2-2-1 Danteの特長

前項まで、オーディオネットワークを導入することで得られるメリットを説明してきました。では、オーディオネットワーク規格をDanteに限定したとき、どのような特長があるのかを見ていきます。Danteは汎用的なネットワーク技術をベースとしながらも、プロオーディオ分野に特化した様々な優れたメリットを備えています。Danteの特長を列挙すると以下のようになります。

  • 多チャンネルを容易に扱えること(1Gbpsにつき512ch@48kHz時)
  • 低遅延(低レイテンシー)かつ固定の遅延値で音声伝送できること
  • イーサネット準拠によるフレキシブルな接続性(スター、デイジーチェーン)
  • 信頼性を高める2重化接続(グリッチフリーリダンダンシー)
  • 音響技術者向けの簡単かつ簡略化された各種セットアップ
  • 自動化されたシンプルなクロック同期設定
  • Dante Controllerによるシンプルな設定と管理
  • デバイスネームとチャンネルラベルによる容易な管理
  • 高度なセキュリティ(デバイスロックやDante Domain Manager活用)
  • Dante Virtual Soundcardによるマルチトラック録音・再生
  • Dante AVによる音声機器と映像機器のネットワーク統合システム
  • 異なるメーカー間で100%の相互運用性(Interoperability)
  • 2,000種類以上の多くのDante対応機器
  • AES67、SMPTE ST2110との互換性

このように、Danteは数あるオーディオネットワーク規格のなかでも非常に多くのユニークな特長を持ち、そのどれもが音響システムの構築や、運用をする上でとても役に立つものばかりです。Danteが音響システムに導入しやすいのは、こういった多くの特長を備えていること、そして時代の流れに呼応して新たな技術を取り込み成長していく伸びしろがあるからと言っていいでしょう。これら数多くある特長のうち、代表的なものをピックアップして解説していきます。

2-2-2 多チャンネルを容易に扱えること

DanteはLAN・光ケーブルを用いたひとつのギガビットイーサネットリンク(1Gbps)につき512ch(48kHz時)もの多くの音声信号を通すことができます。96kHz時にはその半分の256chになります。Danteシステムにおいて、このような大量の音声チャンネルが通る経路は主にネットワークスイッチ間を接続する基幹配線部分です。そのため、基幹配線には必然的に1ギガビットイーサネットまたはさらに高速な10ギガビットイーサネット以上の速度が必要になります。10ギガビット以上のイーサネットを用意すれば、帯域幅に大きな余裕が生まれるため、512ch以上(48kHz時)の伝送や、96kHz以上のハイサンプリングレートシステムでの多チャンネル伝送、映像信号などの同時伝送、VLANトランク構築など、広帯域幅を求められる場面でも安定した伝送が可能となります。このようにDanteは高速なイーサネットをベースに設計できるため、大量の音声チャンネルやネットワーク通信が必要なユースケースでも容易にシステム構築が可能です。

2-2-3 低遅延かつ固定の遅延値で音声伝送できること

ライブサウンドやステージモニターなど、リアルタイム性が重要なユースケースでは、デジタル処理にかかるレイテンシーを極力短くすることが重要です。DanteではDante機器間の通信につき最短で0.25msecの伝送が可能です(一部の機種ではさらに短い設定が可能)。そのため、ライブサウンドでも十分通用する範囲のトータルレイテンシーに留めることが可能です。

2-2-4 イーサネット準拠によるフレキシブルな接続性

Danteはインターネットの世界で最も汎用性の高い標準規格「イーサネット」に準拠しています。そのため、物理接続には汎用的なネットワークスイッチとLANケーブル・光ケーブルを用いたスター型トポロジーを形成できます。スター型の特長としては、ネットワークスイッチのLANポートに空きがあれば、Dante機器を簡単に追加できることです。ネットワークスイッチのLANポートが足りなくなれば、追加のネットワークスイッチを接続してLANポートを増設できます。例として、F.O.Hとステージそれぞれに配置したスイッチを拠点に、スター配線していくことが一般的です。また、2つのDante端子を用いるデイジーチェーン接続に対応した機器を使用すれば、ネットワークスイッチが無い環境でもコンパクトなシステムを簡単に構築できます。

2-2-5 信頼性を高める2重化接続(リダンダンシー)

代表的なDante機器(Dante Brooklyn IIモジュールを搭載したCL/QLシリーズなど)は標準で2重化接続(リダンダンシー)に対応しています。PrimaryとSecondaryの独立したふたつのネットワークを構築し並走させることで、物理経路(ケーブルとスイッチ)の完全な2重化が行えます。ケーブル断線やネットワークスイッチトラブル時の切り替わりの際も、音切れやノイズが発生しない“グリッチフリーリダンダンシー”を実現しています。つまり、Danteは失敗できない環境(ミッションクリティカル)で、実用的なリダンダンシーをシンプルに実現できます。

