用いられる標準的なIGMPやQoSなどの機能を用いることで最適化が可能です。また、安定した動作を得るために全てのネットワークデバイスやインフラストラクチャには高い品質が求められます。
ここからは、SMPTE ST 2110システムを構成する機器やケーブル、それらの接続方式や2重化接続(リダンダンシー)の規定などはどのような基準になっているのか解説いたします。
システム構成
SMPTE ST 2110システムでは、SMPTE ST 2110対応の映像・音響機器を基本として、ネットワーク接続に用いる構成要素に、市販されている標準的なネットワークスイッチ、LANケーブル、光ファイバーケーブルを用いることができます。そのほか、Danteのみのシステムでは用いることはありませんが、放送局設備では時刻同期プロトコルPTPv2に関係するPTPシンクジェネレーターやPTP対応ネットワークスイッチなどのデバイスが使用されます。
SMPTE ST 2110対応の映像・音響機器
SMPTE ST 2110に対応したカメラ等の映像機器および音響機器を用いて各種メディアの伝送を行います。例えば、カメラからSMPTE ST 2110ネットワークに出力される映像信号はSMPTE ST 2110-20に従って映像機器に入力され、カメラ本体の音声マイクからはSMPTE ST 2110-30に従って音響機器や対応するDante機器に入力されます。Dante機器を組み込む場合は、SMPTE ST 2110-30対応モデルとDante Domain ManagerおよびDante Controllerが必要です。
ネットワークスイッチ
Danteと同様にIP/イーサネットに準拠した接続方式のため、標準的なネットワークスイッチを使用できます。例えば、SMPTE ST 2110-30に限定した音声のみのコンパクトなシステムならば、Danteネットワークで用いる一般的なギガビットネットワークスイッチで問題なく動作します。
放送局設備における実用的なSMPTE ST 2110環境の場合では、音声信号を遥かに上回る帯域を要する高精細な映像信号も同一ネットワーク上で扱うため、より高速な処理能力が求められます。また、放送局設備では多くの機器が様々な隔たれた拠点間で接続されることを想定しているため、ネットワーク上の機器間の高精度な同期のためにPTPv2準拠の「バウンダリークロック」、「トランスペアレントクロック」に対応したモデルが必要になります。
さらに、システムの中枢に据えるネットワークスイッチではIGMPやQoSをはじめとする管理機能のほか、規模に応じてネットワークインターフェースの種類を変更できる拡張性・柔軟性などが求められ、一般的に高価な製品となります。中枢ではなく末端で使用するネットワークスイッチの場合はそこまでの性能を必要とせず、普及価格帯から選択が可能です。ヤマハでは L3スイッチ「SWX3220-16MT」、L2スイッチ「SWX2320-16MT」がトランスペアレントクロックに対応しており、PTPv2をベースとしたSMPTE ST 2110環境で使用できます。
注意点として、Dante安定動作に特化したネットワークスイッチモデルが搭載する各種機能(IGMP、QoSなど)はSMPTE ST 2110に最適化されたものでは無いため、各管理機能の設定についてはSMPTE ST 2110システム環境の基準に従ってください。
ケーブル
Danteと同様にIP/イーサネットに準拠した接続方式のため、汎用的なLANケーブルおよび光ファイバーケーブルを使用できます。SMPTE ST 2110-30に限定した音声のみのコンパクトなシステムならば、ネットワークスイッチ間の接続においてもCAT5e以上のLANケーブル接続で問題ありません。また、Dante機器をはじめとするオーディオネットワークのインターフェースは一般的にギガビットイーサネットのLANコネクター接続のため、機器とネットワークスイッチ間はCAT5e以上のLANケーブル接続で問題無いでしょう。放送局設備におけるSMPTE ST 2110システムでは広帯域な映像信号も扱うため、映像機器間のリンクやネットワークスイッチ間のリンクは10Gbps以上の速度が必要となり光ファイバーケーブルを用いた接続が一般的です。
PTPシンクジェネレーター
DanteのみのシステムではPTPv1によるネットワーク同期がDanteモジュール間で自動的に行われるため、PTP専用のシンクジェネレーターは不要ですが、放送局設備のSMPTE ST 2110システムでは一般的にPTP専用のシンクジェネレーターが使用されます。放送局設備ではSMPTE ST 2110ネットワーク上に接続された機器の映像・音声・補助データの時刻的なタイミングを、離れた拠点間であっても高精度に同期させることがSMPTE ST 2110-10規格の要件として求められ、その同期方式としてPTPv2(SMPTE ST 2059-2)を採用しており、それを実現するのがPTP専用のシンクジェネレーターです。PTPシンクジェネレーターは同期の起点であるPTPグランドリーダーとして動作する能力のほか、GPSを用いた遠隔拠点間の同期にも対応します。
接続とリダンダンシー
ケーブル接続
物理的なケーブル接続の考え方はDanteと同様です。ネットワークスイッチを中心にネットワークポート間をLANケーブルもしくは光ファイバーケーブルを用いてスタートポロジーで接続します。
リダンダンシー
SMPTE ST 2110ではネットワークの冗長化を実現するリダンダンシーをサポートしています。SMPTE ST 2110における冗長化は「SMPTE ST 2022-7」と呼ばれるSMPTEの標準規格として規定されており、その仕組みに準じた動作を取ります。この仕組みに従ってリダンダントネットワークを構成することで、音切れの無いシームレスな冗長システムを実現できます。リダンダントネットワーク構築の考え方はDanteと同様で、Primary/Secondary端子それぞれのネットワークを、ネットワークスイッチを含めた完全に別れたふたつのネットワークで構成します。Dante機器のIPアドレスはPrimary/Secondaryそれぞれに対して設定します。