Danteのコンセプトはプラグアンドプレイのため、シンプルなDanteシステムであれば、前項までの7ステップを踏むだけで、ほとんどの場合で所望の音声信号入出力までたどり着けるでしょう。
次のテーマは、基本セッティングの最終ステップのひとつ、Danteシステムの動作を安定させるために重要な「クロック同期」についてです。クロック同期が重要な理由は、その設定間違いや設定不備がシステムの安定性や不具合の原因に直結する可能性が高いためです。
Danteにおけるシンプルなクロック同期の方法と推奨設定、クロック同期の基本的な考え方について重点的に解説していきます。

3-2-1 Danteのクロック同期は自動化されている

Danteシステムを構築すると、ほとんどの場合でクロック同期の設定や意識をすることなく、音声出力できていたことに気づきます。これは、従来のデジタルオーディオシステムが抱えていた手動での煩わしいクロック設定が、Danteでは極力排除され、その多くが自動化されているためです。Danteではネットワーク上に接続されたDante機器同士で最適なクロック設定が自動的に行われますので、特殊なシステム条件を除き、ユーザー自身が特別な設定を行う必要はありません。

しかし、自動で設定され、一見問題無く動作しているように見えるシステムも、クロック同期設定に関する重大な見落としがあったり、実運用上でのクロック同期手法が曖昧な場合が多々あります。これが運用時の音切れトラブルの原因になることがあります。そのようなトラブルを回避するには、クロック同期に関する正しい知識を備えておくことが重要です。
具体的なDanteクロック同期方法に触れる前に、まずデジタルオーディオにおける「ワードクロック」と「同期」の仕組みから解説します。Danteを含むあらゆるデジタルオーディオシステムでは、この「ワードクロック」と「同期」の概念がとても大切だからです。

3-2-2 ワードクロックとは

全てのデジタルオーディオ機器の内部音声回路は「ワードクロック」信号を基に動作しています。ワードクロック信号とは、機器本体に内蔵されているクロックソース(水晶発振子などで構成されるクロック生成回路)から供給される、「カチッカチッ」という一定の周期を刻む信号です。サンプリング周波数の48kHzや96kHzという表記でその周期が表されます。デジタルオーディオデータはこのワードクロック信号の周期に従って、回路上での受け渡しが行われます。

デジタルオーディオシステムは、機器単体での使用だけではなく、機器同士をAES/EBUなどのデジタルフォーマットで接続することが一般的です。しかし、通常は各々の機器が個別のワードクロック周期で動作しているため、ただ接続するだけでは正常なデジタルオーディオデータの受け渡しが行われず、ノイズや音切れ、ワードクロックエラーなどの問題が発生します。
そのため、デジタル接続を行う場合、機器間のワードクロックを合わせる「同期」の設定を行う必要があります。

3-2-3 同期とは

「同期」の考え方はとてもシンプルです。それは、「リーダー機とフォロワー機の関係をはっきりさせ、リーダーは常にひとつにする」ことです。具体的には、「ひとつのリーダー機のクロックに対して、それ以外の機器がフォロワーとして追従(同期)する」という動作です。デジタル接続されたシステム内に、リーダー機(クロック信号供給元となる)が2台以上あることは、デジタルオーディオシステムにとっては問題になります。例えるとしたら、オーケストラの指揮者が二人いるようなもので、これでは成立しません。

3-2-4 なぜ「同期」が必要なのか?

例えば、同じサンプリング周波数48kHzで動作する機器2台をAES/EBUでデジタル接続します。どちらも同じ48kHzというサンプリング周波数なので、同期させずにどちらもクロックリーダー機として48kHz駆動させることとします。同じサンプリング周波数なので問題が無いように思えますが、実際には48kHzと言っても48,000.002や47,999.998のような微妙な誤差があります。この誤差は、クロック生成回路の水晶発振器の物理的な個体差によって生まれるものであり、全く同じ周期を刻む2つのクロックソースは存在しません。
そのため、この僅かな差が、いずれ音切れトラブルを引き起こし、その不具合は数ヶ月や数年という長い周期で繰り返されるため、原因がわからずじまいとなってしまうことがあります。

3-2-5 同期することでサンプリング周波数が一致する

そのため、このクロック精度の誤差を埋めるため、いずれかのクロックソースの周波数に追従させる必要があります。それが「同期」です。同期することにより、デジタル接続された機器間にて、正常なデータ受け渡しが行われ、安定した動作を得ることができます。この同期作業は、コンパクトなシステムから大規模なDanteネットワークなど全てにおいて、必ず必要な約束事になります。言い換えれば、この「同期」が行われていないシステムでは、システムの大小問わず必ず不具合が起きるといっても過言ではありません。

3-2-6 Danteシステムの「同期」手法は2種類ある

「同期」設定を間違えることなく施すために、Danteシステムでは「同期」の考え方が2種類あることと、それぞれの設定手法が異なることを把握する必要があります。ひとつは、Dante機器単体は「ワードクロック」による同期、ふたつめはDanteネットワークは「PTP」による同期を行うということです。まず、Dante機器単体の「ワードクロック」の同期について解説します。