2-2-6 音響技術者向けの簡単かつ簡略化された各種セットアップ

オーディオネットワーク環境では利便性が向上した代わりに、システムセットアップのための設定項目や選択肢が増えており、各規格でその手順もバラバラです。これがオーディオネットワーク導入の障害になることがあります。Dante環境ではそのようなユーザー任せの煩雑な設定を自動化する機能が用意されており、ネットワーク技術の専門知識が無くてもシステムセットアップが可能です。例えば、ネットワーク通信にはつきもののIPアドレス設定は、自動的に最適なアドレスが割り振られるため、ユーザー自信が設定する必要はありません。また、Dante対応のヤマハCL/QLシリーズとRシリーズの組み合わせなら、PCを用いずにミキサー本体でいくつかの設定を行うだけで、音声信号のパッチとHAリモートのセッティングを簡単に終えることができます。

2-2-7 自動化されたシンプルなクロック同期設定

デジタルオーディオシステムでは「クロック同期」がとても重要です。設定の不備は音切れやノイズなどトラブルの原因となります。Danteでは、PTPの仕組みにより接続機器間のクロック同期設定(1台のPTPリーダー機とそれ以外のフォロワー機の関係)が自動的に行われるため、重大な設定間違いが起きにくいと言えます。

2-2-8 Dante Controllerによるシンプルな設定と管理

Windows/Mac上で動作するDante標準の管理用ソフトウェア「Dante Controller」を用いて、接続中の全てのDante機器のあらゆる設定が可能です。最も頻度の多い音声パッチ操作はグラフィカルかつ直感的な画面で行え、操作のためにマニュアルを読む必要はありません。トラブルシューティングに役立つ各種モニタリング機能も搭載しています。

一般的な管理ソフトウェアではネットワーク接続時の各種設定で躓いてしまうことが難点ですが、Dante ControllerのWindows環境では“Danteディスカバリー”、Mac環境では“Bonjour”が機能し、自動的に機器検出を行いますので、すぐに音声パッチなどの作業に取り掛かることができます。

2-2-9 デバイスネームとチャンネルラベルによる容易な管理

Dante Controllerでは、Dante機器毎に任意の「デバイスネーム」を設定できます。わかりやすい名称を設定することで、ネットワーク上のDante機器の管理がより簡単になり、設定間違いを少なくすることもできます。

Dante機器の入出力ポートには任意の「チャンネルラベル」も設定できます。これにより、どのポートに何の信号が入出力されているのかをDante Controller上でも管理できます。また、ここで設定したチャンネルラベルは、ヤマハCL/QLシリーズのDanteパッチ画面や、Rio-D2シリーズのディスプレイ上(右図)でも表示することができます。

2-2-10 高度なセキュリティ

Danteは非常にオープンな接続性と親和性により、追加のDante機器やコンピュータを簡単に接続できる利便性を持つ反面で、誰でも不正にアクセスして設定を書き換えられる無防備な状態であるとも言え、それが度々セキュリティ上の問題になることがあります。

Dante機器毎に設定できる簡易セキュリティ機能「デバイスロック」を使えば、そのような無防備なDanteネットワークに対し、任意のDante機器の各種設定や音声パッチ操作を禁止でき、シンプルなシステム保護を実現します。

さらに強固なセキュリティの手段として「Dante Domain Manager(有償)」を用いることで、より高度で堅牢なシステム保護を実現します。例えば、4レベルのユーザーロール設定と、厳格なユーザー認証・ロール割り当てによって、決められたユーザー以外はDanteシステムを操作したり、設定変更できないようにできます。また、運用形態の異なる2つ以上のDanteシステムを共通のDanteネットワークで管理する場合、一方の運用次第ではもう一方のDanteシステムに何らかの影響を与える可能性があります。そういった場合もDante Domain Managerを使うことで、共通Danteネットワークでありながらセキュリティの範囲(ドメイン)を明確に分けることができ、ドメイン毎に安全な運用が行えるようになります。

2-2-11 Dante Virtual Soundcardによるマルチ録音・再生

Windows/Mac上で動作するオーディオドライバーソフトウェア「Dante Virtual Soundcard(有償)」を用いて、DanteネットワークとコンピュータのLAN端子を接続すれば、最大64チャンネル(48kHz時)の音声入出力が可能になります。コンピュータのDAWソフトウェア等を使用したマルチトラック録音や再生環境の構築もシンプルに行えます。また、OS標準のサウンドドライバ「WDM」や「Core Audio」に対応しているため、例えばYouTubeの音声をDante上に流すことも難しくありません。