3-2-7 Dante機器本体のワードクロック設定

Danteシステムで自動的に「同期」処理が行われるのは、「PTP」が機能するDanteネットワークまでの範囲です。Dante機器本体のワードクロック設定は自動では行われません。Dante機器のなかには、ワードクロック設定が不要な機器は多くありますが、ミキシングコンソールやシグナルプロセッサーなど、多種多様なデジタルオーディオフォーマットを接続することを想定した機種は、複数のワードクロックソースを備えているため、その機器自身のワードクロック設定をユーザー自身が手動で行わなければならない場合があります。

3-2-8 Dante機器本体のワードクロックソース

Dante機器本体のワードクロック設定を手動で行う際、ワードクロックソース(クロック生成回路や外部クロックソース)がどこに存在しているのかを正確に把握し、正しいワードクロックソースを選択する必要があります。

非常に重要なポイントは、Danteモジュールにもワードクロックソースが搭載されているということ、そして全てのDante機器のワードクロックソースとして「Dante」(Danteモジュール上のワードクロック発生回路)が選択肢として備わっていることです。

3-2-9 ワードクロック推奨設定は「Dante」を選択すること

手動でのワードクロック設定を行う際、特別な事情がない限り全てのDante機器のワードクロックソースを「Dante」に選択することを強く推奨します。もちろん「INTERNAL」や「WORD CLOCK IN」でも動作しますが、その場合は高度なクロック同期設定を行う必要があり、また、施した設定が正しいのかどうかを判断するためのノウハウが必要になります。Danteシステムの音切れトラブルの多くが、特別な事情なくこの推奨設定を行っていなかったことが原因になっています。推奨設定以外の高度な設定については以降の応用編にて解説いたします。

●主なDanteモジュール標準搭載機器のワードクロック設定は?

CL/QLシリーズ

初期値が推奨の「Dante 48k」です。他のワードクロックソースに「INTERNAL」や「WORD CLOCK IN」などがありますが、選択する必要はありません。

Rシリーズ(Rio3224-DなどのAD/DA機器)、Tio1608-D

ワードクロックソースは推奨値の「Dante」のみなので、ワードクロック設定機能そのものがなく、特別な設定は必要ありません。

RSio64-D/RMio64-D

ワードクロックソースとして「WORD CLOCK IN」や他のデジタルオーディオフォーマット(MADIやMY SLOT)がありますが、推奨設定の場合は「Dante」を選択してください。

* SRCを用いた、他のクロックドメインとの接続時も「Dante」を選択することが一般的です。

MRX7-D/MTX5-D

初期値が推奨の「Dante 48k」です。他のワードクロックソースに「YDIF」がありますが、選択する必要はありません。

XMV-Dシリーズ

ワードクロックソースは推奨値の「Dante」のみなので、ワードクロック設定機能そのものがなく、特別な設定は必要ありません。

3-2-10 Danteモジュール非搭載機器のワードクロック設定

先述のワードクロック推奨設定は、Danteモジュール標準搭載機器の場合に限定した設定方法です。では、Danteモジュール非搭載機器に外付けDanteカードオプションを装着した場合のワードクロック設定について見ていきましょう。Danteモジュール非搭載機器のワードクロック設定には、「Dante」という選択肢は無く、そのほとんどの初期設定は内蔵クロックソースが選択されています。そのため、ワードクロック設定の変更を忘れることが多く、これらの機器をDanteシステムに組み込んだ場合に問題になることも少なくありません。

●主なDanteモジュール非搭載機器のワードクロック設定は?

RIVAGE PMシリーズ(DSP-R10/CSD-R7) + HY144-Dカード

初期値が「INT 96 kHz」のためDanteシステムとしては非推奨設定です。Danteのみでシステム構築する場合のワードクロック設定は、「FROM HY SLOT3(2)」を選択してHY144-Dカード側からクロック供給してください。TWINLANeとDanteネットワークの混在時については、「外部クロック同期」を参照ください。

TFシリーズ + NY64-Dカード

ワードクロックソースは推奨値の「Dante」のみなので、ワードクロック設定機能そのものがなく、特別な設定は必要ありません。

Mini-YGDAIカードスロット機器 + Dante-MY16-AUD

PM5DやM7CL、DME64NなどのMini-YGDAIカードスロットにDante-MY16-AUDカードを装着して使用する場合、本体のワードクロック初期値は内蔵クロックが選択されているため、Danteシステムとしては非推奨です。ワードクロック設定はDante-MY16-AUDが装着されたMYカードスロットを選択してDante-MY16-AUDカード側からクロック供給してください。同一の機器に複数枚のDante-MY16-AUDがある場合は、いずれかのカードを選択してください。もしPTPクロックリーダーとなっているカードがある場合は、そのカードを選択してください。

3-2-11 Danteネットワークの同期

「Danteネットワーク」とは、Danteモジュール部とネットワークスイッチだけで構成される“ネットワークそのもの”です。各Danteモジュールが接続されたDanteネットワークは、「PTP」の働きにより、自動的に「ひとつのリーダー機のクロック(PTPパケット)に対して、それ以外の機器がフォロワーとして追従(同期)する」という動作を行います。このネットワーク同期は常に自動的に行われ、ユーザーが特別な作業を行う必要はありません。

3-2-12 PTPクロックリーダーは音切れせずに移動可能

PTPクロックリーダーは常に自動選出されるため、もしPTPクロックリーダー機の接続が外れても、すぐに別のPTPクロックリーダーが自動選出されます。驚くべきことに、そのPTPクロックリーダー移動時にも、Danteネットワーク上の音声は途切れることがありません。何らかの理由でPTPクロックリーダーが移動しなければならない場合も、音切れが起きないため、急なシステム変更や機器の抜き挿しに対する耐性が高いと言えます。そのメカニズムについてここでは詳細に触れませんが、その簡単な仕組みは“Danteモジュール間はゆるやかに同期している”ことです。

3-2-13 PTPとは

「PTP」についても触れておきましょう。「PTP」とは「Precision Time Protocol」の略で、標準化組織IEEEによって「IEEE1588-2002およびIEEE1588-2008」として規格化されたプロトコルです。LAN上でマイクロ秒以下の高い精度の時刻同期を達成するための仕組みで、金融商品取引やファクトリーオートメーションなどの正確なタイミングが必要な分野で利用されています。

3-2-14 PTPとワードクロックの違い

「PTP」と「ワードクロック」はどちらもクロック同期手法のひとつですが、その仕組みは全く異なります。

PTPとは

ネットワーク同期で用いられる「PTP」は、タイムスタンプと呼ばれる時刻情報を持つパケットをネットワーク機器同士でやりとりする仕組みです。タイムスタンプとは「何時何分何秒」という時報のようなイメージで考えていただいて構いません。PTPはパケットの形でやりとりされるので、常にネットワーク上を流れているわけではなく、定期的に機器間でやりとりされています。PTPを用いた同期プロセスには自動的にクロックリーダーを選出する機能が含まれています。

ワードクロックとは

デジタル機器間の同期で用いられるワードクロックは、常に一定間隔のサンプリング周波数を刻む連続した信号を用いる仕組みです。例えるなら、常に同じスピードで流れるベルトコンベアにデータを載せていくイメージです。同期する機器間では、絶えずワードクロック信号を送り続ける必要があるため、同軸ケーブルを用いた専用配線や、AES/EBUなどのデジタルオーディオ信号内から抽出して受け渡すなどの方法が用いられます。

このように、同じ“同期”でも「PTP」と「ワードクロック」では動作や構造が全く異なります。意外かもしれませんが、Danteネットワークを流れる“クロック信号”とは、連続したワードクロック信号ではなく、定期的にやりとりされるPTPパケットのことなのです。PTPパケットはDanteと同じネットワークを通るため、クロック専用の配線も不要です。
また、外付ワードクロックジェネレーターからひとつのDante機器にクロックを供給しても、DanteネットワークそのものはPTPで同期しているため、ネットワーク越しの機器にそのワードクロック信号は届きません。外付クロックジェネレーターのクロック精度がDanteネットワーク全ての機器の動作に寄与するわけではないのです。

3-2-15 Danteにおけるクロック同期の推奨設定とその理由

ここまでで、Danteクロック同期手法として、Dante機器本体のワードクロックソースは「Dante」を選択し、Danteネットワークの同期はPTPの自動選出の仕組みに任せることを推奨しました。つまり、推奨設定とは「Danteネットワークそのものをオーディオシステムのリーダーとして動作させる」ことを表します。この手法を推奨している主な理由は下記の3点です。

  1. PTPクロックリーダー移動時に音切れしない(システム変化に強い)
  2. 初期設定のまま機器導入や追加がしやすい
  3. ワードクロック設定がシンプルで間違えにくい

3-2-16 推奨されない高度なクロック同期手法について

では、推奨されない高度なクロック同期方法とはどういったものでしょうか。基礎編では詳細には触れませんが、それは「Danteネットワークそのものを他のデジタルシステムのフォロワーとして動作させる」ことを指しています。
例えば、外部のワードクロックジェネレーターを使用したり、Dante機器本体の内蔵ワードクロックソースをリーダーにする場合が該当します。その場合、Dante特有の2種類のクロック設定(Enable Sync to External、Preferred Leader)が必要になります。また、推奨設定と比べて、PTPクロックリーダー移動時に音切れが発生してしまうなど、システム変化時の耐性に課題が現れます。そのため、特別な事情がない限り、推奨設定でお使いいただくことをおすすめしています。
クロック同期に関する高度な設定については、「クロック同期 応用編」をご参照ください。